いまだに、私はあの時のことを夢に見る……
太刀打ちできるはずのない強大な力
目の前で消えていったたくさんの、救えなかった命
そして、その亡骸や遺品さえ────……私達は、私は……

生きるために逃げるのに必死で、連れ帰ることが出来なかった



涙は雫となり流れ、頬を濡らした。
夜空に散る星は、キラキラと瞬き続けている。
これらがすべて、あの戦場で失った命たちなのかと思うと、は大きく肩を揺らした。


「────ッ」


俯く顔は金色の髪で隠れ。
けれど、の足元の地面を涙の跡で埋め尽くしていく。



どうか……私を責めて
助けることの出来なかった私を、連れてかえることさえ出来なかった私を
将として、王として……頼りなかった私を────どうか、責めて










涙の果て










「もう、あれから随分と経ったのに……」


いまだ胸を締め付ける苦しさ。
無力な自分への、もどかしさ。
もっと力があればと、夜ごとに思い眠りにつき──そして目覚める。
なす術のなかったは、ただ怯え、将として動くことも出来ず、惑うばかりだった。
どうあっても『あんな力』に適う方法など、は思いつきもしなかった。
そして、逃げるという選択肢さえ混乱した頭には浮かんでこなかった。



忍人さんに絶対注意されると思ったのにな……
何も言われないなんて……少しだけ、意外



きゅ、と小さく下ろした拳に力を込めた。
今すぐに自分を殴りたいと、は初めて思った。
誰も律してくれない。
誰も責めてくれない。
まるで、責められない事が律してくれない事が一番に効果があると分かっているかのように。


「……私は、優しくされる価値なんてないのに
 ……甘やかされる価値なんて……全くないのに」


誰も律してくれないのなら。
誰も責めてくれないのなら。
はそんなことを思い、持ってきていた短刀でその美しい髪を勢いよく断ち切った。
綺麗な長い髪は宙を舞い、そして静かに地面へと落下していった。


「今の私には……これくらいしか出来ないけど」


切り落とした髪をは静かに拾い上げた。
そして、三つ編みにしてあった先を解くと堅庭の端へと移る。


「ごめんなさい、ごめん……なさい
 何も出来なくて、助けられなくて、守れなくて……ごめんなさい」


さらり……

断ち切られた先の長い髪。
それをは静かに風に乗せて流した。
どこへ向かうかも分からない。
あの出来事からかなりの時間が経ってしまっている今、あの近くへ届くことがないのは自身もよく分かっていた。
それでも、髪を飛ばさずにはいられなかった。
覚悟を、認めて欲しかった。


「────っ
 私の選択のっ……せっ所為で……ごっごめん……なさっ……いっ」


手のひらからなくなった髪。
風に流れたそれも見えなくなり、震える声で呟いた。
その先へ出られないようにと遮るようについ立られている塀に、は手をついた。
そして、その手の甲に額をつき声を押し殺して泣いた。


「二の姫!!!」


聞こえた声に、は跳ね上がるように振り返った。
慌てるように堅庭に現れ、に駆け寄ってくる見知った姿が一つ。
いつも眉間にシワを寄せ、いつも説教ばかりを口にする。
今回も────あの時も、きっと『将としての行動が』とかなんとか言ってくると思った──葛城忍人。


「忍人……さんっ?」


驚きの声は上ずって、その姿を確認した瞬間──抱きとめられていた。


「あ、あの……?」


意図が分からず、はただ戸惑うばかりだった。
なぜ怒るのではなく抱きしめるのか。
なぜそんなにも心配そうに強く強く力を込めるのか。
そして、なぜ──叫んだ声が緊迫していたのか。
は分からないことだらけだった。


「早まっては駄目だ、二の姫 君が居なくては、国の復興は出来ない」


その言葉で、は理解した。
ああ、やっぱり、と。
自分のいる意味は国の復興のため。
その為には鬼になり、冷静になり、現状を見極め、最終目的のために奔走しなければならないのだと。


「分かってます、忍人さん そんなことが分からないほど、私はこの世界のことを知らないわけじゃないです」


「あ、いや……そうではない」


悲しそうに微笑むに、忍人は首を振った。
そういう事を言ったのだろうに、それを否定する姿に首を傾げた。
何が言いたいのか、何を伝えたいのか。
それは、きっと最初にが感じた疑問が答えなのかもしれない。


「君が……心配で……今にも、消えていなくなりそうに思えた
 君の望む国が……俺の望む国でもある だから国の復興には君が必要不可欠なんだ」


抱きしめた腕を緩め、ようやく忍人はの顔を見た。
そこで初めて、が泣いていたことに気付いた。


「泣いていたのか それに髪も……」


あの綺麗な透き通るような髪が、今は無残なほどに切られていた。
揃わない切り口、泣きはらした瞳は腫れていて、その雫が通った跡もいまだ残っている。


「私は、何も出来なかったから 忍人さんが昔言ったとおり……将の資質が私にはなかった
 だから……助けることも、守ることも、彼らの遺品を持ち帰ることも出来なかった
 そして──残っている人達を生きながらえさせる為の逃げる選択さえも、言われるまで気付かなかった」


言いながら、その頬の筋肉が強張り引きつり、表情が歪んでいくのがには分かった。
堪えたいのに、熱いものが瞳を焼くように溢れてくる。
ツン、と目頭が痛み溢れ流れる。
留まることをせずに、ただひたすらに。


「私は、律されることも責められることもないんですか?
 私は、私のした選択でたくさんの人を殺してしまったのにっなぜっ」


悲鳴のように、泣くように叫んだ。
忍人の胸に顔を埋め、ゆるく握り締めていた拳に力を込めてその胸を叩いた。
ドンドンと、抱きしめられる腕からその振動が伝わってくる。
その振動は、そして忍人に伝わるその痛みは、の悲しみ、苦しみ。


「君は、君の精一杯の事をした まだ戦に出て間もないというのに、君は頑張った 何を咎める必要がある?」


「私はっ、優しくされる資格なんてありませんっ 私は……甘やかされる資格だって……」


ぱしっ

ひたすら忍人の胸を叩く手を、忍人の手に掴まれた。
そして引き寄せられ、少しだけ離れた身体はまた密着する。


「君は優しい そして、君は強くもあって脆くもある
 目の前であんな強大な力に仲間の命を奪われたんだ 心が揺れるのは当然だ
 俺だって……あんな事のあった後は、眠れもしなかったし、忘れられなくて、考えが悪いほうへ向いていた」


「────っ」


そんな事実、は初めて知った。
忍人はいつだって、凛としていたから。
影で、そんな風になっていたなんて知りもしなかった。


「君が今すべきことはなんだ?」


「え?」


「君が一番しなくてはいけないことはなんだ?
 過去を振り返ることか?仲間の死を嘆き続けることか?咎めて欲しいと願うことか?」


「違う……」


忍人の問い掛けに、は首を振った。
どれも今すべきことではない。
一瞬だけ、少しだけならばきっとしてもいい事。
けれど、それをするのはすべての戦いが終わった後。


「私が今一番しなくちゃいけないことは──」



そうだ
私がしなくちゃいけないことは、違う
こんなこと……きっと誰も望んでない
みんな、私が前に進むために助力してくれた、助けてくれた
なのに私は、ずっとずっと一人で立ち止まっていた



抱きしめる忍人の胸を静かに押した。
身体が離れ、忍人の顔がよく見える。
その顔を、は凛とした表情で見つめ返した。


「──前に進む事 折角前に進むために助力してくれた皆の死を無駄にしないためにも、私は前へ進まなくちゃいけない」


涙の果てに出た答えがそれだった。
悲しむのは嘆くのは、すべてが終わった後。
それでも十分、間に合うこと。
そして、すべてが終わった後、取り戻した国を死した皆に見せるのも、の役目。



あの流した髪は……せめてものはなむけに
私はもう振り返らない、すべてが終わるまでは













..................end




また違う次元って感じのお話で。
主人公は強がってるけど、凄く弱いと思うのです。
きっと、こんな風にくよくよ迷うこともあって、そのたびに忍人さんに慰められたり怒られたり?すればいいのになって。(ぁ)
しかし、話を書き進めていったら断髪にあまり食いつかない将軍になったw






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