「……今日が最後、だ」


「────……龍神、分かってるよ 今日で……今までやってきた事の意味が結果が……出るんだって、分かってる」


真っ暗闇。
響く声。
目の前に在る大きな存在に、はコクンと頷いた。


「────……そうか」


呟く声に、再度頷くと瞳を閉じた。


「ならば────……行くがいい
 我が神子の生まれ変わり────……よ」


ぶわっ

無空間で風が吹いた。


「……私の全てを掛けて────」


暗闇が、まるでその風に巻き込まれるように姿を消していく。


「────私は戦う」












transmigration 第三十八話












「……ん」


声を漏らし、はゆっくりと瞳を開けた。
眩しい朝日がの視界に入り込む。


「おはよう、


「おはよう、泰明さん」


すでに仕度を終えた泰明の声に、はゆっくり身体を起こしながら笑顔で挨拶を口にした。
長い髪をゆっくりと手くしで梳く。


「用意するんで、先に外で待っててもらえる?」


「分かった」


やはり、そこは女人。
泰明はすぐに頷き、何も言わずに部屋を出た。


「……泰明さん」


「何だ?」


呼ばれ、泰明は立ち止った。
くるりと振り返り、の瞳を真っすぐ見つめた。


「今日は……頑張ろうね すべての意味が……今日、出るんだから」


「ああ 京のために、神子のために────……そして、……お前のために」


恥ずかしい言葉を平気で口にする。
少しだけ照れながら、は泰明の言葉に笑顔を返した。
それを見つめ、泰明は足を踏み出した。



泰明さん……ごめんね
何も……相談せずに勝手に決めちゃって



立ち去る泰明の後姿を見つめ、は心の中で謝った。














「…… お前は一体……何を考えているのだ?」


その問いは誰にも聞かれることはなかった。
の部屋を出て、泰明の屋敷の玄関に佇んでいた。
待つのは、仕度をしているの事。


「分からない 何かを隠しているのは分ってはいるが……お前は一体……」


眉間のシワがより一層深まった。
分かっているのに分からないもどかしさが、泰明は嫌だった。

全てを知り、を守りたかったから。
全てを知らずに、守り切るのはきっと難しい。


「────……私は……信用されていないのだろうか?」


虚空に消える問い掛けに、くすっと笑い声が返ってきた。
泰明は不思議そうに振り返ると、玄関に姿を現したのはだった。


「何言ってるの?泰明さん 私は……泰明さんの事を信用してるよ、凄くね」


にっこりと微笑み、そう口にした。
信用しているからこそ、言えない事もあるのだ。


「行きましょう、泰明さん あかね達がきっと待ってる」


泰明の手を握り、藤姫の館へと引っ張る。
その様子に頷き返すと、泰明は自らの意思で歩き始めた。











「何か騒がしいね みんな来てるのかな……」


「かもしれぬな 行こう」


の言葉に泰明は頷き、すたすたとあかねの部屋へと急いだ。
そこに足を踏み込むと、すでに勢ぞろいな八葉達。
ただ、永泉だけが居なかった。


「行くか、神子 神泉苑を中心に気が乱れ始めている」


部屋に入って第一声。
その言葉に、は苦笑を零した。


「少しは最後の決戦前なんだから……話をしようよ、泰明さん」


「しかし……」


その言葉に、は泰明をじっと見上げた。


「これが……最後になるかもしれないんだよ、みんなが顔を合わせるの」


その言葉に、誰もが黙りこんだ。
誰もが心の片隅で考えていた事だったから。
アクラムを倒した後、何が起こるのか知ってる者などいないのだ。

いきなりやあかね達が元の世界に戻されてしまう事だってあるかもしれない。
勿論、そうじゃない場合もあるかもしれない。


「……そう、だな 分かった」


その返事には嬉しそうに微笑んだ。
自身が顔を合わせるのが最後になるのは、自身が一番知っていた。
他のみんなはどうか分からなくても、はそうなのだ。


「あかね……いよいよだね」


「うん ようやく……終わるんだよね」


互いに見つめ合い、微笑み合う。
は一つ瞳を閉じると、ゆっくりとその閉じた瞳を開いた。


「────……出会い方は、なんとも言えないものだったよね
 あかねの中で目覚めて、ずっとあかねの身体で行動してきたんだもん
 みんなも……驚かせちゃったと思う」


「い、嫌だなぁちゃん まるで今生の別れみたいな挨拶……」


「あははは、ごめんごめん」


今生の別れ、という詩紋の言葉には苦笑した。



だって……これが、最後
みんなとはお別れだから……



は肩を竦めた。
長い髪がさらりと流れる。


「でもさ……これから忙しくなるんだし、ちゃんと話しておきたい」


「そうだな だけは……たった一人だけ違う世界に帰るんだもんな
 いろいろ話せる内に、いろいろ話しておきたいよな」


天真の言葉に苦笑しながらは頷いた。
確かに、その通りだったから。


「そうですね 我々は神子殿達とも会えなくなるわけですが……
 それでも、共に戦った仲間は共に同じ時代を生きるわけですから」


京での出来事をただ一人覚えて帰り、誰ともこの事を語れない。
ただ一人で、京での出来事を思い返す事しか出来ないのだ。


「……は、ここには残らぬのか?」


「────……分からない、それは……」


話す内容は、が元の世界に帰る事を前提にされたものだった。
だからこそ、泰明の問い掛けに全員が「あ」と口にした。

けれど、は『残る』とは言い切らず分からないという言葉に留めていた。


「……何故ですか?殿 あなたは、泰明殿と心の疎通をしたのではなかったのですか?」


頼久の問いかけに、は言葉を詰まらせた。
好きならば、残ってもいいはずなのだ。
それにも関わらず、は言葉を濁したのだから気に掛かるのは当然だろう。


「頼久 構わぬ」


「しかし、泰明殿……」


軽く首を振り、いいのだという泰明に頼久は『何故?』という顔をした。
好きならば、傍に居たいと思わないのかと。


は元の世界に戻った方がいいのだ このような……危険な世界よりかは、きっと」


「そうは言うけどねぇ……そう思ってはいない顔をしているがね?」


泰明の言い切る言葉に、友雅が苦笑した。
言っている言葉と、その表情が一致しない。



ごめん……みんなごめん
今話してる事は……全部、違うんだ……



一人だけ知ってる事実に、心が痛んだ。


「なぁ、


「うん?」


「お前……何を隠してるんだ?」


イノリの問い掛けに、はドキンと心臓を鳴らした。


「それは、私も思っていた事だ」


泰明の言葉にも、さらに心臓を鳴らした。
何故、気付かれた?と目が白黒する。


「な、何言ってるの?私は何も隠してないよ?」


とりあえず、はシラを切ってみた。
これで流れるくらいなら、何となく"そう感じた"だけの事だろうから。


「……本当か?」


イノリの問いかけに、は頷いた。


「何?何をやけに疑ってるの?」


「……いや、オレの気の所為ならそれでいいんだ
 変に疑って悪かったな!」


問い掛けるに、イノリは慌てて首を振り突き出した手をパタパタと振った。



あとは……泰明さんだけ……



泰明ほど鋭い勘を持つ者はいないかもしれない。
そう思う程に、泰明は勘強い部分を持っていた。

勿論、鈍い時はとことん鈍いのだけれど。


「泰明さんも、疑ってる?」


「……本当に、何も隠していないのだな?」


再確認する言葉には頷いた。
気付かないでほしいと、強く強く心で願った。


がそう言うのであれば、信じよう」


その言葉に、はホッと胸を撫で下ろした。


「では、そろそろ神泉苑に行くとしよう」


「そうですね 神泉苑の気が乱れてるんじゃ……アクラムが来てるのかもしれないし
 急ぎましょう!」


泰明の話題を切り換える言葉に、あかねは頷き立ち上がった。
もしもアクラムが来ているのだとしたら、急がないと何をするか分からない。

その様子に、八葉全員が微笑みを浮かべた。
あかねの成長ぶりが、良く分かるワンシーンだった。







to be continued........................




泰明は完全にヒロインが何かを隠している事に気付いていますねw
ヒロインが強情に「隠してない」と言うので折れさせましたが……(苦笑)






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