D.G−F『修道騎士とエクソシスト』










 その日の夜更け。―――。は熱を出した。隣のベットで寝ているの異変に気付いたアレンは飛び起きた。
!しっかりしてください!!」
は荒い呼吸を繰り返すだけだ。アレンは部屋を飛び出すと、まだやっている、一階の酒場のカウンターにかけよった。事情を話すと、バーテンはまともに顔色を変えた。とても心配性のようだ。

 宿の主人はすぐに医者を呼んでくれた。夜中にたたき起こされた医者はイヤな顔一つせず、ちゃんと診てくれた。医者は女性だった。いつもなら、ブックマンとの合流をするところだが、今はラビと遥か遠くの地へ向かっていて、つかまらない。
「激しい疲労と衰弱。急激な環境の変化からだろうね。心の中の不安や恐れが体に支障をきたしたんだろう。ストレスがたまってるみたいだから、ゆっくり休ませてやりな。彼氏君?」
「あ、はい。」
アレンは自然にうなずいていた。少々、男勝りな女医にいわれたところで、照れたりはしない。今はの容態の方が重大だ。アレンと女医の前で、の呼吸が安定した。
「・・落ち着いたよ。明日一日は安静にしてな。」
「はい。ありがとうございました。」
部屋にアレンとが残されるのを待って、ティムキャンピーが心配するように、の枕の横にフワリと降りた。
「僕は・・・・・・。何やってるんだ。ごめん。・・。」

 「・・・ん・・。」
アレンは髪を優しくなでられるのを感じて目を覚ました。いつの間にか、そのまま突っ伏して寝てたらしい。
「あ。起こしちゃった?」
顔を上げたアレンの頬にの右手が触れた。アレンはその右手をそっと握って身を起こした。はベットに半身を起こし、窓から差し込む朝日の中にいた。アレンは一旦手を放し、すぐにを抱きしめた。申し訳なさと、安心感がごっちゃになって言葉が出てこない。
「・・・・・・・・・・。」
すると、の手がアレンの背に回され、ポンポンと子供をあやすように、アレンの背が叩かれる。
「うん、うん。もう、大丈夫だから。心配かけてごめんね。」
ぐうぅ
のお腹が鳴った。せっかくのムードが台無しだ。
「そういえば、お腹すきましたね。何かもらってきます。。今日は一日安静に。じゃ、いってきますね。」
アレンはの額に優しくキスをすると、部屋を出て行った。
「ありがとう。アレン・・。」

 数日後。アレンとが、コムイに全てを報告すると、コムイは静かに聞いてきた。
「環境の変化か。・・・ちゃん。コロニーに帰るかい?」
「え・・・。」
目を見開くに、アレンは視線を送った。もし、帰ると言ってしまったら?という不安が広がる。
「か、帰れるんですかっ!?コロニーに。マグダラにっ!」
は身を乗り出す。
「シスターエリサが事あるごとに通信してくる。それもちゃんの事ばかり。」
「シスターエリサが・・。」
の心にじんわりと暖かさがこみ上げる。
「ただし!イノセンスは置いていってもらうよ。僕らとも縁は切れる。会うことはおろか、通信もできない。」
『!』
アレンとが同時に反応した。はイディの言葉を思い出した。
の優しさは、ミリティアの器では小さすぎる>
の心が満たされていく。
「・・・私は、もうミリティアとして生きることはできません。」
<あの青き惑星で見つかるといいな>
アレンと一緒なら、なんでもできる気になっていく。
「私はもうここで、生きる道を、糧を。自分相応の器を見つけてしまったから。」
はいつの間にか伏せていた目を上げ、ハッキリと言った。
「私の家族はここにいます。それに、いとおしい人のそばにいたいです。」
その言葉に、コムイは笑みを浮かべた。
「シスターエリサには、そう伝えておくよ。じき、また任務を出すから、それまでよく休んでおいて。」

 ラビが戻ってきたとき、ミランダが物陰に隠れるようにしていた。
「ミランダ。何してるさー?」
「あっあっあの・・・。」
ミランダが示す方を、ラビはひょいっと覗き見た。の部屋の前で、人目を避けるように、開けた扉の陰で、アレンとがキスをしていた。ラビは慌ててミランダの横に身を潜めた。声も自然と小さくなる。
「な、何?どういうコトさー?あの二人。」
「み、見てはいけないものを見てしまいました・・・。ああ、私ったら・・・・・・。」
そこで二人の声が聞こえた。
「じゃあ、また。」
「うん。」
扉が閉まり、アレンの足音が遠ざかっていく。ラビとミランダは動けない。
「・・何してるの?二人とも。」
リナリーが不思議そうに二人に声をかけた。
「リナリーちゃん。今、大変なものを見てしまったの・・・。私どうしたらいいか・・・・・・。」
いつも通りのミランダはともかく、あのラビまでもが、コソコソしているのはおかしい。
「ラビ。何かあったの?」
ラビはとっさにウソをついた。
「な、何でもないさー。」
「そう。」
リナリーは不思議そうにしつつも歩き去った。
「ミランダ。今見たことは二人だけの秘密さー。」
「・・・ええ・・。」
二人は大きくうなずきあった。

 は部屋の中で、胸がドキドキしてるのを感じていた。
「今になってドキドキしてる・・。私、アレンとキスしちゃった。・・・兄さん。私ね、今幸せだよ。そっちはどう?」
応えはないとわかっていても、ついそう言ってしまう。それだけ、にとって兄は大きく、絶対的な存在なのである。

 「となり、いい?」
が一人淋しくランチタイムをしていたときだった。
「リナリー!どうぞどうぞ。探したんだよ〜。」
「珍しいわね、一人なんて。」
リナリーはの隣に腰をおろしつつ、言った。
「うん・・。アレンはラビやブックマンのおじいちゃまと任務に行ってるし、ミランダ姉さんも、クロウリーさんもつかまらないし。神田さんも、私を嫌ってるみたい。」
は色々と人によって、それぞれの呼び方で呼ぶようになっていた。
「神田が素気ないのは、いつもの事よ?」
「・・・モヤシの根っこって言われた。親しみ込めて、ユウさんって呼んだだけなのに〜。」
リナリーは苦笑する。
「神田は、ファーストネームで呼ぶの嫌がるから。それでも懲りずに呼ぶのは、ラビくらいね。」
そこで、はふと思い出した。
「ブックマンって、代々受け継がれてるものなんだってね。おじいちゃまの元の名前はなんていうのかな?リナリー、知ってる?」
「さあ?聞いた事ないわ。」
「ラビもいずれは、ブックマン・・。だよね。」
リナリーは無言でうなずいて、料理を口に運んだ。は少し考えて、リナリーに聞いた。
「リナリー。コムイさんとキスしたことある?」
リナリーは吹き出しそうになった。口元を押さえ、口の中の物を飲み下してから、口を開く。
「私と兄さんが?」
「私はあるよ。幼い頃だけど。おでこに。」
「何だ。そういう事。・・・でも、どうかな?私、昔の事、よく覚えてないの。ここに連れてこられて、兄さんと再会して。それ以降の事しか覚えてない。」
は口元に手を当てた。
「・・あ。ごめん・・・。聞いちゃいけなかったかな。」
「ううん。」
リナリーは優しく微笑む。はリナリーにこそっと耳打ちした。
「!」
リナリーとの顔はほんのり赤らんだ。

 「え゛。リナリーに言っちゃったんですか。」
三日して帰ってきたアレンに、はリナリーに耳打ちした事を話した。耳打ちの内容は、『アレンに好きですって言われて、キスしちゃった・・』だ。
「リナリーは内緒にしてくれるって。多分、大丈夫だよ。」
アレンは息をついた。
「まぁ・・・それはいいんですけど。僕、今回の任務から帰ってきたら、に言おうと思ってた事があるんです。」
「なぁに?」
アレンは両手での顔をはさむようにして、顔を近づけると、優しく言った。
「コロニーの事とか思い出して、淋しい時は、僕がそばにいます。淋しさが少しでも薄れるように。安心できるように。だから、も無理はしないでください。」
「安心するまで、ずっと?」
「はい。」
「ありがと。」
はそう言って、自分の顔をはさんでいるアレンの手にそっと触れる。そして、ニコッと笑う。そこへ、バタバタと足音を響かせて、教団の人達が走ってきた。二人はすぐに手を放して振り返る。その中にクロウリーの姿をみとめ、アレンは声をかけた。
「クロウリー。何かあったんですか?」
「おぉ、アレン。。」
クロウリーはかけよってきた。
「何者かが教団内に侵入しようとしたそうである。今、神田が交戦中とか。」
アレンは自分が教団に来た日を思い出した。クロスの目印にもなる、ティムキャンピーが一緒にいたのに、神田は敵意をむき出して、向かってきた。
「とにかく外へと向かうである。」
二人はうなずいて、クロウリーとともに走り出した。
外に出ると、フードを目深にかぶったマント姿の黒い人と、神田が対峙していた。すでに六幻を抜いて、イノセンス発動スタンバイに入っている。黒い人が息を呑むのがわかる。神田はスキありとばかりに、発動せずにそのまま六幻を振るった。
「待ってーっ!」
がその前に飛び出し、黒い人をかばった。
「!・・・バカ!」
神田の口をついて、そんな言葉が出た。それでも、もう止められなかった。神田が振るった六幻の刃はやすやすとを切った。はその場に倒れこむ。
!」
アレンがかけより、抱き起こす。黒い人もかがみこむ。は目を開けていた。
「大丈夫。ケガしてないから。服が切れちゃったけどね。ちょっと衝撃受けただけ。さすがだね。とっさに刃を少し引いたでしょ。神田さん♪」
神田は横を向いて、吐き捨てるように舌打ちする。
「チッ。・・・モヤシ2号が・・・・・・。」
根っこから昇格したらしい。はよっと身を起こすと、黒い人を見つめた。
「久しぶり。イディ兄さん。」
は笑顔だったが、あまりの嬉しさと喜びに、目に涙が浮かんでいた。黒い人がフードをはねのけると、白い髪がフワリとこぼれ、アレンによく似た面差しの顔が現れた。アレンとクロウリーと神田の目が大きく見開かれる。それほど、アレンとイディは似ていた。
「おっ、同じ顔である。」
クロウリーがつぶやく。
の・・・お兄さん?」
アレンは、と出会ったとき、が自分と兄を間違えたのを思い出した。
「・・・。」
神田に至っては、無言でイディを見つめていた。

 コムイに許しを得て、イディは客人として、迎え入れられた。なかには部外者を入れるなど、快く思わないものもいるにはいた。それでも、リナリーは同じように兄がいるせいか、笑顔で迎えてくれた。
「シスターエリサからは、何も聞いてないけど・・・。イディ君、だったね。何故、ここに?」
コムイに聞かれて、イディは少し口ごもったが、すぐにハッキリと告げた。
「父はコロニー出身。母は二人とも地球出身。三人ともすでに亡くなり、たった二人きりの兄妹でした。妹ももう子供ではありませんが、大人でもありません。いざとなると、心配で来てしまいました。」
コムイはすぐにうなずいた。の家族構成も事情も知っているからだ。
「気持ちは良くわかるよ。ぼくにも妹がいるからね。妹のために、僕もここへ来た。妹は最初、心ここにあらずの状態だった。でも、ちゃんの場合はまた違う。ここで愛する人を見つけたようだよ。」
イディは小さくうなずく。さっきわかった。が切られた時、自分より早く動いたのは、アレンだった。その後の二人の様子を見ればわかる。お互いをどんなに想っているか。
「兄としては、少し寂しい気もしますが、安心しました。ああ、そうだ。これを届けようと思って。コロニーに忘れていったんです。」
イディはポケットから、懐中時計を取り出した。いつも、が首にかけていたものだ。
「幼い頃亡くした母親の唯一の形見です。の母親・・・マナさんの・・。」

 その頃、切られた服の替えが調達できず、は久々にシスターの服に身を包んでいた。さすがに頭巾はかぶっていないが、その服で部屋から出ると、アレンとリナリーが待っていた。
。今、リナリーにも聞いたんですけど、フードをかぶっていて、顔が見えなかったのに、どうしてお兄さんだってわかったんですか?」
アレンが聞いてくる。
「どうして・・・って。私が、そう思うから!」
「え・・・っとー?」
「何となくね、わかっちゃったの。母さんは違うけど、父さんは同じだし、血を分けた兄妹だから、自分の半身みたく、直感でわかっちゃうの。」
が説明するが、アレンにはよくわからなかったらしい。首をかしげている。
「さっきもそう説明したけど、わからないって。」
リナリーが困ったように言った。

 数日後、イディはコロニーに帰っていった。これからも、地球とコロニーの回線はつながったまま、保留。というコトで話がついたらしい。が通信する事はできないが、人伝にコロニーの話を聞く事は許された。それでも、は聞く事をしなかった。自分はずっとここで生きていくのだから、と。
「おまたせ。」
が部屋から出てくる。団服はすでに直してもらってあった。
「次の行き先はフランスだそうですよ。」
「フランス・・?ああ!パンがある所!」
はポンとひとつ手を打った。
「・・パンはイギリスにもドイツにもありますよ。」
アレンは苦笑した。
「コロニーにパンはなかったんですか?」
「あるけど、コロニーがひとつの国だから、種類が非常に乏しいの。あったのは、コッペパンとクリームパンとジャムパンと・・・。ほとんど菓子パンね。むしろ、バランカの方が多いかも。」
「バランカ?」
アレンがオウム返しに聞く。
「ドーナツみたいな形してるの。結構イケるよ。」
そんな他愛ない話をしつつ、水路へと向かう。
「でも、本当にいいんですか?コロニーの事、聞かなくて。」
「淋しさは、アレンが癒してくれるんじゃないの?」
「あ・・・。」
はアレンを覗き込む。
「そうでした。」
水路では二人きりだ。ファインダーとは現地で接触する。
「ずっとそばにいてね、アレン。」
「はい。・・・僕の、お姫様。」
水路を進む、船の上で二人は身を寄せ合った。

 パリにほど近いエリゼの街。そこで、アクマになったかわいそうな少女の話をラビから聞いていたは、きゅうっと胸が苦しくなった。アレンがまだ教団に来たばかりの頃だと聞いている。今回はエリゼより、もっと先だという事だが、未知の地でも、怖さはない。には、アレンがいるのだ。
「雨だ。」
エリゼに着く直前で雨に降られた。
「アレン。あそこに小屋がるよ。猟師小屋みたいだから、雨宿りできるかも。」
が見つけた小屋に二人で入ると、中には雨を凌いだり、夜を明かすのに、十分な物がそろっていた。暖炉にくべる薪や、マッチ。ランタンもある。
「思ったより、中はいいですね。暖炉があるし、灯りもあるし。」
アレンは上着を脱いで、暖炉に薪をくべた。マッチで火をつけると、ランタンにも火を入れた。も上着を脱いで、暖炉の前に座り込んだ。アレンもその隣に座る。ツイと二人が黙り込むと、ホトホトと雨が小屋を叩く音だけが響く。パチンと炎がはぜ、くべられた薪が、カラリと音を立てた。
「静か――・・・ですね。」
「うん。」
「あ、でも、雨がうるさいですね。」
「うん。」
「寒くないですか?」
「うん。」
アレンの言葉に、は無表情のまま応える。アレンは少しイラついた。すると、が寄り添ってきた。
・・?」
「何も言わないで。今はこのまま、こうしていたい。」
アレンはの肩を抱いた。
「じゃあ、最後に一つだけ言わせてください。」
は顔を上げ、アレンの方を見た。
「?」
アレンの目にが映り、の目にもアレンが映る。お互い目の中の自分を見ていた。アレンの唇が静かに動く。
「愛しています。」
二人の目が閉じられ、唇が重なる。そこには恋人達だけの刻が流れるはずであった。
「まったく・・・。アクマってぇのは。」
「邪魔してくれますね・・。しかも、この気配は―――。」
二人はそれぞれ、イノセンス発動をスタンバイして、外へ出た。雨は止んでいた。徐々に晴れていく雲の隙間から、満月が覗いた。いつの間にか夜になっていた。そして、その月をバックに姿を見せたのは、数々のアクマと。とんがった耳に大きな口。奇妙な帽子。
「千年・・・伯爵。イノセンス、第2解放っ!」
はテトラグラマトンの射撃体勢に入る。アクマはぐるりと二人を囲んだ。千年伯爵はいつもの笑みのまま、アレンを見つめていた。
「イノセンス、発動!」
アレンもイノセンスを発動させ、そして一気に――。
「臨界点突破。クラウン・クラウン!」
アレンの左手が剣へと変わった。二人は背中合わせにそれぞれの武器を構えた。二人のエクソシストの魂の救済が今、始まる―――。
『哀れなアクマに魂の救済を』
 
                          〜Fin〜



   あとがきのようなもの
お付き合いいただき、ありがとうございました。
最後を書き直したので、一話分長くなりましたが、何とか終わりました。
どーしても、クラウン・クラウンを書きたかったんです。
TVアニメや原作では見られない、見たくても、アレンが見せてくれないハートキラキラ場面を書くつもりだったのですが。
どこで、どー間違ったのか。この作品では、黒アレンをお休みにしました。
でないと、神田の出番ばかりが増えて、がかすむのです。
作者自身、気に入ってはいますが。
もし、よろしければ、ご感想くださいね。

                         みいでした。






執筆お疲れ様です!!
そして、素敵なお話にドキドキ……ヒロインちゃんとアレンの仲の進展にドギマギしました!(*/∇\*)
アレンの心の変化、そして気持ちが通じ合った後の二人の仲が胸キュンの連続でした。****(*' '*)****
みいさん、本当にありがとうございました!!






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