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「あなたは……村で会った……」 童子の姿を見て、千尋はポツリと呟いた。 見覚えのある少女の姿。 「この地から霧は消え、我が守護が大地を覆う …………筑紫は恵に満ちる」 それは、誰もが望んだ事だった。 よかった…… あの霧がここみたいになくなったのなら、きっと村の人達も一安心していることだわ 童子の言葉に、はホッと胸を撫で下ろした。 片手を胸元に添え、小さく息を吐きながら力を入れてしまっていた肩から力を抜いた。 己が内に眠る者 第十二話 「これで、みんなが暮らしやすい土地が戻ってくるのね」 「柊のおかげね」 喜ぶ千尋に、も微笑みながら言葉を紡いだ。 こうすることが出来たのも、全てはここへ案内してくれた柊のおかげだ。 「いいえ 私は何もしておりません しかし素晴らしい さすがは豊葦原に名高い聖獣白虎ですね」 の言葉を素直に受け取らない柊。 けれど、その意識はすぐに童子の姿をした白虎の方へと向けられた。 スッと瞳を細め。 「その力、我が君に…… 中つ国の王となる葦原千尋に貸してはいただけませんか」 なっ………なにを……… 柊の言葉に、千尋は目を丸くし、は心の中でそう声を上げていた。 まさか、そんな言葉を今ここで耳にするとは思わなかったから。 まさか、聖獣相手に。 すると、あたりは白い光に満たされ────獣の鳴き声と共に目の前に白虎の姿が現れた。 「あなたが…………白虎」 「現を満たすかりそめの姿など、意味をなさぬ 白き獣の姿もまた、かりそめに過ぎぬ すべては白き………夢」 まるで、暗示でも耳にしているような、物語でも聞いているような。 そんな錯覚を覚えてしまいそうな白虎の言葉。 言霊は静かに胸の内に入り込み、脳裏を駆け巡り、体内に染み渡る。 かりそめの…………姿 白虎の言葉を耳に、はその言葉に心が引かれた。 グイッと、その言葉に何か関連するものを持っているかのように、引っ張られた。 「気にするな、よ」 引っ張られた事にいち早く勘付いたのは葦原色許男神(あしはらしこのをのかみ)だった。 の耳にだけ、その言葉を届かせる。 どういう事? どうして気にしてはいけないの? なぜ………私は気にしてしまうの? 疑問だった。 かりそめの姿に意味がないという白虎の言葉が、これほどまでに胸打つのか。 「今は気にする時ではない」 それだけ告げると、葦原色許男神(あしはらしこのをのかみ)の気配はスッと消えた。 声は届かない。 「?どうかしたのか?」 「あ、ううん なんでもないわ」 心配げに顔を覗く布都彦に、はにっこりと笑顔を浮かべた。 そう、なんでもないのだ。 気にしなくていいって言っていたのだから、気にする必要なんてないのよね そう言い聞かせるように心の中で今一度呟くと、は視線を白虎に──── 否、意識を白虎に戻した。 「ですが、人は……」 聖獣ならば、そう思うのは仕方のない事。 人と聖獣では生きる年月が違いすぎる。 「たとえ、かりそめであろうと、求め願うもの」 だから、ここに居る者たちは生きていると言われた一ノ姫の姿を追う。 柊の言葉の通り、かりそめであっても求め願ってしまう、生きていてほしいと。 「…星を視(み)る者よ 時を識(し)る者よ 瞳を欠いてなお、汝は力を欲するか」 ドクンッ。 白虎の言葉に、の胸が高鳴った。 自然と視線は柊の失われた右目を見てしまう。 「すべてを識りてなお、あがき続けるか」 柊は識っている。 一ノ姫が死する運命は変えられないと。 そして、変えられなかった運命を視た。 柊は識っている。 の身体に葦原色許男神(あしはらしこのをのかみ)が降臨したのを、柊はその目で見てはいなかった。 けれど、葦原色許男神(あしはらしこのをのかみ)が降臨する運命を柊は識っている。 「その瞳に何を映す…… 何を映さんと願う……」 「…我が君の……未来を」 白虎の問いに、躊躇いながらも柊は呟いた。 失ってしまった一ノ姫とは違う、千尋の運命を見たいと願った。 生き、育み、全てを見届ける千尋の未来を。 「未来…か」 ぽつりと白虎は柊の言葉を復唱すると、よいだろう…と呟いた。 その声は、どこか満足気な響きを持っているようにも聞こえた。 「汝らに白虎の加護を授けよう……」 そう呟くと同時に眩しく光り、鈴のような音が響いた。 しゃらん、と清々しいほどに心地よい音。 「消えた……」 目の前にいたはずの白虎の姿が、次の瞬間には消えていて千尋はそれに驚きを隠せなかった。 さっきまでそこに在った白虎。 その姿があとかたもなく掻き消えていて…… まるで、 神様みたい…… って、白虎は神様よね ふと浮んだ言葉には苦笑した。 神様みたい、なんて神様相手に可笑しい思いだ。 「これは……」 「布都彦?」 「この身に宿る力は…いったい?」 両手を見つめる布都彦の様子が変わった事には気付いた。 そして、軽く首を傾げながらその顔を覗きこめば── 困惑、してる……? 白虎に会う前と後とで変わった感覚に、わずかに困惑している布都彦の姿があった。 「白虎の力は、君と私に宿ったようだ」 そんな布都彦に柊が説明をしてくれた。 加護を授けよう、と言ってくれた白虎の力は千尋ではなく千尋を守る者──布都彦と柊の中へと宿ったのだ。 「ふふっ 二人とも、白虎に好かれたのね」 他の誰でもなく、彼らに。 その事には微笑んだ。 その力は確かに千尋の為になる。 柊が望んだ千尋の未来を実現させる為にも必要な。 「そのようですね 姫、この聖獣の力は我が君の大いなる助けとなるでしょう どうか、思うままにお使い下さい」 一瞬だけ浮かべた苦笑の直後、柊はかしこまったように千尋に身を向けた。 そして、右手を流れるように身体の前に移動させて軽く会釈をしながら言った。 「私も、今まで以上に精進致します」 「ありがとう これからも宜しくね、布都彦、柊」 グッと拳を握りしめて誓う布都彦に、千尋は王族たる笑顔を浮かべた。 「守って……千尋を……守って……」 「──────ッ」 キィィィィィン、と嫌な音が脳裏を響き渡っていった。 歩いていた足を止め、は両手で頭を抱え込むとその場にしゃがみ込んだ。 その声は、幾度も聞いたもの。 その声は、幾度も訴えかけてきたもの。 ……一ノ、姫? 「そう……私の妹を……、…って 悲しみが………包み…む」 葦原色許男神(あしはらしこのをのかみ)の元で保護されているからなのか、一ノ姫は切実に千尋を心配していた。 夢の中で訴えかけてきていたはずの彼女が、こうして起きているに訴えかけるほどに。 否、違う。 ここは、 夢の……中? ふと、は気付いた。 先ほどまで見えていた景色が、共に歩いていた彼らの背中が、声が、全くなくなっている事に。 「……たしは見ていたわ ……幾度も、変わらぬ………命を」 すべてを知っている神の元。 一ノ姫はすべてを知っていた、見ていた。 変えたくても変わらなかった運命というものを。 …………私に、どうしろというの? は知らない、他の運命なんて。 この運命が初めての道で、他の運命の道なんて歩いた覚えがない。 だから、知らない自分にどうしろと言うのかとは問いかけた。 「運…を、変え……て……」 変えられなかった運命をどうやって変えろっていうの、と問いかけようとしただったが、ふと思い出した。 そう、この運命は今までの“変えられなかった運命”とは違う道を歩み始めているという事を。 に降臨する神が、教えてくれた。 一ノ姫が生きているという事を。 どうやって取り返せばいいのかという助言も、してくれた。 ならば、変えられるかもしれない運命に変わっているかもしれないのだ。 否。 …………変えなきゃ、何も変わらないもの 努力をしなければ、変わるものも分からない。 知っているだけで何もしなければ、 知らないのと同じ…よね だから、は決意した。 何をどうしようと、運命を変えようと。 千尋の幸せを見たいから。 人々の幸せを見たいから。 そして、 ……ずっと私に助けを求めてくれていたんだものね 今回は……応えなければならないわ、きっと ずっとずっと応えられずに来たからこそ、ここにきて神も一ノ姫も勝負に出たのだろう。 それだけ、幾度も運命を重ね続けてきたという証拠だろう。 「………あ…がとう……」 そう言って微笑む一ノ姫の顔が、見えたような気がした。 そこにいるはずもないのに。 「……………ッッ!!!」 「……ぅ、ん……?」 ふと、耳に響いた声での意識はグイッと現実へと引き戻された。 ゆっくりと瞳を開ければ、心配げにを見下ろす布都彦の顔が見えた。 その顔は少しだけ、 「……顔色、悪い、わよ?布都彦…」 青白く見えた。 「っ 良かった……目が覚めたのだな」 「目が…覚めた?」 布都彦の言葉に、は疑問そうに眉を潜めた。 そして、気付く。 今、は身体を倒して布都彦に抱きかかえられている、という事に。 「いきなり気を失ったんだよ 大丈夫?」 心配そうに布都彦の近くへと寄る千尋に、は目を見開いた。 そんな事知らなかった、とでも言いたげに。 「ああ……ええ、大丈夫よ、千尋 ただ……少し呼ばれただけよ」 にこりと微笑み、答えるに柊以外の全員がホッと胸を撫で下ろしていた。 柊以外は、事情を知っていたから。 呼ばれた、とは誰に呼ばれたのか、を。 「……呼ばれた、ですか?」 「ええ」 「………私には聞こえませんでしたが……いったい、誰に?」 柊の疑問を受けて、はようやく気が付いた。 そう。 柊は知らなかったのね と。 「柊……あのね……」 布都彦の胸に手を当て、ゆっくりと上体を起こしながらは柊に向けて言葉を紡いだ。 柊以外が知る事実を、柊にも教える為に。 to be continued
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