ずっとそばに居たい…
ずっとずっと、あなたの傍に…
さよならなんて
「もう、時間ですね」
掛けられた声には息を呑んだ。
すべき事が終わった今、白龍の力を借りて元の世界へと戻る時。
それを知らせる弁慶の言葉が、今は苦しく胸に圧し掛かった。
「そう、ですね…」
「さん?」
「はい?」
掛けられた声に、は素っ頓狂な声を上げた。
弁慶に向ける視線はいつもと変わりないもの。
はそう考えていた。
けれど─────
「何故、そんなに悲しそうな顔をするんですか?」
「何言ってるんですか、弁慶さん!
私は至って普通ですよ!」
あはは、と軽く笑いながら弁慶の言葉を受け流した。
けれど、それが気に食わなかったのか弁慶は少し不機嫌な表情を浮かべた。
「嘘はいけませんね、さん」
「………」
その言葉に何も言えなくなった。
見破られてる…
グッ、と息を呑み込み手を握り締める。
「さ…」
「嫌なんです!」
弁慶の言葉を遮って、は声を上げた。
瞳に大粒の涙を携えて。
「弁慶さん達と…弁慶さんと…さよならするのが…嫌なんです
長く一緒に居た所為か…離れ難くて…寂しくて…」
呟く度に零れ落ちる涙。
睫がフルフルと小刻みに揺れ、力を込めた手も震えていた。
それだけ、別れが辛いのだ。
「君は…いけない人ですね」
「弁慶さっ…んっ!?」
弁慶の言葉に疑問そうに視線を向けるも、その後の行動に言葉は驚きへと変換された。
ギュッと弁慶に抱き締められる形となった。
ふわりと鼻を掠める、薬師である弁慶独特の香り。
職業柄というのか。
「そんな事を言われてしまっては、僕もあなたを帰したくなくなってしまいますよ?」
「べ、弁慶さんっ」
間近で、そんな言葉を言われてしまっては頬が赤く染まるのは必然。
のそんな様子に弁慶は苦笑を浮かべた。
そして、その手でやんわりとの頬を撫でた。
「天女はいずれ天へ帰らなくてはなりません」
「─────っ」
冷たいその言葉に、は息を呑んだ。
照れた瞳が一気に悲しげな色へと変わった。
「ここは、あなたの居るべき場所ではありません」
冷たい一言一言が突き刺さる。
痛く、辛く、深く、心の奥底に。
何かが凍り付くのを感じた。
何かが止まるのを感じた。
私は……
弁慶さんにとって……
不要な…
人、間………
ポロリ、と最後の一滴の涙が落ちた。
弁慶から、一番聞きたくなかった言葉を聞く事で。
瞳から、生きる意志の色が消え失せた。
けれど、誰もその事に気付きはしなかった。
「神子、帰らないのか?」
「あ…」
白龍の言葉に、意識だけは戻ってきた。
ゆらりと白龍を見つめるの瞳。
「少し…少しだけ、この世界を目に焼き付かせて
譲くん…先に、帰ってていいから」
の言葉に白龍は静かに頷いた。
一度帰せば帰って来られない。
だから、悔いの残らない様にとの計らいだった。
「…先輩 ですが……」
「大丈夫だから、譲くん」
「……分かりました すぐに、追いかけてきて下さいね?」
譲はしぶしぶ、の言葉に頷いた。
少しだけ心配だったのだ。
いつものと様子が違っていたから。
「それじゃ…少し、回ってくるね」
そう言うと、は歩き出した。
八葉の皆は、少しだけ心配そうに顔を見合わせていた。
「………どこも、かしこも…思い出ばかり」
歩く町並みは見慣れたもの。
どこを見ても、思い出ばかりが蘇る。
ねぇ、私はどうすればいいの?
帰りたくないのに、ここは私の居る場所じゃないって…
なら、私の居場所は一体………どこ?
歩きながら、そんな事ばかりが脳裏を過った。
の存在意義。
それが存在していたのは────
「戦の最中…戦の、真っただ中…」
ポツリ、小さく言葉が紡がれた。
「私は…戦に必要な…………兵器、だった?」
その言葉に、ピシリと何かが地面で弾けた。
しかし、の考えは止まる様子を見せなかった。
その場に立ち尽くし、自分の両手を見つめるだけ。
私が必要だったんじゃなくて…
白龍の神子の力が必要だった……?
私は…人殺しのための………
殺人、兵器………?
ビシビシビシビシ…
地面に走る亀裂。
そこでは異変に気が付いた。
ハッとして足元を見下ろすと、自分の立つ足元から外へ外へと伸びる亀裂。
「私が……中心?」
何が起こっているのか分からず、は首を傾げた。
「さん!」
「べ、ん慶……さん?」
上がった声には意識をそちらに向けた。
別れたくないと必死に願った相手が、今目の前に。
ビシビシビシビシ…
来ないでと願う程、亀裂は酷くなる一方。
そこから沸き立つ気は、どうやら龍脈の五行の力のようだった。
「さん!落ち着いて下さい!」
「い……や……」
弁慶の言葉は何も聞こえない。
ただ、拒否されたことへの恐怖がを埋め尽くした。
死んでほしくなくて、必死に戦った。
誰も傷ついて欲しくなくて、自らを犠牲に戦った。
幾度となく見た、惨劇。
居場所などない自分など………
「消えたい…」
消えてしまえばいい。
はそう思った。
そして、それを口にした。
すると、激しく光り立つ五行の力はを包み込んだ。
「さん!!!」
弁慶の声は輝く光へと注がれた。
膨張し徐々に縮む光に視線を向けると、五行の力を身に纏ったの姿が目に留まった。
「……弁慶、さん 私…」
そこまで言うも、すぐに口を噤んだ。
ふるふる、と小さく小刻みに頭を左右に振ると。
「さよなら…皆
さよなら…弁慶さん」
微笑みと共に、告げられる別れ。
その時、そこに居た八葉全員が『ああ、帰るんだ』と思った。
けれど、その思いも瞬時に掻き消された。
薄れゆくの姿を見つめ白龍が声を上げたのだ。
「神子!駄目だ!戻ってきて!そっちへ…そっちへ行っては駄目だ!」
「いいの、白龍
私に居場所なんてなかったんだから…」
白龍の言葉に悲しげな笑みを向ける。
その言葉に、みんなは理解した。
は帰ろうとしているのではなく、消えようとしているのだと。
「さん!!駄目です!戻ってきて下さい!!」
「弁慶さん…何を言っているんですか?
ここは…私の居るべき場所じゃないと言ったのは…弁慶さんじゃないですかっ」
呟く言葉は震えていた。
熱いものが目頭に込み上げてきた。
「弁慶さん、来ちゃ駄目です!」
一瞬逸れた意識。
戻すと、近づいてくる弁慶の姿が見えた。
五行の力で溢れている、の場所。
何が起こるかなんて分かるものではなかった。
「どうやら…僕は言葉が足りないようですね」
「え?」
ふわり…
感じる温かい温もり。
けれど、まるで壁が一枚隔ててあるような感覚だった。
「ここに居れば、さんは傷つくと思ったんです
戦乱の世の中…いつ死ぬかも分からない状態で、僕はあなたを守り抜く事など約束出来ません
でしたら、さんがいつか話してくれたさんの世界に帰った方が、さんは幸せなんじゃないかと…」
「だったら、弁慶さんもっ」
「僕はいけません まだ、やり残した事がたくさんあります 九郎の事もありますしね」
びりびりと感じる痛みは、五行のもの。
けれど抱き締める腕の強さを弱める事無く、弁慶はを抱き締め続けた。
「そんなっ だったら私もここにっ」
「ですから、言ったでしょう?
ここは危険です さんの幸せのためには…」
そこまで言うと、が弁慶の胸を押した。
離れる身体、見つめる視線は真っ直ぐ交じり合った。
「私の幸せを勝手に決めないで下さい」
ハッキリとした口調は、龍神の神子の時のようだった。
キッと弁慶を睨みつける瞳は、戦う事を決心した時のようだった。
「私の幸せは、安全な場所にあるんじゃありません
私の幸せは、弁慶さんの所にあるんです」
ビシッと弁慶を指差して、ハッキリとした口調で言い切った。
場所なんてどこだっていいのだと。
必要なのは、そこに誰が一緒にいるのか。
「弁慶さん 私…あなたの事、ずっと─────」
止まらない力。
消える定めなのか。
「さんっ」
「
大好きでした
」
静かにその言葉だけを残し、は目の前から姿を消した。
愛しい人に、大切な言葉だけを残して。
ああ、やはり僕の目の前から消える定めだったのですね…望みさん
この苦しみは…咎人である僕に課せられた…定め
「さん 僕も…
あなたを愛していました
」
消え入る弁慶の言葉は、には届かなかった。
ただ残るは、ここに存在していた事証。
八葉全員と、朔、白龍の瞳から、悲しみの涙が零れおちていた。
...................end
一発目からごめんなさいいいいいいいいいいい!(汗)
死ネタではないのですが…ある意味死ネタ…↓↓
というか、弁慶ファンな方、ごめんなさい!!(><)
私、弁慶大好きですよ!!本当に!!ただ…こういう話を書いてみたかったというか…なんというか…(おい)
決して弁慶が嫌いなわけじゃありません!
わたくし、弁慶溺愛してますから!!!(お)
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