「……また、来ていたの?ゼロス」


感じた気配に、は小さく呟いた。
椅子に腰掛けて窓の外へと視線を投げる。
二階から見える景色に重なるように、の言葉に応じるように姿を現したゼロス。


「やはり……気付かれましたか」


いつもの笑みが、今日だけは少しだけ寂しげなものにには見えた。










いけない事をしよう










「もう会いにこないでって言わなかった?」


冷たい視線がゼロスを射抜いた。
けれどゼロスは引くこともせず、けれど部屋の中へと入ることもせず、二階の窓枠に座りを見つめた。


「言われましたねぇ」


「なら、どうして来たの?」


「会いたかったから──ではいけませんか?さん」


ゼロスの答えに、は大きく溜め息をついた。
会いたいのはだって同じだった。
それを必死に押し込めて、会いにこないでと言ったのだ。


「私は──もう、私だけのものじゃないの」


ギュッと胸元の服を掴んだ。
には、もう夫も居れば子供も居る。


「分かってます 分かっていて、会いたかったんですよ」


「……ゼロスは、意地悪ね」


愛しい瞳で見つめるゼロスに、は悲しげに笑った。
会いたい気持ちをが持っていることをゼロスは知っている。
知っていて、そういう事を平然と言うのだ。


「そう思うなら、結婚なんてしなければよかったんですよ」


「それは……出来ない話だわ これは政略結婚……私の意志なんて関係ないの」


カタンと音を立てて椅子を立ち、ゆっくりと窓辺に近づいた。


「私は愛していない人と一緒にならなければいけないの そして、愛していない人の子供を生まなければいけなかった
 そして──私はこれから、あの人を愛していかなければいけないの」


たとえ、心の一番がゼロスだったとしても。
表面上は、今の旦那を一番に愛していると見せなければいけない。


「逃げましょう、僕と一緒に」


「無理、無理よ」


ゼロスに腕を掴まれた
けれど、その言葉に頷くことは出来なかった。
許されないこと、いけないことだと分かっているからこそ、出来ない。


「私一人が犠牲になれば、私の家は安泰なの 私の家を潰すわけにはいかないわ」


それがの背負った義務なのだ。
瞬間、腕を引かれたはゼロスの腕の中に居た。


「でしたら、僕と一緒にいけない事をしましょう」


「え?」


囁かれた言葉に、は裏返った声を上げた。
"いけない事"と言われて、胸が締め付けられる。
したいと思う心がある。
してはいけないと思う心がある。
二つの思いはせめぎ合い、潰しあい、傷つけあい、心がギシギシと痛む。


「あなたは今までのように、ここで暮らして下さい
 そして……僕とも、昔のように会ってください そして……思いを重ねてください」


それは、二つの道をとるという意味。


「でも……」


「罪悪感……これはきっと拭えなくなるかもしれません それでも、僕がそばで支えます」


浮気がばれれば、きっとただではすまない。
けれど、魔族であるゼロスが相手ならそう簡単にバレる事はないはずだ。
心の均等は保たれ、心は満たされ、家も安泰だ。
ただ、の胸に残るのは愛しさと罪悪感。


「ゼロス……」


「僕は、あなたを手放すつもりなんて初めからありませんよ 出会ったときから、あなたを手に入れるつもりでした」


魔族ならではの言葉。
うっすらと開かれた瞳を見つめると、動けなくなった。
まるで、金縛りにあったかのように瞳が逸らせない。


「私は……」


さんは、このまま心を押し殺して家のためだけに生きていくつもりですか?」


ゼロスの言葉に、ドクンと胸がなった。
ギシギシと胸が泣く。


「──私は、私の心に従って生きてみたいっ」


そのの言葉を待っていたかのように、ゼロスはゆっくりと唇を重ねた。
ぽっかりと空いていた心の穴が満たされていくようだった。
そして、その穴に満ち足りた感情の他に"罪悪感の欠片"が流れ込んでくるのだった。



でも、それは──……私が望んだことだから……











.................end




二十五万ヒット感謝のリクエストの一つ、政略結婚した夫子持ちの切な系です。
ゼロスと両思いって事だったので、こんな感じに……
好きでもない人と結婚して子供も生むって、相当辛いことなんじゃないかなって思います。
まして、他に好きな人でも居たら……(苦笑)
リクエストしてくださった方、ありがとうございました!

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