なぜ……誰も彼もが傷つかなくちゃいけないの?
なぜ……人と鬼は相容れない?
どうして……人と鬼は戦わなくちゃいけないの?











transmigration 第三十六話











「今日で……最後 玄武を取り戻せば雨も降るし……鬼にも勝てるんだ
 なんだか、長い道のりだったな」


呟く心の真後ろでは、それが意味する"故郷へ帰れる"ということへ心を弾ませていた。
京を守るだけでなく、帰る為にも頑張ってきた。


「おはようございます、神子様」


「おはよう、あかね」


「おはよう 、藤姫ちゃん、泰明さん」


現れた三人にあかねはまず、ニッコリと微笑み挨拶を返した。


「いよいよですわね 最後の四神────玄武をどうか、取り戻して下さいませ」


「うん、頑張るよ も泰明さんも居る事だしね」


頼りにしているよ、とあかねの瞳がと泰明を見つめた。
その瞳に、も泰明も強く頷き返した。


「準備は……いいな」


「はい いつでも大丈夫です」


泰明の言葉に、あかねは頷いた。
には聞くまでもないのは、ともに屋敷まで足を運んだから。


「心静かにのぞめ 心を乱すな」


「心静かに……」


泰明の言葉に、あかねは反復する。
も呼吸を整え、心を穏やかにする。


「はい」


あかねは一通り深呼吸をし終えると、強い眼差しを泰明に向けた。


「それでいい 心が乱れていては、よい結果が出せない」


その泰明の言葉に、あかねはと顔を見合わせる。
二人同時に頷き合うのは、互いに助け合い、そして心を乱さない様にと再度確認するものだった。


「玄武を鬼の手から解放すれば────」


「雨が降って、人々は日照りから解放される、でしょう?泰明さん」


泰明の言葉を遮りは問い掛けた。
言いたい事はこれでしょう?と、首を傾げた。


「そうだ だから焦るな 出来る事だけをやれ」


泰明の言葉に、もあかねも頷いた。


「八葉がいる事を忘れるな 八葉は神子のために在る」


「この日のために……頑張ってきたんですよね、みんなで」


「そうだ だから……」


「焦らず、今まで通りに 頑張ろう、あかね」


互いが互いを励まし合う。
それは、長い間共に闘ったが故に築き上げられた信頼関係。

ドタドタドタ

突如聞こえてきた足音は、少しだけ豪快だった。


「泰明が来てるんだってな」


現れたのは、天真だった。
腰に手を置き、三人が出発する前に慌てて来た。


「つーことは、行くんだろう?俺も連れて行けよ」


「て、天真くん!?で、でも……」


天真の言葉にあかねは慌てて声を上げた。
行く、という事は天真の妹でもあるランと戦う可能性が高いという事。


「頼む!!蘭を取り戻したいんだ……何としても」


「構わない、連れて行こう」


天真の言葉に、泰明はさらりと言い切った。
その言葉に天真自身も、そしてあかねも藤姫も驚いた様に瞳を丸くさせていた。


「……泰明」


「泰明殿、よろしいのですか?」


その言葉に、泰明は疑問そうに眉間にシワを寄せた。


「何故そのような事を聞く?」


「いえ……ふふっ ねぇ、神子様?様?」


泰明の問いかけに藤姫は笑って返した。
そして意見を求めるように、意味深な問い掛けをあかねとにした。


「泰明さんがいいって言ってくれて嬉しいです」


「……何故だ?」


嬉しそうにあかねは微笑んだ。
しかし、泰明にはそれすらも疑問だったようだ。

その様子に、天真とはぷっと笑った。


「なんだ 分かってないのか、泰明」


「だから何だと言うのだ」


「お前がいい奴だって言ってるんだよ」


天真の言葉には未だくすくすと笑みを零していた。
こくこくと何度も何度も頷きながら。


「泰明さん、変わったもんね」


「それは……が居てくれたからだ」


の言葉には、泰明は嬉しそうに笑みを浮かべ柔らかくそう告げた。
あかねはその様子を見つめ、瞳を細めた。



ホント、場所も弁えずイチャイチャするんだから、二人とも



なんて、くすくすと内心笑っていた。


「そんな事より、とっとと出掛けようぜ」


「……ああ」


すっ……

泰明はゆっくりとその場から立ち上がり、あかねとも慌てて同じようにする。
その様子を見つめ、藤姫はキッと真面目な表情を造った。


「お気をつけて……いってらっしゃいませ」


その言葉を背に受け、達は藤姫の館を後にした。













目的の場所へ近づくほど、もあかねも感じた脈動。


「ここに玄武が……」


ふいに紡がれたあかねの言葉。
しかし、その言葉さえも遮る気配があった。


「……出迎えだ」


その言葉にあかねは「え?」と短く声を上げた。
しかし、は何となく『感付いて』いた。


「その道を開けて欲しい────イクティダール」


呼ばれた名前と共に、銀髪の男が姿を現した。
その者こそ、まさしく泰明の呼んだイクティダールという男だった。


「無理だ 奥まで行かれると困るのでな」


独特の低い声でイクティダールは淡々と語った。
しかし、泰明も一歩も引く事はなかった。
今度は。


「……心の整理はついたのか?」


「ああ」


「あの少年の事も?」


「彼の事は心配ない」


「想い人の事も?」


泰明の問い掛けに即座に答えていたイクティダール。
しかし、今度の問い掛けには少しだけ答えに間があった。


「……ああ」


苦し紛れに呟いた頷きにも見えるものだった。


「本当に?」


泰明の再度の問い掛けに、イクティダールは大きく溜め息を吐いた。
まるで見透かされたかのような泰明の言葉に。


「心の中を完全に整理する事は出来ない だが……だからこそ、お前たちと戦う
 私はお館様に忠誠を誓った この命はお館様のものだ」


「命は……命はあなたのものでしょ!?」


イクティダールの言葉に、が大きく声を上げた。
忠誠を誓うのは、その者の自由だとは思っていた。
それでも、だからといって命まで捧げていいほどのものではないはず。
命を捧げてもいいほどに尽くす……というのなら、まだ分からなくもないけれど。


「……度が、越えてるよ……」


「承知している」


の呟きに、自嘲にも聞こえる口調でイクティダールは呟いた。
その言葉に、は何も言えずただ息を呑むだけだった。


「……結局はそうなったのか」


呟き、泰明のオッドアイは悲しげな色を含みイクティダールを見つめた。


「お前の事をかわいそうだと、神子は言った 今は……私もそう思う
 お前は悲しい存在だ 自分の中に多くの矛盾を抱えたまま、どこへ行こうというのか……」


「どこへも行かない ここでお前たちを止めるのが、私の役目だ」


泰明の言葉はイクティダールには届かなかった。
あかねが望む、一番いい道────それは。


「愚かだな……」


溜め息交じりな泰明の言葉。



このままじゃ駄目っ



はそう思い、唇を開こうとした。


「やめようよ、二人とも!お願い……お願いだから……戦わないで!!」


悲痛なあかねの叫びが木霊した。
それが、あかねが望む一番いい道だった。


「……神子」


それを泰明も少なからず望んでは居た。
イクティダールが泰明の言葉を受け取り、このまま身を引けば戦わずに済んだ。

しかし。


「神子、何を言うんだ そのような事は出来ない
 たとえ……この身が滅びようとも」


その言葉にはカッと目を見開いた。

つかつかつか……

距離を取っていたイクティダールとの間合いを、は無言で一気に詰めた。
後ろからあかねと泰明の止める声が上がっていたが、はそれにすら意識を向けなかった。

パ──────ンッ!!!


「馬鹿な事言わないで!!!どうして……どうして、そんなに簡単に命を投げ出すの!?
 アクラムの命令だから!?アクラムに忠誠を誓ってるから!?
 あなたは────……」


そこまで叫ぶと、は荒れた息を整えた。
ゆっくりと呼吸をし、跳ね上がり早鐘を打つ心臓を鎮める。


「────……あなたは、あなたでしょ?
 イクティダールという貴方は……一人しかいない あなたが居なくなって……寂しがる人だっている
 あなたは、あなたという個人なんだから」


悲しげな瞳をイクティダールに向けた。



お願いだから命を投げ出すような言葉を聞かせないで……
私が……選んでしまう道を────……あなたは選ばないで



今にも涙が滲み出てきそうなの表情。
下唇を噛み、息を呑み、くるりと踵を返し泰明達の元へと戻った。


「そうだとしても……私は決めた 誰に何と言われようと……変えるつもりはない」



ああ……私と同じことを……考え、口にするんだね……



イクティダールの強い意志は、変える事が出来ない事には薄々感づいていた。
同じ様に、誰かのために命を投げ出す選択肢を選んだだからこそ。


「……だそうだ、、神子
 それが選んだ道なのだから、止める事は出来ない」


泰明の言葉に、は微苦笑を浮かべた。
まるで、イクティダールというフィルターを通して自身に向けられた言葉のようだったから。


「では……始めよう、鬼よ これ以上の会話は無意味だ」


「そうだな……
 いでよ、玄武 その力で神子と八葉を退けるのだ」


始まりを意味する言葉に、もあかねも息を呑んだ。









                      








to be continued..........................




この章のイクティダールとヒロインは重なる所が結構あるなーと書いてて思いましたヨ。
そして、最後の言葉は誰のものでしょう……私的イメージでは龍神?
とりあえず、判断は読者の皆様にお任せします。(ぉ)






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