ふわふわとする感覚の中、覚えているのは。

神田の顔と抱きあげられる────…その感触だけだった。








S.V 第十三話








「空いたぜ、モヤシ」


「ですから、僕はモヤシじゃなくてアレンですってば!」


真っ白な柔らかいタオルで頭を拭きながら、姿を現したのは神田だった。
定着した呼び名は変わることなく口にされ、アレンも突っ込みを入れる。
しかし、やはり返ってくるのはフンッと発言を無視する行い。


「…まだは目覚めてません あと、お願しますよ」


そう言うと、アレンは空いたばかりの風呂場へと足を向けた。
宿の一室からガチャ、と音を立てて外に出れば向かう先は一つ。


「……」


出て行ったアレンを見送ってから、神田はゆっくりとベッドに横たわるへと近づいた。
布団をしっかりかぶり、額には濡れたタオルを乗せて、真っ赤な顔をして寝息を立てる。



……くそっ
一体なんなんだってんだ…



正体不明の感情が、神田の中で徐々に芽を生やしていた。
しかし、それがいったい何なのか分からず眉間のシワが増える。


「…神、田」


「…?起きたのか?」


聞こえた呟きに、思考はピタリとに向かう。
真っ直ぐに黒い瞳が神田を見つめ────…首を傾げた。


「────…」


神田の問い掛けに答える声は上がらず、代わりに聞こえるのは規則正しい寝息。
上下に規則正しく動く胸、小さく開閉する唇。

それはが未だ眠っている事を指し示していた。



……寝言か
…寝言で、俺の名を?



なんだ、と納得するもすぐに意識はの寝言へと向けられた。
何故寝言で己の名前を口にするのだろうと。












神田…ごめん…
神田…ありがとう…



幾度も繰り返し呟く言葉は、謝罪と謝礼。
真っ暗闇の中、何度も何度も反復される言葉。

それは、意識を手放す直前の神田を覚えていたから。

ふわふわとする中、を抱きあげる姿はどこか目を引いた。
意識が朦朧とする中でも、忘れることなく覚えていた。



ありがとう────…ごめ、ん──…


迷惑をかけた事への、謝罪と。
それでも面倒を見てくれる神田への、謝礼。












「─────う、んん…」


「起きたか」


目をギュッと瞑り、声を漏らした。
ゆっくりと瞳を開くと、ぼやけた視界の向こうの黒が声を発する。



この声は……



「おはよ…神田」


ふわりと微笑みを浮かべ、ハッキリした視界の向こうに居る神田へ挨拶を向けた。
といっても、朝ではないのだけれど。


「何がおはようだ、馬鹿」


「…ごめん それから、運んでくれて…今まで見てくれててありがとう」


不機嫌極まりない表情の神田に、一度謝った。
けれど、その後口にするのは夢の中でと同じ謝礼。


「…んだ、意識あったのかよ、てめェ」


「朦朧としてたけど…神田が私を抱き抱えて運んでくれたのはちゃんと覚えてるよ
 まぁ…それだけ、なんだけどね…覚えてるのって」


苦笑を浮かべ、肩をすくめ、それだけしか覚えていない事を告げた。


「は?朦朧としてても覚えてるなら、他の事とか覚えててもいいんじゃねェか?」


「うーん…それもそうなんだけど 実際にそれしか覚えていないんだもん」


神田の眉を潜め、疑問な言葉に同意する。
それは確かに神田の言うとおりだった。
それでも他を覚えていないという事は、つまりはそれだけが印象深く脳裏に焼き付いているという事。


「ケホケホ…」


「大丈夫か?」


「神田が心配するなんて、珍しー」


「テメッ!」


咳きこめば心配する神田の言葉と声。
それが本当に珍しくて、からかい口調で突っ込むと不機嫌な声が強く上がる。


「大丈夫大丈夫 そこまで心配されるほど、弱っちゃいないよ」


「…フン」



本当に、大丈夫…
まぁ、神田の珍しい表情が見れるから…これはこれでいいけどね



ガチャ…

そんな中、扉が漸く開かれた。
寒い廊下から中へと入ってくるのは、ホクホクと湯気を纏ったアレンだった。


「あ 、目が覚めたんですね」


「うん」


「早々で悪いんですけど…僕、コムイさんからすぐに来るように収集掛かっちゃって…
 はまだ風邪引いてるって言ったら神田に任せて先にイノセンスを渡しにくるようにとの事なんで…」


「あ、じゃぁ…アレンはもう行くんだね?」


「ええ、そうなります」


イノセンスを回収したのだから、なるべく早く教団に渡しに行かなくてはいけないだろう。
こんな所をアクマにでも攻撃されたらたまったものではない。


「じゃぁ…気を付けて」


「大丈夫ですよ では…」


短く挨拶をかわし、アレンは急いで荷物をまとめると部屋を後にした。
忙しいなぁ〜と内心思いながら、部屋を出て行くアレンの後姿を見送った。


「…私達は急がなくていいのかな?」


「…そういう場合はコムイから連絡があるだろ」


神田の言葉に「まぁね」と呟き、布団をまた深くかぶる。
口元まで覆うように布団をかぶると、神田を見つめ欠伸を一つ。













なんだろ…変な感じ…
私を運ぶ神田を見てから…なんか変

普通に接するだけなのに…何かが違う…










一体なんなんだ…
なんでこんなにも心配しちまうんだ…

俺は最初に言ったはずだ…
足手まといになるようだったら、見捨てると…

なのに俺は─────…








To be continued.....................





S.Vも恋愛パートに入っていきます!
アレンもようやく退場しましたし…(苦笑)
原作沿いだけど、オリジナリティ溢れるストーリーになるので…乞うご期待!(>v<)






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