強く思う心は、何物にも代えがたい物……

強く思う心は、奇跡だって……呼び起こす




私はそう、信じている─────…









transmigration 第二十四話









今日だ………



日が変わった頃に、はそう思った。
一体何が起こるのか、もしアクラムの企み通りになってしまったらと思うと、は気が気でなかった。


「上手く立ち回るのだぞ」


「はっ あたしにお任せ下さい、お館様」


アクラムの言葉に、シリンは嬉々とした表情を浮かべた。
任される事への嬉しさからか、言葉を貰えた事への嬉しさからかは分らない。
それでも、第三者から見ても喜びが伝わる程だった。


も……上手く使え」


「はいっ」


言い残し姿を消したアクラム。
その残像でも拝むかのように視線を向け、シリンは背筋を伸ばした。

カツン

ゆっくりとした足取りでシリンはへと近づいた。



……いよいよ、なんだ



伝わる熱気。
ゴクンと息を呑みたくなるほど。


「行くよ、


「………」


シリンの言葉に、は無言のまま立ち上がった。



お願い、あかね…皆っ
上手く……白虎を解放してっ…そして、アクラムに──────…気をつけて……



そう思っても、伝わらないけれど。
その熱意が、奇跡でも起こし伝えてくれればと願うばかりだった。


「わ………が、う…………れば………」


「ん?喋れるのかい?」


私が動ければ。
の思いが、の身体の口を動かした。


「…………」


「なんだい 空耳か?」


振り返りを見るも、聞こえてこない声。
シリンはため息交じりに肩を竦め、カツンと音を鳴らし歩き始めた。



喋れれば……もっとおもしろかったものを………



チッと舌打ちをしながら、シリンはそう思った。















「静かにしておいでよ、


そう言っても、は何も喋らない。
フゥっと息を吐き、シリンは息を潜めた。

視線の先に現れたのは、あかねと友雅と──────



〜〜〜〜〜〜〜〜泰明さんっ



来てしまった泰明の姿に、の胸が苦しくなった。
居るという事は、相対ずる事となる事を示していたから。


「広い道……ここに、白虎が封印されているんですね」


「ああ」


あかねの言葉に、友雅が静かに頷き返した。
そして神経を集中させるように、静かに呼吸を繰り返した。


「……嫌な感じがするな 白虎と交わって、同時に禍々しい気配がする」


眉間にシワを寄せ、嫌な気配に舌打ちした。
白虎を守護する八葉である友雅なら分かる気配なのかもしれない。


「あの人、邪魔しに来るって思ってたのに……居ないですね」


「諦めたとは思えないが……」


辺りをキョロキョロと見渡す二人。
その様子を、物陰からシリンとは見ていた。


「さて……そろそろ出てやるか」


そう小さく呟くと、シリンは物陰からを連れて姿を現した。


「諦めるわけがないだろ?来るのを待っていたよ」


「ああ、居たのかい 殿も連れて……ご丁寧に」


その言葉が、シリンをカチンとさせてしまう。


「絶対に許さないよ お前を殺して、あたしに屈辱を与えた事をこうかいさせてやる」


「やめてシリン!!」


シリンの暴走気味の言葉に悲鳴の様な声を上げたのは、あかねだった。
必死に喰ってかかるように、声を荒げていた。


「誰かを守る為に、人も自分も傷つけるの?」


それはシリンと敵対するあかねや八葉、そして京の民の事。
そして、アクラム達、鬼の一族に捕らえられているランやの事を示していた。


「ふん、馬鹿な小娘とこれ以上話す事なんかないよ!」


「美女の手にかかって命を落とすというのも魅力的だけど……」



はっ!?



シリンの言葉に友雅は笑みを浮かべた。
クスクスと笑いながら、魅力的だといけしゃあしゃあと言い張る言葉には驚いた。
何を言っているのだろうかと、思った。


「今はまだ、遠慮しておこう せっかく面白くなり始めた人生を終わらせる手はないだろう?」



…なんだ、友雅さん
ビックリさせないでよ………



友雅の言葉に、はホッとした。
それだけ、八葉達仲間が大切なんだとは再確認をした。


「なんだって!?」


友雅の返事に、シリンは驚きの声を上げた。
驚きにもしかしたら怒りの感情も交じっていたのかもしれない。


「何かに熱くなる事などないと思っていた そしてそれが役目だとは……
 だから、ひょっとしたらお前には感謝しなくてはいけないのかもしれないな」


胸に宿る龍の宝玉に指を添えながら、ポツリと呟いた。
初めと今とでは、心に宿る思いが違っていた。


「…本気を出してみようか?」


「な…生意気な男だねっ お前なんか八つ裂きにしてくれる!」


飄々とした友雅の態度が、言葉がシリンには気に食わなかった。
だから、眉間にシワを寄せ鋭い目つきで友雅を睨みつけた。

ギリ…

奥歯を噛みしめる音が聞こえそうだった。


「出でよ、白虎!その爪、あたしの為に揮え!」



お願い……勝って、あかね…友雅さん………泰明さんっ



シリンの言葉に応じ、奇声をあげて荒れ狂う白虎。
その様子を見ながら、は必死に願った。


「行くよ、神子殿 泰明殿」


「は、はいっ!」


「分かっている」












飛び交う力。
渦巻く五行の力。

敵は、京を守るはずの聖獣。

そう易々と倒せるはずもなかった。
そして、前回の様にの声は白虎には届かなかった。

傷つく仲間達。
傷つく大切な人。

それは、の心を苦しめた。
それでも、あかねも友雅も泰明も諦めようとはしなかった。

必死に力を揮い、傷つきながらも徐々に白虎を弱らせた。


「神子、今だ」


「はいっ めぐれ天の声、響け地の声……かのものを封ぜよ!」


泰明の指示に従い、あかねは急いで封印の言葉を紡いだ。
瞬間、カッと明るく光が放ち白虎は札に封印された。


「…白虎が……白虎が私達に力を貸してくれる……」


手元に現れた札に視線を落とし、あかねは嬉しそうに言った。
札に描かれた白虎の姿が、何よりもの証拠。


「よく頑張ったね、神子殿
 青龍、朱雀、白虎……三神までもが力を与えてくれる」


友雅はふわりと優しく微笑み、頑張ったあかねを褒めた。
それが嬉しくて、あかねは笑みを浮かべた。


「嘘よ……そんな、あたしが負けるなんて………そんなの……」


そう呟くシリンの表情は鬼神と化していた。
悔しげにあかね達を睨みつけると、パッと視線をへと向けた。



──────え?



その表情を見て、は眉を顰めたくなるほど疑問に思った。
そして、シリンの口元に笑みが浮かんだことにいち早く気が付いた。


「そうよ……あたしはまだ戦える あたしには…まだ手札があるのさ」


笑いながら、視線をあかね達へと戻した。
その表情に、あかね達も眉を顰めた。


、行け!」


「………」



い………や………
嫌、だ……嫌っ…やめ………て……



シリンの言葉に順応に反応するの身体とは裏腹に、の心はそれに従いたくなかった。
その強い思いがの身体の動きを鈍らせていた。


「何をしてんだい!さっさと八葉共を始末して、龍神の神子を我が手に……
 そして、アクラム様に差し出すんだよ!」


シリンの言葉はの身体を強くつき動かすものとなった。

ギギギ……

そんな機械が動くような鈍い動きで、は右手を友雅に向けた。


「残念だったねぇ、地の白虎に地の玄武 そして……龍神の神子
 相手がじゃぁ、手を出すに出せないだろう?」


「それが狙いだったのか」


シリンの言葉に、ギリと奥歯を噛みしめながら泰明が呟いた。
その言葉にシリンは「あーっはっはっはっはっは!」と笑い声を上げた。


「ほら、 躊躇ってるんじゃないよ」


キッと睨みを効かせるシリン。
瞬時、の五行の力が気となり友雅に向けて発射された。


「……、………… …… ………」


ブツブツと友雅の隣で泰明が何かを唱えていた。
手には呪符を持ち、目を細め集中していた。


「あーっはっはっはっはっは!さっさとくたばっておしまい!」


の五行の気が友雅に当たる瞬間、泰明が待っていたと言わんばかりに目を見開いた。
そして、持っていた呪符をその気目掛けて投げた。

バチバチバチッ

気を散らし、呪符は姿を消した。


「な、なんだって!?」


「こちらには陰陽師である泰明殿が居るのを忘れてもらっては困るな」


驚くシリンに、クッと笑みを浮かべ不敵に呟く友雅。
その横で、泰明がまた呪符を手にした。


「お前ら、と戦えるとでも言うのかい!?」


「残念だけど、私達は殿と戦えはしないさ そうだろう?泰明殿?」


「ああ、友雅の言うとおりだ だが、仕掛けられた攻撃を散らす事は出来る」


サラリ…

薄緑色の長い髪が流れた。
その髪の合間から見え隠れするオッドアイは、今まで以上に不敵な笑みを浮かべていた。



私は──────…皆と、泰明さんと…………



また、の身体が泰明に右手を向けた。
けれど、の心は必死にそれを拒否していた。

ガタガタと震え始めるの身体は、それを示していた。


殿?」


?」


その様子に気づいた友雅と泰明が眉を顰め、首を傾げた。



………戦いたく……ない、よっ



シャンッ

シャンッ

悲痛なの思いに答えるかのように、鈴の音が聞こえた。
絶え間なく、一定のリズムで鳴り続ける音にの身体の動きがピタリと止まった。


「何をしているんだい?


「………」


しかし一向に動こうとしないの身体。



私を……私を解放してよっ
お願いだからっ…



悲痛な叫びは空虚な空間で響いた。
誰も聞いてくれない叫びだったけれど、龍神ならば聞き届けてくれると思ったから。

しかし、それも無駄な抗いだった。


……そなたは私のもの 私の為に…鬼の一族のために……力を揮え


ドクンッ

聞こえた声に、の身体が脈打った。
それと同時にの足が地面を強く踏みしめた。


?」


カッ!!

泰明がその様子に気づいた瞬間、の攻撃が襲いかかってきた。
駆け寄りながら、五行の気が泰明に向けて発射されたのだ。


「───────っ」


それを慌てて避ける泰明。
けれど、通り過ぎた気の端が泰明の狩衣の裾に穴を空けた。



お願い……やめ、て………



「ぐっ……」


「……うっ」


必死に願うのに、上手く止まってくれない身体。
まるで、アクラムが身体にとり憑いているかのように思うがままに動かされていた。

傷ついていく泰明と友雅を見つめ、の瞳から大粒の涙が零れた。
無表情のの瞳から、絶え間なくポロポロと。


「……問題ない、 私は大丈夫だ」


ボロボロになりながらも、平気そうな顔をする。
気を発射するの元へ泰明はゆっくりと、でも確実に近づいていった。


「泰明殿?」


「問題ない」


友雅の言葉に平然と返し、との距離を縮める。
衣は破れ、身体のあちこちは傷を負う。
それでも泰明の足は止まらなかった。

ギュッ


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


との距離はもう、ほとんどなかった。
手を伸ばせば触れる距離で、泰明は優しくを抱き締めた。

何度も何度も腹に、身体に、五行の気を撃ち込まれても決して腕を緩めなかった。


「問題ない、 私は人ではない 清明様に造られた偽りの生命体だ」


ボソッ…

静かにの耳に届ける泰明の言葉。
の手が、ゆっくりと下へと下がった。


「いつかは……朽ち逝く身体だ が気に病む事などない」


抱き締める腕に、力が籠った。



泰明……さん?



「人の形に造られた私は…人として足りないものがあった
 その為に私には感情が欠落していて、そして…虚(うつほ)だからや神子の考えが分かった」


何故考えている事が分かるのだ、私とは違うというのに……そんな風に泰明は言っていた。
今の言葉で、ようやく以前言っていた泰明の言葉が理解出来た。



泰明さんは……虚(うつほ)じゃないよ
感情だって…ちゃんと─────…



「だが……私は、…お前に出会い……『嬉しい』という感情を理解した 『愛しい』という感情を理解した
 私は…………お前が………愛しい ずっと傍に居たいと願ってやまない」


ドキンッ

泰明の言葉に、の胸が高鳴った。
今すぐに、泰明を抱きしめ返したいと思った。


「いずれ私が朽ちてしまうとしても……この気持ちは忘れない
 が生きている間は……人ならざる者として、傍に居たい 帰ってきてくれ……


「や………すあ……────────き……さ、ん……」


愛しい泰明からの愛の告白に、の心が動かされた。
徐々に、色を取り戻していくの瞳。

ポツリポツリと、の唇が泰明の名を呼んだ。


っ!」


殿っ!?」


「くそっ……」


の正気への回復に、泰明も友雅も驚きの声を上げた。
そして、シリンからは悔しげな声が漏れた。






To be continued..........................






とうとう告白─────!!!
全然予想していなかった告白という展開に、キーボード打ちつつビビリました。(臆病者)
この回でヒロインが正気に戻って泰明たちの元に戻るという話は考えていたんですけどねー…

煤@何で告白なの!?泰明さんっ!!(笑)






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