守れない約束…

そうだったとしても─────…私は、元の身体に戻るべきだったと思う




本当なら、私は私の身体のままで…ここに来るはずだったのだから………









transmigration 第二十一話











「…目を閉じ、元の身体に戻る事を望め さすれば戻れるだろう」


その言葉を信じ、は目を閉じた。
すると、一瞬にしての身体は─────否。
あかねの身体は力が抜け、その場に倒れそうになった。

ガッ…

慌てて掴んだ泰明の手によって、地面にぶつかる事はなく。


「…泰明、さん?」


気が付いたあかねの言葉が降ってきた。


「ククク…は本当に馬鹿だ 初めはどうしたものかと思ったが…よく考えればこれでやりやすくなる……
 我が手元に……神子と同じ力を持つものが来たのだから………」


その言葉を聞き、あかねはハッとアクラムに視線を向けた。


「イクティダール」


「はっ」


「セフルの始末はお前に任せる 好きにしろ」


「…………はっ」


決して守られることのなかった、との約束。
それは、が自ら自分の身体に戻ると言った瞬間、破れているものだった。


「ゆるして…お館…さ………ま 僕を捨てない…で………」


「こんなの……こんな、のってないよ」


徐々に弱々しくなっていくセフルの姿に、詩紋は眉間にシワを寄せた。
敵であっても、情を向けた相手。
そんな姿を見ていてなんとも思わないほど、出来た人間じゃなかった。

たとえ、それが鬼の間では…アクラムの中では当然であっても。
今まで、そう言った事があったとしても。


「自分の仲間じゃないの!?あんなに慕ってたのに…
 セフル、しっかりして…ボク、何も言ってないのに…何も、伝えて……ない、のに…!!」


悲痛な詩紋の声が響いた。
けれど、アクラムばかりを追うセフルには声は聞こえていなかった。


「…行こう、セフル」


「……………」


「待って下さい!彼を…セフルをどこへ連れて行くの?」


セフルを連れて、歩み出そうとしたイクティダールを詩紋は止めた。
目の前に立ちはだかり、ジッと青い瞳でイクティダールを見つめた。


「誰も────」


紡がれた言葉に、詩紋は微動だにせずに耳を傾けていた。

ゴクリ…

小さな息を呑む音が聞こえる気がする。


「───誰もいない所だ 今のセフルは誰の目にも触れられたくないだろう 失礼する」


その言葉に何も言えなかった。
アクラムはイクティダールに始末を任せ、好きにしろといった。
生かすも殺すもイクティダール次第というわけで、けれど今の様子を見るとセフルの命は安全なようで。

だからこそ、口を出さずに行かせたのだ。


「鬼は去り、朱雀は解放した も…元の身体に戻れば、いずれ戻ってくるだろう…
 ここに居る理由はない 戻って……休むべき、だ」


泰明の言葉に、あかねはコクリと頷いた。
詩紋も同じく頷き、アクラムが姿を消した場所を見つめた。

詩紋も、あかねも、泰明も。



本当に…は戻ってくるのだろうか…
操り人形にならないと言っていたが…本当に────…



「泰明さん 大丈夫だよ、ちゃんなら」


心配し、微動だにしない泰明に詩紋は明るく声を掛けた。


「ボクらが知ってるちゃんなら…きっと言ったとおりの事になるよ」


「ああ そうだな」











暗い…暗い、場所…
私は……自分の身体に戻ったんじゃなかったんだっけ…?



上手く動いてくれない身体。
前に進もうにも、まるで前に壁があるようで進めない。

徐々に、明るくなる視界。


「……………」


薄暗い、洞窟の様な場所。
そこに、は立っていた。


「ククク 忘れていたわけではあるまい?そなたの身体が私に操られていた事を」


「…………」



分かってたよ!
分かってたけど………っ



アクラムの言葉に言い返したかった
しかし、言葉はの口から出ることはなかった。

自分の身体じゃないような、不思議な感覚。
言いたいのに、口が開いてくれない。



これが………操られる、って事…?



その事実に、はグッと堪えるしかなかった。
葛藤の末、身体を取り戻せると思っていたから。

だから、出来ないという事実に打ちのめされた。


「神子の身体が手に入らなかったのは残念だが…これはこれで使い道がある
 そなた…気付いてはおらんようだが、そなたが身体に戻ったお陰で揮える五行の力も増幅したのだぞ」


増えたという事は、前にの身体に攻撃を仕掛けられた時以上の力があるという事。

だからこそ、その言葉には驚いた。
そんな表情を浮かべられないけれど、心だけは驚けた。


「せいぜい、私の為に力を振るうのだな」


暗闇へと姿を消すアクラムの後姿。
言い返したくても言い返せない言葉。

憎くて憎くて、仕方のない心。
悲鳴を上げて、泣き崩れたかった。



ごめん……泰明さん…………

私には…どうする事も出来ないよ…あかねの身体に、戻る事なんてできそうにないし…
判断……誤っちゃったかな…



強い気持ちが溢れだし、の瞳から涙を流した。
肌に、一筋の線が生まれた。












「ただいま、藤姫」


「おかえりなさいませ、神子様」


微笑んで出迎えてくれる藤姫に、微笑み返すあかね。
隣では心配そうな表情を常に浮かべていた詩紋と泰明。


「…神子様、どうかされましたか?」


「え?」


「…どこか、少し辛そうな表情を浮かべておりましたので」


藤姫の指摘で、初めて気づいたあかね。
両手で顔をペタペタと触りながら、口を吐いて出てきたのは溜め息だった。



そんなに…顔に出てたかなぁ…



そんな思いが、また顔に出てしまう。


「私でよければ、お話をお聞きしますが……」


「……八葉の皆を、呼んでもらえる?」


「分かりましたわ では、先にお部屋にお戻りになっていて下さいませ」


藤姫の言葉に頷くと、あかねは己の部屋へと足を向けた。
そのあとを詩紋と泰明も追い掛ける。

残りの六人は、すぐに来た。


「どうしたんだよ、!」


部屋に入って一発目に明るい声を上げたのはイノリだった。
その声に苦笑を浮かべ、詩紋と泰明に視線を配る。

何を言うつもりなのか感じていた詩紋と、それを知っていた泰明は頷き返した。


が……私の中から消えた」


「「「「「「っ!?」」」」」」


の突如の言葉に、詩紋と泰明を覘く六人の八葉が驚きの表情を浮かべた。
一人で驚く者もいれば、互いに顔を見合わせる者もいた。


「どういう…事だい?」


扇子をパチンと閉じ、真剣な面持ちで問い掛ける友雅にあかねはゴクリと息を呑んだ。


「…アクラムに捉われてる、の身体に……戻ったみたいなの」


「───本当なのですかっ!?」


「ああ 神子の言っている事は正しい 私も詩紋もそれを見ていた」


あかねの言葉はにわかには信じがたいものだった。
永泉の驚きの声に、泰明が頷き淡々と言葉を返した。

見ていた、という言葉が信憑性を帯びていた。


「…という事はどういう事ですか?殿はアクラムに与したと?」


「それは違う、鷹通さん!」


ブンブンと必死に首を左右に振り、詩紋は否と答えた。
確かに、結果的にははアクラムの元に下った。
操られているままだとしたら、きっと敵対する事となる。

の魂が戻った今、もしかしたら以前よりも強敵になっているかもしれない。
そんな可能性も捨てきれなかった。


「詳しい話、聞かせてくれよ 詩紋」


「う、うん…」


天真の言葉に詩紋は少しためらい気味に頷いた。
一つ息を呑み、一つ呼吸し、気持ちを落ち着かせると重い口を開いた。











「─────…という感じだったんだ」


それは、アクラムにあかねの身体でアクラムの元へ来るように言われた時までさかのぼっての話。
長かったけれど、的を射た話に誰もが耳を傾け続けられた。

否、どんな話でもこのメンバーなら最後まで聞いているのも必至だった。


「…そうですか 殿は………」


ポツリ

小さく頼久が言葉を漏らした。
全てを知り、それでもが敵に回るかもしれないという考えは誰の脳裏からも離れなかった。


「…、アクラムのやろうに操られたままじゃなきゃいいけど」


「ほんとだよな」


天真の言葉に大賛成のイノリ。


「ええ、確かに天真殿の言うとおりです 殿を敵に回すのは…やはり避けたいものですから」


強敵、というのもあるけれど、何よりも今まで共に闘ってきた仲間に刃を向けるのは心苦しいのだ。
だからこそ、操られていなければ─────と願ってしまう。













守れない約束…

それは誰もが分かり切っていた事だったのかもしれない。

ランとでは、操られ方が少しだけ違うようだったけれど…それでも、似ている部分はある。




だから─────────…









To be continued....................





とうとうヒロインが敵に回ってしまいました。
そして、白虎解放の章で……二人の関係は急接近………すればいいんだけどな。(おい)






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