──すけて 助けて……


頭の奥底に響く声。
ギュッと目を閉じ、それからゆっくりと瞳を開けた。

そこには、見慣れた天井が広がっていた。









己が内に眠る者 第一話









?どうかしたのか?」


「……ん、大丈夫よ」


掛った声に、寝ぼけた眼を擦りながらは上体を起こした。
そこには、見慣れた少年──布都彦の姿があった。


「ちょっと、夢を見ていたみたい」


何度も何度も繰り返し見る夢。
それは布都彦も分かっているのか、短く「なら、いいのだが」と言うだけだった。


「夢を?何か……思い出すような事は見られたかい?」


布都彦に続いて現れたのは、道臣だった。
やんわりと細めた瞳、優しげな口調が特徴な彼は汲んできた水をに手渡した。

考え事をしていて、いつの間にか眠ってしまっていたようだったのだ。


「……いいえ、何も」


自分の名前以外、一体自分が何者なのかをは知らなかった。
記憶喪失──とでもいえば分かりやすいか。


「ただ……いつもと同じ 誰かに……呼ばれるだけだったわ」


それだけ告げると、は水を口に含み喉を潤した。


「呼ばれる……そう言えば、よく『助けて』と言われると言っていたな」


「ええ
 誰なのか、何を助けてほしいのか……よくわからないけれど
 でも、いつも切羽詰まった声なの」


考え込むように顎に手を添えて、首を傾げては呟いた。
意図が全く見えないのだ。


「いくら考えても、何も分からないんじゃ仕方ないわ
 いつか、分かる時が来るはずだもの それまで待ちましょう」


それから、パンと手を打ち合わせて“それ”に関する考えを中断させ、は微笑んだ。

声の正体。
助けてほしい理由。
は何者なのか。

全ては、いずれ解決するはずだと。
確証はない。
けれど……



不思議と、そう思うの……
なぜかしらね



肩を竦めて苦笑いを浮かべ、はゆっくりと立ち上がった。


「ああ まずは、目下の問題を何とかしなければ」


グッと拳に力を込め、布都彦は外を見た。
外には、常世の国に中つ国が落ちた時からはびこる荒魂が多数存在する。
それらを倒しつつも中つ国を取り戻そうと、達、叛徒は日々奮闘していた。

布都彦の言葉に力強く頷き返すを見て、道臣はスクッと立ち上がった。


「道臣?」


「近くに常世の国の兵士が数名来たとの情報があってね
 ここを脅かせるわけにはいかないので」


「なら、私も行くわ」


その言葉に、道臣と布都彦は互いに顔を見合わせ頷き合った。
近くにある使い慣れた七星剣を手にし、は立ちあがると先を歩く道臣と布都彦の後を追った。

こんなことはすでに慣れた事だ。
偵察に行く事も敵を倒しに行く事もあるのだから。












「英彦山(ひこさん)、というともう少しよね?」


道を進みながら、声を押し殺しながらは問いかけた。


「ああ、そうなるな」


必要最低限の返答しか帰ってこないのは、その場所が近い──という証拠だ。
息を潜め、気配と足音を消しながら常世の国の者の姿を探した。
その行動次第で、次に出る行動が変わってくるからこそ、慎重に見極めなければならない。



何事もなく立ち去ってくれればいいのだけれど……



それだけが気がかりだった。
戦いになったら、敵はもちろんのこと味方だって無傷じゃ済まない。
下手をしたら、誰かの命が失われる事になるかもしれない。

“人”がなぜ“同じ人の命”を狙わなければならないのか、奪わなければならないのか。
なぜ“住む国が違う”というだけで、“立場が違う”というだけで、命を脅かしあわなければならないのか。

同じ生き物のはずなのに。
同じものを食べ、同じものを見て、同じ空気を吸って、同じように生きているだけなのに。


、どうかしたのか?」


「あ、なんでもないわ」


布都彦に問われ、ハッと我に返った
慌てて笑顔を浮かべ、首を左右に振った。


「布都彦、察しなさい」


そして、長年一緒に居たわけではなくても、を受け入れてから幾ばくかは経っている。
そのせいか、道臣はきちんとの性格を把握していて、布都彦にそう告げた。
そう言えば、布都彦も分かると分かっているから。


「あ す、すまない」


が、人類全てが共に生きていければいいのに、そんな風に考えている事を思いだし布都彦はハッとした。

人は、苦手な性質があれば得意な性質もある。
そして、生きているからこそ考え、発言し、時に傷つけたり傷つけられたりする。
だからこそ、全員と仲良しこよしなんて事が出来ないのは誰もが分かりきっている事だった。

この戦だって、そういう意見や価値観の衝突から“相手を排除する”という考えに至った結果なのだから。

その相手を排除するという考えに至らずに、共に生きられれば──それでいいのだ。


「いいのよ、布都彦 
 だって、私達は国を取り戻さなければならないんだもの」


その為には戦わなくちゃいけない。
それくらい、は理解していたし仕方ないと思っていた。
の考えに行きつく為の……第一歩だと。


「何事にも、大きな出来事の裏に血の流れない事はきっとないわ」


もちろん、出来事の内容にも寄るのだろうが。
それでも、“この出来事”には血は確実に流れる。
幾百の、幾万の、幾千の──たくさんの血が。


「しっ」


「「!」」


道臣の小さな声にピクリと反応すると、も布都彦も慌てて声を押し殺した。
足音も気配も消していたから、そこはいいが、かすかな話声から察知されては意味がない。


「……」


視線の先を指す道臣には頷き返すと、少しだけ後ろから身を乗り出した。
そこには、数人の常世の国の武官がいた。
その事を確認した瞬間。

どくん。
どくん。
どく、んっ……!

心臓が激しく脈を打った。
争いになるかもしれないと思うと、握りしめる手に余計な力が籠る。


「大丈夫だ、 奴らはわれわれに気付いていない」


「……ええ、そうね」


小さく唸る様に呟く布都彦の言葉に、心臓を納めながら頷いた。
ある程度は鍛練を積み、布都彦や他の武人に稽古の相手をしてもらったりしてきた。
戦闘にも参加だってしてきたが……それでも、経験は浅い。



布都彦や道臣と比べれば、私は……



先陣を切って敵を倒していく布都彦。
いろいろな知略で敵を押していく道臣。

それに比べれば、の力はか弱いものだった。


「このまま戻っていくようなら、よしとしよう
 出来る事なら、私も争いたくはない」


道臣の言葉に、はホッと胸を撫でおろしながら頷いた。
そして、布都彦も小さな声で「はい」と答えていた。


「……、…… ……」


「……!…… …、……」


たちのいる場所からは、何を言っているのかは分からなかった。
けれど、何かを言いあっているようには感じることはできた。


「何を言いあっているのだ」


瞳を細め、その様子をじっと見つめながら布都彦が呟いた。
もっと近づかなければ、その会話は聞こえてこない。
けれど、そんな危険を冒すはずもなく。


「…… ……、…、……」


一人の武官が何かを言った直後、全員が踵を返すように進んできた方へと引き返していった。
ひとまずは安心──といったところだろう。

ヒュンッ……
トスッ。


「「「!?」」」


けれど、次の瞬間聞こえたのは空を切る音だった。
布都彦との間を、一本の矢が通り抜けたのだ。


「気付かれていたようだね」


道臣の言葉から、相手がそれほど腕の立つ者だということが分かる。
布都彦とは互いに顔を見合わせると、静かにコクンと頷き合った。

シャッ。

静かに武器を抜き、身を隠していた場所から外へと身を曝け出した。
そこには、すでに事に対して身構えている常世の国の武官の姿があった。


「やはり、ここに中つ国の残党がいたか!!」


「すまないが、あなた達をここから生かして返すわけにはいかぬ!!!覚悟!」


今まで、ここが常世の国の者にバレず生きながらえてきたのも、こうして場所を知った者を生かして帰さなかったからかもしれない。
布都彦の雄叫びと同時に、武官も布都彦も地を踏み剣と槍を交わらせていた。


「ここを守る為にも、そんな事はさせないわっ」


言って、も剣を振るった。
短い期間でも、大切な居場所になったから。
だからこそ。



失いたくはないのっ



は、そう強く思えるようになった。












「……はっ 殺さないのか?そんなんじゃ……逃げられちまうぜ?」


の前には、破れた武官が一人。
他の武官も布都彦や道臣の手で破れ、その命は昇天していた。

そう、この戦いで情けは禁物。


「いい、 あなたは下がっていろ」


「だけどっ」


そう言って、いつも布都彦はの変わりに人の命を奪ってきた。
未だ、は人の命の灯火を消すという覚悟が出来ていなかった。

だからいつも、他の誰かが手を染める。

それを見ている事しかできず、は悔しかった。
殺したくないと思いながらも止める事も出来ず。
他の誰かの手を汚させまいと、自分で敵の命の重さを背負う事も出来ない。


「とんだ甘ちゃんだな
 剣を手にして戦場に出て、人を殺さないで仲間に殺させる」


どしゅっ。


「──っ」


武官の言葉と同時に、布都彦の槍が武官の身体を突き刺していた。
いつも目を反らしていたの目に、その恐ろしい光景が焼きつく。


「あまり気にするな、 敵の言う事だ」


「だけど……私は……」


武官の言う事は本当の事だった。
戦場に出るのなら、人を殺める覚悟だってしなければならない。
なのに、はそれすら出来ずに戦場に出た。


「それよりも、早く岡田宮に戻ろう」


「はい」


道臣の言葉に布都彦は元気に返事を返すが、は何も言えなかった。
ただ、武官をかすかに切った血を振り払ってから剣を鞘へ収め、後を追うように歩き出すだけだった。











何も分からない私を受け入れてくれたというのに、私はただの足手まといにしかなれないの?
殺す決意もなく戦場に出て……私は、皆の足を引っ張る事しか出来ないんじゃないの?
まだ……大きな戦はないけれど、いつか、いつか取り返しのつかない事になるんじゃ……

そう考えると、私はとても怖かった……






to be continued.....................







まだ千尋が布都彦たち、岡田宮の叛徒一派と合流する前の話です。
といっても、もうすぐ合流するんでゲーム沿いになりますが……(._.)
ちなみに、は布都彦達と一緒に行動するようになって数カ月って感じだと思います。
一年は経ってませんので、剣の技術も力もまだまだで、人を殺す決意だって出来てません。
でも、普通はそういうもんじゃないかなって思います。
人を殺すっていち大事ですし、もともとから武人として育てられたならまだしも、そうじゃないですからね。

そんながどんなふうに成長していくのか、どうぞお楽しみに^^
上手く成長させていけるか……不安でなりませんが(^_^;)