D.G−C『修道騎士とエクソシスト』










 「あ、おはよー。。アレン君。」
「リナリー。ヴィシュナさんは?」
「え?一緒じゃないの?」
リナリーはキョトンとした。
「一緒・・・って僕とはずっと家の裏で話してたんですけど。」
「朝から見てないよ。」
三人はハッとして、外に飛び出す。アレンが叫ぶように名前を呼んだ。
「ヴィシュナさんっ!」
「はい?」
声はすぐに返ってきた。そちらを振り向くと、紙の包みを手にヴィシュナが立っていた。

 家の中で三人に理由を聞いたヴィシュナは笑った。
「アハハハハ。大丈夫ですよ。近所で、毎朝、卵をもらってくるんです。今日は、ベーコンとチーズもくれましたよ。」
ヴィシュナが包みを開けると、産みたての卵と、ベーコン。そして、チーズが出てきた。どれも美味しそうだ。
「アクマに襲われたかと思って焦っちゃった。」
「今日、明日、明後日はとりあえず大丈夫です。森の奥に入らなければ。アクマが通る日は入り口でも危険です。」
の言葉にヴィシュナが答える。そして、笑みを浮かべた。
「朝食にしましょう。」
『はいっ。』
アレンとの声がハモった。ヴィシュナはアレンの食べる莫大な量もちゃんと作ってくれた。リナリーは少し申し訳なく思ったが、ヴィシュナが笑顔でしてくれるのを見て、安堵したらしかった。それは、アレンも同じらしかったが、は少し違う。にとってエクソシストだとか、ファインダーだとか、一般人だとか、そんな事はどうだっていい。ただ、ゴハンが美味しかったのだ。美味しいものをくれる人=いい人。それだけなのだ。ミリティアとして、その考えはどうかとも思うが、それでもアクマには容赦ない。でなければ、エクソシストにはなれなっただろう。
朝食はベーコンエッグとパン。パンの上にはとろ〜りと溶けたチーズが乗っている。そして、山羊のミルクと野菜で作ったシチュー。
「わあ。自然界の味ですねっ。」
は嬉しそうだ。コロニーでは、牛も豚も取りも、家畜などはクローンがほとんどだ。科学は進歩していても、環境はあまり良くない。それが当たり前なのだ。そんなのリアクションが新鮮で、アレンはその無邪気さにドキドキした。少しづつ、徐々にアレンの中で、の存在が大きくなっていく。そのときは、本人もまだ気付いていなかった。
「アレン?」
いつもパクパク食べるアレンが食事に手をつけないので、一同の視線が集中した。
「アレン君。具合でも悪いの?」
リナリーも心配そうにする。
「あ、いえ・・・。」
否定しようとしたアレンの目の前5センチくらいのところにの顔が現れた。
「!!」
アレンは顔を真っ赤にした。そして―――。
コツン
が自分の額をアレンの額に押し当てた。
「ん〜。少し熱いかな。熱っぽいみたい。」
はリナリーを振り返る。リナリーは少し困った顔をした。
「仕方ないわね。今日はアレン君休んでて。私とで森の様子を見てくるから。」
「え・・。でも。」
「無理はしない!」
が人差し指をアレンの鼻先に突きつけた。
「・・・はい。」
アレンは観念し、部屋で大人しくしてる事にした。アレンの今日はティムキャンピーとお留守番になった。

 とリナリーは用心深く、森に入った。最初のうちは木漏れ日も会ったが、やがてうっそうと木々が茂り、薄暗くなった。
「以前は旅人がここを通っていたみたいね。」
リナリーが辺りを見回しつつ言う。ふと足元を見て、かがみこんだ。
?」
は何かを拾い上げた。キラキラ光るサンゴのイヤリングだった。
「・・・これって、ヴィシュナさんのしてるイヤリングと同じ。」
「野草を摘みに来たとき、落としたとは考えにくいわね。」
は首をかしげる。
「どうして?」
「入り口までしか入れないはずよ。ここは、入り口からざっと500メートルは離れてる。こんな薄暗い奥まで入ってないはずよ。」
「あ。そういえば、入り口までしか行ってないって言ってた。」
二人の胸を不安がよぎる。と、奥のほうから気配。
「リナリー。お客みたいね。」
「ええ。」
突如現れたアクマ達が二人に襲い掛かる。その数、ざっと三十。
「セイクリッド!」
は連射する。
「リナリー。ゴスペルは連射できないから。誘爆はできるけどね。」
「わかったわ。そのつもりで行くわね。」
リナリーは地を蹴った。
「イノセンス、発動っ!」
リナリーのブーツが発動する。のセイクリッドで、多少ダメージを受けたアクマをリナリーが倒す。それほど時間はかからない。しかし、頭上からの声に二人の体に緊張が走る。
「おや、これはこれは。エクソシストのお嬢さん方。」
とんがった耳に大きな口。奇妙な帽子をかぶっている。
「千年伯爵・・!」
「あれが!?・・・千年・・伯爵。」
伯爵とは初対面だ。とリナリーは伯爵をにらんだ。

 一方、その頃街では、街の人々が日常の生活をしていた。アレンはそれを窓から眺めていた。ティムキャンピーは相変わらず頭の上だ。
「アレンさん?寝てなくて大丈夫ですか?」
アレンが振り向くと、ヴィシュナが部屋に顔を覗かせていた。
「はい。大した事ないですから。それに・・・。熱は多分、普通の病じゃないです。」
「は、はぁ・・?あの、でもこれ飲んで下さい。体に良く効く薬湯なんです。」
アレンはヴィシュナの差し出した器を受け取って、一気に飲み干した。
「普通の病じゃないって、どういうことなんですか?」
アレンとヴィシュナは並んでベットに腰掛けた。

 森の中――。千年伯爵はいつもの笑みを顔に張り付かせている。
「赤毛のお嬢さんは初めて見る顔ですネ。どうも。初めまして。ところで、アレン=ウォーカーの姿が見えないようですが・・・。」
「どうだっていいでしょうっ!」
の声が伯爵の声をさえぎった。
「イノセンス、発動っ!」
の銃が光を纏う。はピタリと伯爵に銃口を向けて狙う。
「・・ほう。」
伯爵は笑ったまま、小さな呟きをもらした。
「街の人達のために 立ち塞がる彼の者を 貫いて!!」
が引き金を引こうとした。千年伯爵は笑いを含んだ声で言った。
「街の人・・・?どうでしょうね。」
その言葉にリナリーが首をかしげると同時に、街の方で悲鳴が上がった。そして、千年伯爵は姿を消す。とリナリーは街へと走り出す。逃げ惑う街の人々。壊れた家々。そこでアレンが一人で戦っていた。街中のおびただしい数のアクマと。
「アレン君。一体何があったの!?」
「リナリー。。無事ですか?周りの森から突然アクマが現れて。続々と増えてるんです。」
問いかけるリナリーにアレンはアクマから目を放さずに答えた。
「何あれ!?」
が声を上げた。
「街の人が減ってるの。アクマに倒されたわけでもないのに、さっきから次々に掻き消えていくの。」
アレンとリナリーは周りを見回す。確かに次々と町の人達は消えていく。まるで、幻のように。その代わり、アクマの数は増えていく。
「とにかく、アクマを先に!」
アレンの言葉に、リナリーとは再びイノセンスを発動して戦う。はある程度、大きなものだけをゴスペルで確実に倒していく。リナリーは地を蹴り、宙を舞うように足を振る。アレンは右手で防御し、あるいは左手で攻撃する。が一旦アレンのそばに戻ってきた。大きなものは倒し終えたらしい。森からのアクマも出てこなくなった。
「アクマが上空を通ったのは、この周りに配置していたに過ぎない。私達を街の中に閉じ込めて、いぶり殺すつもりなんだわ。」
のいつになく、真剣で重い物言いにアレンはゾクリとした。あの時と同じ。猛禽類のような鋭い瞳。それでもまだ優しい光は奥に宿っているのをアレンは見た。
「あとは・・・。セイクリッドでいける!アレン。ヴィシュナさんは?」
は銃を通常の状態に戻して構えつつ聞いた。
「家の中で隠れてもらってます。ずっとガードしながら戦っていたので、ヴィシュナさんの家はまだ無事です。」
「いやな・・・・・・予感がするわ。」
セイクリッドを連射しつつ、はつぶやく。リナリーも一旦そばに戻ってきた。
「危ないっ!」
リナリーがとっさにを突き飛ばした。その次の瞬間、背後から襲ってきた一条の光がリナリーを貫いた。
「リナリー・・・?」
アレンの声がかすれている。リナリーの体はその場にドサリと倒れ伏した。は光の放たれた方をギッと睨む。
「ヴィシュナ!やっぱりあんたが。」
その視線の先にはヴィシュナがいた。
「お前みたいなカンの働く人間は初めてだョ。」
ヴィシュナの姿をしたアクマは不機嫌そうに言った。と、今度はアレンがの横に膝をついた。そして、倒れこむ。
「アレン!」
の瞳が一瞬にして元に戻る。アクマがニタリと笑う。
「ようやく薬が効いたようだネ。良く効くでしょ?あの薬湯。もう、体は動かないョ。」
ぷっつん
の中で何かがキレた。のブルーの瞳に鋭さが戻る。しかし、その瞳の奥に優しさはもうない。もう一欠片も。
「許さない。リナリーとアレンをこんな目にあわせて。この街はすでに無くなってたのもあんたの仕業?」
「ヒャハハ。それはどうかなァ?後で調べてみれば?・・・生きてればの話だけど・・ネ!」
アクマは凶々しい光をまとった。そして手をに向ける。その手から衛星ビームよろしく光が放たれる。は紙一重でかわす。その後へそのアクマそのものが向かう。は黙ったまま銃口を向けた。
「イノセンス、第2開放。・・・テトラグラマトン!」
ダンダンダン
は連射した。ゴスペルと違って連射できるほど、発射時の反動がない。しかし、威力は最高だ。アクマはよけられず、三発とも食らった。そして、の目の前で爆発した。の中の怒りはおさまる所を知らず、今にも全てを滅ぼすほどだった。アレンはまだ自由に動かぬ体を必死に動かし立ち上がった。そのアレンには向き直る。目の前に立ちふさがるものを貫く――。今のにはそれしかない。が銃口をアレンに向けかけた。しかし、少し早くアレンがを抱きしめた。
「大丈夫。僕もリナリーも大丈夫です。・・だから、も戻って来てください。」
の手から銃が落ち、目が一旦閉じられた。が再び目を開けると同時に、アレンが力尽きに倒れこむ。
「ぅわっと・・。」
突然の重みにはアレンにのしかかられるようにして、ペタンとその場に座り込む。は全て元に戻っていた。
「あの〜、アレン?はっ!リナリー!リナリー!?」
はアレンを横たえると、リナリーにかけよる。ケガはしているが、なんとか息がある。大丈夫そうだ。

 数日後。本部に戻ってきて数日がたっていた。リナリーはしばらくは絶対安静だ。本人はともかく、コムイがそうしろと、駄々をこねたとか、こねないとか。と、いう噂が広まっている。は感情をコントロールしろと訓練させられ、薬湯の効果が切れ、一番早く回復したアレンはクロウリーと別の任務へ行っていた。そんな中、は先延ばしにしていたヴィシュナの街での事をコムイに話した。
「ヴィシュナさん・・・。一人じゃなかったんです。だから、アクマになっちゃったんですよ。父さんを亡くして、辛かっただろうに・・。アクマになってまで。」
コムイはにうなずいた。
ちゃん。こっちでも色々調べた。ヴィシュナの父親は確かにファインダーだった。でも、その父親が死ぬ前にヴィシュナは死んでいる。ただ、姉が一人いたらしいよ。瓜二つの姉がね・・。」
「コムイさん。ここでは、そんな悲しい事しかないんでしょうか?」
しかし、コムイはそれには答えず、こう言った。
ちゃんは、次の任務からしばらくアレン君と二人だけで行動してもらうよ。しっかりね。」
コムイは笑顔だった。少々シスコンのようだが、包容力は並じゃない。
「は、はいっ。」
は明るく笑って返事をした。

 「え?セイクリッドの威力が上がった?」
「うん。何かね。今まではダメージだけだったんだけど、レベルの低いアクマなら、一発で倒せるの。」
アレンと二人で任務に当たるようになって、のイノセンスは少しばかりパワーアップを遂げていた。
「僕のイノセンスも形とか、タイプとかは変わったけど・・・。原因とかわからないんですか?」
「うん。なんでだろーね。」
肩を並べて街道を歩き、目的地を目指して歩きつつ二人は信頼度が格段に上がったことを感じていた。
「ミリティアはみんなそれを使ってるんですか?」
「んーん。色々。私が愛用してるのが、ハンドガンサイズのセイクリッド。場合によっては、マシンガンとか、バズーカ砲とか。パイナップルも使うかな。」
「パイナップル?美味しそうな名前ですね。」
は苦笑する。
「パイナップルに形が似てる手榴弾の事よ。」
「火器が多いみたいですね。」
「うん・・・。でも、マグダラはそれが普通なの。」
は遠い目をする。アレンはそっとを抱き寄せて、髪をなでる。今の街道に人気はない。
「アレン?」
はキョトンとした表情でアレンを見上げた。その顔を見て、アレンはとぼけたような声を出した。
「あれ?」
ふと、アレンの思い違いには気付いた。そして、吹き出す。
「プッ。泣き出すと思った?」
「は、はい・・。まぁ。」
「私そんなに弱くないよ。強くもないけどね。」
そう言って、は笑い出す。アレンも恥ずかしいのか、少し頬を赤く染めて、苦笑した。

 目的地の手前の宿場町へ行く途中。二人は道に迷った。
「おかしいなぁ。前の街の宿の娘さんに、次の街までは一本道。ペンギンさんでも間違いないって聞いてきたのに。」
「もうすぐ夜だね。どーしよー。」
顔を見合わせ、二人はため息をついた。アレンの頭の上のティムキャンピーもため息をつくような仕草をした。
「野宿かな。」
はサバイバルは初めてだ。知識はあるが、それが実践で使えるかどうかがものを言う。ゴリゴリと木切れと木切れをこすり合わせて火を起こそうとした。・・が。つくにはついた。
「わーい☆付いたぁ。・・・っ!あちちちっ。火か付いた!?」
団服の裾の一部がちょっぴり焦げた。やっと付いた火にまきをくべると、パン!と音が鳴って、はじける。生木を入れたらしい。なんだかんだで、色々と痛々しい野宿であった。アレンもさすがに不安になった。
「だ、大丈夫ですか?。」
「何とか・・・。」
二人並んで、街道脇の大木によりかかり、明るくなるのを待つことにした。

 翌朝、アレンが目を覚ますと、の姿はなかった。アレンは慌てて立ち上がる。
ッ!?」
荷はある。銃がない。アレンの不安が募る。鼓動が大きく、激しく打つ。
「何かあったんじゃ・・。」
アレンの耳にかすかな水音。時折聞こえる水の音を頼りにアレンは草木をかきわけ、そして、視界が開けた。川、だ。

                         D.G−Dに続く






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