D.G−A『修道騎士とエクソシスト』








 さわさわと風がすすきを揺らし、野原を渡っていく。傾きかけた日差しは落日の緋色(あか)。
「シスター。」
声をかけられ、は振り向く。逆光の中にはキーアが立っている。キーアは完全に回復していた。
「キーア!回復したのね。良かった・・・。」
は笑顔でかけよる。キーアは唐突に切り出す。
「キルシェから連絡が入った。至急戻れって。明日にでも、コロニーに帰ろう。」
は首を横に振る。
「ごめん。私、帰らない。黒の教団に入ったの。アレンさん達とエクソシストとしてやっていく。シスターエリサにも話した。私はもうミリティアじゃない。エクソシストの一人、。」
「だと思った。」
キーアは笑みを浮かべた。
「イディから聞いたんだよ。お前の母さん、地球出身だってな。お前は間違いなく、EARTH(地球)の子なんだ。」
「EARTH(大地)・・・?」
「EARTH。」
「・・・!ああ、EARTH(地球)・・ね!」
二人は笑顔を交わした。キーアとは降下の時に初めて会ったばかりだったが、イディとの面識があったため、打ち解けるのにさして時間はかからなかった。歳も同じ。キルシェのキーアは何でもわかってくれる少年だった。
「ところでさ、。」
「ん?」
「アレンさんに気があるんだろ。」
キーアはニヤニヤ笑っている。は耳まで真っ赤になった。
「あ〜う、うん。あ〜う〜・・・。」
はうろたえていたが、やがてコクンとうなずいた。
「・・・エクソシストなら、恋も許されるんだろうな。キルシェもマグダラもそれにはとんと縁がないからな。優しいは、幸せにならなくちゃいけないと思う。」
「ありがと。キーア。」
二人は握手をして別れた。翌日、キーアがポッドに乗ってコロニーに帰る時、は姿を見せなかった。顔を見ると、少し辛いからだ。
「長々とお世話になりました。」
キーアは、コムイをはじめ、見送りに来た黒の教壇の人々に頭を下げた。
「あっ。アレンさん。」
「はい?」
の事、よろしくお願いしますね。どうやら、あなたの事が好きみたいですから。」
キーアはアレンに耳打ちした。ついでに小さくたたんだメモを渡す。
「えーっ!?ぼ、僕っ、そんなっ・・。」
アレンもまともにうろたえた。キーアはポッドの前でもう一度振り返り、ひとことハッキリと言った。
「皆様に、祝福あれ。」
コロニーではよく、シスター達が街の人に頼まれて、そう祝祷している。のような実働部隊はまた別だが。

 は黒の教団の団服に身を包み、あてがわれた自室のベットに座っていた。そう広くはないが、いくつかの荷を置くスペースがある。隅に置かれた机の上には、シスター服がたたまれて置いてある。はそれを見つめ、つぶやく。
「・・・もう、着る事は二度とないかもね・・。」
そう思うと少し寂しい。そこへ、扉がノックされた。
「は、はい!」
は慌てて扉を開けた。アレンが立っていた。
「アレン・・・さん?」
「これ・・・。」
アレンは手に持っていた、小堀の髪飾りを渡した。
「キーアさんがメモに作り方を書いてくれて。に似合うと思うから、よかったら作ってあげてほしいって。」
はそれを笑顔で受け取った。
「ありがとう。でも、キーアらしい。私の好みの模様知ってるなんて。兄さんに聞いたのかな?」
アレンは意外そうな顔をした。
「それ、僕が考えたんですよ。思ったより大変で、時間かかっちゃいましたけど。」
「あら。偶然?それとも以心伝心かな?」
自然と二人、笑みがこぼれる。はアレンの指にバンソーコーがはられているのを見た。その髪飾りで、は赤毛をまとめてみた。
「入団祝いだねっ。似合う?」
「はい。」
答えたアレンの笑顔は、にとってストライクだった。すぐスリーアウトになりそうな勢いだ。(野球じゃないって)
「任務が入ったら、呼ばれると思うから、腹ごしらえしておくと、いいと思います。」
部屋を出て行こうとするアレンをは呼び止めた。
「アレン!」
「はい?」
アレンが振り返る。
「あ・・えと。・・・そう、呼んでいい?その、呼び捨て、で。」
「はい。」
アレンの笑顔。ツーストライクだった。(注:これは『D.Gray−man』でsy)

 翌日の早朝、はアレン・リナリーと船に乗るための手続きを港でしていた。辺りはまだ朝の霧が立ち込め、あまり視界がよくない。
「ねー、アレン。今度のトコは遠いの?」
「船で二日くらいですね。」
「ふーん・・。あ、リナリー戻ってきた。」
はリナリーとも呼び捨てで呼び合うことをここに向かう途中で決めていた。リナリーとは女の子同士ということもあって、仲良くなれそうだった。
「手続きは済んだわ。船に乗れば、食堂もあるから、そしたら、朝食にしましょう。」
「賛成!」
「はい!」
とアレンは元気にうなずく。はこの後、非常に驚くことになるのだが、この時はまだそんな事を知る由もなかった。
「リナリー。神田さんっていつもああなの?すっごく愛想悪いよ。出掛けにちょろっと会ったけど。」
はだんだんとタメ口になってきていた。シスターとして、丁寧な言葉遣いを心がけていたという枷がはずれたかのように、対等の話し方をする。
「神田?いつもそうよ。まあ、あまり一緒に任務にはつかないけどね。アレン君の事は嫌ってるようだし。」
「嫌ってる!?あんなに優しいのに。」
リナリーの言葉には素っ頓狂な声を上げた。
「よく、モヤシとか呼ばれてるし。前にコブつきとか言われてたし。」
「・・・こぶ?」
はいちいち?をつけた。それに対し、リナリーはちゃんと答える。
「ティムキャンピーの事よ。ティムはコブじゃないのにね。」
「うんっ。可愛いよね。私、ティムキャンピー好き。」
リナリーは乗ってきた。
「そうよねー。色々と役に立ってくれるし。」
「だよね、だよねー。」
「私もティムは好きよ。」
リナリーとは、女の子ならではのティムキャンピーラブ話を始めた。そのティムキャンピーを頭の上に乗せているアレンは、そんな二人をボンヤリと眺めていた。キーアの言葉がよみがえる。にすかれているということだが、そんなそぶりはない。はいたってナチュラルだった。アレンは目を閉じて、小さく息をつき、再び目を開けて驚いた。目の前にの顔があった。
「メ、?」
「どしたの?ため息なんかついちゃって。心配事でもあるの?」
はアレンの顔をのぞきこむ。
「いえ、別にっ。・・・あれ?リナリーは・・。」
「ちょいと花摘みに。」
「花?」
女の子には専門用語や秘密が多い。アレンには理解できない言葉もあった。
「すぐ戻るって。もうすぐ船に乗る時間だし。あ、リナリー。そろそろ時間だよ〜。急いで〜。」
リナリーが小走りに戻ってくる。三人は船に乗った。船はかなり大きく、それぞれ個室があった。家族数人用の室もあり、達は三人用をとるのがやっとだった。室に荷を置いて、食堂へ行く。そこは、バイキングになっていて、好きな料理を好きなだけ食べることができた。リナリーやと違い、寄生型のイノセンスのアレンは人の十倍は軽く食べる。リナリーは知っていたが、は目を丸くした。
「ア、ア、ア、アレン?そ、それ、全部食べるの?」
三人が陣取ったテーブルに所狭しと並べられた料理は、ほとんどがアレンのものだった。
「はい。そうです。いっただっきまーす!」
アレンは幸せそうに食べ始めた。その食べっぷりは、見ていて気持ちが良いほどのものだった。
「アレンって、本当に美味しそうにパクパク食べるのね。兄さんもそうだったけど、男の人ってみんなそうなの?」
は笑みを浮かべて問いかけた。
「うーん。ちょっと難しい質問ですね。」
アレンはポテトのフライが刺さったままのフォークを持ったまま、困ったような笑顔を見せた。
「さ、私達も冷めないうちにいただきましょう。」
リナリーが促すと、はうなずいた。
『いただきます。』
女の子二人の声がハモった。
「わ。これ、美味しー。(ほくほく)」
「どれ?(もくもく)」
「(パクパクパクパクパクパクパクパクパクパク)」
三人はそうして食事を楽しんだ。その後、三人はデッキでおしゃべりをしたり、船を降りてからの事を話したりして、過ごした。二日目には、もアレンの食べる量に驚くことはなくなった。は順応が早かった。その二日間の船旅は何事もなく、順調だった。

 船を降りる少し前になって、アレンとリナリーが落ち着かないように、キョロキョロする。はちょっと首をかしげて、二人を見た。
「二人とも、どしたの?」
「この二日、順調すぎて、何か良くない事が起きる前触れじゃなければいいけど。」
リナリーの表情には、不安が見え隠れしている。さすがのも不安になる。その辺にちょっとしたアクマがいるくらいなら、アレンが気付くはずだし、三人もいるのだ。何とか対処できるだろう。でも、もし大量だったり、レベル2とかなら、多少時間がかかってしまう。
「嵐の前の静けさって言うもんね・・・。」
は何気なく言う。アレンはチラリとを見た。
「なぁに?」
「いえ・・。」
が振り向くと、アレンは首を横に振って、何でもないという意思表示をした。本当は何でもないわけない。アレンの頭の中は、今までアクマの事やエクソシストとしての事でいっぱいだった。しかし、キーアの言ったことが気にかかり、何かあるごとに、に目が行ってしまう。アレンが物思いにふけっていると、声がかかった。
「アレン君?降りるわよ。」
「あ、はい。」
リナリーの声にアレンは応えた。はさっさと一番先に降りて、二人に手を振る。
「アレーン。リナリー。こっちこっち!」
「待ってよ、〜。」
リナリーが小走りにかけよる。アレンも続く。港は平和そのものだ。
「平和・・・ですね。取り越し苦労でしょうか?」
「そうだと、いいけど。」
リナリーは不安そうにする。が海を振り返る。真っ赤な夕日が海を赤く染めている。
「わー。キレーイ。初めて・・・ではないけど、海では初めて。コロニーじゃ、こんな風景見れないもの。ここに来て、良かった。」
ごく自然に喜ぶを見て、アレンはがキレイだと思った。夕日のせいか。夕日の光の中で三人はしばし海に見とれていた。
「そういえば、ここしばらく、こんな風に海に見とれるなんてことなかったわ。」
ティムキャンピーもよいせっとアレンの肩に姿を現す。それを合図にしたように、アレンは二人にいった。
「今日はこの港街で一泊ですね。翌日、隣街へ行きましょう。」
「ええ。そうね。」
リナリーがうなずく。はアレンに聞く。
「目的地は、隣街なの?」
「はい。今日はもう夕暮れだし。宿を探しましょう。」
「うん。」
は大きくうなずいた。そこではアレンに耳打ちした。
「あとで、二人っきりで話しておきたいことがあるの。今夜、ちょっと付き合って。」
「あ、はい。」
アレンはうなずきつつも、胸がトキンッとはねた。はとてとてっとリナリーの方へとかけよる。何故かティムキャンピーがついていく。
「ねー、リナリー。あったかーいお風呂のある所がいいな。」
「そうねー。潮風でベトベト。ゆっくり休んで鋭気を養っておかなくちゃ。」
女の子二人はお風呂のある宿を探す。なるべく大きめのお風呂だ。女の子は肌のお手入れを欠かせない。それに、任務の前に船旅での疲れを取っておきたいのだ。

 「おいひいぃぃぃ・・・。」
が宿の食堂で魚の煮つけをほおばった。アレンは相変わらず、大量の料理を平らげていく。リナリーは魚のフライを口に運ぶ。
「港街というだけあって、お魚が美味しいですね。」
アレンの言葉にが聞いてきた。
「美味しくなくても、食べたことあるの?」
アレンとリナリーが顔を見合わせた。そして、に向き直り、二人はうなずいた。
「まぁ・・・」
「あるかな。」
は、はあっと息をついた。
「私はコロニーで生まれ育って、マグダラで生活してたでしょ。修道院って、自給自足でやらなくちゃいけない事もたくさんあって。ま、それがイヤで、戦闘専門の実働部隊にいたわけだけど。所詮はコロニー。所詮は修道院。日々戦い。まともな食材なんてそうそうないし・・・。それでも、生きるために、味も素っ気もないものだって我慢して食べた。」
はそうやって生きてきた。辛い事もあったが、家族や仲間と支えあってきた。
「美味しくなくても、味があるだけマシって事?」
「うん。」

 その日の夜。風呂上りにはテラスでアレンを待っていた。星がキレイだ。夜風が少し寒い。
「地球の冬って結構寒いな。テラスはやめればよかった。コロニーじゃ、温度保たれてるもんね〜。」
がブルッと震えると、ふあっと何かが肩にかけられた。は驚いて振り向く。そこに、アレンがいた。アレンは肩掛けを羽織っていた。
「あ・・。寒いと思って肩掛け、二人ぶん宿の人に言って、借りました。」
「ありがと。・・・あなどってたわ。本物の冬って、こんなに寒いのね。」
「どうぞ。」
アレンがカップを差し出す。
「宿の人が、これもどうぞって。ホットミルクです。体があったまりますよ。」
は今、地球人達のあったかさに包まれている気がした。
「それで話って?」
「あ、うん。あの、キーア・・・。何か言ってなかった?私の事。」
「えっ!?」
もじもじしつつ聞くに、ドギマギしつつ、アレンはキーアを思い出す。
「えっ、えーとっ!」
アレンは迷った。いつもなら、素直に言ってしまうところだが、それがこういう話だとどうしていいか、わからない。アレンは結局こう言った。
「・・・の事、よろしくって。・・言ってました。」
「それだけ?」
がキョトンとして聞き返す。
「そ、それは――・・・・・・。」
アレンは少し頬を赤らめ、あさっての方を見て、口ごもる。
「なぁに〜?男同士の話しなわけ?」
「は、はい!そんなところです。」
「ふーん・・・。じゃあ、私自分で言う。」
はアレンの方を向いて、修道院で仕込まれたような感じで、姿勢を正して、ハッキリと言った。
「私はアレンが好きです。まだ、ただ単にって程度だけど、その笑顔や優しさや、あったかさに惹かれました。」
の頬もバラ色だ。アレンが何も言えず、困っていると、がパッと横を向いて空を見上げた。
「キレイだね、星空。さ、そろそろ戻ろ。」
はきびすを返した。
「えっ。あのっ。」
は振り向く。
「いいよ。まだ答えなくて。とりあえず、私の気持ち、覚えておいてって事だから。」
アレンはドキドキしている。
「・・・はい。」
アレンは小さくうなずく。二人、距離を開けて、廊下を歩く。そこへ、お風呂からの帰りが遅いと心配して二人を探しに来たリナリーと会った。
「二人とも、どうしたの?顔赤いけど。のぼせた?」
「う、うん。まぁ、そんなトコ。」
は曖昧にうなずく。
「そろそろ休もうよ、ね!」
は少々強引に話を変える。
「そ、そうですね。ティム、おいで。僕と同じ部屋で休もう。」
すると、リナリーのそばを飛んでいたティムキャンピーは、アレンの頭の上へと飛んでいって降りる。ティムキャンピーの定位置。特等席。それがアレンの頭の上らしい。
「じゃ、オヤスミ〜。」
「おやすみ。」
とリナリーが二人部屋に入る。
「おやすみなさい。」
アレンはティムキャンピーとともに、隣の一人部屋に入った。
「まだ、ドキドキしてるよ。」
アレンはつぶやいた。

 翌日、アレンは目がギンギンしていた。結局ほとんど眠れなかったのだ。とリナリーはちゃんと眠れたらしく、元気ハツラツだ。宿内の食堂で、アレンの顔を見たとリナリーはぎょっとした。
「どうしたの!?アレン君。」
「目がウサギー。」
リナリーがまずかけより、も続く。
「ゆうべ、ほとんど眠れなかったんです。」
「眠れないって、アレン君が?ミランダじゃあるまいし。」
「ミランダ・・・さんって?」
が新しい名前に眉をひそめた。リナリーが説明する。
「ああ、はまだ会った事なかったっけ?エクソシストの一人よ。」
「今度、会えるかな?」
「そしたら、ちゃんとその時に紹介してあげる。」
「うんっ。」
はくるりっとアレンを振り返る。
「眠くなったら、無理しないで言ってね。」
自分のせいだと自覚していない分、質が悪い。それでも、の言葉も行動も純粋なものであった。それを知ってか、知らずか、アレンは素直にうなずいた。
「はい。」
素直といえば、もだ。ミリティアだったせいか、少々激しさを内に抱えてはいるようだが、根は純粋だ。修道院に所属していたからかもしれない。その分、感情もストレートだ。リナリーにとっては、のそういうところがとっつきやすいと思っている。
「いただきまぁす。」
の声にボンヤリしていたアレンは、我に返った。テーブルの上には、昨日の夕食と同じくらいの量の料理が並んでいた。ティムキャンピーはテーブルの隅で、何故かころころと転がっている。リナリーがそれを見て、笑っていた。
「ていっ。」
が半開きになっていたアレンの口に、フォークで卵焼きを突っ込んだ。
「ぅぐ。」
「美味しーよ。」
が笑う。
「アレン君も早く食べて。終わったら、すぐ出発しましょう。」
リナリーはそう言いつつ、スープをぐりぐり。それを見て、が歌うように言った。
「ぐりぐり〜。」

                        D.G−Bに続く






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