私の身体はもう…どこにもないっ
あかねとしてしか…生きられないっ

そればかりか…私は皆に嘘をついてきたんだ…嫌われたくないっ
皆に辛い思いは……させたくないっ



駆ける足は止まることなく、土御門殿を出て行った。
京の町中へと飛び出て、向う先には一条戻り橋があった。


「────────────っ!?」


橋を渡ろうと視線を上げると、見えた姿に足は止まった。
ガクガクと膝が揺れ、目の前の出来事は夢じゃないかと思いたくなってしまう。


「どうして……こんな所に…どうして、ここに──────」













transmigration 第十話











「…………」


の声に、全く反応を示さなかった。
ただ、ジッとに視線を向けるだけ。

まるで人形のように。


「なんで…どうして………だって龍神は──────」


「あかねが、二人………?」


駆け付けた天真がポツリと声を漏らした。
実際にはあかねとなのだが、ただ髪の長さが違うだけなのだ。
同じに見えても仕方はない。


「どうして…行方不明の私の身体が…ここに…居るの?」


一瞬にして膝の力は抜けてしまった。
ガクッと膝が曲がり、重力に従い地面へと座り込もうとするの身体。

ガシッ…

そんな身体を支えたのは泰明だった。


「大丈夫か」


「あ…うん、大丈夫…ありが、とう…」


気遣う言葉に頷き、気持ちを落ち着けた
けれど、膝は相変わらずガクガクと揺れていた。


「……!」


ハッとした時にはすでに遅かった。
けれども、が気づくよりも早く頼久が攻撃に気付いていた。

発された何かを頼久は手にしていた刀で斬った。


「五行の力 気を放ったか…」


「どういう…こと?ねぇ、泰明さん!どういう事!?」


ポツリと紡がれた言葉を聞き逃すほどボウッとしていたわけではなかった。
まして、支えるほど近くに居る者の声を聞き逃すほど耳が遠いわけでもなかった。


「…が宿っている身体、神子同様に…あの者も五行の力を具現化し攻撃する事が出来るようだ」


「────え?」


泰明の説明に、は眉を潜めた。
の身体が五行の力を具現化し、攻撃する事が出来ると言う事にも驚いた。
しかし、それ以上に驚いたのはあかねの身体が五行の力を具現化し攻撃する事が出来るという事だった。

全く、そんな事が出来るとは思っていなかったから。


「私に…そんな力が…あったの?」


「やはり、は気付いていなかったか」


「うん…皆を助けたくても、助けられないって…ずっと思ってた」


漸く知った事実に、の驚きは一向に隠せなかった。
泰明が嘘をつくはずがないのは分っていた。
それでも、嘘だ…と思ってしまうのは人の性なのだろうか。


「くそ!どうするんだよ!あいつ…俺達を攻撃してるぜ!?」


「………」


叫びながらも繰り出される気の攻撃を必死に避ける天真。
あかねに似た姿のの身体。


「ねぇ…なんであかねちゃんと似た姿の身体があるの?」


「確かに変だな」


詩紋の疑問は最もで、イノリが訝るのも当然だった。
しかし、その光景を見ていたは内心ハラハラしていた。

もし、敵とみなして攻撃されたらどうしようと。


「鬼の傀儡か何かか…?」


「─────え?」


泰明の発言に、ギョッとしてしまった。
操り人形の様に見えるの身体。
しかし、その身体はきっと本物であるはず。

間違っても攻撃されたら、ただでは済まないだろう。


「ククク…当たらずとも遠からずだな、地の玄武」


「アクラム─────!!!」


ゆらりと現れた鬼の一族の頭領でもあるアクラムに、天真は声を荒げた。
蘭を天真から奪い取った張本人が居るのだから、当然の反応だった。


「…そう吠えるな、地の青龍 まだこれは余興に過ぎぬ」


「余興…?これが…余興だって言うの?」


アクラムの発言に、は沸々と湧き上がる怒りを覚えた。
グッと拳を握りしめ、震える声で強く言葉を発した。

キッと睨み付ける瞳には、強い炎が宿っていた。


「そうだ 余興に過ぎぬ」


「冗談言わないで!!」


殿!下がって下さい!!」


未だ言葉を改めようとしないアクラムに、は怒りを露わにした。
強い言葉ではなく、怒りにまかせた言葉を発し、アクラムを睨む。
しかし、の身体が打ち出した気の攻撃にいち早く気付いた頼久は、慌ててを後ろへと引いた。


「その娘をどうにかせねば、ラチがあかぬぞ?」


その言葉に、はハッとした。
一体アクラムは何をさせるつもりなのか、と。


「………」


カッ…!

気が放たれ、八葉を襲う。
を守る八葉は、必死に気を斬り裂いたり避けたりしていた。


「くそっ!!!」


しびれを切らした頼久が、その持っていた刃での身体を斬り付けに一歩踏み出した。



ま、まさか─────!!
駄目、そんな事されたら…困るっ!!!



「駄目!!」


「っ!殿!?」


いきなり飛び出したのはだった。
斬られる寸前で、頼久はその刃をピタリと止め目の前に佇むを見つめた。

反応が少しでも遅ければ、斬ってしまっていた所だった。


「駄目…斬っちゃ駄目 駄目なんだよ…」



怖かった…
斬られるかと思った…死ぬかと…思った…



恐怖に左右に伸ばした手が揺れ、立つ足が微かに震えた。
それでも必死に倒れまいと気力を振り絞り、剣の柄を握る頼久を見上げた。


「…どういう意味ですか、殿」


「ククク どうやら、そなたの正体…他の者は知らぬようだな」


「───っ!」


頼久の問いかけ、アクラムの見越した発言。
それはの心を揺らすには十分の材料だった。

ビクリと、アクラムの発言にの肩は大きく揺れた。


「あれは…あの女の子は、人形じゃない!生身の人間なんだよ!!」


目をギュッと閉じ、叫ぶように言い切った。



ああ、どう思われちゃうのかな…
気味悪がられるだけなら…いいんだけどな…



ふと、そんな事を思ってしまった。
何も知らせていない今、そんな言葉を信じてもらえるのかも分からないのに。


「なん…ですって?」


の言葉にいち早く驚き、目を見開き、反応を示したのは鷹通だった。
眼鏡越しに、その瞳が丸くなるのがよく見えた。


「あれは──────」


そこまで口にすると、はツイッと視線を逸らした。
言わなくちゃいけない事。
言ってしまえば、すべてを説明しなくてはいけなくなる。

ここまで逃げた意味は全くなくなってしまう。
それでも、斬られるわけにはいかなかった。


「あれは…私 私の…身体なのっ!!!」


の言葉に予想通りの反応がやってきた。
驚き、疑問。
そんな感情の灯った瞳が向けられた。


「クククク よく言ったな、
 だが、言ったからといって…あの身体が戻ってくるわけでもあるまいがな」


「…返して 私の身体を…返して」


アクラムの言葉は正しかった。
の魂、精神がなくても動く身体。
戻ってくる確率は低かったのだ。


「楽しみはこれからだ、 それまで待つのだな」


「逃げるかっ!!!」


「今日は挨拶をしに来ただけだ 私が身柄を預かっていると…しらしめる為のな」


の身体ごと、ゆっくりと消えるアクラム。
いつもの様に、急に現れては急に消えるようにの身体も消えていった。


「…どうして…私の身体が…」


ガクッ…

膝を折り、その場にしゃがみ込んだ
地面に両手を付き、視線は下を見つめたままポツリと呟いた。

行方不明といわれた身体が、なぜこの世界に来ていて、何故アクラムの元に渡っていたのか。
なんともいえぬ恐怖に、は成す術もなかった。


ちゃん 説明…してくれる?」


「詩紋くん…」


静かに、を気遣いながら問う詩紋。
視線をゆっくりと上げ、その鮮やかな金髪を目に留め名前を口にした。

もう逃げる事は出来ない。
もう、逃れられない運命に、は抗う事など出来なかった。


「…分かっ、た 藤姫ちゃんの館に戻ったら…話すよ」


向かう先は土御門殿。
詩紋の言葉にコクリと頷きながら、話す事を約束した。









To be continued...........................




いろいろと明らかにーなります!
勿論、八葉や藤姫ちゃんにヒロインの正体が明かされますよ!
長かった…長かったです!申し訳ないっ(汗)






transmigrationに戻る