![]() |
|
「助けて……お願い……」 また……あの、声…… 直接脳内に響く声に、は夢の中だと分かりながらも意識を声に向けた。 まるで、起きているかのような不思議な感覚。 「あの子を……助けて…… ……の手に落ち、は……けない」 けれど、突如声は遠くなる。 ただただ『助けて』と声が響くばかりだった。 「あの子は……中つ、の未来……から 助けて……助け、て……」 あなたは誰なの? あの子って誰……? そう問いかけても、もう声は聞こえなくなっていた。 己が内に眠る者 第二話 「あなたは……誰、なのっ?」 「?大丈夫か?」 「──っ 布都、彦……ええ、なんとか……大丈夫よ」 寝言にしては大きなの声。 そして、天井に向かって伸ばされた手。 そのの手を握り、布都彦が必死な形相で声を掛けていた。 その声で、は現(うつつ)に戻ってこられた。 「また、声が聞こえたの また“助けて”って…… だけど──だけど、なんだかいつもと違ったわ……」 乱れた髪を手ぐしで整えながら、今しがた見た夢の話を布都彦にした。 「いつもと……?」 「ええ いつもは“助けて”ばかりだったの よく聞こえる時は“私と彼を助けて”だったのだけれど…… 今回は違ったの “あの子を助けて”と言っていたの 何かの手に落ちてはどうとか…… 中つなんとかの未来と言っていたから、多分中つ国の未来の事ね……そういう事を最後に言っていたわ」 「いったい、何の事を言っているのか分からないが…… 少なからずに助けを求めるという事は、近くにいるという事ではないか?」 その言葉に、布都彦もも互いの顔を見つめて瞬きを繰り返し、スクッと立ち上がった。 「……布都彦??どうかしたのかい?」 飛び出してきた布都彦との忙しない様子を見て、道臣は眉を訝しげに潜めて問いかけた。 を起こしてきてほしいと布都彦に頼んだ直後の慌ただしさに、道臣は理由が分からなかった。 布都彦がに急用があったようでもなかったのは、早朝の様子を見ていれば分かっていた事だ。 「あ、道臣殿!がまた夢を──神託を受けたようで……」 慌ただしく動かしていた足をピタッと止めて、布都彦は道臣にそう報告した。 そして、それはも言わなければならない事だったから、同じように止まり、道臣をまっすぐ見つめた。 「それは本当かい?」 「ええ “あの子を助けて”という声があったの 何かの手に落ちては──とか、中つ国の未来だとか…… 聞き逃しておくわけにはいかない内容だったの」 道臣の言葉に頷き返してから、布都彦にした説明を少し省いた形で話した。 いつ“あの子”がくるのか分からず、いつ“何かの手に落ちるかもしれない”のか分からない。 だからこそ、のんびりことを構えている事は出来なかった。 「では、その“あの子”という人の特徴というのは分かるかい?」 そう言われて、はハッとした。 特徴……知らないわ 聞いていなかったし、言っていても、多分聞き取れなかったわ…… どうしよう これでは意味がないわ そんな風に考えながら、は静かに首を横に振った。 ここで嘘をついても意味がない。 失敗を恐れて“黙る”ことよりも、この失敗を“次に生かす”ことのほうが大切だ。 「では、何者かに連れて行かれそうな者を見かけたら保護するということで構わないのだね?」 「ええ、お願い ごめんなさい……一番大事な所を聞いていなくて」 「いいえ 神託だから、それは仕方ないよ」 謝るを咎めることなく、道臣はにこやかに許してくれた。 夢の中の神託。 向こうからお告げはあっても、こちらから聞く事は不可能なのかもしれない。 「それより、布都彦 と共に」 「はい」 道臣の指示に、布都彦は最初からそのつもりだったと言わんばかりに即座に頷き返した。 その頼もしい反応に、道臣は静かに頷き返し、を見つめ同じように頷き合った。 「いったいどこにいるのだろう……」 達の拠点である岡田宮がある筑紫。 そこに限定されていたとしても、土地は広く全てをすぐに回るのは不可能だった。 なによりも、霧が発生していては見つけるのさえ困難だ。 「まずは近場から当たってみるのが妥当よね?」 「香春岳(かわらだけ)に向かってみよう」 「ええ」 布都彦の言葉に、も同意するように頷き返した。 誰か人がくるなら、穴門(あなと)よりも香春岳(かわらだけ)や英彦山(ひこさん)の方が比率は高いと見たからだ。 「助けてっ」 「──ぇ?」 聞こえた声に、はふいに立ち止ってしまう。 どこから声がしたのだろうかと、あたりをきょろきょろと見渡すものの── ……誰も、いない? そこには布都彦と以外、いつもと変わらない風景が広がっていた。 「どうかしたのか?」 「あ、ええ……今声が、聞こえた気がしたの」 「声が?私には聞こえなかったが……」 の言葉に布都彦は首を傾げた。 音という音といえば、風が揺らす葉の音や鳥や虫のさえずりばかりだ。 “声”など、私には聞こえなかったが…… これは、やはりの受けた神託の“あの言葉”なのだろうか? 布都彦は、そう思わずにはいられなかった。 「誰かっ」 「──ぁ また……」 空を見上げ、の身体がふらりと揺れた。 「っ?」 倒れるのかと思った布都彦が、慌ててを支えるように抱きとめた。 けれど、は倒れる事もその場に崩れ落ちる事もなく空を見上げたままだった。 「誰なの……?私に助けを求めるのは…… あの声の言っていた“あの子”というのは、あなたの事なの?」 ポツリポツリと、静かに問いかける。 けれど、その問いに答える者は誰もおらず──行き場を無くした問いは空気に溶け込むように消えていった。 『あの子を……助けて…… 常世の国の者の手に落ちてはいけない』 キィィン…… 『あの子は……中つ国の未来だから 助けて……助け、て……』 キィィィィィィィィンッ。 あの声が、の頭の中で甦った。 聞こえていなかった所の言葉までも、鮮明に。 それと同時に、の頭の中で警戒音が鳴り響きはじめた。 何……この、耳鳴りみたいな音は…… そこで初めて、はふらりと身体が布都彦の方へと傾いた。 それと同時に霧は一気に深くなり。 「「助けて──」」 「──っ!!!!」 二つの声が重なり合った時、は目をカッと見開いた。 そして、次の瞬間。 「!!!」 シュンッ。 布都彦の目の前から、姿を消した。 その霧に飲み込まれるかのように、吸い込まれるかのように。 to be continued........................
|
|
![]() |