これが、私の最後の意地………




大丈夫 私は戻っても……アクラムの操り人形にはならないから─────…











transmigration 第二十話










「あかねちゃん、おはよう もう出掛けちゃう?」


「うん、もう少しで出かけるけど……どうしたの?」


部屋を訪れた詩紋は、どこか元気がないように見えた。
首を傾げ、あかねは詩紋の様子を伺った。


「ボク、自信がなくて…上手く出来るのかなって、少し怖くなってたんだ
 でもね、ボク…頑張る 頑張るよ だって、セフルの事が気になるもの」


「───詩紋くん」


詩紋の気持ちはよく分かった。
同じ境遇、同じ容姿。
辛い辛い、立場。

だから────…


「私達で、セフルに大丈夫だよって言おう ね」


「うん 待ってるだけじゃ駄目で、黙っていても伝わらないんだもの」


頑張るよ。
詩紋は満面の笑みを浮かべ、グッと拳を握り強く言った。


「ボク、セフルの言いたい事が分かるような気がするんだ だって、昔のボクと同じだもん」


視線を下げ、少しだけ寂しげな表情。
昔を思い出すと、やはり辛いものがあるのだろう。

辛い記憶は、辛い思い出はいずれ笑って話せる日が来ると言うけれど、そこまで日は経っていない。
まして、京に来てまた同じ仕打ちを受けていたのだから尚更だ。


「きっと、誰も自分を理解してくれないって、そう思ってるんだ
 そういうの悲しい…ボクは嫌だ もう、嫌なんだよ…」


「詩紋、くん…」


間近で聞いてるあかねも、奥で聞いているも。
ギュッと同じ分だけ胸が締め付けられた。



どうして私はあかねの中に居るんだろう…
別の身体だったら…一緒に慰めて、支えて…一緒に乗り越えていけるのに…

こんなんじゃ…聞いているだけで、何も出来ないじゃない…



何も出来ず見ているだけの自分に、もどかしさを感じた


「この世界に来て、『鬼』って言われて…凄く、心細かった
 ボクには、あかねちゃんや八葉の皆…それからちゃんに藤姫が居てくれたから」


近くに居た藤姫が、少しだけ辛そうに表情を浮かべながらも笑顔を作っていた。
他の世界から来て、それでも強く強くこの世界を守ろうとしてくれた詩紋。

敵であるにも関わらず、敵を心配する詩紋は、きっと天性の優しさを持っている。


「あなたのあの鬼を救いたいという気持ちは、良く分かりました
 頑張りあそばせ 詩紋殿のお心は人としてとてもご立派だと思いますわ!」


そんな風に言ってくれたから、あかねも詩紋も頑張ろうと思えた。
頑張って、すべてをいい方向に進めようと。


「あ、泰明さん!」


「何だ」


「今日の朱雀解放なんですけど…一緒に行って下さい」


ゴクリと息を呑み、必死にお願い。
ずっと、一緒に頑張ってくれた人だったから。


「分かった お前の言う事は理解できないが…ともに行くとしよう」


「理解できないって、何が?」


タン…

一歩踏み出した泰明に、詩紋は疑問をぶつけた。
今までの泰明の様子を見ていたら、理解できないと言われないと思っていたから。


「お前が他人に対して熱心だという事が、だ」


「それは泰明さんだってそうでしょう?」


泰明の言葉にツッコミを入れるあかね。
その言葉に少し考えると、再度口を開いた。


「他人ではなく……鬼に対して、かもしれない…」


言いかえる言葉に、あかねも詩紋もキョトンとした。
他人に…鬼ではない人になら泰明も熱心になる事があるという事を認めた事になるから。


「だって…悲しいんだもの 人から悪いことを言われる事が…
 ボク、その辛さを知ってるから…少しでもセフルの力になりたいって…」



そう思うんだ…



詩紋ならではの優しさ。
誰も彼もが鬼を敵視する中で、詩紋は同じ外見ながらも優しさを失わない。


「そうか…そこまで言うのなら、協力しよう」


「ありがとう!」


泰明の言葉に嬉しそうに声を上げる詩紋に、泰明はフンッと。
まるで、その様子は照れているようだった。










「ここに朱雀が封印されているのね?でも…どこに?」


詩紋に連れられてきた場所。
辺りを見渡しながら呟くも、それらしきものが分からない。


「あかねちゃん、あそこ…あそこに居るのって…」


その言葉に、あかねの視線は詩紋の指差す先に向けられた。


「セフルとイクティダールさんだ 遠巻きだからよく分からないけど…何か、言い争ってる?」


首をかしげ、目を凝らす。
耳を済ませるも、何を言っているのかよく分からない。

それでも、雰囲気から世間話やら悪だくみをしているようには見えなかった。


「行ってみよう」


「うん」


あかねの言葉に、詩紋は迷うことなく頷いた。
泰明はその事に何も文句を言わず、セフルとイクティダールの居る方へ向かう二人を後ろから追った。


「放せっ お前の言う事なんて聞くものか!」


「冷静になった方がいい そんな事では、ちゃんと戦えないぞ」


「あいつは、僕が倒す!誰にも邪魔はさせない!」


セフルを宥めようとするイクティダールに、噛みつくように叫ぶセフル。
その様子は普通ではなかった。


「セフル…わざわざ自分を辛い場所へ追いやらなくてもいいんだ ここは私がやる
 お前は─────…お館様の元へ戻れ」


「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!」


イクティダールの言葉を聞こうとしない。
首を左右にブンブンと降って、必死に嫌だと示す。


「あいつには、何でもある 僕にないものを持ってる
 そして、僕の事を哀れむんだ 僕が何も持ってないって」


それは、きっとただの被害妄想。
それでも、セフルはそう思ってしまう。

詩紋との立場の違いに、そう思ってしまう。


「僕だって、あいつらを倒せば今よりもっとお館様に認めてもらえるんだ!」


「あの方は、そのようなお人ではない 分かっているはずだ」


「違う!お館様は、僕の────」


イクティダールの言葉を全面否定。
心の底では分かっているのに、認めたくない自分がセフルの中に居た。


「───…僕の全てだ 必ず認めてくれる…!」


「神子!それに地の朱雀…」


言い争いをしていて気配に気付かなかったイクティダール。
だから近くまで来ていたあかねと詩紋、そして泰明に気付いた時には慌てて声を上げた。


「セフル…お願い、僕の話を聞いてよ…」


「話なんかない お前は、僕が葬り去ってやる!」


何とかして話し合おうとする詩紋とは逆に、聞く耳を持ってくれないセフル。
違いが分かるからこそ、話なんて聞きたくないと頑なになってしまう。


「待て!セフル!」


「お前のせいだ お前が居るから………」


制止するイクティダールの声も虚しく響いた。


「お願いだよ、話を聞いて!ボクは君と話をしたいだけなんだ!」


「煩い!話などあるものか」


詩紋の声すら耳障りに感じてしまう。
悲しい悲しい甲高い声が響く。
目をギュッと瞑り、詩紋を悪者に仕立て上げようと必死。


「お前は目障りなんだよ お前を倒さない限り、お館様は認めて下さらない!」



セフル…物凄く詩紋くんを憎んでるみたい…



セフルの様子を見ていると、そう思ってしまうあかね。
けれど、はそれだけじゃないと思えて仕方なかった。



違う…違うよ…そうじゃない………
セフルは辛いんだ…アクラムに認めて欲しくて認めて欲しくて………

だから、同じ姿なのにいろいろ持ってる詩紋に当たっちゃうんだ…
本当は────…



悲鳴を上げるように叫ぶセフルを見て、は思う。



────…本当は、セフルは詩紋に憧れているんだよね…



「お願いだよ、話を聞いてっ
 君は一人じゃないんだよ!──────セフル!」


そんな詩紋の声も虚しく響くだけに終わった。
セフルは、詩紋を睨みつけるだけしかしていない。


「…………… ……やはり、鬼は鬼でしかないな」


「朱雀!お前の力でこいつらを────こいつを葬り去るんだ!」


そうセフルが叫んだ瞬間、朱雀の鳴き声が上がった。
それが、戦闘を知らせる瞬間だった。










ダ…………メ……………………









キィィィィィィィィン……

ドクンと脈打ったあかねの身体。
次の瞬間、耳なりの様な音が鳴った。



朱雀…あなたは、人々を傷つける為に居る存在じゃないっ



あかねの奥から、必死に呪詛された朱雀に声をかける
知ってる未来に向かわせるために、必死になる。

カッ!!!


「「──────!?」」


突如光った明かりに、イクティダールとセフルは目を瞑った。
の声を聞いたのか、それともその間攻撃を仕掛けていた詩紋と泰明のお陰なのか。

あかねの封印が成功し、朱雀は呪詛を逃れあかねの手元の札に宿っていた。


「やった…朱雀の力がここに……」


「朱雀が…ボク達に味方してくれるって!青龍の時みたいに ボク達、朱雀を解放出来たんだよ!」


歓喜の声が上がる。
それと同時に、セフルの表情が硬くなる。

朱雀の解放。

それは、任務の失敗を意味する。


「そんな…僕が、僕が…お前に負けるなんて どこにそんな力があるんだ…」


「…セフル」


「どうして負けるんだ、この僕が こんなに…お館様の役に立ちたいと思っているのに
 お前さえ、お前さえいなければ!!!」


セフルの憎しみが詩紋に向く。
ただ、アクラムに認めて欲しいだけなのに、その感情が先立って詩紋に向いてしまう。

羨ましいだけなのに。


「朱雀を解放したな、神子…八葉」


「アクラム!」


「あかねちゃん、下って、危ないよ!」


現れたアクラムの姿に、詩紋も泰明も構えた。
あかねに何かあってはいけないと、アクラムの動向を目から離さない。


「青龍に続いて、朱雀も我らが手から離れたか…」


「ごめんなさい、ごめんなさい…次こそは上手くやります!だから…!」


「…去れ」


必死に、哀願する。
必死に次こそはと乞う。

それでも、アクラムの言葉は変わらなかった。


「お前は二度も失敗した 私はクズはいらぬ」


その言葉に、あかねはカッとなった。
勢いよく、頭に血が昇るのがよく分かった。


「…私、あなたを許さない!そんな風に人を扱うなんて…」


「ほう、強気だな 快楽は多い方がいい その言葉…覚えておくぞ」


あかねの言葉一つでさえ、アクラムに傷を付けられない。


「お館様…どうして、そんな…嘘、でしょう?お館様…だって、僕に何度も…お前はよく出来た子だって褒めて下さったのに…」


「そんな事もあったかもしれぬな だが、それがどうしたのだ?」


生気の抜けているセフルに向けて、容赦ない言葉。


「お許しください、お館様 これ以上は…」


「クズに情けをかけろと?無意味なことを……」


そこまで言うも、アクラムは何かを考えついたらしい。
口元にニヤリと笑みを浮かべると、あかねを見据えた。


「…、見えているのだろう?聞こえているのだろう?」


アクラムの言葉はあかねではなく、中に居るに向けてのものだった。
その言葉に、はピクリと反応を示し、無意識にあかねの指先が揺れた。


「───っ!?」


グンッと引っ張られる感覚を覚えたあかね。
そんなあかねを慌てて詩紋が支えた。


「大丈夫?あかねちゃん」


「大丈夫だよ、詩紋くん あかねじゃなくて…私が出てきたから」


向ける視線はあかねのものじゃなかった。
今、ここに居るのがあかねではなくだと、分かった瞬間だった。


「ようやく現れたか 神子に遠慮して、隠れておったか」


「そうね この身体じゃ、私は何も望めないから」


だから、内から知ってる未来へ進むように支援をしていただけ。
アクラムを真っすぐ見据え、強気の口調。


「それで、私に何の用?」


「本当はセフルを始末するつもりだったが…そなたが我が元へ来ると言うのなら、セフルを見逃してやろう」


「「「「!」」」」


アクラムの言葉に、泰明、詩紋、イクティダール、セフルの視線が一気にに向けられた。
キッとアクラムに睨みを利かせた視線を向けるも、はすぐに瞳を細め…閉じた。


「…それは、本当?」


ちゃん!?」


!?」


溜め息交じりの言葉に、泰明も詩紋も驚きの声を上げた。
その声を合図に、は静に瞳を開いた。
そこには、強い意志が込められていた。


「…そなたが来るのなら」


「この身体ではなく……私の本当の身体になら、行くわ」


それを望んでいたわけではないアクラムは、少しだけ眉間にシワを寄せた。
それでも、それはそれで仕えると判断を下し『ならば…』と内心思った。


「しかし、!」


アクラムに操られているの身体を知っているからこそ、躊躇するように声を上げる。
しかし、はニッコリと強気の笑みを見せた。


「大丈夫 私は戻っても……アクラムの操り人形にはならないから─────…」







To be continued............................






冒頭と最後を…同じ台詞で括らせてみました。
やはり、身体があるのだから戻さないと…そう思うのですが、前途多難が待ってます。

辛い恋愛の果てに待っているものとは───…(最終回にはまだ遠いですw)






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