不思議な霧は絶え間なく広がり、視界を覆う。
まるで、見てはいけないものを隠すかのように。
まるで、見つけられてはいけないものを隠すかのように。











己が内に眠る者 第九話











八女に着いた達は筑紫を包む霧に詳しい人を求め、村人に声を掛けて回った。
それぞれが分担し、あの人この人と声を掛けるも、この霧がどこから来るのか、なぜ霧が出るようになったのか、答えを知る人を見つける事は出来なかった。


「この村には、霧の原因を知っている人はいないのかな……」


「そうね……もしかしたら、この村の人達もただ霧に惑う人にすぎないのかもしれないわね」


千尋の言葉に、も答えを出すことなく溜息を吐いた。
答えを知る人が見つからないということは、つまりはそういうことなのだろう。


「まぁまぁ、そないに簡単にはわからへんよ」


「うん……そう、だね」


「夕霧の言うとおりかもしれないわね まだ聞きこみをし始めたばかりだものね」


すっかり悲観的になりすぎていたと千尋は、夕霧の言葉にパッと少しだけ表情を明るくさせた。
これが、もう数日、数週間経っているのならば悲観的になってもおかしくはない。
けれど、そうじゃない。


「森や山の方も調べてみたほうがいいんじゃないかしら?千尋
 もしかしたら、何か分かるかもしれないわ」


「あ、そうだね
 布都彦にあやしい場所がないか教えてもらって……」


ふと、は未だ村の中でしか聞き込みをしていないという事に気付いた。
村の中で情報を得られないのなら、もう少し違う場所へ足を伸ばすのも肝心な事だろう。


「……あれ?」


きょろきょろと、千尋が目的の人物を探し視線を泳がせる。
けれど、見当たらない姿に首を傾げた。


「ふふっ 千尋、気付いていなかったの?」


くすくすと微笑みながら、は夕霧と視線を交わらせた。
ここまで気付かないと、少し可哀想な気がしてしまう。


「布都彦なら、ずっとあなたの後ろにいたわ……よ?」


「あら?変やなあ おらへんわ」


ずっと千尋の後ろにいたから今もいるものかと思っていたと夕霧。
けれど、千尋の後ろに視線を向けると、そこにいたはずの人物の姿が見えず、再度視線を交わらせ首を傾げた。


「どこに行ったんだろう……」


「何も言わずにいなくなるなんて、布都彦らしくないわね」


布都彦の性格なら、きっと一言くらい何か言うはずだ。
それがないということは、近くにいるか、すぐにすむ用事だったということだろうか。


「……あら?どうかしたの?」


は幼い少女の視線に気付き、前かがみになりながら問いかけた。


「あのね、大きな槍を持ったお兄ちゃんだったら、あたし、さっき見たよ」


「え、本当?どこに行ったか分かる?」


「うん 向こうで、怪我した人を拾ってた」


少女に布都彦の行方を聞いてみるの耳に、驚いた言葉が入り込んだ。



怪我した人??



その言葉を耳にし、ハッとしてあたりを見渡した。
いったい、布都彦はどこへ行ったのか。
そのけが人はどこにいるのか。


「千尋、急ぎましょう」


「うん!」


少女にありがとうとお礼を告げると、は千尋と共に少女の言う場所へと足を向けた。
何事もなければいいのだけれどと内心思いながら、足早に道を行く。













「布都彦、怪我人がいるって本当なの!?」


「……真ですよ、我が君」


息を切らしながら駆けつけた千尋の耳に、甘ったるく優しげな声が届いた。
千尋の運命の歯車を回した人。


「あなたは……柊!?
 もしかして、怪我人ってあなたの事なの?」


一瞬にしてがらりと変わった空気に、は何も発言することが出来なかった。
けれど、聞かなくても今目の前にいる人物──柊が、千尋の味方だったわけじゃない事だけは分かった。


「またお会い出来ましたね 相変わらず、お美しい」


ふわりと微笑む柊に対し、千尋は少し警戒心を露わにした。


「姫も柊殿の事をご存知でしたか ならば話は早い」


「どういう事?」


布都彦の言葉に意味が見出せず、は首を傾げて問いかけた。
見た感じ、感じた限りでは敵のような感じなのに、何が話が早いのか──と。


「知り合いなどではない すぐに斬れ」


「ちょっと忍人?いきなりそれは……」


「おやおや、忍人
 久方ぶりの再会にしては刺激的なご挨拶ですね」


が忍人の物言いに驚くのも無理はなかった。
敵のような柊と知り合いのような千尋や布都彦。
けれど、久方ぶりに再会すると言われた忍人に至っては敵意丸出しだ。



……何がいったいどうなっているの?



数ヶ月前に布都彦達と知り合ったには、知る由もない事だった。


「葛城将軍、いかがなされたのです?こちらは柊殿……」


かくいう布都彦も、驚きを隠せないようだった。


「この男は中つ国を裏切り常世につき、高千穂に害をもたらした」



なっ!?



「敵以外の何者でもない」


ハッキリと言い切る忍人の言葉に、ただの敵ではない事を知る。
どうやら、ここにいるメンバーの数人とは知り合いのように見えたのは、かつて中つ国に仕えていたからだろう。
そして、裏切りは──悲しみを生んだ。
一度生まれた亀裂は、そう簡単には再生できない。


「柊殿……
 高千穂の領主は非道だったと聞き及んでおりますが」


「……昔の話です」


布都彦の言葉にも何も反応を示さない柊は、淡々とした口調でさらりと答えた。
高千穂の領主の非道さはの耳にも届いていた。
なぜ、そんな奴につけたのか。
なぜ、平然としていられるのか。

疑問は尽きなかった。


「なぜ……そんな領主の元にあなたはついてしまったの?」


「豊葦原に満ちる災いからこの国の未来を護るには、他に方法はなかった……
 敵の禄を食む恥辱にまみれ、失意の底でこの身が錆びるに任せよう」


「……え?」


「そう……考えたのです」


柊なりの中つ国を思っての行動だったのか、ただ取ってつけた理由なのかは柊にしか分からない。


「ですが、我が君との出会いが私を変えました」


「千尋が?」


「ええ」


の問い掛けに、柊は微笑ましく笑みを携えながら頷いた。
スッと瞳を細め、片眼で千尋を見つめると。


「姫の一途な想いは凍てついた我が心を溶かし、燃え盛る情熱をくださった
 その可憐な面差しを思うと、いてもたってもいられず……
 共に常世と戦うべく、こうして遅ればせながら参じた次第です」


長い長い言葉は、まるで翻弄するかのよう。

けれど、きっと、たぶん。

これが柊の心の一部なのだろう。
まだ何かを隠しているようには感じるけれど、それでも千尋と共に闘うべくやってきた事に偽りはない。


「……だから?」


「はい?」


「常世を裏切り、再度中つ国の為に戦う決意をしたから……そんな怪我をしているの?」


千尋の問い掛けに、柊はそうですと言わんばかりに笑みを浮かべた。
全ては千尋の回りに集まる、とでもいうかのように──人は巡り、集まってくる。


「相変わらずよく回る口だ」


「君の方は、昔以上に愛想がなくなってしまったようですね、忍人」


互いが互いに押されずに言葉を交わす。


「葛城将軍、「既往は咎めず」と先人の言葉にもございます
 たとえ一時、戦場で相対する立場となったとしても……今の柊殿は傷を負った身
 捨て置くわけにはまいりませぬ」


無言を決めていた忍人に、布都彦は意を決して意見を唱えた。
けれど、忍人は表情を変えることはなかった。


「これがこの男の手口だ
 怪我だなどと、偽りとしか思えんがな」


「ですが……」


どれだけ忍人は頑固なのだろうかと思ってしまうほどに、意見を曲げなかった。
それだけ、柊が裏切ったことがショックだったのか。


「いかがでしょう、我が君 私を信じて頂けますか?」


その問い掛けに、千尋はすぐにフッと笑みを浮かべた。



……答えは、決まっているようね



「柊のこと、信じるよ 一緒に常世の軍と戦おう!」


「優しいお言葉、この胸に染み渡ります
 我が君の澄んだ瞳に、心からの忠誠をお約束いたしましょう」


誰でも信じてしまえるのは、千尋の心が広いからか。
それとも、人を疑うことを知らないがためか。
それは分からない。
けれど、それが千尋の選んだ運命。


「どうかなさいましたか?」


動揺を隠せない千尋に対し、柊は余裕満点の笑みを浮かべていた。
千尋の右手の小指に口付ける柊は、それがかの国での約束の儀式だと言い、その手を離さない。
みるみるうちに千尋の顔は赤く染まりあがっていった。


「これから、あなたには過酷な未来が待っている
 それを補うほどの幸せがあなたを満たすことは、おそらくないでしょう」


それが、王としての千尋の務め。
戦場に出て、たくさんの悲しみを経験し、全てをなげうってでも国の為に執務をこなす。


「ですが、それでもあなたは前に進むのをやめはしない
 そんなあなただからこそ……たとえこの身が砕けようとも、ご期待に応えるべく務めると誓いましょう」


すっと、上目づかい気味に見上げる柊の視線に、千尋は再度ドキリとした。
小さくポツリと名前を呟き、離れる柊の視線や手に名残惜しさを感じていた。

けれど、その後呟かれた忍人の言葉に、千尋の意識は現実世界へと引き戻されることとなる。


「君の正気を、今日ほど疑ったことはない」


確かに、敵を難なく受け入れてしまう千尋は、将軍である忍人からしたら疑惑だらけだ。
けれど、千尋は現代でずっと過ごしてきた少女。
力を貸すと言われて疑い、いらないなどと言えるはずもなかった。

そして、敵でありながらも千尋にあれやこれやと助言をしてきたのだから、余計だろう。


「古い友として忠告しますが……
 疑いは真を見抜く目を曇らせますよ、忍人」


そう言われても、すぐに柊を信用できるほど忍人は簡単な人間じゃなかった。

責任がある。
守るべきものがある。

だからこそ、敵であった柊を簡単に信用してはいけなかった。


「では、偽りなき忠誠の証に、ひとつお教えしましょう」


「……何?」


柊のもったいぶった言葉に、忍人は訝しげに眉を潜め問いかけた。
こいつはいったい何を言おうとしているのか……と。


「筑紫の地を覆い、姫の心を惑わす不埒な霧……その秘密を」


「霧の……秘密?」


「あなた……知っているの?」


驚く千尋に続き、も柊に問いかけた。
その表情は驚きに満ちつつも、少しだけ疑念を持つ訝しげなものを浮かべていた。


「この霧の本質は、惑いなのです」


「惑い……」


「そう……惑いとは、拘りより生じるもの
 “白虎”の惑いが霧の源となっているとは、悲しい事です」


「待って、白虎って何?
 こんな霧を作るなんて、もしかして荒魂なの?」


「いいえ、朱雀と同じように豊葦原の獣の神のひとつです
 白虎を束縛し惑わせる強い力の荒魂がいるのでしょう」


筑紫へ来る前に、朱雀と対峙していた千尋達には即座に飲み込める内容だった。
けれど、それを知らないや布都彦には何がどうなっているのかが分からない。


「じゃあ……」


「姫の想像の通り、その荒魂があるかぎり白虎の枷は解けず、霧もまた晴れません」


「白虎を解き放つには、荒魂を倒さないといけないんだね」


柊の言葉に不安ばかりを募らせていく千尋の肩に、はポンと軽く手を置いた。
微笑みを携え。


「大丈夫よ、千尋 あなたなら出来るわ」


その様子に千尋は嬉しそうに微笑んだ。


「……うん、ありがとう、



昔……誰かに、そんな事を言われたような気がする……



の言葉にお礼を告げながら、千尋は他の事を考えていた。


「よければ、祠までご案内いたします」


「お前の言葉を信じろというのか?」


「おや、私が嘘をついたことがありますか?」


柊の言葉に、ムッとした表情を崩さない忍人に柊は微笑を浮かべた。
どこまでも忍人は柊の事が信じられないようだった。


「忍人……ここは、柊の言うとおりにしてみたほうがいいんじゃないかしら?
 もしかしたら、この霧を解決することが出来るかもしれないんだもの
 もしも、忍人が懸念する罠だったとしたら、その時対処すればいいわ
 だって、ここにはあなたや布都彦、風早がいるのだから」


にこりと微笑み、は忍人を宥めさせようとした。
そう、罠だったら罠で対処すればいい。
そうすることが出来る実力を持つ者が、ここにはいるのだから。

罠かもしれないと懸念し、解決するかもしれない未来への一歩を踏みとどまるよりは、きっといい。


「私も、の意見に賛成です、姫
 過去の行いのみにて判断しては、正道を見失うかと存じます」


「まあ、当てもなく歩き回るよりはいいかもしれませんね」


「風早……」


布都彦の言葉に、風早も賛同した。
それは、行ってしまえばの言葉にも賛同してくれたようなもので、忍人は驚きの入り混じった吐息を吐いた。


「千尋、行ってみませんか?
 そろそろ俺にも、友達を選ぶ目がある事を証明したいですしね」


にこりと微笑む風早に、千尋は少し考えたのちにコクンと小さく頷いた。
しっかりとした眼差しを風早に向け、それから柊を見つめた。


「他に手掛かりがないもの そうしてみようか」


風早の後押しが利いたのか、忍人もそれ以上は何も言わなくなった。
大きく溜め息をつき、どんなに反対しても無駄だと悟った様子を見て、布都彦は風早に対してお礼を口にした。


「ふふっ どうやら、不敗の葛城将軍のお許しも出たようですね
 では、参りましょうか、我が君」


そう紡ぐと、柊は先頭をきって歩き出した。
その祠のある場所へ、千尋を導くために。

この霧を解決し、白虎を救うために。












to be continued








基本原作沿いですが、ところどころ脇道それたり在るべき発言がなくなってたりします(笑)←
まるまる同じだと面白見ないかなーと思ったんですが……まるまるのがよかったですかね?(';')