D.G−D『修道騎士とエクソシスト』









「誰っ!?」
声とともに銃口が向けられる。振り向くとがいた。
。」
「あ。アレン。驚かさないでよ。」
二人は同時に安堵の息を吐く。
「何してたんですか?」
「お風呂。夜が明けたら、誰かが忘れたらしい農具を見つけてね。川もあったから、昨日の火から少し分けて、こっちに持ってきてね、石を焼いて即席の・・・。」
「そうじゃなくて!」
珍しくアレンが声を荒げた。はびくっとした。
「出歩くなら、そう言って下さい。僕に一言ぐらいかけてから!もし何かあったら・・・。」
「・・・ごめんなさい・・・・・・。今度からちゃんと言うから・・。」
はだんだん涙声になっていく。やがてポロポロと涙がこぼれだした。アレンの心がズキンと痛む。アレンはたまらずかけよった。
「すいません・・・。心配、だったんです。は、今の僕にとって、大切な人なんです。」
更にの目に涙があふれた。
!?」
アレンがを心配そうに覗き込む。
「大丈夫、だよ。今度は嬉し涙。こんなに心配してくれたの、アレンが久しぶり。」
アレンはほっと息をついた。
「次からちゃんと言ってくださいね。」
「・・・・・・・・・・うん♪」
に笑顔が戻った。と、が指を差した。そちらを向くと、街へと続くまっすぐな道があった。
「あ・・・・・・・・・。あれえ?」
アレンとの目が点になった。
「こんな近くにあったんですね。」
「うん。」
二人は自然と手をつないで歩いた。荷を取りに行くまでの間であったが。そんな短い間でも、今の二人には十分だった。絆を固く結びつける時間は。
「宿場町でも泊まらないのよね。」
「後れを取り戻さないと。昨日の夜にはここに着いているはずでしたから。」
二人は足早に街に入る。そこでぎょっとした。街の中は芋を洗うように人々が詰まっていた。
「これは、一体・・・。」
「何でしょうねー?」
一旦足を止め、臭いに気づく。
「うっ。お、お酒の香り・・・。」
「そのようで・・・。あの、おば様。そのたくあん、引っ込めていただけます?」
アレンがふとの方を見ると、酔っ払ったおばさんに、漬物のたくあんを勧められていた。
「それ、日本にあるって言うツケモノ・・・ですよね。」
「たくあんくらい、コロニーにも存在してるわ。」
アレンもどこぞのおじさんにお猪口を押し付けられていた。
「すっ、すいません。僕、お酒は飲めな・・・。」
「ノンアルコールでお願いしますー!」
二人が酔っ払い達の人ごみから抜け出したのは、それから数十分後の事であった。人々が詰まっていたのは、街の入り口から中央広場までで、その広場を区切るように流れている、明らかに人工的な川があり、そ売れが境界線のようだった。二人が川を越えて、向こう側のベンチで休息を取っていると、黄色いバラの花が差し出された。二人が見上げると、花売り娘がニコニコ笑っていた。アレンには少し苦い記憶がある。
「お客さん、災難だったね。みんな、江戸から来た美冬って人のお酒飲んで、ああなったの。子供に害はないけど、迷惑は迷惑ね。」
娘は小声で言った。
「美冬さんって、誰なんですか?」
アレンは問いかけつつバラを受け取る。
「先日やってきた、江戸の人ね。この街のはずれに住んでるよ。」
娘は東の方を示した。アレンは花代を払って立ち上がる。も立ち上がった。
「この先に行くなら、南の方から行くといいね。」
「ありがとう。」
が言うと、娘は笑って去っていった。
「旅人に助言するメッセンジャーみたいね。」
「そうですね。あ、そうだ。」
アレンは黄色いバラをの髪につけた。髪飾りのアクセントのように。
「似合いますよ。」
は頬を赤く染めた。
「アレン。黄色いバラの花言葉ってって知ってる?」
「・・・さあ?」
「『あなたにふさわしい』って言葉なの。男の人が、自分はあなたにふさわしい人ですってアピールするって事でもあるんだよ。だから・・・。」
アレンも赤くなる。
「ぼっ、僕、そんな事、知らなくて・・・。でも、その花をあげた人がで良かったです。」
「え・・・。」
「僕も。僕も好きなんだと思います。の事。」
その言葉を合図にしたように二人の頭がヒートした。心臓が爆発しそうにドッキンドッキンと高鳴る。
「すいません。任務中に。」
「ううん。嬉しい。ありがと・・。」
二人はそれを最後に任務に集中する事にした。

 「さん!アレンさん!」
前方でファインダーの少年が手をブンブン振っている。とアレンは少年にかけよった。
「良かった。予定より遅いから、心配してたんですよ。」
二人が彼と出会ったのは、美冬がいるという街の外れに近い所だった。
「状況は?」
はすぐ任務の話を促した。ファインダーは大きくうなずく。
「今の所、大きな動きはなく、レベルの低いアクマがごく小数出てくるくらいなんですが・・・。その、ある女性がおかしな行動をしていて。被害はあまりないようです。」
「ある女性って、美冬さん?」
「あ、はい。ご存知ですか?」
アレンはこの待ちの状態を話した。すると、少年は驚いた表情になった。
「まさか!わずか二日でそこまでの大事になるなんて。僕が来たときは夜だけだったんです。」
昼間からの状態は知らなかったらしい。
「と、とにかく、仲間が待ってます。こっちです。」
少年は見冬の所へと向かう道を歩き出した。そのとたん、三体のアクマが現れた。が銃を出し、三発でしとめる。ミもフタもなかった。
「本当にパワーアップしてますね。今のセイクリッドでしょう?」
「うん。」
今のセイクリッドの威力を目の当たりにして、アレンは少し安心した。これなら、イノセンスの第2開放をしなくても、なんとかなるかもしれない。あんな、我を忘れたようなは二度と見たくない。好きな女の子には、いつも笑顔でいて欲しい。それは、人として当然の事であった。後は、ずっとそばにいてあげれば、淋しい思いもさせなくてすむ。
「ありがとうございます。さすが、エクソシスト様ですね。」
ファインダーの少年は素直にお礼を言った。
「そういえば、名前は?」
「あ。申し遅れました。レグといいます。よろしくお願いします。まだ、新米なので。」
「なぁんだ。私とそう変わらないね。」
は笑った。そうだ。もアレンと行動するようになって、結構経つが、実戦経験はずっと少ない。
「あ。ただいま戻りました!」
レグが仲間のファインダーに声をかけた。
「レグ!無事だったか。その方達だね?」
「はい。コムイ室長に聞いたとおり、アレンさんとさんです。」
しかし、他のファインダーは怪訝そうな顔をした。
「女の方はシスターだと聞いていたが・・・。」
は一歩進み出た。
「元ミリティアのシスターでした。でも、今はエクソシストのです。」
「・・・おそらく、連絡漏れだろう。とりあえず見てくれ。」
最初に声をかけてきたファインダーが三人を物陰へと引っ張り込む。
「正面、裏、上から地がづこうとしたのだが、その度にアクマに邪魔され、半分以上が命を落とした。残ったのは我々。十人にも満たない。」
「他に手はないんですか?」
アレンが聞く。一同は首を横に振った。すると、がさらりと言った。
「地下から行けばいいじゃない。」
に視線が注目する。
「少し時間はかかるかもしれない。けど、少しはなれた所から掘り進んでいけば、あるいは。できるトコまでやって、調査するのが、ファインダー、でしょ。」
教団に入ったとき、コムイに色々と説明してもらった。そのときは、なぜファインダーが存在するのかわからなかった。イノセンスどころか、たいした武力もない彼らがなぜ、命をかけるのか。今はこう思っている。ファインダーたちは、ファインダーとしての仕事に誇れる部分を見出したのではないか。マグダラに入ってすぐ、実働部隊に志願し、とんとん拍子にミリティアにまでなれただったが、それはたまたま優秀なパートナーがいてくれたからだ。一人の力ではない。どちらかというと、平和に導くというより、ピンチに導くシスターだった。それこそが、シスターエリサの胃をキリキリいわせていたのだ。
「・・・どうやって?」
ファインダーの一人がボソリと言う。
「どうやって、掘っていくんです?」
「知らんっ!」
は即そう答えた。しかし―――。
「とわいえ、・・・。言いだしっぺは私だからね。いっそ、掘るのはやめて、家ごと吹っ飛ばすっていうのは?」
「それはいくらなんでも、どうかと。」
自身、ナイスアイデアと思っていたものを却下され、は少しぶんむくれた。
「じゃあ、どうするのよぅ!」
「あのぅ・・・。出かけるようですが。」
レグの声に振り返ると、見冬らしき女性が家から出てきた。アレンの目にアクマと化した魂が映りこむ。
「あの人は・・・アクマです。」
一同が「えっ」とアレンに視線を向ける。
「酒職人のアクマっているものかしら?」
「・・・さあ・・?でも、今まで出会ったアクマが人間と同じ行動をしていなかったかっていうと、全くという事はないですし。」
「とりあえず、追ってみようか。」
アレンとの間で話が決まる。と、辺りを見ると、ファインダー達の姿がない。二人が寄り添うように話しているのを見て、退散したのだろうか。
「・・・行きましょう。」
「うん。」
二人はしばしして、美冬の後を追った。その後姿に向かって、レグがこっそりエールを送っていた事を二人は知らない。レグ達は気付いたのだ。二人の間の感情に。

 「こんな時だけどね、私はちょっと嬉しいの。アレンと二人きりだから。」
は小さい声で言う。アレンはすぐに応える。
「僕もです。任務中だけど、僕ずっとと一緒にいたいです。」
ティムキャンピーはアレンの荷の奥へと入ってしまった。二人はきゅっと手をつなぎ、美冬の追跡を再開する。美冬は街の方へと向かう。
「このまま行くと、街ですね。何をするつもりでしょう?」
「どっちにしろ、見過ごす事はできない。目的地はこの先だけど、ここも放っておけないものね。」
二人がうなずき合うと、見冬が立ち止まって振り返った。
「私に何の用?エクソシスト。」
「気付いてたの。なら、話は早いわ。あのお酒は何?」
「日本のお酒よ。アルコール度数が高いだけ。言っておくけど、私に酒を造らせたのは、人間よ。その人間には逆らえない・・。私は・・・傀儡の身。いずれ、消滅するでしょうね・・・。」
美冬の肩にかかっている長い黒髪がさらりと揺れた。
「どういう事?あなただって千年伯爵の・・・。」
美冬は静かに首を横に振る。
「違う。私は関係ない。私はあの人間の男には逆らえない。ここで、酒を造れと言われた。」
アレンは思い出す。以前、ラビに聞いたチョメ助。アクマでありながらも、人間に、エクソシストに従わなければならなかった。そうしなければ、存在できない。チョメ助はラビ達を助け、導いてくれたと聞く。
「そんな事、あるわけ・・・。」
。」
アレンはの言葉をさえぎった。つないだ手はいつの間にか放れていた。
「ラビに聞いた事があります。僕の師匠に従っていたアクマの事・・・。美冬さんも同じ類のアクマですね。」
美冬は小さく笑う。
「その通りよ。でも、私も、従い続けるのはもうウンザリ。私は消える場所を探すの。あと数日でお酒の効力もなくなるわ。」
「・・・え?どういう・・。」
は困惑した表情を浮かべた。
「サヨナラ。・・・時間がもう来たみたい。」
美冬の唇が『ごめんなさい』と動き、消滅した。
「美冬・・・さん。どういう事なの、アレン?」
アレンは話した。自分のイノセンスを復活させるため、アジア支部にしばらくいた事。その間、リナリーやラビ達がどうしていたか。そして、チョメ助の事も。
「ほとんどラビから聞いたんですけどね。」
「そう。そんな事が。美冬さん、ごめんね。疑って、ひどい事言って・・。」
はうつむいた。それでもすぐ顔を上げた。
「行こう、アレン。哀れなアクマの魂を救済するために。」
「はい。哀れなアクマに魂の救済を。」
美冬の家は消えていた。そして、レグが戻ってきていた。
「あっ。アレンさん、さん。」
「レグ?」
とアレンがレグにかけよる。すると、レグは紙の束を取り出した。
「コレ、新たに本部から届いたんですけど、今回の目的地。イノセンスがある可能性は低めでしたが、他のファインダーが手がかりを見つけたとかで、可能性が高くなったそうです。その後のそのファインダーの消息は不明ですが。」
アレンとは紙の束に書かれた事にざっと目を通し、うなずきあう。
「すぐ、向かいます。」
「僕はその村の外で待機してますので、何かあったら知らせてください。」
今回の目的地は町ではなく、村だった。名前は知らない。しかし、にとって、そんな事はどうでも良かった。消えたチョメ助や美冬のためにも、少しでも多くのアクマの魂を救いたい。それだけだった。
「どんな現象が起こっているのか、ハッキリすると、解決の糸口もすぐ掴めそうですね。」
「・・・・・・。」
は応えない。あの時、千年伯爵が、自分とリナリーに何も仕掛けてこなかったのが、今になって、とても気になりはじめた。
「アレン。アレンは千年伯爵と、どういう関係?」
はそう聞いていた。アレンの目が大きく開かれる。
「千年伯爵は、アレンの事、よく知ってるみたいだった。」
アレンは重い口を開いた。
「僕のイノセンスは生まれつきです。それを初めて発動させるきっかけを作ったのが千年伯爵。マナを。僕の義父さんを・・。僕は、アクマにしてしまったんです。伯爵とはその時に。それ以来、僕は呪われました。」
アレンは自らの額を示した。
「その逆五芒星ってそういうものだったの。でもね、アレン。私にしてみれば、アレンは呪われてなんかいないと思う。何か、こう・・・。うまく言えないけど、私、アレンの笑顔見ると、嬉しいし!笑顔の魔法?みたいな・・・。えーっと。」
が言葉を探し、選んで悪戦苦闘していると、アレンは笑った。
「ありがとう。。」
スリーアウトだった。チェンジはない。ゲームセットだった・・・・・・。のドキドキは最高潮だった。
「どっ、どういたしましてぇっ!」
アレンはそんな事言われたのは初めての事だ。アレンのへの想いは確信に変わってゆく。この時、アレンはを心底愛しいと思っていた。
「あれ?ちょっと待って。そのマナさんって、男の人よね。私の母さんの名前もマナっていうの。偶然ねー。」
「ええ。そうですね。」

 村は平和そのものだった。と、いうより、街に近い。黄色いレンガの道。遠い異国の建造物。畑には二本足の案山子。歩くブリキの人形。子犬が走り回り、ライオンが歩き・・・。
「えー・・・と。さっき見た資料には、村は壊滅。翌日には、メルヘンに復活。」
「それにしては・・。」
「ずいぶんと変ですね。」
「イノセンスだよね。この前本部で会ったミランダさんのイノセンスみたいなのかと思ったけど、違うみたいね。」
アレンも同意する。
「僕も似たものかと思ってました。ずいぶんと可愛いイノセンスですね。」
「別にこのままでも良さげな気がするけど、イノセンスは回収すべきよね。」
二人はやたらメルヘンな街を歩き出した。
「何か、見覚えあるよ〜な・・。」
のつぶやきにアレンが聞いてくる。
「見覚えあるんですか?」
ティムキャンピーも荷から出てきて、をのぞきこむ。
「確か、小さい頃に本で読んだ・・。あっ。思い出した!『オズの魔法使い』。アメリカという国のカンサスってトコで生まれた女の子が、ペットの子犬と一緒に竜巻に家ごと呑まれて、カンサスに帰るため、魔法使いの中で最も力の強いオズ大王に会ってお願いしに行くの。道中、脳みそが欲しい案山子と、心臓が欲しいブリキのきこりと、勇気が欲しいライオンが仲間になるの。」
「ああ、アメリカという国なら知ってますよ。そうすると、その話は地球で創られた話ですね。おそらく、イノセンスはその話に関係するドコかに・・・。」
アレンが歩きつつ辺りを見回す。
「とりあえず、誰かに話を―――。」
「アレン、アレン!」
が方をペシペシ叩く。
「今、あの大きな建物に普通の人間っぽい人が入っていった。あそこになら、まともに話ができそうな人がいるかも。」
「行ってみましょう。」
アレンはうなずいた。しかし、何歩も行かないうちに二人は足を止めた。アレンの左目が数体のアクマを捕らえ、はすでに銃に手をかけている。アクマがすっかり姿を現すと、メルヘン村のもの達は、なんだかメルヘンな悲鳴をあげて逃げ惑った。
「イノセンス、発動っ!」
アレンは走り、爪のついた黒い左手を大きく振りかぶる。もセイクリッドで、アクマを撃ち倒していく。目の前に夢中では背後に迫っているアクマに気づかなかった。
ッ!」
アレンは慌ててかけより、を抱きしめ、かばった。アレンの体には、いくつかの黒い星のようなものが浮かんでいたが、それもすぐに消える。
「大丈夫ですか?あの攻撃には気をつけてください。」
「私より、アレンのほうが・・。」
「僕には効きませんから、平気です。」
はアレンに抱かれ、胸が高鳴っていた。きゅうっと苦しくなる。

                            D.G−Eに続く






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