喉をかき切って、鮮血を流し────…こと切れてしまいたい

あの人の、迷惑になるのなら……

そう思っても出来ないのは……きっと、好き……だから……









transmigration 第二十二話











「…、か?」


「………」


全く反応を示さない
佇み、声を掛けてきたイクティダールを見つめた。


「セフルの始末はお館様より私が承った」


「………」



………なっ!?



ピクリ

その言葉にが指先を動かした。
けれども、言葉は何一つとして紡がれなかった。


「私はセフルを誰も居ない場所へと連れて行った お館様のお傍には置いてはおけなかった…すまない」



それでも……命が助かったなら……



イクティダールの言葉に少しだけホッとした。
殺されたわけでなかったのなら、まだ良かったと。

信じていたものに裏切られた傷はなかなか拭えないかもしれないけれど、生きていればこそ出来る事もある。
何もなく、諦めきっていたら、生きていても死んでいるようなものだから。


「…すまない、 お前の事も…私は何も出来ない」


「………」


イクティダールの謝罪に何も返せない。
それでも、は心の中で首を左右に振っていた。





聞こえた洞窟に木霊するアクラムの声。
は無言のままイクティダールから視線を逸らし、アクラムの声のした方へと歩み出した。



どうする事も出来ない…
出る事も……呪縛を解く事も………



そんな悔しさの中、はアクラムの元へと到着した。
そこにはシリンの姿があった。


「この度の任務はシリンに任せた シリン、を好きに使うが良い」


「はっ、お任せを このシリン、アクラム様の為に必ずや神子を捕らえてご覧にいれます」











「さて…神子の居る館まで会いに行ってみるかね」


「………」


「ふん やっぱりダンマリかい 行くよ」


シリンの言葉に反応を示さない
予想をしていたのか、シリンは一つ息を吐き捨てると地面を踏みしめ歩き出した。



…会っちゃうのかな…



そう思うのは、未来を知っているから。
シリンがあかねと会う未来を知っていたから。


「……ったく 少しはランみたいに喋ったらどうだい」


アクラムに操られていても、ランは少しは口が利けるらしくシリンはため息を吐いた。


「おや、龍神の神子じゃないか 八葉のぼうや達はどうしたんだい?」


「え?まさか、この声は……」


「ふふふ、こうやって一人で出歩いてくれるなんてね お前ってなんて馬鹿なんだろう
 まぁ、あたしには都合がいいけどね」


驚くあかねにシリンは淡々と言葉を向ける。
けれど、あかねの視線はシリンではなくに向けられていた。


「どうしてシリンが…それに、がここに……?」


戻ってくると思っていたから。
八葉の皆も、そして現場に居た詩紋と泰明もそう信じていたからこそ衝撃だった。


「こんな所で…まで連れて、何をしているの?」


「お前を捕らえに……と思ったけど、まずは礼からにしようかね」



……やっぱり、少し違うけど知ってる未来通りに進んでる…



大丈夫かもしれないと、はホッと胸を撫で下ろした。
始末と捕らえるの違いの今、あかねがシリンに捕らわれなければ知ってる未来の通りに進むはず。
そうすれば、龍神の願いの通りに進むはずだと。


「礼?私に?私、貴方にお礼を言われる事なんてしてないよ」


「お前になくてもあたしにはあるのさ」


ますます分からないと言わんばかりの視線を、あかねはシリンに向けた。
は一行に動かずにあかねを見つめる。

その姿に、少しだけ辛そうな表情を浮かべた。


「あの目障りなガキを、お館様の前から消してくれたじゃない」



目障りなガキ?ひょっとして…セフルの、事?



シリンの言葉にあかねは眉をひそめた。
一瞬だけ誰の事か分からなかったが、すぐに思い出した出来事。

とも深いかかわりのある事件。


「な、何を言ってるの?仲間じゃなかったの?一緒に京を支配しようとしてたんじゃなかったの?」


「あはははは!馬鹿な事をお言いでないよ」


あかねの言葉に、シリンは大きく笑った。
肩を上下に揺らし、楽しそうに表情は揺れる。


「あたしには、京の支配も一族の恨みも関係ないね
 ただ、お館様が『そうしたい』と仰ったから、そうしてるだけさ」


「あなた…貴方は本当に人の心を持ってるの?」


シリンの言葉に衝撃を受けたあかね。
眉間にシワを寄せ、シリンに問い掛けの言葉を向ける。


「お館様だけが、あたしの全て 他の事なんてどうでもいいのさ
 だから…がお館様に操られていようと…お館様が何を企んでいようと…お館様のしたいようにするだけだよ」


アクラムにとっては、これほどいい手駒はないだろう。
私情を挟まず、アクラムのためだけに動く手駒。

成功率が高ければ、尚の事アクラムにとってはいい手駒なのだろう。


「それぐらいアクラムの事、好き……なの?」


「そんなありふれた言葉で片付けないでほしいね お館様は私の全て…
 お前みたいな小娘にあの方の素晴らしさは理解できやしないよ」


シリンの気持ちを垣間見たような気がしたあかね。
だから問い掛けるも、シリンの心はそれを勝る何かを持っていた。

さくり…


「おやおや、君達がここに居ると涼風ですら恥ずかしがって避けていくね」


見えた姿に、友雅が声をかけ近寄って来た。


「と、友雅さん…どうしてここに…?」


「神子殿、藤姫がいたく心配していたよ 私が訪ねて行くまで待っていてくれたらよかったのに」


「ようやく、話の分かりそうな人間が現れたね」


あかねに視線を向け、柔らかな…けれど、雅な笑みを浮かべる友雅。
シリンは視線を向け、微笑を浮かべた。


「話は聞かせてもらったよ どうやら殿がお世話になっているようだね…」


鋭い瞳を向けた。

以前会ったの身体が操られていた事から、予想はしていた。
けれど、やはり目の当たりにするとなんとも言えない感覚を覚えた。


「予想はしていたんだろう?が操られているかもしれないのは」


「まぁね それに、誰も寄せ付けたくないほど、お館様とやらに夢中なんだ 少し焼けるね」


シリンの言葉に、認める言葉を吐く。
それから苦笑を浮かべ、軽い口調で呟く友雅。


「お前が、その気なら考えてやってもいいんだよ あたしと一緒についてきな」


「あの…友雅さん…」


シリンの言葉にハッとして、心配そうにあかねは友雅に視線を向けた。
けれど、強い光を差す友雅の瞳はあかねを映さずシリンを見据えていた。

フッ

小さな笑みが浮かんだ。


「…鬼よ、君も野暮だな もう少し男女の仲の機微を理解していると思ったのだが…
 すぐに靡かれては楽しみもあったものではないよ」


「な………っ!」


友雅の言葉に、シリンはカッとなった。
顔を真っ赤に染め上げ、鋭い瞳で友雅を睨みつける。


「さて…鬼よ 殿の呪縛を解いて返してはもらえないかな?」


「…フンッ このあたしをコケにしてくれたんだ、無理な相談だね
 覚えておいで、地の白虎に龍神の神子!必ずこの手で引き裂き、捕らえてやる!
 行くよ、!」


勢いよく言葉を吐き出すと、クルリと踵を返した。
それから付き添いのの声をかけると、は無言のまま駆け寄った。

そして、シリンと共に姿を消した。














「くそっ 悔しいじゃないか」


下唇を噛み締めて、シリンは洞窟へと戻って来ていた。
を残し、シリンはまた姿をすぐに消した。

アクラムから他の命令が出されているのか、アクラムからの命令を全うするために何かをするのか。
それは分からなかったけれど。



何も出来ない自分が……悔しい…



虚空を見つめ、は内心そう思った。
行動に移したくても身体は動いてくれず、何かを話したくても声が出てくれない。



身体を取り戻せれば…もっと、動きやすくなると思ったのに…
これじゃぁ…悪くなっただけなんじゃないかな…



そんな事を思ってしまう。
あかねの中に居たころは、アクラムに捕らえられそうになっても何とか出来た。
けれど、今はアクラムに操られる身であかね同様の五行の力を使える身。

何も知らないあかねを捕らえるにはもってこいの条件が揃ってしまっているんじゃないだろうかと。



……アクラムは一体…何を企んでるって言うの?



けれど、その問いに答える者は誰一人としていなかった。


「そんなに私が何を企んでいるのかが、気になるか?


「…………」


聞こえた声に、は無反応。
否、内心では驚きに満ちていた。

何故、分かったのかと。


「そなたは…私の企みを阻止したいのだな…
 ククク 龍神も面白くしてくれる…いいだろう、教えてやろう」


クスクスと笑いながらも、アクラムは淡々と言葉を続けていく。
は何の反応も示さないが、それでも内では知りたがっていると分かっていたから。

の性格を熟知していた。


「私は神子の身体を─────────」








To be continued.......................





アクラムの目的が明らかに─────!?
しかし…本当にヒロインは現状を悪化させただけのような気がしないでもない…(笑)






transmigrationに戻る