D.G−E『修道騎士とエクソシスト』









「私・・・心臓が破裂しそう・・・・・・。」
「えっ!?し、心臓っ!?」
アレンが驚く。と、、の目にアクマが映った。のドキドキがとたんにおさまってくる。そして、アレンの肩越しには銃をぶっ放した。アレンはすっと腕の力を緩め、後ろを振り返った。
「・・ありがとうございます・・・。」
「アレンも気をつけて!」
はするりとアレンの腕を抜け、残りのアクマに向かう。そして、全てを倒した後。被害は少なかった。そこですぐさま、先程の建物へ向かった。

 「ひゃああぁぁぁ・・・・・・。」
「うわー・・・。」
二人は静かに驚きの声を漏らし、天井の近くまで見上げた。壁を埋め尽くす本、本、本。どうやら図書館らしい。
「コロニーにもあったけど、もっとずっと小さくて、本の数も少なくて・・・。」
はコロニーの話をするときいつも、淋しげな、いとおしいものを探すような目をする。その目を見ると、アレンは少し悔しくなる。自分がの寂しさを取り除くと言ったのに、全く取り除けていないという事になるからだ。
。話を聞きに行きましょう。」
アレンの声が少しムッとしていた。
「・・・アレン。怒ってる・・?」
の言葉に、アレンは思わずの肩をつかんでしまった。
「アレン・・・?」
アレンはの両肩に手を乗せて、真正面から見つめた。
「そんな目をしないでください。あなたには僕がいます。それとも、僕じゃ不満ですか?」
はぷるぷると首を左右に振る。
「不満なんてないよ。でも、私は15年間コロニーにいた。6歳の頃からシスターだった。コロニーの全部を知ってたわけじゃないの。広い世界に戸惑いを感じてる。それだけよ。」
アレンはをそっと抱いた。
「僕は全てを受け入れるつもりですよ。の全てを。」
「ありがとう。アレン。」
はアレンに身を預けた。図書館はがらんとしていて、二人の周りには、人っ子一人いなかった。

 それから、しばしして、二人は奥へと足を踏み入れた。その図書館はいくらかまともだった。
「外側は少しメルヘンでしたけど、中は普通ですね。」
「そうでもないわよ。」
が本棚に近づいて言った。
「本を見て。『森の動物』・『よいこの絵本』・『ペン子ちゃん』・『はたらくおじさん』。子供向けの絵本ばかりよ。」
アレンも本棚に近づいた。
「本当だ。哲学書とかはないんでしょうか?」
「早く、誰かに話を聞こう。」
二人は更に奥へと進む。すると、ちらほらと人の姿が見えてきた。外を闊歩しているブリキの人形達とは違い、普通の人間のようだ。

 「え?おかしな事?」
二人が話しかけると、少女は本を抱え直して、首をかしげた。亜麻色の髪がサラリと揺れた。
「ここがメルヘンの世界になりつつある事ぐらいかしら。」
「いつからなんですか?」
アレンが聞くと、彼女は周りを見回して、声を潜めた。
「待って。ここじゃ話しにくいわ。個室になってる特別読書室があるの。そこへ行きましょう。」
そういって、少女は二人を二階へと導いた。
「二階は読書室なのね。」
が声を潜めて言う。なぜなら、そこは広いホールのような所で、長机とイスがたくさんあり、何人もの人が読書中だった。一言も喋らず、とても静かだからだ。
「こちらです。どうぞ。」
少女がホールの隅にある扉を開けた。二人が入ると少女は言った。
「中からは防音になっていて、どんなに騒いでも、外には聞こえません。ごめんなさい。あなた達に恨みはないけれど、もう少しこのままでいさせて。エクソシスト―――。」
少女は部屋の外に出ると、扉を閉めて、鍵をかけてしまった。
「しばらくそこにいて。」
少女の足音が遠ざかっていった。
「・・・やられた。あのコ、私達をここに閉じ込めて、どうする気かしら?」
が中に設えられたイスに腰掛けた。
「えっ!?閉じ込め・・って、僕達ここから出られないんですか?あっ。こっちには鍵穴がない!」
アレンは焦って部屋の扉と窓の至るところを調べ始めた。は至って冷静だった。
「扉を壊すしかなさそうね。」
はポケットから、通常の弾の入ったマガジンを取り出した。
「それは?」
「従来の銃の弾。他にもっとあったけど、一コしかもって来てないから、無駄遣いはできないけどね。」
はちんぷんかんぷんという顔のアレンに背を向け、扉に向き直った。
「一発じゃ、無理そう。アレン。背中を預けていい?」
「はい。」
アレンは大きくなずき、と背中合わせになり、窓の外に目を向け、身構えた。二人はきっちり同時にアクマの気配を感じ取ったのだ。感じからすると、いつもの形容しがたい浮遊物のほうだろう。あの銃口みたいなものは、結構無茶な方へも、くいっくいっと曲がるのをは見たことがある。それでも、自分は扉に集中しなければ、鍵を撃ち抜くことができない。だからこそ、信頼しているアレンに瀬を任せたのだ。はコロニーで背中合わせに構えた、シスターエリサとレトラ牧師を見たことがあった。レトラ牧師はマグダラの人間ではないが、よくマグダラを訪ね、キルシェのメッセンジャー的なこともやったし、時には共に戦ってくれた。その時の二人は、の憧れだった。
ダンダンダン!
の銃声が響いた直後、アクマの襲撃は始まった。
「イノセンス、発動!」
アレンの背に白き毛皮のようなものと仮面のようなものが現れ、両腕が変化する。白き右腕は人間を守るために。黒き左腕はアクマの魂を救済するために。最初こそ、ゾクリとしたが、今は違う。何か、暖かさすら感じる。の放った弾は、見事扉の鍵をノブごと撃ち抜いた。扉と反対側の壁をぶっ壊してなだれ込んできたアクマをアレンの左手が切り裂き、爆発する。
「何事ですか!?」
先程の少女が現れた。そして、扉に銃口を向けたままのと鉢合わせした。
「きゃ・・・!」
少女が悲鳴を上げそうになる。はくるっと向きを変え、少女に言う。
「逃げて。」
少女はアクマを認め、震えだした。足がガクガク震えだし、歯もガチガチ音を立てている。足がすくんでいるのか、動けないでいる。アクマの数はたいした数ではないが、そばにいては危ない。階下からも悲鳴が聞こえた。
「しまった!」
「こっちは僕が何とかします!は階下を。」
「うん。キミもここにいたら危ないよ。」
は少女の手を引いて走り出す。少女は怯えつつもに引っ張られるまま、走る。階段を下りつつ、はマガジンを抜き、セイクリッドに戻した。階下のアクマは三体。は階段を降りきると、続けざまに三回引き金を引き、アクマを倒した。中はかなり荒らされ、何人かが砂と化していた。上の方も静かになった。アレンがアクマを倒したらしい。
「・・・アレン?」
は急にイヤな予感がして、階段をかけ上がる。なぜか、少女もついてきた。あの部屋の前に来ると、そこにアレンが倒れていた。そして、そばに男性が座り込んでいた。
「アレン!一体、何が?」
はアレンにかけよった。その部屋の外側の壁は全壊し、天井も半ば吹っ飛んでいる。あとは、瓦礫の山。アレンはあちこち傷つき、腹や肩や額に打撲があり、口の中を切ったのか、口の端から血が流れ、傷だらけだった。命に別状はないようだが、気を失ってぐったりしている。
「音がしたんで見にきたら、瓦礫が飛んできてな。この人が身を挺してかばってくれたんだよ。」
男性が立ち上がって言う。少女はその部屋の状態を見て、ペタンと座り込むと、顔を覆って、泣き喚いた。
「いやあああーっ!もう、何も失いたくない!壊れる事のない、魔法の村になればいいのに!」
すると、少女の胸元で何かが光り、壁や天井がなおっていく。ただ、メルヘンに。メルヘンな部屋へと。そして、全てがなおると、少女は気を失って倒れた。男性は驚いた様子もなく、少女を抱き上げた。
「手当てをしましょう。どうぞ、私の家へ。」

 男性はラマと名乗った。奥さんと二人で暮らしているらしい。アレンと少女の手当てを終え、二人を客室に寝かせると、はダイニングへと招きいれられた。そして、勧められるままイスに座った。
「どうぞ。」
奥さんが紅茶を出してくれる。は軽く頭を下げた。
「あ、ども。おかまいなく。」
ラマは手を組み、口を開いた。
「さぞ、驚かれたでしょう。この村の状態に。」
「いえ、話だけは聞いていましたし。私とアレンは黒の教団のエクソシストなんです。あ、私はといいます。」
ラマは息をついた。
「あの子――。ジャニヤは両親を去年亡くし、この村で引き取って面倒を見ているのですが、ある時、アクマに襲われ、家々が多大な被害を受け、多くの命が失われました。それが、あの子が先程のように泣き叫ぶとこのようにメルヘンな村に・・・。」
確かにメルヘンチックだが、特に困ってはいないらしい。
「失われた命は戻りませんが、家を建て直す必要もないし。ただ、ライオンやら、ブリキの人形が住民として増えつつあるんですよ。」
少しは困っていたらしい。
「あのっ。イノセンスの力だと思います。えっと・・ジャニヤが胸に抱いている何かが光っていました。心当たりはありませんか?」
が聞くと、奥さんが答えた。
「あのこのペンダントでしょうか?御両親の形見だとか。」
「おそらく、それです。」
はうなずいた。

 その日、とアレンはラマの所に泊めてもらった。しかし、はとんでもないものを見てしまった。客室の扉を開けたら、ジャニヤがアレンの鼻にちゅーっとキスをしていた。二人ともちゃんと目は覚めている。
「何してるのよ!?」
が叫ぶように言うと、二人はに気付いた。二人の顔が赤くなる。ジャニヤはにチラッと視線を向け、そのまま部屋から走り出て行った。は扉を閉めると、アレンに歩み寄る。
「アレン・・。」
「いっいやっ。あの、。僕は・・・っ。」
アレンはうろたえた。
「消毒!」
ベットの上に座ったままのアレンの鼻に、はすかさずキスをしようとしたが、少しムカついたので、噛んでしまった。
「痛だだだだだっ!」
はそっと顔を離すと、アレンのベットの上にちょこんと座った。
「ところでは大丈夫なんですか?ケガとかしてませんか?」
アレンはすぐにの心配をした。は嬉しくなる。
「私は大丈夫。アレンも早く治るといいね。ラマさんがね、何日でもいていいって。」
アレンは少しうつむいた。
「・・・僕は、今回の事で少々不安になりました。を、大切な女の子を守ると決めたのに、このケガ・・。この先もを守れるかどうか・・・!」
アレンの言葉の途中でがアレンを抱きしめた。
「メ・・・、?」
「しばらくこうしててあげるから。こうすると、何か安心するでしょ?」
「はい。」
のぬくもりが、肌を通して心にまで伝わってくるようだった。心地よい暖かさ。まぎれもなく。それは、の優しさだった。アレンも腕をの背に回し、抱きしめた。アレンはの耳元で囁くように、しかしハッキリと言った。
「好きです、。」
二人はベットに座ったままの状態で、お互いの体温を感じていた。

 二日して、アレンは体に巻かれた包帯が取れ、後は額に張られたガーゼが残るだけとなった。なまった体をほぐすのと、病み上がりのリハビリがてら、二人はジャニヤを訪ねた。
「この前はごめんなさい。アレンさんの声が、初恋の人に似てたんです。その人も病で亡くなりましたけど・・。本当にすいませんでした。さん。」
ジャニヤはにも謝った。
「どうして、私に謝るの?」
「お二人は恋人同士でしょう。」
その言葉に、アレンとの顔がイチゴのように真っ赤になった。
「ま、まだっ。そこまでいってない!」
「そう、そう!」
二人は慌てたように、首や手をぶんぶんと振った。
「そ、それより、そのペンダントなんだけど、イノセンスと見て間違いないと思うの。そして、あなたはその適合者。」
「いの、せ・・・?」
ジャニヤは小首をかしげた。そこで、アレンが簡単にわかりやすく、説明をした。
「うすうすわかってはいたわ。でも、怖いの。何かが壊れていくのが、怖くて。でも、アクマのいないメルヘンの国もものは壊れない。壊れないものを思い描いて、ある時、ペンダントが反応したの。でも、まさか、私もエクソシストになれるなんて。」
は気になっていたこと聞いた。
「心に思い描いたことを実体化するイノセンスってことはわかったけど。・・・どうして、私達を閉じ込めたの?」
ジャニヤはややあってから答えた。
「・・・もう少し、もう少しで全てを壊れないメルヘンにできる。エクソシストがアクマを倒してしまったら、できない。でも、間違ってたわ。少なからず、人の命が失われるものね。」
ジャニヤは全てを悟った上で、エクソシストになりたいと願い出た。アレンもも大きくなずき、外で待機していたファインダーにジャニヤを任せ、一旦本部に戻る事にした。

 二人が、あの酔っぱらいの街に戻ると、酒の効力が切れたのか、昼夜問わず酔ってる人や、漬物を勧める人はいなくなっていた。
「お二人さん。」
声をかけられて、振り向くと、いつぞやの花売り娘が、果物をかかえて立っていた。
「あ、あの時の。・・・えっと?」
「黒の教壇のサポーターをしております、アンと申します。あの時は花売り娘に扮しておりましたが、今はいつもどおりに戻っております。・・・どうぞ。」
アンは抱えていた果物の中から、りんごを取り出して、二人に渡した。
「お二人の禁断の実です。レグたちは気付いているようです。」
アンは何か嬉しそうに去っていった。
「禁断の実?りんごにしか見えないけど。」
「・・・旧約聖書のアダムとイブ。禁断の実を食べて、楽園から永久に追放された。コロニーではこう言われているわ。『男と女は海と森のようなもの。本来一つであるべきもの。出会った二人が惹かれあうのは、自然の摂理』。」
が自然のものに感激してたのは、その言葉のせいなんですか?」
「かもね。」

 遠くの海と近くの森が一望できる高台で、アレンは足を止め、を抱き寄せた。
「僕は、僕とも海と森でありたいです。」
「私もそう、思ってた・・・。」
アレンの唇がそっとの唇に重ねられた。このキスが、勢いでも、どさくさでもなければ、生まれて初めてである事も、お互いよくわかっていた。の手がアレンの肩に添えられ、アレンの手がの肩から、背に回された。
『!・・・っ!』
二人は同時に何かに気付き、平静を装った。そのそばを通りかかったのは、子供が数人。近所の子だろうか。気付けばもう昼だ。おそらく、その子達は、お昼ご飯を食べに家に帰るところだったのだろう。それに反応したように、アレンのお腹が鳴った。
ぐるるるぅぅ〜
「ぷっ。」
は吹き出した。ティムキャンピーもどこからか飛び出し、の肩の上で、とびはねている。アレンは恥ずかしくなり、顔を赤らめた。
「昼食にしようか?」
「・・・はい。」
笑いを絶やさぬまま言うに、アレンは苦笑してうなずいた。

は先程のキスで、胸が一杯になったのか、食がいつもより細かった。アレンも心なしか、いつもより少ない。
「はいよ。サービス!」
店のおばちゃんが二人のテーブルに持ってきたのは、漬物だった。
「あの・・・?」
「いやね、どういうわけか、漬物やら、干物やら、酒のつまみ系がいやと言うほどあってね。お客さんに出したり、持たせたりしてるのさ。」
おばちゃんは笑った。すると、が言った。
「折り詰めにしてもらえますか?余ってるなら、もう少しひきとってもいいですよ。」
「本当かい!?願ってもない事だよ。好きなだけ持ってお行き。」
おばちゃんはいそいそと奥に戻っていった。
。どうするんですか?」
「おみやげ。いつも頑張ってるコムイさん達に。」
はニコニコしている。お土産に漬物はどうかと思ったが、アレンは黙っていた。が純粋にお土産をあげたいと思っているからだ。
「はい。」
おばちゃんが戻ってきた。手には折り詰めにされた漬物が袋に入っているものを持っていた。

 その日の夜は、ちゃんと宿に泊まれた。来るときのように迷わないよう、街まで行商隊に同行させてもらったのだ。その間、アレンはなんだか上機嫌だった。頭にティムキャンピーを乗せ、足取り軽く歩く。宿に着いてからも、だった。
「アレン。何だかとっても嬉しそうね。何かいい事あった?」
「もう、にはダメなところも見られてるし。自分そのもので向き合えるからです。実は、全てを好きになってくれた人も、全てを好きになった人も初めてなんです。」
アレンにとって、新鮮なものだったに違いない感情は、とても暖かいものだった。

                           D.G−Fに続く






D.G『修道騎士とエクソシスト』に戻る