「止まぬ……な」


樹の下でポツリと紡がれた言葉。
は歩んでいた足を止め、振り返った。
予想はしていたけれど、やはり聞こえれば胸がときめいてしまう。


「──知、盛」


振り返った先に見えた姿に、は小さく名を口にした。
さんさんと降る雨で濡れた重い髪をかき上げながら、ふいに知盛に向かって駆け出していた。









生きているあなたとの再会









最期に見たのはいつだっただろうっ



駆け出しながら、そんな事をは考えた。
幾度も見てきた知盛の死。
歴史の通りに、変わることのない壇ノ浦での死。
愛しさがこみ上げてきた。


「知盛!!」


声を上げ、勢いよく抱きついた。
その姿に知盛は驚き、その瞳を丸く見開いた。


「……お嬢さんは俺を知っているのか?」


引き離すことも、抱きしめ返すことも、何もしない。
知盛は抱きついてきたに視線を落とし、そんな風に問いかけた。
それは、面白いものを見つけたときのような口調で。


「──あっ」


そこで、ようやくしまったとは口を閉じた。
知るはずもないのに、まるで知っているかのように声を掛けてしまったのだ。



そうだ……知盛が私を知るはずなんてないのに……



そう実感することが、凄く悲しくて。
抱きしめていた腕を緩め、慌てて知盛から離れた。
知盛を見つめるの瞳が、微かに揺れた。


「だが……」


「え?」


微かに紡がれた知盛の言葉に、は耳を傾けた。
何を言おうとしているのか、全く検討がつかない。


「昔、お前に会った事があるような気がする」


「──っ」


些細な言葉。
けれど、の心を揺るがせるには十分なものだった。
抱きしめたい衝動。
そのぬくもりを確かめたい気持ち。
愛しくなる、苦しい心。
そんなものが混ざり合い、せめぎ合い──けれどは知盛に抱きつこうと駆け出すことは出来なかった。
そう。



……そんなの、許されるはずがないよ



知盛に正体がバレていないにしても、と知盛は敵対する源氏と平家。
まして、もしかしたらまた命を奪ってしまうかもしれない相手なのだ。


「クッ 何を葛藤している……?」


低く笑い、そんな風に問いかけてくる。
知盛の声に、は背筋に走る不思議な感覚を覚えた。


じゃあ……な


思い出すのは、いつも決まってそんな言葉を紡ぎ海へと落ちていく知盛の姿。
海のソコへと沈み、水面に掻き消えていく姿。

ぞわり……

思い出せば、涙が溢れてくる。
知盛を救いたいと強く思うようになったのは、何度目の知盛の死を見てからだろうか。


「……ない、よ」


「?」


ポツリと呟かれたの言葉。
すべては言葉にはならず、知盛には届かなかった。



関係ない……よね
生きている知盛と再会できて……愛しくて、嬉しくて……この気持ち、敵対してるからって抑える必要なんて……



そう思うと、身体は自然と動き出していた。
地面を踏みしめ、地を蹴り、知盛へと手を伸ばした。


「っ!?」


「とも……もりっ!!」


ぎゅっと、強く強く抱きしめた。
いっぱいいっぱいなの気持ちを注ぎ込むように。



絶対に助ける……絶対に死なせたりしない……
折角、こうやって生きている知盛とこうして熊野で出会えたんだから……
今までになかった、未来……きっと変わる



「知盛……好き あなたを絶対に──死なせたりしないから
 私はもう──」



──あなたの死を、見たくない



呟き、知盛の胸に顔を埋めた。
生きている鼓動が聞こえてくる、伝わってくる。


「クッ 不思議な女だ……そのように貪欲に求められては──」


知盛の腕がの頭を撫でた。
そっと抱きしめ返すように、その身体に腕を回す。


「──求め返さねばならない、か」


呟く知盛の瞳は、愛しげに細められていた。
記憶の片隅に、を覚えていた。
貪欲に、知盛を倒そうと刃を向ける
哀愁漂わせ、海へと沈む知盛を見つめる
曖昧で、あやふやで、おぼろげな欠片。
けれど、愛しさを感じるには十分すぎる欠片だった。


「……出来るものなら、俺を生かしてみろ──女」









.................end




まだ知盛は神子の名前を知らないw
源氏の神子って事も知らないw
だから「女」って……あはは、知盛らしい最後になったかな?
こんな風に知盛も朧気に覚えててくれたらいいなって……(笑)

ちなみに、これは知盛の誕生日絵を元ネタに書き起こした夢だったりするw






遙かなる時空の中で夢小説に戻る