雨の日の夜、京の町中で聞こえてくるものがある。
ただ、音は聞こえてもその正体を突き止めた人はいないという。








雨の日に響く下駄の音








「……おや?」


山の方へと薬草を取りに行っていた弁慶は、帰るのが遅くなり日はすでに暮れていた。
そんな中、降りだした雨を避けるように弁慶は大きな橋の下へと身を滑り込ませた。


「そういえば、このような日は下駄の音が響くという噂が流れていましたね」


思い出したかのように呟き、弁慶は橋と繋がる道を見つめた。

カラン……

コロン……

静かな空間に、大きな音が鳴り響く。


「……あれが」


カラン……

コロ……

弁慶が呟いた瞬間、聞こえていた音がぴたりと止まった。
ちょうど、弁慶が雨宿りをする橋へと差しかかる境目辺り。


「誰か……居るの?」


ポツリと呟く声が、弁慶の耳に届いた。
噂の主は、ただの人のようで──けれど、なぜ夜の雨の日なのかという疑問が浮かぶ。


「ええ 驚かせてしまったのなら申し訳ありません」


橋の下から軽く外に身体を出し、姿を見せた。
その姿に一度目を丸くし、濡れ鼠と化している少女はゆっくりと橋の下の方へと降りてきた。


「濡れてしまうわ……」


「君も、もうずいぶんと濡れてしまっていますね」


そう言って、二人は顔を見合わせ苦笑を浮かべた。


「ずっと、気になっていたんですよ 噂の正体が」


「私……噂になっていたんですか?」


「気づいてはいなかったんですか?」


「ええ こういう日でもない限りは……私は外には出ないから」


言葉の意味が汲み取れず、弁慶は眉をひそめた。
何故、雨の降る夜でなければ出歩けないのかと、雑然とした疑問が弁慶の胸を埋め尽くした。

気になる、その一つの感情と共に。


「外れの叢雲(むらくも)の姫御前……と聞いたことはない?」


「叢雲殿に大切に育て上げられた姫君……と聞いていますが」


「ええ、その通りよ だから、こういう日でもないと、外出できないの」


「君が……叢雲の姫御前、という事ですか?」


弁慶の問い掛けに、少女は静かに頷いた。
箱入り娘のように育て上げられた少女は、うわさ通りの容姿端麗であった。


「私は、 叢雲の姫御前ではなく、と呼んで……」


濡れた髪をかき分け、絞りながら少女──は言った。
みな、を見ると叢雲の姫御前と呼ぶから、誰かにと名前で呼んでほしかったのだ。


「ええ、それは構わないですけれど……叢雲殿には何も言われませんか?」


「ええ、今まで見つかった事はないから」


静かに頷き、微笑んだ。
その笑みに、弁慶の胸はトキリと脈を打つ。


「……けれど、見つかってしまったら今までのようには出歩けなくなるわね」


遠い目をしながら呟くに、弁慶は胸を締め付けられた。
会いたいと、思ってしまったのはなぜだろうか。
初めてあった相手だというのに、心惹かれるのはなぜだろうか。


「……長く、ここに居ることも出来ないわ 早く、行かなくちゃ」


くるりと踵を返し、が帰路につこうとした。
そんなの手を、弁慶はしかっと掴んだ。


「……?」


「僕は、武蔵坊弁慶です」


「あ、はい 覚えて……おくわ」


言われて、首をかしげながらも微笑んだ。
けれど弁慶は一向にの腕を放そうとしない。


「弁慶さん?」


「また……君に会う事は出来ますか?」


「ええ 夜の雨が降る日なら……見つかるまでならば、会う事は出来ると」


呟くの瞳を弁慶はまっすぐ見つめていた。
もともと目が多少悪いからというのもあるが、の瞳の動きを見逃すまいとするように見つめた。


「僕は、また君に会いたいです」


「弁慶さんっ」


「……雨の日に響く下駄の音を頼りに……僕はまた、君を待っています」


ふわりと、の髪が揺れた。
強く弁慶の方へ腕を惹かれたからだ。


「……僕は、どうやら君に一目で惹かれてしまったようだ」


耳元で囁き、ギュッとの身体を抱きしめた。

雨の日に響く下駄の音。
それは、まだ見ぬ二人を惹かれあわせた不思議な夜の出来事だった。
そして、それはこれからも続く雨の日の夜の序章に過ぎなかった。











...............end





二十七万ヒット感謝のフリー夢ということで、全く関係ない話になりましたがこんな話をば。
弁慶さんでも一目惚れとかあるんだろうな……とか。(笑)
D.C.様でお題をお借りしました。

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