ただ、ただただ愛しくて、大切で……

役立ち、喜んでくれる姿が見たかっただけだったのだろうに……












transmigration 第二十五話












「泰明……さん、私………」


スゥっと戻る瞳の色は、が呪縛から解き放たれたことを示していた。
身体に籠っていた力が抜け、泰明に抱きとめられる。



私も……伝えなくちゃいけない……
けど……その前に………



やるべき事のあったは、泰明への返事を出来ずにいた。


「嘘よ…こんなの、嘘
 あたしが…白虎だけでなく、までも……龍神の神子に奪われるだなんて……」


信じられず、ふらりと身体が揺れるシリン。
目を見開き、アクラムの言葉を思い出し恐怖した。

もう、後がないのだ。


「…興ざめだな、シリン」


「お、お館様!お待ちくださいっ!!!」


ヒュンッ…

姿を現したアクラムに、慌てるシリン。
このまま見捨てられたくはないと、必死になった。

セフルという前例があるのだから、余計に必死になるのだ。


「もう一度、もう一度このシリンに機会をお与えくださいっ」


しかし、そんなシリンに向けられるアクラムの視線は冷たいものだった。


「私の言葉を……覚えていないのか」


「っ!で、でもっ!!」


ビクリ

アクラムの冷たい視線と冷たい言葉に、シリンの身体が震えた。
息を呑み、それでも必死に乞い願う。


「どうか、今一度…お館様!」


けれど、どれだけ願ってもアクラムの考えは変わる様子は見せなかった。
冷たく瞳がシリンを射抜く。

いくらシリンでも、変わらないアクラムの考えはすぐに分かった。
いくら言っても無駄だと、理解出来た。


「そんな…あたしはこれからどうしたら………」


「彼女の心を、そんな風に踏みにじるなんて…」


シリンは全身の力が抜けたようにふぬけていた。
唯一の支えであったアクラムからも見捨てられ、生きる意味を見失っていた。

そんなシリンを見つめ、あかねが唇を噛みしめた。


「神子、お前が勝利しなければ……そしてが我が呪縛から逃れずに神子を捕捉していれば……
 このような事にはならなかったのだぞ」


「そ、そんな……」


「アクラムが、こういう事を始めなければ…こんな事にならなかっただけじゃない
 私達の所為にしないで」


アクラムの言葉に衝撃を受けるあかねに代わり、強く言い返すのはだった。
その様子に面白いと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「くくく…本当にそなたは面白い 我が呪縛から解き放たれるだけでなく、私に意見するのだからな」


クスクスと笑うアクラムに、はいつまでも睨みつける。


「神子殿の心を乱そうとしても無駄だぞ、鬼よ それとも……ここで決着をつけるのか?」


「フフ、まだ終わってはおらぬ」


アクラムがこれ以上何かを言わない様に、友雅が割り込んだ。
その言葉に、アクラムに不敵な笑みを浮かべた。


「玄武を解放せねば、お前達の勝利はないぞ」


「…きっと、玄武も解放してみせる」


アクラムの言葉にあかねは強く言い切った。
そしてアクラムはその言葉を鼻で笑い、へと笑みを向けた。


「私だって…あなたの思う通りにはさせない」


「くくく、楽しみだな また会おう、龍神の神子…そしてよ さらばだ」


そう言い残し姿を消したアクラム。
アクラムの佇んでいた場所を見つめ、シリンが漸く口を開いた。


「ごめんなさい、お館様 お役に立てなくて、ごめんなさい……」


「待って!どこへ行くの?」


フラフラと歩き出すシリンに、慌てて声を上げるあかね。
しかし、まるで聞こえてすらいないかのようにシリンの歩みは止まらなかった。


「……追うか?」


「いや、彼女はもう戦えない……そっとしておいてやろう」


とあかねと友雅の顔を順番に見ると、泰明がそう首を傾げた。
泰明の隣に居たは、その視線を受け止め友雅に意見を求めた。

が、答えは否だった。


「……そうですね もう、帰りましょう」


「…うん いつまでここに居ても……意味ないもんね」


友雅に同意するあかねに、も同意した。
コクリと小さく一つ頷き、泰明に目くばせ。


「分かった」


の視線を受け、泰明もコクリと頷き返した。











「うー…疲れたぁ」


「うん、本当に疲れた……シリン、これからどうなるのかな」


あかねの部屋に二人で座り、呟いた。
この後藤姫が来たら、はどこでこれから過ごせばいいのか聞こうと思っての行動だった。


「神子殿、ちょっといいかな ああ、殿も居たのか」


ヒョッコリと姿を現した友雅に、視線を向ける二人。
の存在にも気付き、苦笑しながらそう呟いた。


「あれ?友雅さん…帰ったんじゃなかったんですか?」


「聞きたい事があってね 彼女が……気になる?」


あかねの問い掛けにコクリと頷きながらも、招き入れてくれるあかねとに甘え部屋の中へと入った。
二人の前に座りながら、友雅はあかねにそう問いかけた。


「…シリンの事、ですよね
 気になりますよ あんなの…酷すぎるもの」


「…そうだね いくらなんでも…あんな扱いは……酷すぎる」


「…分かった 神子殿や殿が気にしているのなら、近衛府の者に彼女を探させよう」


あかねとの言葉を受け、友雅はふわりと優しい笑みを浮かべた。
そうして出した提案に、当然二人は嬉しそうな表情を浮かべた。


「本当ですか?」


「本当っ!?」


同時に上がった二つの声に、友雅は微笑。
そしてゆっくりと口を再度開いた。


「個人的にはどちらでもいいが、気になるのなら探させてみるさ」


「友雅さん……ありがとうございます」


座ったままペコリと頭を下げたのはだった。
その直後、あかねも「ありがとうございます」と言いながら頭を下げた。


「いいのだよ、気にせずとも
 さて…これ以上疲れさせるのは申し訳ないな 他の八葉に怒られそうだ」


ゆっくりと立ち上がりながらそう告げる口調は、どこか苦笑交じりだった。


「そろそろ退散するよ ではね」


「あ、はい」


友雅の立ち去る後姿を見つめ、慌てて声を上げたのはあかね。
けれど、最後の一言は揃うのだった。


「「おやすみなさい」」


その声が友雅に届いていたのか届いていないのか、それを知っているのは友雅本人だけだった。



頑張らないと……
それが、今出来ることだから………



グッと拳を握りしめ、はそう思うばかりだった。


「神子様?様?よろしいでしょうか?」


「あ、藤姫?いいよー」


今度掛けられた声は藤姫のものだった。
コクリと頷きながら、あかねは藤姫を部屋へと招き入れた。


「実は、話したい事があったんだ……」


そうして、あかねが口を開き今日あった事やの事、そしてこれからがどこで過ごせばいいのかという話をしたいと申し出た。













「そうでしたか……ですが、殿が戻られて安心致しました」


にこりと微笑み、温かく歓迎してくれることには喜びを覚えた。
自然との表情も緩み、笑みがこぼれてくる。


「良かったね、


「……うんっ」


ずっと一緒だったからか、詩紋達から話を聞き身近に感じていたからか。
理由は定かではないが、どこか親近感を覚える二人。

気軽に名を呼び、喜びあえる。


「それで、がこれからどこで過ごせばいいのか……なんだけど」


「そうですわね 今までは神子様の身体での行動でしたし……」


あかねの問いかけに藤姫は首を傾げ、考えた。


「それならば問題はない」


「────え?」


上がった声に、がキョトンとした視線を向けた。
あかねの部屋の前、縁側に泰明が立っていた。


「泰明さん、どうかされたんですか?」


あかねの問いかけに、泰明はコクリと頷いた。
ズカズカと部屋の中へと入ると、床に座った。


は、清明様の屋敷に……私の庵に連れて行く」


「…へっ?ちょ、泰明さんっ!?」


「そうですわね 安部家ならば鬼もそう易々と手を出せないでしょうし
 なにより…様と神子様は似ておられますから…同じ屋敷内では面倒かもしれませんわね」


泰明の申し出に藤姫は否を唱えなかった。
むしろ賛成の方向の言葉を紡ぐ、を見つめる。



そんな風に見られたら……何も言えないじゃん……



引き攣った笑みがこぼれる。
視線を泰明に向けると、思い出すのは告白のシーン。

ボッ!


「…?」


「どうかしたか?」


真っ赤に染まる顔に、あかねと泰明が首を傾げた。



…そうだ
あかねも……あかねも、泰明さんの事が……好き、だったんだ……



何と答えようかと考えていると、思い出した事実。
胸がギュッと締め付けられる感じがした。

たとえ話が聞こえていなくても、見た感じからして感づくだろう出来事。
なんだか申し訳なくて申し訳なくて、あかねの顔が見れなかった。


「……、私の事は気にしないでいいよ」


「!」


まるでの心を見抜いているかのような、あかねの言葉。
目を丸くし、驚きの視線を向けた。


「私はまだ…あとに引けるくらいの心だから」


「………あかね」


あかねの心遣いが身に染みる。


汝の知る記憶で、その通りの未来へと進めろ


ドクンッ

思い出したのは、龍神からの助けの言葉。
あかねの身を守るために、がしなくてはならない事。



……私の知る記憶
…その通りの……未来



そうしなくてはならないとすると、決しては泰明を受け入れてはいけなかった。
受け入れては、知っている未来へは向かわない。


?どうしたの?」


「え?あ、ううん なんでもないよ……」


あかねの問いかけに我にかえり、軽く首を左右に振った。



龍神に……聞いてみよう
それが…きっと一番手っ取り早い方法に違いないよね



ニッコリと微笑みを浮かべながら、はそう思った。
そうして泰明へと視線を向けると、一つ頭を下げた。


「ええと……宜しくお願いします」









To be continued...................





この話を書いてて、ヒロインをあかねの子孫設定にしないで良かったなぁ〜と思いました。
子孫設定にしてたら、あかねが泰明とくっ付かないとヒロインは生まれない確率がかなり高くなりますからね。
だから生まれ変わりなら、別にあかねが泰明とくっ付かなくても大丈夫なのですが……龍神との約束もありますからね。

辛いぞ─────!!!(うわ)






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