「さあ、我が君
 ここが目的の地………獣の神が眠る、磐座いわくらです」


筑紫の磐座いわくらへとやってきた達。
不敵な笑みを浮かべ、柊は千尋に向けてキッパリとそう言いきった。


「寒い………
 身体の芯から凍りついてしまいそう……」


寒さを耐えながら、千尋はそう呟いた。
口にはしてはいないが、きっと誰もがその寒さを感じている事だろう。



水の気が満ちる……
金の気が沈み……………霧が、生まれる



何かを感じ取ったのか、遠夜は視線を少し上へと向けた。
心の中でそう呟いた言葉は千尋にしか届かない。
けれど、まるでその言葉を受けたかのような反応を布都彦は見せた。


「霧の濃さが違う………
 この地が霧を生みだす元凶なのですね」


「信じていただけましたか それは重畳………」


布都彦の言葉に柊はふわりと笑みを浮かべた。
けれど、すぐに不敵な笑みへと移り変わった。


「予定……………どおりですね」













己が内に眠る者 第十一話













「予定どおり???」


意味が分からず、は柊へと問いかけていた。


「いえ、何でもありませんよ」


何も答えてはくれず、何も教えてはくれず。
柊ははぐらかすように微笑んだ。

すらりと避けられてしまった。


「……………………、…………………」


ふと、何かの息使いが聞こえた。


「……………」


チャキ。

静かに双剣を構え、忍人は何者かの気配を探りはじめた。
ピリピリとした空気が流れ、もゆっくりと腰に差した七星剣の柄を握った。


「忍人……」


呆れるような柊の声。
けれど、確かに何者かの息使いが聞こえたのだ。
柊のように悠長にしている方がおかしい。


「顔を見なくとも、君がどんな表情をしているか…………手に取るように分かります」


忍人は一行の一番後ろ。
そして、柊は一行の一番前。

忍人が警戒したのは、得体の知れない“誰か”。
そして今、目の前にいる、いつ裏切るとも知れない柊だ。


「ですが、誤解です」


「え?」


は忍人はただ得たいの知れない“誰か”を警戒しているのかと思っていた。
だからこそ、柊の言葉が理解出来ずに忍人と柊を交互に見つめて首を傾げた。



………どういうこと?
忍人は、さっきの息使いの相手を警戒していたのではないの?



ふわりと、柄を握る手の力が緩んだ。


「この荒魂こそが獣の神を縛る枷
 私は決して、我が君を殺める為に嘘をつき荒魂の所へ連れて来たのではありません」


獣の神の元へ、確かに柊は案内してきた。
ただ、その獣の神を解放するには今現れた荒魂を何とかしなくてはならないのだ。


「忍人 柊は嘘をついていないと思うわ
 確かに、今の現状を見れば疑いたくはなるかもしれないけれど…………」


確かに、疑える要素はあった。
けれど、は柊は嘘をつかないと思った。
何を根拠に────なんて分からないけれど。


「………さあ、我が君 私にお命じ下さい
 『かの敵を滅ぼせ』と」


峨嵋刺がびしを構え、柊は目の前の敵──水神を見つめた。












「我が名は布都彦、逃げも隠れもせぬ
 いざ、勝負!!!」


大きな槍を構え、布都彦は目の前の怨霊を睨みつけた。
千尋以外の全員の目の前に窮奇かまいたちが佇んでいた。
そして、千尋の目の前にはボスでもある水神が。


「…………早く千尋の元へ合流しなければいけないわね」


窮奇かまいたちと比べて水神は強い。
いくら千尋には力があるにしても、一人で戦うには歩が悪すぎる。
強く決意を胸に、は剣の柄を強く握りしめた。
千尋の元へ合流するためには、いち早く目の前の敵を倒さなくてはならないのだ。


「無理はするな、


「……ありがとう でも、私は私で頑張らないと迷惑を掛けてしまうわ」


共に行くと決意した。
だからこそ、足手まといにはなりたくないと思っていた。

槍を構える布都彦に、は真剣な口調で返事をした。
いつも布都彦は守ってくれる。
でも、いつまでもそうではいけないのだ。


……はっ 殺さないのか?そんなんじゃ……逃げられちまうぜ?


いい、 あなたは下がっていろ


だけどっ


とんだ甘ちゃんだな
 剣を手にして戦場に出て、人を殺さないで仲間に殺させる



英彦山ひこさんへ向かう道中の布都彦との会話を思い出していた。
目の前の自分に破れた敵の命さえも奪えなかった
変わりに手を汚すのは────布都彦。


「あの敵に言われた通り、私は甘ちゃんだったわ」


誰かに自分の変わりに手を汚してもらい、自分は平然とそれを見届けるだけ。
打ち負かしても、は決して手を汚してはいなかった。

手を血染めにせず、敵を薙ぎ倒していく。

それは言ってしまえば、命を奪った罪を背負っていないという事。
すべてを布都彦たち仲間に背負わせて、は身軽なまま。


「……………… まさか、あの時の事を気にしていたのか?ずっと」


なんのことか、布都彦もすぐに気付いた。


「……………」


返事はしなかった。
けれどは、返事の変わりに微笑を浮かべ。


「…………………フッ」


息を吐き、目の前の怨霊に向けて剣を振りおろした。
けれど、寸でのところで怨霊はの攻撃を避けて攻撃を仕掛けてきた。


「──────っ」


その攻撃をは慌てて剣で受け止め、そのままギリギリと押しあいとなった。
嫌な音が耳に響く。
けれど、は力を弱める事が出来なかった。



負けられない…………っ
頼れないの………っ
私が、頑張らないと、私がやらないと………っ



は、奥歯を強く噛みしめた。


「はぁっ!!!!」


勢いのある声とともに、剣を強く押して窮奇かまいたちとの距離を取った。
威嚇するような野太い声がに届く。
相手は荒魂。
ただそれだけで、こうまでも戦うことへの感覚が違ってしまうのか。



あの時とは………違うわ



そんな風には感じとっていた。
人と荒魂。
戦い、傷つけることは変わりないのに、何が違うのか。


「………


「私は大丈夫よ、布都彦」


呟く布都彦の声に、は微笑みを浮かべた。
今一度、カチャリと剣の音を立てて構えて目の前の窮奇かまいたちを見つめた。


「だから、布都彦は目の前の──自分の敵に集中してちょうだい?」


しっかりとした声で。
しっかりとした口調で。
敵と戦いながらもなおを気にする布都彦に、はハッキリと言った。

大丈夫だと。


「…………わかった
 だが、何かあればすぐに駆けつける」


布都彦らしい言い方だった。
頼りがいがあって、心強くて────縋りたくなってしまう。


「…………ありがとう、布都彦」


だから、はそれだけしか言わなかった。
期待してるとも、頼りにしているとも言わず、ただその気持ちだけを受け取る言葉だけを布都彦に捧げた。

そして、意識は布都彦から離れて目の前の荒魂へ。


「…………ここで負けるわけにはいかないの
 だから────────」


体勢を低くし、呼吸を整え、心を落ちつけた。

負けない。
出来る。

そう、強く言い聞かせて。


「──────倒すわ」


雄叫びをあげ、に襲いかかる荒魂を真っすぐ見据えて剣の柄を強く握り地を踏み締めた。














「………………」


千尋の祈りの直後、倒された荒魂たちは和魂へと姿を変えた。
蛍のような光がほのかに上昇していく。

それと同時に、あたりを覆っていた霧は色を失っていった。


「霧が…………晴れていく……」


その様子に、千尋は笑みを浮かべた。


「さすがは我が君 見事な采配でした
 これで枷は解かれ、筑紫の人々を苦しめた霧も消えるでしょう」


「うん ありがとう、柊」


これは柊が教えてくれたからこそ成し得た事。
彼は裏切ってなどいなかった。
嘘などついていなかった。

そう見えるけれど。
そう感じさせるけれど。


「柊殿 あなたの案内がなければ、この勝ち戦はなかった
 あなたは見事、二心なきを証明したのです」


「………………」


信じて良かった事を言葉にする布都彦。
一方忍人は相も変わらず腕を組んだまま、先に立つ柊をじっと見据えていた。

その視線に、その視線の意味に勘付いたのか、柊は真剣な口調でハッキリと言葉を口にした。


「私の犯した罪がこの程度で許されるなどと考えてはおりません」


それだけ、柊は深い罪を犯した。
守るべく土地を国を捨て、敵国へと身を投じた。
国を取り戻すべく奮闘する忍人たちと敵対したのだ。

そして、王となるべく者────千尋が戻ってきた途端に掌を返す。


「ですが、我が君
 どうか共に歩む赦しをお与えください」


「私からもお願いするわ 柊は………悪い人じゃない
 ううん…………もしかしたら、いい人過ぎるのかもしれない いい人過ぎたのかもしれない」


赦しを請う柊に、は呟いた。
柊の事なんて、分からないことだらけだ。
知らないことだらけのはずなのに、は柊の肩を持った。

いい人過ぎたからこそ、何とかしようとすべく常世に行ったのかもしれない。
国を裏切り敵国へ行ったと言う忍人とは全く違う意見だった。


「よくぞ枷を祓ってくれた」


突如聞こえたのは、足音。
気配も唐突に現れ、呟く声でその場にいた全員が幼い童子の存在に気付いた。
戦慣れしているはずの、気配を読むことに長けているはずの人達が全く気付くことなく──


「礼を言うぞ、中つ国の二ノ姫よ」


その童子は近づいてこれた。










to be continued









二人の関係がうまく進みませんー(笑)←
どちらかと言うと、布都彦の方が一歩進んでる感じです(#^.^#)