「来たのはいいけど、どうしよう」


呟くは、困った表情を浮かべていた。


「やっぱり…中には入れないよね…」


「入れないだろうな 適当に誰か捕まえて友雅を呼んでもらおうぜ」


肩を竦め呟くに徹底的な肯定の言葉を紡ぐ天真。
当然の如く、はガックシと肩を落としたが。


「あいつでいいや」


「はっ!?」


隣で聞こえた天真の言葉に慌てて視線を流せば、すでに遅し。
天真の向ける視線の先に居る男に向かって、小走りで向かっていた。


「おい、おっさん!」


「………」


天真の呼び声に完全無視の貴族の男。
その様子に、はため息をついた。



そりゃ、おっさん呼ばわりじゃ…無視もしたくなるって…



溜め息交じりに、は内心そう呟いていた。


「なんだよ、呼んでるだろ?返事くらいしろよ」


「『おっさん』とは誰の事だ?」


天真の不機嫌そうな言葉に、貴族も不機嫌そうに言葉を返した。
ま、当然の反応と言えるのだが天真はそんな事も思いもせず。


「あんただよ、おっさん 悪いんだけどさ…────────」











transmigration 第三話












「あんただよ、おっさん 悪いんだけどさ、友雅を────橘友雅を呼んでくれよ」


「断る お主の様な小童の命令を聞くいわれはないわ」


「なんだと?」


天真の言葉をスッパリ切り捨て断る貴族。
その言葉に、天真の眉間のシワはより一層深まった。



あーあ…天真くんってば、思いっきり最初から喧嘩腰だよ…



天真の様子に、は溜め息を吐いた。
何か言った方が、現状にはいいんじゃないかとも思った。


「とりあえず、止めはしないけど…暴力はやめた方がいいよ」


「よし、お許しが出たぜ 一発くらいなら構わねぇだろ?」


の言葉をきちんと聞いていないのか、天真は一人先へ先へと進んでいく。
はきちんと『暴力はやめた方がいい』と言ったはずなのに、何故か許しを出したことになっていた。


「やめた方がいいと思うけど…」


「一発も?」


拳を作り、それを握り締めたまま天真はに問い掛けた。
するとは静かに頷いたのだ。


「こんな奴に何、気ぃ遣ってんだよ」


「す、すごんでも聞かぬぞ お主の如き平民にたじろぐものか」


その返事には溜め息を吐いた。
最初から穏便に、自身が声を掛けていたほうが上手くいったんじゃないか、とさえ思った。


「こんな奴の居る京を守るのが馬鹿馬鹿しくなってきたぜ…」


「天真 ここは一つ、私に免じて許してやってくれないか?」


溜め息に交えて聞こえてきたのは、友雅特有の香りと口調。
視線を向ければ、想像通りの人物が立っていた。


「友雅さん、こんにちは」


「どうしたんだい?二人揃って
 ────と、その前に 右大臣殿がお探しだよ こんな所で子供相手に言い合っていて、いいのか?」


の挨拶に、笑顔を向けて呟く友雅。
けれど何かを思い出したのか、友雅は視線をから貴族へと向けなおした。


「むっ…」


その言葉に貴族は慌てたように駈け出した。


「ああ、そんなに慌てるとまた転ぶぞ」


友雅の忠告通り、貴族は何かに足を取られたようだ。

ドテッ!!

大きな音を立てて、貴族は地面に倒れ込んだ。


「はははは!本当に転んでやがる 間抜けだな」


「で、いったいどうしたんだ?」


大笑いをする天真の言葉を遮り、友雅は用件を問い掛けた。


「もっともらしい事言ってやがる まあ、確かに用件は別だがな」


苦笑を浮かべながら友雅の言葉に天真は言葉を返した。
天真の代わりに口を開いたのはだった。


「友雅さん、実は大変な事になったんです 実は…」


はそう呟き、視線を友雅に向けた。
身長差がある為に、見上げる形になったは見下ろされる感覚を感じながら言葉を続けた。













「へえ、鬼もなかなかやるね
 だがまあ、最初は天真なのだろう?私はその様子をじっくり観察させて頂くよ 焦らずやりたまえ」


「あんたはお気楽だな」


友雅の言葉に天真は腰に手を当てて、溜息交じりに呟いた。
まるで、流す様に呟く友雅の言葉は本当に天真の言うとおり"お気楽"にも思えた。


「もうちょっと緊迫感があってもいいんじゃないのか?」


「それは私の役目じゃないよ 詩紋も泰明殿もいるだろう?」


そう呟くと、ポンとの方に手を乗せた。
方に感じる人肌のぬくもり。


「彼らに任せておけばいい」


「あんたらしいと言えば、あんたらしい言いようだな」


「ふふ、お褒め頂いて光栄だよ さて、退屈な職務に戻るさ
 帝をお待たせしているんでね」


不意に視線は内裏へと向けられた。
向う視線は建物にだが、友雅の見詰めるはその奥にある帝だろう。


「あ、ごめんなさい 引きとめちゃって・・・」


「いや、平気だよ、神子殿」


その言葉にはムッとした表情を浮かべた。
私は神子ではない、あかねではないと言わんばかりに。


「ああ、すまないね 殿、だったね
 ああ、そろそろ行かないといけない またね、殿」


浮かべられた表情に苦笑を浮かべる友雅。
けれど、すぐに行かなくてはならない事を思い出し踵を返した。

まるでその様子は、雅だった。


「さて、用事は終わったが…少し散歩でもするか?
 寄り道して帰ろうぜ」


「うん、そうしよっか」


天真のその申し出にはは大賛成だった。
少しでも早く、京の町並みを覚えておかなくては今後が面倒である。

あかね、という人物だった時の事は薄っすらとしか覚えていないのだからあてにならない。
薄らいでいる記憶を頼りに歩くのは、いくらなんでも無謀過ぎるのだ。

という事で、天真とが向かったのは京にある神泉苑という場所だった。














「たまには気分転換もいいね、天真くん
 ここには怨霊の気配がないから…こういう所に来ると気持ちが楽になるよ」


肩を竦め苦笑を浮かべ、はそう呟いた。
つい最近、この世界へ飛ばされたにとってこれほど安心できる場所はなかった。


「なんだか、ずいぶん時間が経ったような気がしないか?」


「え?」


天真のいきなりの言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまった。



何?いきなり…天真くん、どうしたんだろう?



そんな風に、思うばかりだった。


「最初、この世界に来て…ここから帰れることが分かった あれから無我夢中だったけど、気がつけば四枚の札も手に入れた
 たったそれだけの事なのに、ずいぶん前からこの世界に居るような気がする
 慣れてきたのかもしれないな」


天真の言葉はあまりにも唐突だった。
けれど、それはも感じるものだった。

といっても、にとってはここは初めての場所ではない。
記憶の中で、一度ここに来ているのだ。

それを覚えていなかったとしても、確かにここには存在していた。
その時の名がではなく、あかねだったとしても確かに記憶は存在した。


「うん、そうかもしれない…ね」


だからそう呟く事しか出来なかった。
それ以外に何と言えばいいのだろうか。


「あか…じゃなくて、 俺と一緒に青龍と戦う奴、誰にするんだ?」


「気が早いね、天真くん 今日話を聞いたばかりなのにさ」


だけど、気が早いのはいい事なのかもしれない。
考えず先送りにするよりも、早め早めに考えた方が対処に困らない。


「実はね、まだ決めてないんだ 急には、さ……やっぱり決められないよ」


「そうか…そうだよ、な 決めるのはお前だ 誰と一緒でも、俺は構わないからな」


の答えに天真は苦笑を浮かべた。
気が早い、と言っていたのだから考えていなかったのは明確だった。
それならば、先ほどの答えは当然の答え。

けれど、天真はを─────
否、現代から共にやってきてずっと共に闘ってきた"あかね"を信じていたから、誰でも構わないと言えた。


「やらなきゃならない喧嘩は必ず勝つ それだけだぜ」


「天真くん、喧嘩っていうのとは違うような気もするけど…
 確かに負けられないもんね」


天真のその言葉に、は笑った。
天真らしい物言い。

何故そう思ったのか、不思議でならなかったけれど、それもきっと記憶の所為だろうと思った。


「頑張ろうね、天真くん」


「ああ お前は大船に乗ったつもりで構えてろ お前の事は必ず守る もう、後悔しない為に…」


しんみりとした空気が流れた。
ギュッと胸が締め付けられるような、そんな天真の声、言葉。



天真くん……
やっぱり、蘭ちゃんの事…

…ら、ん?



すんなりと心の中で紡がれた名前。
記憶の中にある黒髪の、うつろな瞳の少女が脳裏に浮かび上がった。


「ああ、悪い悪い、気にするな これは俺の問題なんだ 帰るか…」


そう言うと、天真は藤姫の待つ土御門殿へと向かい歩き始めた。
そのあとをは慌てて追いかけた。



天真くんの問題?
違う…これはきっと、みんなの問題…
天真くんが一番関わっていたとしても…これは皆の…

私の知る未来へ向けて…私がちゃんと進まなきゃいけない…
天真くんに悲しい思いは……させちゃいけない…



歩く天真の後姿を見つめ、はそう改めて決心した。
何としても、蘭を悪用させてはいけない、と。









To be continued.............................




なんちゅーか、結構長ったらしくなりますね。(笑)
一体何話で連載終了するんだ、これ!?(慌ててみる)
連載だからある程度長くなる予定ではいるんですが…このペースで進むと…どんだけ長くなるか分かりません。

あちこち飛ばしたりしますけど…します、けど…
うわ、とことん長くなりそうな気がします。
最終話が何話目になるのか…ドキドキワクワクですね。(私だけ?)






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