それだけは絶対に阻止しなきゃいけない事────…








transmigration 第二十三話









「私は神子の身体を──────…」


ごくり

唾を呑む音がやけに響いて聞こえた。
の身体は操られていて、そんな反応すらしないのに。

ただ、心の中で生唾を飲んだような気になっているだけだったのに、響いて聞こえた。


「…怨霊と一体化させるつもりだ」



〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?



アクラムの言葉に、は心の中で盛大に驚いた。
だって、まさかそんな事を企んでいたなんて微塵にも考えなかったのだから。

怨霊と一体化させたらどうなるか。
今まであかねの身体で行動し、怨霊を浄化したりしてきたのだ。
予想は何となくつく。


「くくく さすがに操られているだけあって、表面上は無反応……か
 だが、さぞかし中では駭然としているのであろうな」


楽しげな笑い声が、さらにを苛立たせた。
操っているのは今目の前に居るアクラムなのに、何も出来ない事にも苛立ちを覚える。


「さて……そなたは分かるであろう?怨霊と一体化させると、どうなるか……」



──────っ!



ギリッ

実際には噛みしめられない奥歯。
けれど、心だけはそういう気持ちでいっぱいだった。



怨霊と一体化してしまえば……あかねは今世に縛られ、生まれ変わる事が出来ないっ
つまり……私の存在が─────…



「そなたの存在が……未来から消えるという事だ」


分かっていた言葉なのに、の胸がキリキリと痛んだ。
自分の存在が無くなる事程、辛いものはない。

そして、もし目の前であかねが怨霊と一体化させられる瞬間を見てしまったら……

そう考えると、は気が気でなかった。


「しかし…龍神がそれを阻止するために、そなたを呼び寄せるとは思わなかったぞ」


クスクスと笑いながら言うアクラムの言葉。
それは予想外の出来事が起きたという事を示すものだった。


「だが、今は我が手中にそなたは居る はたして…神子を怨霊と一体化させぬ術はあるか…?
 クククク……クク ハハハハハ」



悔しい……
何で私とあかねがこんな目に合わなくちゃいけないの……?



高らかに笑うアクラムが憎かった。
何故、という疑問ばかりが渦巻いた。


「そなたも、五行の力を持って生まれ変わらなければ良かったものを」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!



考えていた何故の答え。
アクラムから聞けるとは思わなかった。

驚きと、怒りと、悲しみが入り混じる、変な感覚。



絶対に……アクラムの企みを阻止しなくちゃ……



強く、強くそう思った。
強く、強く、阻止する事を誓った。

あかねのために。
そして自身のために。














、行くよ」


「………」


掛けられた声に、ピクリと反応をした
視線をゆっくりと向けると、そこにはシリンが佇んでいた。


「うん、とか何とか言ったらどうだい」


溜め息を吐きながら呟くシリン。
それでもは何も言わなかった。

否。
言えないのだから仕方がない。


「……つまらないねぇ」


そう言いながらもシリンの歩みは進む。
も置いていかれない様に、足を動かした。



一体……どこに行くんだろう……



そう思うのに聞けないもどかしさに、はさいなまれた。










辿りついたのは吉祥院天満宮だった。
そこには、八葉の一人である友雅の姿もあった。



友雅さんだ……
もしかして、シリン……まだ友雅さんを誘うつもり……?



前科があったからこそ、そう疑ってしまう。
けれど、それは外れではなかった事をすぐに知る事となった。


「…さっきから見ていたね 出てきたらどうだ?」


「気付いていたのかい」


出るタイミングを見計らっていたシリン。
そのタイミングをくれた事に、微笑を浮かべていた。


「香りがしたからね」


「あたしのかい?」


そう言いながら、シリンは草影から姿を現した。
そのあとを追うようにして、も姿を現した。


「まあね しかし、殿まで居るとは思わなかったさ」


シリンの後を追うを見つめ、少しばかり意外そうな表情を浮かべた友雅。
シリンと違い、は何か分かりやすい香水をつけているわけでもない。

分からないのは当然だった。


「ねぇ、いい加減あんな小娘と腐った京を捨てなよ あたしには分るよ
 本当は京を守ろうって気持ち、これっぽっちもないんだろう? お前にはそんな正義の味方は似合わない
 他にもっと楽しい事、あるじゃないか」



え!?



シリンの言葉に驚いたのはだった。
心のうちで目を見開き、シリンと友雅を交互に見つめた。

確かにから見ても、他の八葉と比べればそれほど必死になって京を守ってるようには見えなかった。
けれど、全くないとは思っていなかったから、なぜそんな事をシリンは言うのかと耳を疑った。


「さてね」



なんで……否定もしないの?



否定も肯定もしない友雅に、そんな風に問い掛けが脳裏を横切った。
けれど、すぐさま心のうちで首を左右に振った。



ううん きっと何か考えがあるんだっ



そう思うしかなかった。


「お前は人生に退屈してる 守りたいものなんて何もない……そうだろう?
 あたしと一緒に来れば、最高の人生を味合わせてやるよ」


「ふっ…香りがするよ」


「あたしのだろう?」


再度同じ事を言う友雅に、シリンは眉間にシワを寄せ首を傾げた。
話を逸らす様に、再度言うものだから。


「ああ 腐った果実の匂いだ 分かっていないようだな」


そう言ってから鋭い瞳を友雅はシリンに向けた。


「お前では、退屈は拭えない もっと自分を知るがいい」


「なんだって!?」



ああ……友雅さんらしいかも……



そのやりとりを見て、は苦笑した。
否定しなくても、シリンについていくはずはないと思っていた。


「聞こえなかったのなら、何度でも教えてやるぞ?」


「ふざけた事を……このあたしが下手に出てやってるのに!」


「私が退屈しているとお前は言ったな そうだ、私は退屈していた」


そこは認める友雅。
その事にもは苦笑した。


「だが、本気になってみたいと……今ではそう思ってすらいる」



…………え?



友雅から聞こえた言葉は意外なものだった。
いつもいつも適当に、必死さは若者にと…そうしてきた友雅から出る言葉とは思わなかった。


「あたしを馬鹿にするなんて……お前を許すものか!」


「おっと、恐い恐い 危ないね、この女狐は だが、遊びは終わりだ」


カッと頭に血が上るシリン。
しかし、その事にさえ友雅は流れるように受け流す。


「お前は可愛い女だ 世の中は自分中心だと思い込んでいる
 だが、実際は違う 神子殿を、殿を見くびり過ぎているな」


「なんだって?」


シリンのその一声に、友雅は口元に不敵な笑みを浮かべた。
シリンの怒りを逆なでしそうな位、不敵な笑みを。


「今の私の世界の中心は、彼女たちなのだから」



……友雅、さん



その言葉に、はホッとした。
本気を見せていないようだけど、には友雅が本気を見せているように見えた。


「…クッ 覚えておいで!お前だけは許さないからね!」


「あいにくと、物覚えはあまり良くないんだがね」


その一言が余計にシリンを逆なでする。


「思い知らせてやる!戻るよ、!」


踵を返し、姿を消す前に声をかけるシリン。
その声に反応し、も同じく踵を返した。


殿!」


「………」


いきなり掛かった友雅の声に、の身体がピタリと止まる。
まるで、友雅の言葉を待つように。


「私達は待っている 殿、鬼の呪縛など打ち消して、戻って来るんだ」


「馬鹿を言わない事だね、地の白虎 はアクラム様の操り人形 お前の声なんざ聞こえないさ」


背を向けたままだから、分からない二人の表情。
友雅の言葉を馬鹿にするシリンだけれど、友雅は全く気にしてはいなかった。


「…………」


「ほらね だんまりだろう?」


クスクス

反応しないを見て、シリンは楽しげに笑う。
しかし、実際のには友雅の声は届いていた。

操られている為に何もしゃべれないだけなのだから。


「……行くよ」


そう言うと、シリンはを連れて姿を消した。













友雅さん……ちゃんと、聞こえてたよ
私……帰りたい 皆の所に、泰明さんの……居る場所に



涙は零れなかった。
けれど、の心は泣いていた。



そして……皆と力を合わせて……戦いたい











「………泰明殿」


「…友雅か」


掛けられた声に、視線を向ける泰明。
視線の先に佇む友雅の姿を確認すると、また視線を戻した。


「先ほど、殿に会った」


「───!」


友雅の言葉に、泰明は鋭く反応を示した。
逸らされた視線はすぐさま友雅に再度向けられ、オッドアイが凝視する。


「……しかし、私の声は届かなかったようだがね」


「…………そうか」


「白虎解放の際……相対ずるかもしれない」


友雅の言葉に泰明は頷くだけだった。
その後、友雅がその場を去っても何も言わなかった。

考えなかったわけではない。
予想しなかったわけではない。

だというのに、他者から言われると胸が締め付けられる。


「……………………


暗くなりつつある外を、泰明は静かに見つめた。









To be continued.......................






もうすぐ白虎解放のストーリーに入ります。
ヒロインはどうなるのか!?
泰明はどうするのか!?
まだ私の中では詳しくは決まってないのですが……いい感じに進められたらと思います。






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