動き始めた歯車…
私達はまだ、気付かずにいた…
危険が、すぐそばまで迫っていたというのに─────…
S.V 第二十話
「…スゴイ」
ゴクリ…
呑みこまれた息の音。
それと同時に、アレンは驚愕の声を上げた。
「リナリー、!見て下さいよ、これ!」
「え?」
「何?」
アレンの声に、イスに座っていたリナリーとと、部屋の持ち主であるミランダが視線を向けた。
神田は相変わらず一人で佇み、視線を向けようとすらしない。
「時計人間!」
「「キャ──────!!!」」
「何をしている────!!」
アレンの行動に悲鳴を上げるミランダとリナリー。
はその性格上、アレンに向けて突っ込みを入れていた。
「どうなってるの、これ!?」
「私の時計────!!!」
ムンクの叫びの如く、凄い表情のリナリーとミランダ。
そんな二人にを苦笑しながらも、ツンツンと時計を突こうとした。
スル…
「────!?」
「この時計、触れないんですよ」
突こうとしたのに、何故か時計をすり抜ける事に驚く。
そんなに、驚く二人に苦笑しながらアレンは時計からすり抜けて出てきた。
「今、ちょっと試しに触ろうとしたら────」
ズブ…
スル…
「───ホラ」
「わっ すり抜けた………!?」
アレンが今一度時計に手を差し込む。
すると触る事は出来ず、入れたはずの手が違うところからニュッと出てきた。
「どうやら、この時計に触れるのは持ち主のミランダさんだけみたいです」
「え!?」
アレンの言葉に、リナリーが声を上げると。
後ろから足音が聞こえてきた。
「時計の巻き戻しに、ミランダ以外は触れない つまり、イノセンスに間違いないという事だな」
「うん、そうとしか考えられないよねぇ…」
「ほ、本当なの?」
神田の解釈にアレンもコクコク頷いた。
神田自身はあまり好けないけれど、同じ考えだったのだから同意するのは当然だろう。
勿論、も肩をすくめ頷いていた。
「この時計が…街をおかしくしてるだなんて…」
ミランダといえば、驚きの色を含んだ瞳でアレン達を見上げていた。
時計に触り、その場から離れずに。
「ま、まさか壊すとか…?私の友達を………」
「「落ち付いて」」
いつの間にか包丁を手にし、ギラギラとした視線をアレンとリナリーに向ける。
その様子にサァーっと血の気を引きながらも、落ち付かせようと声を掛けた。
「ミランダ、何か心当たり…本当にないの?」
「そうね 時計がこうなったのは何か原因があるはずだものね…」
の問い掛けに腕を組みながらリナリーも同意した。
ジッと期待の視線をミランダへと向ける。
「思い出してみたらどうですか?本当の十月九日だった日の事」
「……… …………… … ……」
アレンのその言葉に眉を潜めながらも、過去を振り返る。
本当の十月九日に一体何があったのかを。
「……あの日は────…私、百回目の失業をした日で………」
さすがに、失業回数も三桁になると干渉もひとしおで…
「もういや もういやぁぁぁ…」
ミランダは酒の入った瓶を片手に、時計の前で飲んだ暮れていた。
涙を流しながら、もう何もかも投げやりの様な。
「毎日毎日嫌なことばかり 前向き?ふふ…何それ
なんもかもぉ、人生なんてどうでもいいわ…」
闇に落ちていくような感覚。
ここまで嫌なことが駄目なことが続くと、人は諦め易くなるのだろうか。
前向きになれず、後ろ向きになってしまうのだろうか。
「明日なんか─────」
ぐすっ
流れる涙は、時計と共鳴する。
それはつまりは────…
「────来なくていい」
コチ…
止まった時計。
それがあらわすのはつまり────…
「そ、それじゃないの…?」
「え…?」
リナリーの間の抜けた声での指摘。
ミランダは首を傾げた。
今の話で何が『それ』なのだと。
「だーから、イノセンスがミランダの願望を叶えちゃったんだよ!」
「そ、そんな 私はただ、愚痴ってただけで…
大体、何で時計がそんなことするの!?」
しびれを切らしたは、率直に言った。
同じ日を何度も繰り返すのは、ミランダの『明日なんか来なくていい』という願望を叶えてしまったからだと。
「────…ミランダ、あなたまさか…」
「このイノセンスの適合者、だな」
時計を見つめ、リナリーの言葉を繋げるように神田が続けた。
その言葉にミランダは幾度か瞬きをした。
「ホントですか?」
「まぁ、そうなんじゃない?」
驚くアレンに、何となく感づいていたのか平然と答える。
ジッとミランダに視線を向けながら、リナリーは口を開いた。
「ミランダの願いに反応して奇怪を起こしているなら、シンクロしてるのかもしれないわ」
「…?何?てきごうしゃって?」
リナリーの言葉にミランダは全くついて来れず、首を傾げた。
「ミランダ!」
「え?」
「時計に奇怪を止めるように言ってみて!」
もしも、ミランダが適合者なのだとしたらイノセンスが止まるかもしれない。
そうすれば、この奇怪は解ける。
「時計よ時計よ 今すぐ時間を元に戻して〜」
その言葉と同時に、リナリーとアレンは駆け出した。
その様子に神田もも首をかしげ、視線を合わせる。
「…何してるんだろうね?」
「さぁな」
そんな二人が手に持ってきたのは、新聞。
それを開き、今日の日付を確認する。
ああ、新聞で日にちを確認するわけか…
何となく納得した。
どうだったのだろうと、視線を向けると聞こえた言葉。
「…十月…………九日」
やはり日付は変わっていなかった。
「それにしても、アレンくんって大道芸上手だね」
「お、居た居た〜お二人さ───ん♪」
丁度リナリーが呟いた瞬間、もう一つの声が上がった。
視線を向けると、仏頂面の神田を連れたの姿。
「何で俺まで…」
「何が起こるか分からないんだから、仕方ないでしょ」
不機嫌極まりない神田に肩をすくめる。
不機嫌で行きたくないと思っていても、それでもと共に来たのは少なからず変わったから。
に対してだけでも、神田が少し変わったから。
「ちゃん 神田」
二人の姿を見つけ、リナリーは軽く手を振った。
そこへは足を赴ける。
「どう?ミランダの仕事の方は」
「アクマも襲ってこないし、上手くいったら正社員にしてくれるそうですよ」
「凄いじゃん!」
リナリーにも話したこと。
それを耳にしたは大げさに、けれど本当に嬉しそうに声を上げた。
まるで、自分のことのように。
「それで、今…アレンくんって大道芸が上手だなって話をしてた所なの」
「あ、そうなの?」
視線をリナリーからアレンへと向けた。
「僕、小さい頃ピエロやってたんですよ」
ボールに手を付き、逆さまになりながらバランスを取るアレン。
その姿には目を丸くした。
神田でさえも、少しばかり驚いているようだった。
「育て親が旅芸人だったんで、食べる為に色んな芸を叩きこまれました
エクソシストになってそれが活かせるとは思っていませんでしたけど」
「普通はそうだろうな」
アレンの言葉に鼻で笑いながら言葉を返した。
普通、大道芸をエクソシストで活かせる場なんてないも道理。
それがイノセンス、対アクマ武器ならば話は別だが、そういうのもまず珍しいだろう。
「じゃぁ、いろんな国で生活してたんだ〜 いいなぁ〜」
「聞こえはいいけど、じり貧生活でしたよ〜
リナリーはいつ教団に入ったんですか?」
羨むリナリーに苦笑する声で言葉を返した。
確かに、裕福な生活とは思えない。
「私は物心ついた頃にはもう教団にいたの」
その言葉にも視線を向けた。
神田は知っているのか、それとも興味がないのか、無反応。
「私と兄さんはね、両親をアクマに殺された孤児で…
私が、この黒い靴(ダークブーツ)の適合者だと分かって、一人教団に連れて行かれたの」
その生い立ちに、は少しだけ胸を締め付けられた。
似た境遇だったから。
「唯一の肉親だった兄さんと引き離されて、自由に外にも出してもらえなくて…
正直、初めはあそこが牢獄の様だった」
は自ら望んで教団へやってきた。
けれど、それが望んでの事じゃなかったらどれだけ辛いだろう。
「気が触れてしまったか…………」
暗い暗い視界のどこかから聞こえる声。
温もりのある人間の声なのに、どこか無機質な音に聞こえてならない。
「縛り付けておかないと何をするか分からない」
「絶対に死なせるなよ 外にも出すな」
「大事なエクソシストなんだ」
見下ろす視線にリナリーは虚ろな瞳を向けた。
何も映そうとしない、悲しい瞳。
「………え …… …し…て」
漸く発した言葉は掠れていて、途切れていて、よく分からない。
リナリーに視線を下し、教団の者は眉を顰めていた。
「おうち………かえして…」
帰りたい───…家族の元に…
「ここがおうちだよ」
そう思っていたから、聞こえた声にゆっくりと視線が横に動く。
ずっとずっと聞きたかった声。
────…お兄…ちゃ……… ん…
リナリーの頭に手を添え、ゆっくりと撫でる。
瞳に溜まった涙は止まる事を知らない。
「遅くなってごめんね ただいま」
その言葉がどれだけ嬉しいか。
待ってた…待ってたよ……お兄ちゃん………
「今日から兄さんも、このおうちに住むよ また一緒に暮らせるからね…………」
三年ぶりだった。
コムイがリナリーの前に姿を現したのは。
────…おかえり…
嬉しそうに、リナリーは微笑みを浮かべた。
死んだような生気のない表情は、一瞬にして消え去った。
「コムイ兄さんは、私の為に『科学班室長』の地位について教団に入ってくれたの」
「凄いなぁ…」
「うん、本当だよね」
「……… ……」
リナリーの話にアレンもも感動ばかり。
神田さえもコムイの意外な一面に驚いていた。
「うん だから、私は兄さんのために戦うの」
「兄弟かぁ…いいなぁ」
腕を組みながらアレンはそう言葉を口にした。
肉親を失った今、家族も居らず、兄弟なんてもっての外。
もそれには同意のようで、うんうんと頷いていた。
「あ!ね───そこのカボチャァ────!」
「??」
かぶっていたカボチャ頭。
すっかり外すのを忘れていたが、そのまま振り返った。
「『カボチャと魔女』のチケット、どこで買えばいーのぉー?」
飴をペロペロと舐めながら、問い掛けてきたのはミニスカの似合う女の子。
傘を片手に姿を見せた。
「いらっしゃいませ──♪チケットはこちらで──す♪」
「んー」
イキイキとしながらアレンはその少女を押しながら、チケット売り場へと向かう。
ちらりと視線を後ろに向けると。
「じゃ、リナリー、、行ってきます!」
「頑張って」
我関せずな神田は放っておいて、リナリーとに挨拶をした。
そうしてそそくさとアレンは少女と姿を消した。
この先に、待っているものも知らず…
仕組まれたものだとも知らず…
歯車は、音を立ててグルグルと回る。
運命の、あの時へと向けて─────…延々に回る。
回る…
回る……
回り─────…続け──… る………
To be continued............
なんだかとっても長くなりました、申し訳ない。(汗)
上手く『運命』と『歯車』で繋ぎ終えようとしたら………こんな事に…↓↓
いよいよ例のシーンへと向かいます。
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