色のある夢、桜色の夢、黒の夢、赤の夢────……
そして今は、何もない白の夢を見ていた










S.V 第四十話










「神田……気を、落さないで下さい」


「うるせぇ……モヤシ」


声をかけるアレンに、神田は力なくいつものように返事を返す。
誰が見ても、かなり沈んでしまってる神田はとても痛々しかった。

を手に掛けてしまってから、早一か月が経とうとしていた。
心の傷を時が癒やしてくれると言うが、まだ癒すには時間が足りなかった。


「……いいじゃないですか、まだ……原型を留めたまま屠れたんですから」


「んだと!?」


アレンは、ムッとした表情を浮かべ告げた。
マナはその姿すら留めず、死してしまったのだ。
アレンからすれば、の姿を留めたまま死なせてしまった方がまだ救われたと思えるのだ。


「丁重に扱ってくれた科学班の人に、感謝すべきだと思いますよ」


あの後、放心状態の神田からを奪い科学班達が何かをやっていた。
神田はそれしか覚えていなかったし、今更それを誰かに聞く気にもなれなかった。

ただ"何かをやっていた"という事実のみが、神田の記憶に刻まれていた。


「そうさー、ユウ だって……ユウがそんなんじゃ、喜ばないさー」


「下の名で呼ぶんじゃねぇ、兎!」


「そう言い返せるなら、元気さね」


空元気でも、出せないより出せた方が幾分もマシ。
ラビはそう分かっていた。
だから、ニシシと笑みを浮かべていた。


「気分わりぃ……」


そう言い残すと、不機嫌極まりない表情を浮かべ教団の出口へと向かった。












向かう先は教団近くにある、いつも鍛練で訪れる森だった。

サク……


「……何も言えずに、はいさよならかよ……」


樹の幹に背を預け、瞳を閉じて呟いた。
視界を暗闇で覆えば、見えてくるのはの笑顔。
いつも見てきた、沢山のの表情。

照れたり、笑ったり、怒ったり、不貞腐れたり、満足そうだったり、悪戯気だったり……たくさんの、顔。


「……もう、見れないって言うのかよ……」


地面に置いた手に力が籠る。
土を握りしめ、掌に土の感触が広がった。


「……なんで俺は……を守れなかったんだ
 もっと強ければ……死なせずに済んだっつーのに」


サクリ……

想いに浸っていた神田は、聞こえてきた足音に気付かなかった。


「勝手に殺すなって、馬鹿神田」


その声でハッと意識は現実世界に引き戻された。
地面を這うように向けていた視界に、見慣れた足があった。
徐々に視線を上げていけば、徐々に視界に入り込む見慣れた姿。


「……夢、か?」


「馬鹿 いつまでも夢見てんじゃないって」


その顔を瞳に移し込み、かすれた声を漏らした。
その言葉に、苦笑を零し神田に語りかける姿。


「────……ッ!!!」


寄りかかっていた身体を起こし、神田は素早い手つきでの手に触れた。
その感触が、触り慣れたものだと確認すると素早くその手を引く。


「わっ!?」


バランスを崩したは、そのまま神田の胸の中へと飛び込んだ。


「……死んだんじゃ、なかったのかよ」


「バーカ 生きてたんだよ……コムイ室長達が……何とかしてくれた」


奇跡だったんだよ、とは笑った。
その笑顔に、神田もつられて笑った。
腕の中にある温もりは、決して二度と抱く事の出来ないものだと思っていたものだった。


「……


「うん?」


「────…………」


「うん ここにいるよ、神田」


まるで、愛しい者の名を何十年ぶりと口にするように神田は何度も何度もの名を口にした。

奇跡は起こった、互いを求める二人を悲しい運命から逃す為に。
を貫いた六幻は、体内にあるダークマターだけを砕き破壊した。
の身体にこそ傷は残ったものの、神田がとっさに切り裂かず剣を引き抜いたからこそ残った命だった。

だからこそ、は存在し続けられた。
だからこそ、は神田の前に戻って来られた。


「……ずっと……会いたかった」


「私も」


「……ずっと……言いたかったんだ」


「何を?」


耳元で聞こえる囁きに、互いに微笑みを浮かべ続けていた。
それを、いきなり肩を掴まれ引き離され、互いの顔を見つめると照れる様に微笑み合う。


「────……好きだ 愛してる」


日本人らしからぬ、ストレートな告白。
は顔を真っ赤に染め上げた。

そして、また神田に強く抱き締められた。


「……私も、好きだよ……神田 ずっとずっと好きで……ずっとずっとあんただけを守りたかった」


神田の背中に腕を回し、愛しい気持ちをさらけ出す。
互いの心音が重なり合い、厚く深く激しく脈動する。


「私達はエクソシストで……まだまだアクマと戦わなくちゃいけない
 だけど……それでも、私は神田が好き これからも……傍に居て、一緒に戦っていきたい」


「ああ 俺もだ、 お前の事は……今後は絶対に……守る」


「私は、守られるだけは嫌だ 私も……神田を守りたい
 だけど────……今回みたいに、犠牲になる形では……もう、守らない 一緒に……生きたい、神田と」


何の合図もなく、互いに身体を離す。
そして、ゆっくりと神田との顔が近づいていく。


「「愛してる……」」


そう呟き、互いの唇が重なり合った。
温かい温もりは、生きている証。
唇に感じる温もりは、通じ合った想いの証。


「「ずっと……共に ずっと……隣に」」










       










...........................end




長きに渡り、ご愛読ありがとうございました。
これにて、S.Vの連載は終了となります。

物語の中に、私の思いを敷き詰められたと思うので多くは語りませんが……
執筆当初から、最後には大切な人を失い悲しみに落ちていくという話は考えていました。
勿論、ハッピーエンドは大前提ですが……
悲しみを乗り越え絆で結ばれ思いが通じ合った二人は、きっと幸せになるんだろうなぁと……最後はラブラブ度満点に仕上げようと頑張りました。(なったか不安ですが;)
この話を読んで、何かが心に残ってくれれば嬉しいなと思いつつ……これにて終了とさせて頂きます。

本当にありがとうございました。m(_ _)m






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