「…………」


「……ぅ、ん……」


微かに耳に届く声に、小さく声を漏らした。


「……


「……だ、れ……?呼んでるのは……誰?」


意識は徐々に覚醒し、は小さく疑問を口にした。
まだ瞳は開けられず、視界は閉ざされたまま。

それでも声の主を探ろうと、辺りの気配を探っていた。


「────……我を呼びし者、 目覚めよ」


「────……龍、神?」


そこで漸くは瞳を開いた。
目の前に広がる光景に、は息を呑んだ。

まるで幻想的な、その風景に。











transmigration 第四十三話











真っ白のようで、雲の上のようで、まるで今まで居た世界とは異なる場所に居るような感覚。
は自らの両手に視線を落とし、それから龍神へと視線を向けた。
大きな大きな、うねる龍の姿。


「……ここは、どこ?」


「ここは、地でも天でもある場所だ 我の身を捧げた神子の────……の行き着いた場所
 上も下も朝も昼も夜もない……無空間だ」


の問いかけに、龍神が静かに答えた。
イメージした通りのような、けれど何か違うような、不思議な場所。


「みんなは……?あかねは……無事なの?アクラム達、鬼の一族はどうなったの?」


あの後の事を知らないは、龍神にそんな質問攻め。


「全て上手くいった 我を何だと思っておるのだ?」


「……あ、そっか」


「全ては、そなたの想像通りであろう だが……我にその身を捧げたそなたには、現世はすでに関係のない所だ」


それはも分かっていた。
全ての存在を龍神に捧げた今、現世にあるのはの思い出だけ。
繋がりは、ただそれだけ。


「みんなが無事なら……それでいいよ、私は
 無事だってわかったなら……私は何も気にしない 私はもう……関係ない」


はすでに、龍神の一部。
その体内に取り込まれた、神聖なる一部。


「そう言うのならば何故……そなたは泣いている?」


ポタポタ……

言われて初めては、その瞳から大粒の雫が零れ落ちている事に気付いた。
振るえる指先で頬に触れると、濡れた頬。
指先に感じる、雫。


「……泣いてないっ 私は泣いてないっ」


「では、それは何だと言う」


「……知らない!汗だよ汗!きっと汗!」


必死に違うと否定する
けれど、零れ落ちる涙は一向に止まる様子を見せなかった。


!どこに居るのだ、


叫ぶ声が、の耳に届いた。
驚き辺りを見渡したが、何も見えなかった。

ただ、泰明の声が聞こえてくるだけ。


「そなたを……必要としていた者が居たようだな」


「…………泰明さん……」












……どこに居るのだ、!」


走り、辺りを見渡す泰明。
黄緑色の長い髪を靡かせながら、四方を見渡す。



お前がいなければ……私は存在する意味がない
何故……何故、居なくなる
何故……何も言わずに、勝手に決めた……



見つからないの姿に、泰明は肩を落とした。
呆ける様に晴れ渡る空を見上げた。


「……私は、必要なかったのか?あれは……あの日々は、嘘だったのか……?」


ツツツー……

泰明のオッドアイの瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。
それを拭う事もせず、泰明は只管空を見上げた。

龍神がを連れ、消え去っていった空を。


「今までの様に……日々が始まろうとしている
 だが……私には、今までの様に毎日を送るなど……出来ぬ」


掠れた声が、泰明の肩を震わせた。
涙を必死に堪える、そんな泰明が痛々しく八葉の瞳には映った。


が戻らぬのなら……私は、役目を終えた今……朽ち果てていくに任せるか……」


まるで生気を失った人形の様に、泰明は徐々に動きをなくしていった。
その場に座り、虚空をじっと見つめるだけ。


「泰明さん!泰明さん、駄目です!!」


あかねはハッとして、そんな泰明に駆け寄った。
肩に手を掛け、身体を前後に揺らして声を上げる。


「……


しかし、紡がれるのは泰明の愛しい女の名前。
何も出来ない事に悔しさを覚え、あかねはギリッと奥歯を噛んだ。


「泰明さん、あかねです、私はあかねです!お願いですから……正気に戻ってください!」


「……


が戻ってきたとき、泰明さんがそれじゃあ……は喜びませんよ!?」


「…………


あかねが何を言おうと、ただ口にするのはの名前だけだった。
泰明の瞳には、何も映っていないかのようにあかねと視線は交わらなかった。


「泰明さん!!!!!!!!!!」


ついには、あかねの声にすら反応を示さなくなった。
の名前さえも口にせず、ただただ虚空を見つめるだけ。

それは本当に、生きた人形の様だった。













「よいのか?」


「……え?」


掛けられた龍神の言葉に、は首を傾げた。
何を言いたいのか、探るように龍神を見つめる。


「そなたの思い人……もはや人ではなくなろうとしている」


「────っ」


「その事、きちんと考えての行動だったのだろう?」


ドキン

龍神の言葉に、の胸が痛んだ。
そこまではたしての考えは及んでいたのか。


「……泰明、さん」


「そなたの五行の力……ここに置いていくと言うのであれば、帰してもよい」


「え?」


胸がギュッと締め付けられる感覚の中、龍神の言葉に瞳が瞬いた。
期待をしてしまう心が、泰明を心から欲している事を感じさせた。


「聞こえなかったか?そなたの五行の力と引き換えに、そなたを現世に帰してやってもよいと言ったのだ」


「────……ほ、本当!?」


龍神の言葉に、の胸は躍る感覚を覚えた。
嬉しさが込み上げて来て、上げる声が大きくなる。


「そんなに大きな声で聞かずとも聞こえている 本当だ……我は嘘を吐かぬ」


ごくっ

龍神の言葉に、は息を呑んだ。
心はとうに決まっていた。
決心しての召喚だったとしても、やはり出来る事ならば戻りたい。


「……どうだ?そなたの本心は……どうなのだ?」


「私は────……」


…………


は思い出していた。
か細く、本当にを欲していた泰明の呟きを。


「────……答えよ」


「……帰りたい 私、泰明さんの元に帰りたい!」











to be continued................




泰明とヒロインの絆で結ばれた心をテーマに書いてみました。
イメージは遙か3の譲十六夜記エンディングだったんですが……ちょっとオリジナルチックに?(笑)






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