長いようで短かった気がする道のり。
それでも、千尋がどれだけ大変な境遇に見舞われているのかは……容易く理解出来る時間だった。

突如連れ戻されるような形で、記憶の片隅にあった故郷に舞い戻って。
そして、いきなり中つ国の姫──そして、将としてまつり上げられた。



これからがきっと……大変ね



たった一人残った王家の者として、千尋は民を率いて生きていかなければならない。
よりよい国を作り、人々が安心して暮らせるような──そんな国を。











己が内に眠る者 第六話











「無事、辿りついたようですね」


先を指し示しながら呟く道臣の言葉に、は前を見据えた。
見えてきたのは大きな船。
それは、本当に噂になるのは当然と思えるほど大きな。


「……うん」


ようやく辿りついたという心境な千尋の表情は、本当に安堵感に満ち溢れていた。
それだけ仲間を信頼し、そして大切に思っているという証拠だろう。


「これが……姫の乗っておられた──」


「千尋ちゃん?」


そんな中、船の方から千尋に声が掛った。
現れたのは黒髪に生える花を飾った美人──夕霧だった。


「ああ、やっぱり千尋ちゃんやないの!」


ようやく見つけた、と言わんばかりの笑顔を浮かべて夕霧は近づいてきた。
その様子を見るだけで。


「相当心配してくれていたようね
 連れてきて良かったみたいで安心したわ」


もし、霧が晴れるのを待ってから……なんて言っていたら、余計に心配させていたかもしれない。
そう考えると、まだ霧はあってもいつ晴れるか分からないからと連れてきたのは正解に思えた。
危険はどこに居たって突きものだ。
ならば、足踏みしてしまうよりマシだっただろう、と。


「夕霧!!」


「お帰りなさい 無事でようはりました」


駆け寄る千尋に、嬉しそうな笑顔を向けた夕霧。
けれど、そんな千尋の後ろに見慣れない人物が三人も佇んでいれば疑問に思うのは当然だ。


「……あら?見ない顔やね」


「あっ、紹介するね」


夕霧の指摘でハッとしたのか、千尋は慌てて三人の方へ振り返った。


「こちらは────」


「あ、今はええよ 見た感じ悪いお人やなさそうやし
 それよりも、はよう中へお入り 他のみんなも楼台(たかどのうてな)で千尋ちゃんを待っとるんよ」


その言葉を聞いてしまえば、千尋の意識はそちらへ向いてしまうのは必然。


「千尋、行ってきたらいいわ 私達も、ご一緒させてもらうし」


だからこそ、はそう千尋に進めた。
道臣も千尋に二、三聞きたい事があると言っていた事を思い出したというのもある。


「うん、そうする!ありがとう、夕霧、!」


そんな風に言うと、皆も一緒に中へ入るというのに千尋は一足先に駆け出していた。


「あ、待って!」


そして、達もそんな千尋を追いかける事となった。



本当に……みんなが大好きなのね



その様子から、はそう思い。
そして、自分にももしかしたらそういう相手がいたのかもしれないとも同時に考えてしまう。

チクン。

記憶がないゆえに考えてしまう事に、少しだけ胸が痛んだ。












「……みんな」


「千尋!」


「姫さまぁぁぁぁっ!!」


突如帰ってきた千尋の姿に風早は驚き、けれど足往は純粋な反応を見せ駆け出していた。
地を蹴り、勢いよく千尋に抱きついた。


「どこに行ってたんだよ おいらたち、すっごく心配したんだぞ」


その言葉に、千尋は全員の顔を見た。
それだけ心配を掛け、そして、それだけ千尋を必要としてくれているということだ。


「心配かけて、ごめんなさい」


「ほんと、そうだよ」


しゅんっと肩を落とし謝る千尋に、那岐は苦笑をした。
呟く言葉は意地悪なようにも聞こえるが、その口調からは心配の色が滲み出ていた。


「千尋も、みんなを心配していたのよね」


「……うん どんどん居なくなっちゃってたから、どうしたのかと思って……」


みんなが千尋を心配していたのと同様に、千尋だってみんなの事を心配していた。
それを、が呟き伝えさせた。


「そう言うなって 無事ならそれでいいじゃん
 こうやって、連れてきてくれたんだしな」


沈みかかった空気を、一気に引き上げてくれたのは足往だった。
にっこりとした純粋無垢な笑顔を浮かべ、千尋に抱きついたままだ。


「ところで、姫さま 後ろにいるやつら、誰だ?」


ひょっこりと顔を横から覗かせ、千尋の後ろを見た。
そこには、足往は見知らぬ人物が佇んでいた。


「道臣ですよね、お久しぶりです それに……布都彦?大きくなったなあ」


「……風早も、変わりないようですね」


「ご健勝そうで、ようございました」


知人同士、交わす会話にはきょとんとしていた。
まさか、こんなところで二人の知人に会う事となるとは──思いもしなかった。

けれど、よく考えれば道臣と布都彦も中つ国の従者。
知っているのは当然かもしれないが……


「……あなたは……」


「……え?私?」


そして、挨拶が終わった直後──千尋が風早に何かを問おうとした瞬間。
風早の視線がに止まり、そして小さく唇が動いた。
は自分を知っている人がいるとは思っていなかったからか、驚きを隠せない瞳で見つめるしかなかった。



……私を、知っている人?



そう思ってしまっても、仕方のない事だった。


「いえ、共に来られて良かったです 千尋の面倒も見てもらってしまって……
 本来なら、従者の俺がするべきなんですが……」


苦笑を浮かべ、はぐらかすように風早は話を反らした。
けれど、その口調はどこか一線を退かれているような……そんな感覚を覚えた。


「いいのよ、そんな気にしなくても 好きで助けたわけだもの
 それに……千尋が王となる者なら、私も従者じゃないかしら?」


くす、っと微笑みながらは風早に問いかけた。
ただの民ならば、従者とは違ったかもしれない。
けれど、は叛徒の一員で、常世の者と戦う──言ってしまえば女武者だ。


「ですが……」


「王族でもない私に、そこまで気を回す必要はないわよ」


それでも、頷かない風早には笑った。
風早の態度が、まるで自分より立場が上の者にするようなものだったから。



私は、そんな立場じゃないのに……変な人
でも……凄く……

懐かしさを……感じてしまうわ



肩を竦め、苦笑をして、は不思議な感覚に浸っていた。
会った事もないはずの人たち。
けれど、道臣だけでなく、この初めて会ったはずの人たちにも同じ“懐かしさ”を感じてしまう。


「風早 三人と知り合いなの?」


ふいに、会話を割って千尋の問い掛けがかかった。
その声は、どこか申し訳なさそうだったのは……たぶん、会話を割ってしまう事を気にしたからだろう。


「道臣と布都彦は知っていますよ
 は……そうですね、俺から一方的に少し……と言った方がいいかもしれませんね」


千尋の問い掛けに風早は少し考えながら、けれどすっぱりと答えを出した。



やっぱり、私を知っている人だったのっ?



一方的だとしても、それでもを知っているという人がいた。
もしかしたら何か分かるかもしれない。
その願望に縋らずにはいられなかった。


「といっても、申し訳ないのですが……知り合いというよりも“見た事がある”という感じなんですよ」


「……そう」


変に期待をしてしまった
だからこそ、風早の言葉にがっくりと肩を落とさずにはいられなかった。
少しでも何かの情報が分かれば……そう思った直後だったのだから、そのショックは計り知れない。


「道臣と布都彦は……そうですね、最後に会ったのはだいぶ前になりますけど
 君たちが千尋を連れてきてくれたんですね」


過去を思い出しながら、その面影を風早は今の二人から感じ取っていた。
そして、すぐに柔らかく微笑むと。


「ありがとうございます」


そうお礼を口にした。


「いえ、姫のお役に立つのは当然の事です」


「……で、結局あんたら、なに?」


布都彦の言葉の直後に、那岐は呆れ顔で問いかけた。
いったい誰なのか、なんなのか。
ただ千尋を送り届けるだけならば、天鳥船の外でやり取りを終えても十分なはずだ。


「じゃあ、改めて紹介するね」


そう呟くと、千尋は後ろを振り返った。
そこに佇む三人の顔を見て、一番近くに居た布都彦に視線を向けた。


「こちらは、布都彦 私が倒れているのを助けてくれたんだ
 それで、ここまで案内してくれたのが、大伴道臣さん
 最後に、私を助けてくれたのが


紹介をされれば、自然と頭は下がる。
ぺこりと軽く──会釈程度の角度で頭を下げると、微笑んだ。


「彼らは、常世の国に抗う組織の一員なんだ
 道臣さんが、その反乱軍をまとめているんだよ」


「ふ〜ん……じゃあ、おいら達と一緒か」


千尋の言葉に、足往は珍しいものを見るような眼で道臣達を見つめた。
それはそうだろう。
なにせ、足往達──国見砦に居た者たち以外に反乱軍なんて見た事がなかったのだろうから。

ただ、その噂だけはもしかしたら聞き及んでいたかもしれないが。


「それより、さっき『助けてくれた』って言った?」


千尋の言葉に、那岐が眉を潜めて問いかけた。
今しがた“倒れているのを”と言っていたが、千尋は布都彦に助けられたと言っていた。
けれど、一番最後に紹介されたも布都彦同様に千尋を助けたと。

“倒れているのを”ではなく。


「うん 実は──」











簡潔に話したが、それでも話は長い方だった。

みんなとはぐれてから、千尋が会ったお爺さん。
それが実は皇(ラージャ)で、その皇(ラージャ)に襲われかけたのをが助けてくれた事。
その時に発現した、不思議な力と──の身体に降臨する神の存在。


「……君はもう少し警戒心を──」


「そんな余裕、なかったと思うわ
 相手はお爺さんの姿に変わっていたのよ?千尋に気付けると思うかしら?あなたは
 それに……私だって皇(ラージャ)だなんて思いもしなかったわ」


忍人が千尋に注意を向けようとした瞬間、が割って入った。
それは確かに正論で、相手の正体が“ただのお爺さん”だと思ったのなら警戒するはずもない。
むしろどうしたのだろうと、気に掛けてしまう。

そこを、付け入られてしまったのかもしれないが。


「しかし……」


「なにはともあれ、無事だったんです いいじゃないですか、忍人
 もこう言ってる事ですし」


それでも渋る忍人に、風早が笑いながらもの言葉を押す発言をした。
その事に多少眉間のシワを濃くした忍人だが。


「次からは気を付ける事だ」


「……はい」


しぶしぶ、という感じの忍人の発言。
それでも、やはり怒られたと感じた千尋は小さく頷いた。


「でも、まさか豊葦原を完成させた神様が出てくるとはね」


「……うん それは私も驚いたよ」


那岐のため息交じりの言葉に同意するように、千尋は頷いた。
龍神や麒麟、土蜘蛛や日向の一族以外に、そんな大きな神が登場するなんて誰が想像するだろうか。

建国に力を貸した神ならばまだしも──建国の土台ともなる豊葦原を完成させた神だ。


「龍神とかでも、十分驚きなのに……まさか、世界を作った神様が出てくるなんて思わないもん」


両手を顔の近くで組み、幾度も瞳を瞬かせながら呟いた。
記憶が完全に戻っていれば、もしかしたら驚きは半減されていたかもしれない。

けれど、豊葦原に住まう記憶を持っている那岐でさえも驚いているのだから。


「それを言うなら、私の方が驚きよ
 まさか、自分の身体に神様が降りてくるなんて思わないもの」


「あ、それもそうだよね」


の言葉に、千尋は手を打ち合わせると納得したように呟いた。
それから苦笑を浮かべ、あはははと笑った。


「まさか、そのような事があったとは……」


「道臣には、まだ話していなかったものね」


それならば驚くのは当然だろう。
話す機会は会ったのだけれど、他の事を優先した為に全ての機会を逸してきた。


「本当なら、もっと早くに話すべきだったのだけれど……」


「いや……それを後回しにしたのは私だったからね
 は気にする必要などないよ」


申し訳なさそうに呟くに、道臣は苦笑を浮かべつつも優しく言った。
その優しさがには心地よくて、ふわりと微笑んだ。



なんだろう……
どこか、どこか懐かしさを感じる笑顔だ



そんなの笑顔を見つめ、道臣はそんな事を思ってしまった。
それは、多分、その場にいた風早も忍人も同じだったことだろう。

何とも言いようのない、懐かしさ。
なぜそう思うのか……分からないほどに。


「でも……布都彦は、昔から正義感が強かったからともかく……
 道臣が反乱軍とは驚きましたよ」


風早が覚えている限りでは、道臣は争いごとを好まぬ性分だったはずだった。
そんな道臣が反乱軍を率いているなんて、すんなりと『そうですか』と流せるはずもない。


「でも、心強い味方ですね
 これからも宜しくお願いします」


道臣だって、あれでも同じ師君のもとで習った身。
風早だって、その実力を知らないわけがない。


「……実際のところ、お聞きしたい」


にこやかに笑う風早に、道臣は深刻な表情を浮かべ呟いた。
それは、ここへ来る前に達に『二、三聞きたい事がある』というものの事だろう。



いったい……何を聞くつもりなのかしら
同じ目的を持った者ならば……協力し合うのが一番だと思うのだけれど
なにせ、向こうには姫である千尋がいるのだもの



なぜ、そこまで慎重になるのか。
それは、きっと道臣の性分ゆえなのだろうとも理解はしているのだが。
それでも中つ国復興を掲げるのならば──協力し合うのが最善手ではないのだろうか。


「あなた方は、常世の国に勝てるとお思いなのでしょうか?」


勝たなければいけない。
そうでなければ、中つ国の復興は成せない。

それは分かっているし、反乱軍を指揮する道臣ならば重々理解している事だろう。

それでも問いかけるという事は、それだけ常世の国の軍が強敵だという現れて。
争いを好まぬ道臣からすれば、出来れば避けて通りたい道のはずだ──戦なんてものは。


「私は……」


道臣の問い掛けに、千尋は呟いたまま考えるように俯いた。
口元に手を持っていき、軽く顎を触る様にしながら思考する。








to be continued





皇(ラージャ)との事、の身体に降臨した神様の話。
その辺はさせたほうがいいかなぁ〜と判断して、話させる流れにさせてみました(^^ゞ
長くなりましたが……(^_^;)

メインキャラをクリアした人なら、多分風早がに対してああいう態度を取ったのか理由は分かるんじゃないかなと。
あと、柊も風早同様な態度に出そうですね……(#^.^#)
どんどんネタバレしていくので、楽しみにしててくださるとうれしいです(^o^)丿

しかし、メインキャラ達と合流した途端、ふっつんとの絡みがなくなってしまった……orz
なんだか、そこが残念で仕方ありませんが……
多分、この二人は何だかんだいっても一緒に行動しそうですね(^_-)-☆