決して信じないで 私はすでに もう居ないのだから

けれど信じて欲しい 私はまだ 留まっていると─────……









S.V 第三十七話









………?」


紡がれたの身体のアクマの言葉に、神田の攻撃の手が止まった。
地面を踏みしめる足は、それ以上地を蹴る事は出来なかった。
切りかかろうとする六幻を持つ手を、神田は振り下ろす事は出来なかった。


「か……神田……」


ダラリ……

神田の手が下へ下された。
それは全く勢いのないもので。

ザシュッ!


「──────!」


強化されたアクマの腕が、神田の身体を切りつけた。


「ククク…ヒャーッハハハハハハハハハハハハハハ!!」


楽しげな笑い声が上がり、アクマは地面に膝を着く神田を見下ろした。
優位に立つのは自分の方だと、言い張るように。


「馬鹿だね、あんた あたしはアクマだよ?はいないのぉ?分かるぅ?」


「……くっ」


悔しげな声が神田の口から零れた。
少しでも"がまだ残っている"と思ってしまったのが、隙だった。


「信じちゃー駄目だよ?はもう、すでに居ないんだからさぁ?
 それとも……まだはあたしの中に残ってるって信じたいわけェ?」


「俺は……が、そう簡単にくたばるわけがないと……信じてる!」


神田のその言葉に、アクマは詰まらなさそうに瞳を細めた。
強化された手に付着した鮮血を、アクマはペロリと舐めた。


「ふーん ねぇ、知ってる?信じてる人ほど……挫折した時の絶望は計り知れないって」


くすくすくすくす

楽しげな笑い声がアクマの口から零れた。
喉を揺らし、口を三日月の様に歪ませる。


「……それは、一人だけの場合でしょう?」


「……何が言いたい?」


「僕も、はまだ居ると信じています 簡単に、が負けるはずはないですから」


ギリ…

悔しげに、アクマの表情が歪んだ。
下唇を噛み、神田とアレンを睨みつけた。


「それなら、私も同じよ ちゃんは……弱くないもの」


「ああ、そうさー 俺らの知ってるは、お前の言うような弱っちい奴じゃないさ」


リナリーの言葉にラビは頷いた。
その通り、だと。
そして、ラビの言葉に「そうじゃの」とブックマンも頷いていた。


「私はの事を詳しくは知らないが……仲間がそう言うのであるからには、そうなのであろう」


クロウリーも、そう言い切った。
その信じる心に、アクマはつまらなさそうに嫌そうに表情を歪ませる。


「良くも……いけしゃあしゃあと……
 冗談じゃない!あたしの中に、はもう居ない!
 あははははははははははははは!あーっははははははははは!」



認めるものかっ、認めてたまるものかっ
いないいないいないいないいないいないいないいないいないっいないんだ!!!!!!!



笑い声を上げながらも、神田達の言葉を必死に否定し続けた。
そんな事あってたまるかと。


「あたしが神田を殺せば……あたしの中にが居ない事の証明になるね!
 あははははははは!ヒーッヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!絶対に認めてなるものか!!」


そう声を張り上げると、強化した腕を振り上げ神田に斬りかかる。
慌てて六幻を構え、その攻撃を受け止めた。

ガンッ


!目を覚ませ、このヤロウ!!」


「だから、あたしの中には居ないって言ってるでしょぉ!?
 あたしはー…もう、アクマなのぉ!!!馬鹿言ってるとぉ、死ぬよぉ!?ヒャハハハヒヒヒヒヒョアハハハハハ!」


壊れた笑い声が上がり、それと同時にガンガンと腕が攻撃を仕掛ける。
それを何度も剣の向きを変えながら、神田を受け止め受け流した。


「くっ」


ズキズキ

先ほど斬られた傷口が、痛む。
表情を歪めながらも、必死に攻撃を受け流す。


「神田!下がって下さい!あとは僕が……ッ!!」


「うるせェ、モヤシ!これは……これは俺がやる事だ!」


ヲ殺ス事ハ、神田自ラガヤルト決メタ事。
グッと六幻を握る手に力が籠る。

ガギンッ!!!


「へぇ……漸く斬りつけてきたね?」


攻撃を仕掛けた神田に、アクマは面白そうに顔を歪めた。
漸く殺す気になってくれたのかと、楽しげに笑う。


「俺は……決めたんだ がいたとしても…戻ってこれないなら、俺が手を下すと!
 これ以上……の身体で好き勝手はさせねェ!!!」


「………それで、後悔はしないんだぁ?」


神田の言葉に、口元を歪めたアクマ。
呟く口調はクスクスと小馬鹿にするようなものだった。


「………しない」


「本当にぃ?」


「しねェ!!!」


チャキ…

六幻の剣先がアクマの顔面に向けられた。
けれど、そう言い切る神田の顔には辛いという感情が浮かび上がっていた。


「嘘だね、嘘 絶対後悔するでしょ、あんた!
 アッハハハハハヒヒヒヒヒヒヒ!あひひひひひひひひひっ、嘘はいけないよぉ!?」


腹を抱え、楽しげに笑う。
目の前に剣先が向けられているというのにも関わらず、だ。


「好きなんでしょぉ?この身体の娘がぁ……がぁ……クククッひゃはははっ!」


「────っ」


アクマの指摘に、神田は息を呑んだ。


「神田!」


「手を出すんじゃねぇ!いいな!絶対に、手を出すな!」


アクマの言葉に耳を傾けてしまっている神田に、アレンは声を上げた。
いいから下れ、と。
あとは自分たちがやるから、と。

しかし、そんなアレンに神田は手を出すなと怒鳴りつけた。
そう言われてしまえば、誰も手を出せない。
誰もが思っているのだから、の身体のアクマと出来る事なら戦いたくないと。


「優しいねぇ 仲間思い?それとも、思い?」


「どれも違うな これは……俺のためにやってる事だ」


ただの綺麗事に過ぎない言葉だった。
背負いたいからやっている事。


「ひーっひひひひひひひひひひ!面白いねぇ、あんた!面白い、実に面白い!」


腹がよじれると言わんばかりにヒーヒーと笑いだすアクマ。
しかし、神田のいっこうに剣先を退かす事はしなかった。


「あたしの仲間になんなよぉ?エクソシストのまま……人間のまま…あたしの傍に居ればいい
 そうすればぁ……あんたは大好きなを殺さずに、傍にいられるんだよぉ?
 あひゃひゃひゃひゃひゃ!まぁ、の人格には会えないけどねぇ!?」


どうよ?とアクマは神田を見つめた。
神田の黒い瞳に、動揺の色が浮かんだ。

決意をしても、大切なものを手に掛ける事を望むものなんていない。
ほんの少しの隙を、アクマは攻めてきた。


「…………」


「神田、駄目よ!アクマの言葉に耳を傾けちゃ!」


向ける六幻が揺ら揺らと小刻みに揺れた。
それは動揺を明らかに示していて、リナリーが慌てて声を上げた。
しかし、神田には届かなかった。


「神田ぁ?答えはぁ?」


くすくすくすくす

楽しげな笑い声を上げながら、アクマは神田の答えを促した。
迷う、神田。
戸惑う、神田。

いけないと分かりながらも、誘惑に揺れる心。


「俺は……」


六幻を持つ腕が、徐々に下がっていった。
剣先が、アクマの顔から徐々に身体の方へと下ろされる。


「俺……は────────……」










to be continued........................




神田を誘惑してみました。(笑)
大好きなヒロインちゃんの身体であるアクマを殺さずに、傍にいられるという事に揺れ動きます。
やはり、大切な人を殺すのは……辛い、辛すぎる事ですからね。






S.Vに戻る