雨が……降りそう



は空を見上げた。
神泉苑の空は、厚い雲に覆われていた。


「昨日の雨とは何かが違うね」


「うん なんだか……嫌な感じの雨だよね」


あかねの言葉に、頷き同意。
確かに普通の雨とは、何か違う感覚がしていた。












transmigration 第三十九話












「……アクラム!どこにいるの!?」


あかねの叫ぶ声が神泉苑に木霊した。
ぐずった空に届く様に、強く強く。


「来たか、龍神の神子 そして……生まれ変わりである


ジャリ……

静かに地面を踏みしめる音が響いたかと思うと、聞こえてきた声。
あかねとはパッとそちらへ視線を向けた。
八葉達はすでにその気配に気づいていたのか、ジッとアクラムを見据えていた。


「最初にお前達を見た時、ここまで力をつけるとは思わなかったが……
 くくく……流石は、という事だな」


低く唸るような笑い声が上がった。
その笑い声は、にとってもあかねにとっても不快に感じ、眉間にシワを寄せた。


「アクラム!蘭はどうした!」


「そうだよ!アクラム、ランを返して!天真くんに返して!!」


天真の声に、が叫んだ。
天真はずっとランを探していたらしい。
その事は、がこの世界へ来た当初から分かっていた事だった。


「相変わらずだな 吠える事しか知らぬ……」


嘲笑うかのように、そして天真を馬鹿にするかのようにアクラムは笑みを浮かべた。
とてもとても嫌らしく、怒りを湧き立たせるような笑みだった。


「お前に用はない」


「なんだと?」


アクラムのスッパリと切り裂く言葉に、天真は余計に眉間のシワを濃くした。


「愚か者に用はない、と言ったのだ
 お前など、龍神の神子なくば物の数にもならぬ、塵のようなもの まだ、の方が使い物になる」


まるで人を道具としか見ていない物言い。
ギリ、と誰かが奥歯を噛みしめる音が聞こえた。


「下がれ、地の青龍よ 私は神子にしか用がないのだ」


睨みを利かせ、その気迫で天真を退けようとする。
しかし、それを阻む者がここには存在した。


「それを阻止するために私がここに居るんだよ」


「はっ やはり……そなたは、最初から最後まで邪魔立てするか」


の言葉にアクラムは、その言葉を笑い消すかのように吐き捨てた。
それから、キッと鋭い瞳をに向ける。
その気迫にしさりそうになる。


「アクラムの企みを阻止するために私は呼ばれたの 邪魔をするのは……当然に決まってるでしょ?」


それでも、下がりそうな足を懸命に地面に繋いだ。


「くくくく では、どう邪魔するというのだ?
 神子の生まれ変わりだとしても、神子と比べれば力もなきに等しい
 黒龍の神子と同じく仕える八葉すらも存在せぬ そなたに何が出来ると?」


アクラムの言葉に、は何も言えなかった。
否、言いたくても言えないのだ、仲間が居るから。


「────っ!」


「くそっ!言わせておけば……!」


言葉に詰まるを見て、天真は怒りを爆発させそうになっていた。
声を上げ、今にもアクラムに殴りかかりそうな勢いだった。


「待て、天真!」


「そうだよ、天真先輩!落ち着いて……ね?」


制止の声が上がった。
剣の柄に手を掛けながらも、未だ抜かない頼久に胸の前で手を組み天真を見つめる詩紋だった。


「止めんじゃねぇ!!」


「天真殿 私達がすべき事は挑発に乗る事ではありません」


「鷹通の言うとおりだな 大事なのは自尊心ではなく、他の物だろう」


なおも止まりそうにない天真の熱を下げようと、鷹通と友雅が言葉を発した。
宥める様に、落ち付かせるように、なるべく挑発しない言葉で。


「けどな!!!」


「いけません 鬼の惑わしに乗せられては、相手の思うままですよ」


「その通りだ 冷静になれ、天真
 冷静になればいつでも戦えるのだ 少し頭を冷やせ」


なおも自分の思いを通そうとする天真に、永泉と泰明が促す。
まずは冷静になり、現状を把握するのだと。
それでも天真は奥歯を噛みしめ下唇を噛んで、悔しさを現していた。


「天真殿……私達が成すべき事は、神子様を……そして様をお守りする事ですわ」


「くそっ……!!」


最後に、柔らかく微笑む藤姫の言葉に息を吐いた。
どこへもやれない怒りは、空を駆けまわる。


「大丈夫……何も、手がないわけじゃない……」


はアクラムを睨みつけ、独り言のようにポツリと呟いた。


「ランはどうしたの?」


そこで、あかねが漸くランの姿が見えない事に気が付いた。
辺りを見渡し、ランの姿を探した。


「ランはどこにいるの?」


「この期に及んで他人を心配しているとは……相変わらず余裕だな」


あかねの言葉に、アクラムがフッと笑った。
碧眼を伏せ、口元を歪ませ弧を描く。


「流石は『龍神の神子殿』だ 愚かな感情をお持ちの事だ」


その瞳をゆっくりと開きながら、怒りを逆なでするような口調で呟いた。

ギリリ……

歯ぎしりを立てる様に、歯を食いしばった。


「京を守り戦うという愚行、他人のため、というくだらぬ感情
 まさしくそれこそが────」


「龍神の神子の資質だって言うんでしょ?」


アクラムの言葉を打ち消す様に、がハッキリとした口調で言った。
まるで自分の言葉を取られたかのようなアクラムは、あからさまに不機嫌な表情を浮かべを見つめた。


「……龍神の神子の……資質?」


まるで意味がよく分からないと言わんばかりに、あかねが眉間にシワを寄せ首を傾げた。


「人を支配するために必要な資質、とも言えるかな 人っていうのは恐怖に慣れ麻痺してしまう
 だから、支配するには恐怖よりも哀れみの方が……役に立つ」


は、記憶を思い出しながらアクラムの言葉を自らの口から紡いだ。
その言葉に、八葉もあかねも、そしてアクラムさえも驚き視線を向けていた。


「くくく の言うとおりだ お前は人の心を思いやる
 そこに人がついていく……支配にはもっとも効果的なのだよ」


の言葉を受け継ぐように、アクラムが笑いながら言った。


「支配……!?そんな事考えてるわけじゃないもの!」


「だから、なおの事よいのだよ」


反発するあかねに、アクラムはクスクスと笑った。
さも楽しげに。



アクラム……本当に、嫌な奴……



人を従え、支配するのが当然の様に思っているアクラム。
は下唇を噛み締めた。
人は共に理解しあえるはずで、支配したり支配されたりする間柄ではないはずだ。


「お前自身が支配する必要などない ただの『象徴』で十分だ
 人々の崇拝の対象が明確であるほどよく……それこそが大切なのだ
 その『象徴』が慈悲深くあればあるほど人は操りやすいのだ、龍神の神子」


ジャリ……

近づき、あかねに手を差し伸べるアクラム。
不敵な笑みを浮かべ、あかねを集中に収めようとする。


「お前は、そういう『象徴』としてもっとも適任なのだよ」


パシンッ!!!

渇いた音が響いた。
伸ばすアクラムの手を、が叩いていたのだ。


「あかねはアクラムには渡さないっ!!!」


叫ぶように呟いた。











to be continued..............




とうとう最終章……白状します。
アクラムの企みの事を、ついうっかり忘れるところでした。(ハ)






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