「ちょっ!!ちょっと、知盛!!離して!!」


熊野で初めて出会った知盛。
彼はのよく知る人物でもあり、そして全く知らない一面を持つ人物でもあった。
この時、は知盛を知っていた。
何度も剣を交え、そして知盛はその度海に沈んでいった。
けれど、今が居る時空は全く別の時空。



この人は、私を知らない……



戦で、まだ出会っていない二人。
の一方通行の思い。
助けたい人。
助けるには、違う時空でないといけなくて、それはつまり何度も経験した"はじめまして"が待っているということ。


「クッ 離せといわれて離す奴がどこに居る」


喉を鳴らし、笑う知盛。
を肩に担ぎ、熊野を歩いていた。


「お前が俺を知っている理由を聞くまでは──帰さん」


会った事がないのに、面識がないのに、知盛の名前を言い当てた。
そのことを問われ、とっさに嘘をつけばいいのに何もいえなかったは今──知盛に拉致られようとしていた。


「そんな事言われても、困る!離して!」


必死に言っても知盛は聞いてくれなかった。



これは……本当に帰してくれないかも……
どうしよう……みんなが待ってるのに……



焦る気持ちばかりで、どうすることも出来ない。


「もうすぐ宿に着く そうすれば離すさ」


その声に、は動きをピタリととめた。


「クッ 物分りのいいお嬢さんだ
 だが……俺の元から離すわけにはいかんな」


そう言い、知盛は宿の敷居を跨いだ。
ズカズカと廊下を歩み、向かう先は知盛のとっている宿。



将臣くんも……居る、のかなぁ……



こんな所で再会したくなかったには、出来れば居ないで欲しい存在であった。
出会ってしまえば、還内布が将臣だとが気付いてしまうことを将臣が知ってしまう。
いくらなんでも、あの歴史で有名な『平知盛』を知らないはずがないのだから。








刻んで 膨らんで 忘れられない








「──!?」


部屋に入ってすぐ、上がった声には愕然とした。
ああやっぱり、としか思うことが出来なかったのだ。


「なんだ……有川の知り合いか?」


「あ、ああ……元の世界での幼馴染なんだ」


知盛の問い掛けに、将臣は頷いた。
『還内布』と呼ばれなかったことに、少しだけホッと胸を撫で下ろした。


「やっぱり居たんだ……」


?」


「あ、ううんっ!なんでもないの」


思っただけの言葉が、無意識に言葉にしていたらしい。
は将臣の反応を見てハッとして、首を左右に振った。


「それより、知盛 いつまで私を抱きかかえてるの?」


諦めモードに入っていたは、ずっと担いでいる知盛に声を掛けた。
その声に反応して、「ああ……そうだな」と短く返事を返すとゆっくりとの足を床につけた。


と知盛は知り合いだったのか?」


気軽にが知盛の名前を呼んでいたから首を傾げた。
しかし知盛は肩をすくめて「さぁな」と短く返事をするだけだった。


「それについてを──これからじっくりと聞くところだ」


知盛の瞳がを射抜く。
ごくりと生唾を飲み、どうしようかと迷う。



そうだ……知盛は将臣くんの事を『還内布』って呼ばないで『有川』って呼んでた
ってことは、将臣くんはきっと私に『還内布』だって事がバレてないと思ってる
なら……私も将臣くんに源氏の神子だってバレちゃいけない……



パズルを組み立てるように、あれこれと考えをめぐらせた。
バレていないのなら、だってバラす必要はない。
もし、ここでが源氏の者だと分かってしまえばいろいろと面倒が起きるのは必須だ。
将臣の事だから、八葉という立場をうまく使おうとは考えず行方を晦ませる可能性の方が高いけれど。


「将臣くん、ごめん 知盛と二人で話がしたいの」


真剣な眼差しで呟くに、将臣は多少渋ったものの頷いてくれた。
分かったと小さく帰すと、踵を返し部屋を出て行った。



ごめんね……将臣くん



遠ざかり姿が見えなくなっていく将臣の背中を見つめながらそう思い。
そして、くるりと今度は知盛の方へと視線を向けた。
床に座り寛ぎ、を見上げる紫の瞳。


「さて……そろそろ話してくれるんだろう?なぜお前は俺を知っている?
 なぜ……そんな飢えた目で俺を見る?」


ククッと喉を鳴らし笑いながら、知盛はジッとを見つめる。
その瞳は野獣のごとく、を射抜いた。


「私は──」



なんて言えばいいんだろう……
将臣くんに源氏であることはバレちゃいけないのに……なんて説明すればいいの?



言葉が見つからず、口ごもってしまう。
けれど知盛の瞳は相変わらず野獣のように、の姿をなめまわすように見つめた。


「──私は、何度もあなたと戦場で戦ってきた」


「何度も、か?さて……戦場で女武者と会った記憶がないが……?」


「それは……ここの時空ではないから」


の言葉に知盛は目を丸くさせ、そして細め訝しげにを見つめた。
胡坐をかき、ひざに肘を乗せ頬杖をつく。


「時空ではない……か では、お前は誰だ?何者だ?」


「私は 時空を飛べる──異世界から来た者だよ」


座る知盛に近づく
その前にひざを付き、同じ視線になって知盛を見つめる。


「私は、どうしても戦で……目の前で死んでいくあなたを助けたかった
 だから私は時空を飛んで、ここへ来た 私はあなたを助けたい 死なせたくない」


「それはなぜだ?」


「──そ、それ……は……」


言葉に詰まったに、今度は知盛が重い腰を上げ近づいてきた。
徐々に縮まる距離。
徐々に近くなる顔。


「ククッ……そこまで俺を助けたいと言いながら、なぜそう思うか分からない……か」


獣のように瞳を躍らせ、知盛はのあごに手を添えた。
くいっと上を向かせるように、下から手に力を込める。


「知盛?」


「なら……分からせてやる」


「え──んんっ」


瞳を瞬かせ、きょとんとした表情を浮かべた瞬間だった。
低くうなるような知盛の言葉が聞こえたと思うと、すぐに顔が近くなった。
驚きの声を上げ身を引こうとした瞬間、後頭部を知盛の手で固定され動けなくなる。
後は近づいた知盛の顔が見えなくなり、唇に柔らかい感触。


「ん……ふ、あ……んっ」


唇を割って知盛の舌がの口内を暴れまわる。
舌を絡め、歯の裏をなぞり、息が上がる。


「──っ」


唇が離れ、銀の糸が引く。
それがやけにいやらしくて、の頬が紅潮する。
顔が離れたことで見えるようになった知盛の顔。
ペロリと唇を舐める行動が、妖艶で胸が高鳴る。


「さて……なぜだ?」


「分からな……」


「いはずがないだろう?クッ それとも……まだ物足りないか?」


分からないと言おうとしたの腕を、知盛が力強く引いた。
強くてたくましい腕に、は抱きしめられた。


「な!!」


「それとも……お嬢さんは、俺に言って欲しいのか?」


挑発するような笑み。
その表情に、胸が高鳴る。
いつも、どの時空でも見てきた表情。


「違っ!!私は──」


そこでどうしても言葉が詰まる。
ここで言っていいのだろうかと、心が不安でひしめき合う。
言ってしまえば認めることとなる感情。
けれど、果たしてこの時空で知盛は助かるのだろうか。
もしも、また同じ運命を辿ってしまったとしたら──その時は耐えられるのか。


「──言っておくが、俺はそうやすやすと死なん 戦に出ているというお前の手にかかるまでは……な」


ぎゅっ……

知盛の言葉を聞いて、は抱きしめる知盛の背中に腕を回し抱きしめ返した。


?」


……私は、


「……?」


「私は──……私は、知盛が好き あなたと生きる未来を……私は手にしたい
 貪欲だから……すべてが欲しい 平和も、あなたも、あなたの気持ちも──すべてが」


震えてしまう声。
強く言っているのに、その振るえが打ち消してしまっているかのようだった。


「クッ……も俺と同じだ……という事か」


「え?」


「俺も貪欲で……初めてお前に会った時、心が身体が震えた」


そう呟くと、知盛はの耳に唇を寄せた。


「──お前が、欲しい、と」


ボソッと低い声で囁けば、の身体は跳ねる。
胸は熱く焼け、頭はボーっとする。


「やはり……お前を帰すことは出来ない、な」


そう呟くと同時に、知盛の腕に力が篭った。
状況を把握する間もなく、の視界は一転していた。
壁が見えていたはずの視界が、今は天井が見えている。
髪が重力にしたがって垂れる知盛の顔が見える。


「あ、の?」


「クッ そう心配するな 何もしない」


そういった瞬間、知盛の顔が視界から消えた。
不安が胸を締め付ける。
居なくなったのか。
それとも、何かをされるのか。
ドキドキと胸が高鳴った、うるさい。


「……少しの間、俺の抱き枕になってもらおうか……クッ」


隣に寝転がった知盛が、を隣でギュッと抱きしめる。
身体を包む、生きたぬくもり。
それを感じて、は目頭が熱くなるのを感じた。



駄目……泣いちゃ駄目……



泣くなと言い聞かせているのに、胸が締め付けられる。
ずっと欲しかったぬくもりが今はここにある。
強く激しく、自分を求めてくれる知盛がのそばに居る。
それだけで嬉しくて嬉しくて、涙が零れ落ちてしまう。


「……大好き、知盛」


「クッ 知っている」


泣いていることに、知盛は何も言わなかった。
何も言わず受け止めて、そして包み込んでいた。
そのぬくもりに、は徐々に安心感を覚え、次第に眠りに落ちていった。











その後、戻ってきた将臣が知盛に抱きしめられ眠っているを見て驚いたのは言うまでもないことだった。









................end




二十五万ヒット感謝のリクエストの一つ、知盛に熱く激しく迫られ攻められるチモ夢です。
裏熊野な感じで……将臣がヒロインに思いを寄せてたとイメージして読むと一番最後の発見シーンは可哀相になりますw
知盛は、ヒロインの強さに、そして不思議な雰囲気に惹かれたんじゃないかなと。
初めて会っても、ヒロインは何度も戦場に出向いてることになりますからね。
そういう空気とかが……知盛を奮い立たせたらいいな!って!
リクエストしてくださった方、ありがとうございました!

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