「私は……」


道臣の問い掛けに悩む千尋。
それでも、すでに答えは出ているのかすぐに顎を引いてしっかりとした面持ちを道臣に千尋は向けていた。


「私は勝てると思ってる
 少しずつだけど、仲間も集まってきているし
 みんなの力を一つにすれば、必ず道は拓けると思う」


そこまで一気に言いきると、千尋は一度瞳を伏せた。
そして、先ほどよりも強い意志をともした瞳を見せる。


「そう、信じている」









己が内に眠る者 第七話









「……さようですか 姫のお考えは分かりました」


千尋の言葉を聞き、道臣が静かに言葉を紡いだ。
けれど、その声には千尋のような覇気は感じられなかった。


「私は、常世の国に勝てるとは思えません」


「え?」


道臣の言葉には目を丸くした。



だって、私達は中つ国を取り戻すために頑張ってきたのでは……?



頑張ってきていたからこそ、道臣の発言に耳を疑いたくなった。


、よく考えてみてごらん
 かの国との戦力差は、あまりにも大きい」


「そうだとしても……」


そこまで呟くと、は俯いてしまった。



道臣が平和を望んでいることも、争いを嫌っている事も私は知っているわ……



道臣の心を知っている。
だからこそ、納得してしまう心がある。

そんな中、ふいにの意識が引っ張られた。


「お主達には勝ってもらわねば意味がない」


ふと、の口調が固くなった。
俯いていたの顔がゆっくりと上がり、真剣な面持ちでその場に居る人たちを見渡した。


「……へぇ さっき言ってた神様ってのがあんたか」


らしからぬ口調に、一瞬誰もが驚いた。
けれど、そんな空気を割る様に発言したのは那岐だった。


「そうだ 勝てる勝てないで口論をしている場合ではないぞ
 お主達には、今後の中つ国の為にも勝ってもらわねば……」


「今後の中つ国の為にも……ですか?」


神の言葉に、風早が問いかけた。
確かに、風早は今後の流れを知っていた。
何がどうして、どうなって、どういう歴史を刻んでいくのか……それを嫌というほど知っていた。


「そうか お主は知らぬのだったな」


すべての時空を見つめてきた風早が知らないのも無理はなかった。
すべては神の御心のままに……


「どういう事ですか?」


「一ノ姫は、私の元で生きている」


“私の元で生きている”という言葉に、全員の息が詰まった。
風早は、一ノ姫は死んだとばかり思っていたから。
そして、他の者たちは羽張彦と共に姿をくらましたとばかり思っていたから。

なぜ、神の元に?と疑問が浮かんでしまう。


「一ノ姫と羽張彦という者は、禍日神──その中におる黒龍によって呪いを掛けられ倒された
 ゆえに、私が二人を我が元で保護しておる
 この娘は、何度も一ノ姫の声を聞いておったはずだ」


その言葉に、布都彦と道臣は顔を見合わせた。
何度も夢の中でかけられた声。
それが一ノ姫の正体だったというのだ。


「覚えがあるようだな」


「どうすれば、二人を返して頂けるのでしょうか!!!」


呟く神に、布都彦が声を荒げた。
羽張彦は布都彦にとっては大好きな兄で、そして一ノ姫は国に大切な存在で兄の大切な人だ。
そして、千尋にとっても、大切な大好きな姉。
記憶になくても、幾度も羽張彦とは言葉を交わしたことのある──そんな存在だった。


「そう慌てるでない 二人を取り戻したくば、黒龍を倒すのだ
 封印するのではなく、倒すのだ」


呟き、神は厳しい瞳で風早を見つめた。
その言葉と瞳で、風早は思いだした。



そうだ
この歴史を通るたびに、言っていたじゃないか……“封印ではなく倒せ”と



何度も何度も繰り返す、この時空の事を。

けれど、その大きな力に敵うはずもなく──封印をすることしか出来なかった。
だからこそ、二人は戻ってくることなく、風早の知る時空は一ノ姫のいないもので塗り固められてきていた。

そして、そのたびに神は全ての者の記憶から“一ノ姫が生きている”という記憶を封じてきていた。
後悔の念に囚われないように、己の任をまっとう出来るように、同じ歴史を繰り返されるまでは──


「封印するのではいけないんですか?」


両手を組んで、千尋は神にそう問いかけた。
今の口調から、封印するのではいけないと感じ取ったから。


「駄目だ、倒さなければ 封印では、呪いまでも一緒に封印してしまう
 だが、龍神は再生することが出来る……封印ではなく倒せ」


ハッキリと、神は千尋に言いきった。
それは、今すぐに決断させるようなものだった。


「そうすれば、姉様と羽張彦は戻ってくるのね?」


「そうだ」


それさえ分かれば、千尋の決意はすぐだった。
神も、そして記憶を取り戻した風早も知る“いつもと同じ答え”だった。


「……しくじるでないぞ」


「心得ております」


神の言葉に、風早は静かに答えるのだった。
そう、失敗はあってはならない。
そのたびに、一ノ姫と同門である羽張彦は悲しみに打ちひしがれていたのだから。


「必ず……勝つのだ 常世の国に……禍日神に……」


そう言うと同時に、の身体はぐらりと揺れた。
それを布都彦が慌てて支えた。

あの時のように。


、大丈夫かっ?」


「ぅ……ん、大丈夫……意識も、あるし、ちゃんと……聞こえてたわ」


布都彦に支えられながら、意識をハッキリとさせていく
その耳に、やはりあのときのように声は話は聞こえていたようだった。


「王になれと言われている千尋には申し訳ないけれど……
 一ノ姫と羽張彦を助け出さなくてはいけないわね」


「うん!
 それに、やっぱり私には王なんて向いてないと思うし……」


苦笑を浮かべる千尋に、は首を左右にやんわりと振りながら「そんなことないわ」と答えていた。
そんな様子を他人事のように見つめながら、道臣はそれでも『勝てない』と考えていた。


「残党な我々が、本当に常世の国に勝てると仰るのですか?」


「……勝てる勝てないじゃないわ、道臣
 勝たなければいけないの、勝つっていう気持ちが大切なのよ
 勝てると思わなければ、勝てる戦も勝てはしないわ」


その言葉は、道臣だけではなく“封印しか出来ずにいた”風早にも当てはまるものだった。
倒せると思っていれば、倒せていたかもしれないのだ。
それを倒せないと思ってしまったから、封印するしか出来なかったのだ。


「あなたの言い分もよく分かるよ
 その考え方も、理解は出来る」


「なら……」


「けれど、負けると分かっている戦など意味がない」


その考え方だってにも理解は出来る。
それでも、国を取り戻す時のいち大事にはそんな事を言っていられないのではないかとも思うのだ。


「おいら達の戦いが無駄だっていうのか!!!」


ダッと駆け出し、足往は道臣の胸倉に掴みかかった。
ここまで一生懸命に奮闘してきた者にとって、それまでの行いが“無駄”と言われてカチンとこないわけがない。


「足往!」


「道臣殿!!」


千尋が慌てて声を上げ、呆気にとられるの横で布都彦も声を上げた。


「く、苦しい……離しなさい……」


そう言って、足往の手を振り払った道臣。
けれど、その衝撃と一緒に何かが落ちた。


「道臣、大丈夫?」


「……え、ええ」


道臣を支えるに、道臣は視線を反らしながら頷くしかなかった。


「……ん?」


その時、何かに気付いた那岐が“何か”を拾い「へぇ」と興味を示すような声を漏らした。
あの那岐が何かに興味を示すなんて、何とも珍しいことだろうか。


「……っ!」


「……道臣?」


“何”を拾われたのか理解したのか、道臣は息を詰まらせた。
その様子の意味が分からず、は首を傾げて名前を呼ぶが道臣の意識は那岐の方に向けられたままだった。


「……あ」


遠巻きに、それが何なのかに分かった。
それは、ここに来る間際に一度道臣が落としたものとソックリだった。


「これ、三環鈴だね
 ずいぶん珍しいもの持ってるんだな、あんた」


それが何なのか分かっているような口ぶりの那岐。
だからこそ、道臣も慌てたような表情を浮かべたのかもしれない。


「道臣……?その三環鈴がどうかしたのかしら?」


意味が分からないは、だからこそ純粋にそう問いかけてしまう。


「那岐、それが何か知ってるの?」


「ああ、昔、聞いたことがある」


千尋の問い掛けに、那岐は静かに頷き答えた。



知られちゃまずいようなものなのかしら……?
でも、その割に那岐も知っているようだし……



知られちゃまずいようなものなら、きっと知らない人の方が多いだろう。
何より、そんなものをこうも持ち歩くものなのだろうか。


「持っている者一人を瞬時に別の場所へと導く、太古の鬼道の品だよ
 ま、導くといっても、移動先の指定は出来ないらしい
 『どうしても今すぐこの場所から逃げ出したい』なんて時でもなければ、たいして役に立つものじゃないだろうね」


那岐の説明を耳にして、なぜそんなものを道臣が持っているのかと思ってしまう。
何か、他に考えがあって持っていたのか、それとも本当に逃げる為に持っていたのか。

そして、千尋はふと気付いてしまった。
三環鈴の鈴が一つ、割れている事に……


「もしかして、今、落とした時に壊れて……」


だとしたら、弁償しなくちゃと考えてしまう千尋。
けれど、そんな千尋に那岐の溜め息が向けられた。


「鬼道の品は落としたくらいじゃ壊れないよ」


「え……じゃあ……」


そんな那岐の説明に、は間近にいる道臣の顔を見てしまった。
きっと、見ない方が良かったのかもしれないが……それでも、瞬間的に見てしまった。

そこには、罰の悪そうな、居心地の悪そうな、そんな道臣の顔があった。


「三環鈴は使い捨てなんだ」



使い、捨て……?



それはつまり、一度使った事があるという事だ。
那岐の説明では、一人移動させるたびに一つずつ壊れていく……つまり、三回きりの品という事だ。


「一つないってことは……
 ははぁぁぁぁん、お前、それ使って敵から逃げたんだろ」


「……っ!」


「図星みたいだな」


足往が何か分かったように呟き、道臣の顔色がますます悪くなった。


「待って!逃げる事の何がいけないというの?」


「なんだと?」


そんな道臣を庇うように、は足往に問いかけた。
その問いは、つまりは敵前逃亡を認める発言なわけで、足往もいい顔はしなかった。


「生き残ってこその命、生き残ってこその抗いじゃないのかしら?
 死んでしまっては何もなさない、力を温存する事も、敵を倒すことも……
 自分の力量を理解し、勝てないと分かって逃げる事の何が悪いの?」


勝てないと分かっている相手に挑むなんて、自殺と同じ。
特攻していって何になるのか。
傷を負わせることは出来るかもしれないが、致命傷には至るはずもない。
そうして、死んでなんになるのか。

何にもならない。


「足往は……もし、自分に部下が出来たとして
 その部下に「死ね」と命ずることが出来るというの?」


その言葉に、足往は何も言い返せなかった。


「おいらは……忍人様に「死ね」と命じられたら、おいらは死ねるぞ!!!」


「そんな命令を、俺がすると思うのか?」


忍人の言い放った言葉に、足往はビクッと肩を揺らした。
そんな事を言わない事は、足往自身が一番よく知っていた。


「みんなは……道臣を責めるかしら?敵を前に逃げた事を……
 死を覚悟して戦わなかった事を……」


「俺には責められん 俺も、橿原宮が落とされたと分かった時、早急に下ったからな」


それは、中つ国が滅びたあの日を指し示す言葉。
その言葉に、足往は何も言えなくなった。

この忍人でさえ、逃げた事があるのだ。


「俺も、逃げる事が悪いとは言いませんよ
 命あっての物種、ですしね
 それを今後、どう役立てていくかです……道臣は良くやってくれています」


回りが道臣を攻めない空気になれば、足往だってそうそう言い返すことは出来ない。
忍人が賛同しなければ、もしかしたらそれでもと発言をしていたかもしれないが。

……忍人は一番初めに責められないと口にしてしまった。


「……じゃ、これ」


そんな風に落ちついた頃合いを見て、那岐が道臣に三環鈴を返した。
一つだけ欠けた──道臣にとっては、忘れてしまいたい過去を示す品。


「では、話を続けましょうか」


全員が落ち着いた事を確認すると、風早がそう促した。
今、一番大切なのは『今後の事』だ。









to be continued





再度神様降臨ー!!(笑)
ということで、一ノ姫が実は神様の元で生きてましたよーという話を入れました^^
この“一ノ姫は実は生きている”設定は前々からやりたかったものだったので、ようやく書けて幸せです♪

そして、全ての時空を体験しその時空での出来事を覚えているはずの風早が知らなかった話……
でも、実はどの時空でも神様は“生きている”と話していたんですよね(^_^;)
ただ、その記憶を神様が次の時空まで封印させていただけ──という(苦笑)
たぶん、初めての時空の時は消さなかったんだろうけど、千尋とか風早が“封印したから救えなかった”と嘆いて執務をまっとう出来なかったから封印するようになったんじゃないかな?
なんて、個人的裏設定がありますが……これは読者の方が好きなように想像してくださっても構いません^^

の身体に神様降臨。
・実は一ノ姫は生きていた。

これだけでも、十分な裏設定ですよね(笑)
でも、実はまだまだありますよー!!!