「帰って…来ちゃった…」


ポツリと呟き、は両手を見つめた。
戦いの終結を迎え、白龍に祈り、戻ってきた。

けれど、それと同時に理解した感情もまたあった。



──────敦盛、さん…











いっそ忘れてしまいたい












怨霊な敦盛さん
決して結ばれる事はなく、白龍の神子である私が浄化しなくてはならない存在…

あの時は、それでいいと思ってた…



雨の降る空を見上げ、は敦盛の事を思い出していた。
この世界に帰る前に、自らの手で浄化をした
けれど、あの時はなんとも思わなかった。

ただ、共に闘った仲間を浄化するのが心苦しいだけだったのだ。


「…私、馬鹿だなぁ…」


片手を額に当て、くしゃっと前髪を握る。
形を変えた髪は曇る表情を綺麗に隠してくれた。


「春日先輩?」


「…譲くん?」


聞こえた声に、意識は覚醒。
慌てて視線を向けると、予想していた人物が佇んでいた。


「風邪引きますよ?」


「あ、うん そう……だね」


譲の言葉に苦笑を浮かべながら頷くと、歩みは屋根のある渡り廊下に。
向こうの世界に飛ばされたあの日に戻ったようだった。



今更…分かったって意味がないのに…
もう、手遅れ…

私には、もう術は残されていないのに…



「どうして願っちゃうんだろう…」


「え?」


思っていた言葉。
それが無意識に言葉にしていたらしい。


「あ、私…もしかして口にしてた?」


「…はい あの、何を願ってしまうんですか?」


の問い掛けに少しだけ間を開けて頷いた譲。
躊躇したが、隠すわけにもいかず肯定すると気にかかったことを聞いてみた。

の表情に浮かぶのは、少しだけ戸惑った表情だった。


「何って…」


そこで口ごもってしまう。
誰にも話していない感情。
口にしていいものかと、疑問に思ってしまう感情。



こんな思い…私一人が背負っていれば…



そんな事を思っていると、不意に「先輩」と譲の声が聞こえた。
意識は内から外へと向けられた。


「何もかも、一人で背負いこまないで下さい」


「────っ」


まるで、心を読まれているような感覚に陥ってしまった
考えていた事をまるで的中させる譲の言葉に、は瞳を丸くしてしまう。

どうして分かってしまうのだ、と。


「どうせ、敦盛さんの事でしょう?」


ピクリとの肩が揺れた。
見透かしたような譲の発言に、何も言う事が出来なかった。



なんで…わかっちゃうの…?



言葉にしない疑問に、答えてくれる者なんて居るはずもなかった。


「先輩 気付くの、遅すぎですよ…」


「!譲くん、知ってたの!?わかってたの!?」


譲の言葉は、まるで自身が気付いていなかった気持ちを知っていたかのようだった。
だからこそ、の驚きようは当然だった。



なんで!?どうして!?
私…そうだなんて…思ってなかったのに…



「先輩は気付いていなかったんでしょうが…周りから見れば一目瞭然でしたよ?」


「ならどうして…」


「どうして教えてくれなかったんだって?」


もんもんと考える中、ズバリと言い放つ譲。
知っていたなら、分かっていたなら何故黙っていたのだと口にしようとした。
けれど、そんな言葉も譲は許してはくれなかった。

ガシッ

力強く肩を掴まれ、の言おうとした言葉を先に言ってしまう。


「そんなの、自分で気付くべき感情ですよ
 人に言われて気付く感情なんて…本当じゃない」


「でも、教えてくれていればこんな事には…!!!」


譲の言い分もわかる
けれど、言葉は次々に出てきてしまう。
留まる事を知らない様に。


「では、教えて敦盛さんを浄化せずに居て…あの世界の人は…幸せになりましたか?」


「なったかもしれないじゃない!」


怨霊という存在は脅威でしかない。
敦盛自身、衝動を抑える事が困難で居た。
そして、その様子を間近で見ていたのだからはよく分かっていた。

けれど、もしかしたら…という事もあり得ると言い切った。


「…では、言葉を変えます
 浄化されずに存在し続ける事を…敦盛さんは喜びましたか?」


「─────っ!それ、は…」


答えは一つしかなかった。
譲も、も、答えられる答えは一つだけだった。


「敦盛さんは、浄化を望んでいましたよね?」


グッ、と言葉に詰まる
分かっていた事実を突き付けられ、は視線を逸らす事しか出来なかった。


「どうして…どうして傍に居る事を望んじゃいけないの…?」


「…それは、先輩が人間で敦盛さんが怨霊だからです」


当り前の答えに、涙目になった瞳を譲に向けた。
の鋭い瞳が譲を鋭く捉える。



そうだとしても…望むのは…叶えるのはその人達の自由なのに…



そう内心思った瞬間、ピタリと思考は止まった。
その望みは、その望みを叶えたいと思うのは一体誰なのか。



……私、だ



すぐに出てくる答え。
敦盛が望んでいたわけじゃない。
敦盛が叶えたいと思っていたわけじゃない。

望んでいたのは、叶えたいと思っていたのは。
誰でもない自身。


「─────こんな気持ちも…あの世界に行った事も…」


「先輩?」


ポツリポツリと紡ぎ始めた言葉。
譲は心配そうに眉を潜め、を見つめた。


「…いっそ、忘れてしまえばいいのに 何もかも…忘れてしまえば…」


ポロポロと零れ落ちる涙。
それは、それほどまでに敦盛に想いを寄せていた事を示していた。

カッ…!!!

次の瞬間、輝く光。
出元はの胸元、今までいつも逆鱗をぶら下げていた場所だった。


「…白龍の逆鱗?」


胸元へと手を伸ばし、光の元を取りだすと目を疑った。
すでに、もう無くなっていると思っていたのだから。


『神子…ノ願、イ……叶エ…ル』


「「白龍!?」」


聞こえた声は、聞き覚えのある低い声。
子供ではなく、青年の姿になった白龍の声だった。

そして、次の瞬間と譲の目の前が真っ白くなった。











「う、ううん…」


眩しさに目を閉じていたは、ゆっくりと瞳を開いた。
そこは、見覚えのある景色。



…敦盛さんを浄化する時?



そう思い、身体を反転。
背後に身体の向きを変えると、そこには佇む敦盛の姿。


「神子?早く私を…浄化してくれ」


その言葉にドキリとした。
それはまるで、まだ自身の気持ちに気付かず敦盛を浄化したあの時のような…


「……きない」


ふるふると首を左右に振りながら振り絞った声。
その声は、すべては紡ぎきれず中途半端だった。


?」


ちゃん?」


周りを取り囲む八葉の声に、揺れる瞳が向けられた。
強く唇を噛みしめて、すぐに視線は敦盛へと戻された。



ああ…
私、戻ってこれたんだ…最後の最後に…

白龍が…願いを聞届けてくれた…



このチャンスを無駄には出来ないと、は決心した瞳を敦盛に向けた。
ゆっくりと開く赤くふっくらとした唇。


「敦盛さんには…悪いですが 私、敦盛さんを浄化したくありません」


「神子!?」


の言葉に、敦盛は驚きの声を上げた。
土壇場での逆転の言葉に、驚くのは当然だろう。


「敦盛さんが浄化を望んでいても…この世界の為には浄化した方が良かったとしても…
 私は…私は嫌なんです このまま敦盛さんとお別れなんて…」


「神子 だが…私は……」


そんな敦盛の言葉を遮るように、は勢いよく抱き付いた。
その様子に、敦盛をはじめとしたそこに居る者全員が目を見開いた。


「み、神子!?」


「この世界に居る事がいけないのなら、私の世界に来ればいい!
 私は…私は、敦盛さんの居ない人生なんて…考えられません!ここに来る前に戻るなんて……無理ですっ」


「しかし…」


「好きなんです…どうしようもないくらいにっ」



だから戻ってきたの…



最後まで口にしなかった言葉は、心の内で言葉となった。
敦盛を見つめる瞳は、かすかに潤んでいた。


「神、子…」


「敦盛さんは…敦盛さんは私とさよならしても平気なんですかっ!?」


「違うっ それは違う、神子」


の言葉に敦盛は強く否定した。
顔を真っ赤に染め上げ、必死に言葉を探す様子は愛おしく感じてしまう。


「私も好きだ、神子」


「なら…」


「私の存在が…神子の世界の 神子の邪魔には…なりはしないだろうか?」


その言葉にの表情は見る見るうちに明るくなった。
その言葉の意味が分かったから。
敦盛の真意がきちんと伝わったから。


「邪魔になんてなりません 邪魔になんてしません」


抱き締める腕の力を緩め、敦盛から身体を離した。
漸く見える敦盛の顔は本当に間近にあった。
その事に照れると敦盛の顔は、やはり真っ赤に染まりあがった。


世界で一番…愛しています 敦盛さん









...................end





あっつんはなんだか可愛いイメージとかっこいいイメージとあります。
永泉は可愛いイメージなのに…やっぱり口調とか何かしら違うからですかね?(お)

ということで、最後の最後に時空越えですw
やっぱり神子様には最後には幸せになってもらいたいですから♪






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