全ては無にならない

だから人は一生懸命生きている……










S.V 第二十六話










ゴ──────ン……


「十二時か…今日も終わりだな」


アパートの管理人がそうポツリと呟いた時だった。
二階から騒々しい物音が下りてきたのは。

ドタタタタタタタ


「管理人さん!!!」


「うっわっ!?」


凄い形相のミランダに、管理人は少しだけ驚き後ろに仰け反った。
あれだけの表情だ。
そういう反応を取らずに居られたら、兆人だろう。


「ミ、ミランダ……?どうしたん……って、その手の怪我はっ!?」


何があったのかと問おうとした管理人。
しかし言葉は途中で途切れ、釘付けにされたのはミランダの両手の鮮血。

真っ赤に、それがポタポタと滴り落ちていたのだ。



痛そうじゃないか……



そう思う程、ミランダの傷は酷かった。
なのに、ミランダは目先の怪我よりも他を重視しているようだった。


「ドクター……ドクターを呼んでっ!!」


ハァハァ……

荒い息を整えながら、ミランダは言ってのけた。


「怪我人が居るのっ!!!」


時計の前で眠るように倒れる四人の姿。


「お願い、早く呼んで頂戴っ!!!」


悲痛な声が、夜に包まれたアパートに響いた。









傷は……生きていれば癒える
傷痕は残るけれど








「大変なことになったね……」


聞こえた声はここに居るはずもない、コムイの声。
薄っすらと、冷め始めた意識の中、アレンはぼやけた視線を向けた。


「ラビ、神田くん 誰も入ってこない様に見張っててよ」


「ヘーイ」


「ああ、分かった」


コムイの指示に生返事のラビと呼ばれた赤毛の少年。

そして、淡々といつもの口調で返す神田。
あちこちに包帯やなんやらが見えるが、得意に早回復によりほぼ復活していた。


「あれ?」


「………」


ジーッと見つめて来るアレンの視線に気づいたコムイ。
ガチャ、と修理道具を抱え首を傾げた。


「や 目が覚めちゃったかい?」


「!!!コ、コムイさん!?こ、ここどこ!?」


目の前、というよりかは横で機械を持つコムイに血の気の引くアレン。
思い返すのは、対アクマ武器を破損した時の治療法。


「ここ?病院だよ」


アレンの問いに静かにコムイは答えた。
修理道具を下ろし、アレンに微笑を向けた。


「街の外で待機していた探索部隊(ファインダー)から『街が正常化した』と連絡を受けたんだ
 任務遂行、御苦労だったね」


神田にも言ったであろう言葉を、今度はアレンに向けた。
その言葉にアレンはゆっくりと身体を起こし、「街が…っ!?」と声を上げた。


「ミス・ミランダもさっきまでここに居たんだけど、スレ違っちゃったね」


その言葉を聞き、ミランダが無事だと確信。
アレンはホッと胸を撫で下ろした。

が、疑問は尽きない。


「てかコムイさんは何でここに?」


分かり切っている答え。
けれど、問わずには居られなかった。


「もちろん、アレンくんを修理しに♡」


「…………」



マジで?



コムイの答えに、アレンは当たった予想に肩を落とした。
出来ればハズレて欲しかった答えだったから。


「実はね、これから君達には本部に戻らず、このまま長期任務についてもらわなきゃいけないんだよ
 アレンくんとリナリー、それから神田くんとちゃんに別の任務だよ」


未だ眠ったままの二人は、この話を知らない。


「詳しい話はリナリーとちゃんが目覚めた時、一緒にする」


「!」


コムイの言葉にアレンはハッとした。


「リナリーとはまだ目覚めて…………!?」


「リナリーは神経へのダメージだからね は…精神的な問題かな?」


その言葉に、アレンは息を呑んだ。
部屋の外、廊下で見張りをしていた神田でさえも生唾を呑み込むほど。


「大丈夫っしょー 今、うちのジジイが観てっから、すぐ元に戻るよ」


でも、と続けたコムイの言葉を遮るように見張りをしていた赤毛の少年ラビがそう言葉を続けた。
扉に背中を預けたまま、病室を見つめるラビは笑みを浮かべていた。


「!?」


「ラビっす ハジメマシテ」


「……はじめまして」


ニッコリと人懐っこそうな笑みを浮かべるラビに、アレンは少し戸惑いながらも返事をした。
初めて会う仲間。


「そうそう、アレンくん ミス・ミランダから伝言を預かってたんだよ」


「え?」


コムイの言葉にアレンの意識はラビからコムイに戻された。












「コムイ」


「どうしたんだい?神田くん」


アレンがブックマンの治療を受けている時の事だった。
神田はリナリーの眠る病室に入り浸りのコムイの元を訪れた。


「……長期任務って事は、結構なヤマなんだろ?」


「さすが神田くんだね よく分かってる」


大切な任務。
終わる目途の立たない任務。

コムイは神田の予想に苦笑しながらも、肯定した。


「なら、俺だけでも先に行かせろ 俺との二人での任務なわけがないだろ?」


「……よく、分かるね 他にはノイズ・マリとデイシャ・バリーが居る」


には目覚めてから合流させればいい 俺だけでも先に……」


神田の言葉にコムイは一つ息を吐いた。


「後から来たちゃんが楽になるように、なるべく早く終わらせるつもりかい?」


「………あいつには、なるべく対アクマ武器の技を使わせたくねぇ」


納得できる言い分に、コムイはまたも息を吐いた。
コムイとしても、がアクマになってしまうのは避けたい話。

全ての話を聞いていたからこそ、出来る判断。


「…分かった 神田くん、君にだけ…先に任務についてもらう」












「……、先に行って待ってるからな」


眠り続けるに、そう言い残すと神田は背を向けた。

くんっ


「!?」


いきなり引っ張られた感覚。
が目覚めたのかと視線を向けるも、の目はしっかりと閉じられていた。

しかし、しっかりと神田の団服の裾をは握り締めていた。
無意識に。


「…………大丈夫だ 俺は死なねぇよ」


苦笑しながらそう言うと、サラリとの髪を撫でるように梳いた。
すると、まるで話を聞いていたかのようにスルリとの手が神田の団服から離れた。



何があっても、テメェを一人残したりはしねェ……



そう心の中で言い切ると、神田はの病室を後にした。
向かうはデイシャとマリの元。

カツン…

カツン……

遠ざかっていく足音を耳に、の瞳がゆっくりと開かれた。


「………神田?」


まるで、今までそこに居た様な感覚。
呟き、ゆっくりと病室内をくまなく見つめるも居ない。



……夢?



一足先に一人だけ行ってしまったような、そんな不思議な感じ。
夢なのか現実なのか区別がつかず、は首を傾げながらそう思った。


「アレン…にリナリーは…?それから……ミランダっ」


ハッとして身体を起こした。
ズキズキと痛む身体。


「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」


身体を丸め、痛みに耐えながらは思い出した。
今までの事を。

身体に負った傷の事。
そして、自分の正体と……現在の月の形。



…月が満ちちゃったら……私、アクマになっちゃうのかな……?



嫌な思いばかりが頭を掠める。
眉間にシワを寄せ、溜息を吐く。


「…コムイ室長に、全部話さないとなぁ……」


重く、口にし辛い話。
だからこそ、嫌だなという気持ちが心を埋め尽くす。












たとえ、私がアクマになっても……今までしてきたことはゼロにはならないよね?








To be continued......................





コムイがヒロインの正体を知った事を知らないヒロインちゃん。
いつ目覚めるのかが分からないヒロインに代わって、誰がコムイに知らせたのか……皆さんの想像にお任せします☆(ぉぃ)






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