「ど…どうしよう 迷った…」
細い道を這いつくばりながら通るアレン。
その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「むやみに動くんじゃなかったぁ!!!何ここ、凄い迷路だよ!?
こんな所で迷ってる場合じゃないって言うのに…!!ああ、どうしようっ!!!」
ズズズ、と鼻を啜りながら道を先を見つめる。
「こんな時、ティムキャンピーが居てくれたらなぁ…」
居もしないのに、無駄な事を呟くアレン。
ガックリと項垂れながらも、引き返す事は出来ない。
S.V 第八話
「神田殿、後ろ……」
「カン、ダァ……」
「左右逆…!」
案内役だった探索部隊(ファインダー)のトムの声に反応し、振り返った神田。
その瞳に映るは左右逆に映るアレンの姿だった。
それはつまり、あのアクマがアレンを模した姿という事で。
「ハッ とんだ馬鹿だったようだな」
イノセンスを発動し、構え、左右逆のアレンを見る。
「カ……ン……ダ…ド………ノ…」
「災厄招来 界蟲一幻!!」
横一線に薙ぐと同時に飛び出す龍の様な頭。
向うは左右逆のアレン─否、アクマにだった。
「無に還れ!!!」
神田はこの時気付いていなかった。
左右逆のアレンの瞳に涙が浮かんでいた事に。
バンッ!!
しかし、その攻撃を阻むものがあった。
「!!」
「ウォ……ウォーカー殿…」
「キミは……?」
横穴から出てきたアレンの左腕だった。
穴から這い出ながら、アレンは自分と同じ…いや逆の姿をしている者へと近づいた。
「モヤシ!!」
「神田」
呼ばれた呼び名に視線を向ければ、怒りを露わにする神田の姿。
眉間にシワを寄せると。
「どういうつもりだ、テメェ
なんでアクマを庇いやがった!!!!」
叫ぶ神田の声にアレンは眉をハの字にした。
神田にはアクマの魂の姿は見えない。
だからこそ、今目の前に居る者をあのアクマだと思ったのだ。
「神田、僕にはアクマを見分けられる『目』があるんです」
「だからなんなんだ!」
「この人はアクマじゃない!」
倒れる逆さまのアレンに近寄り、神田へと視線を向けて言い切った。
だから、さっきもはアクマだと言えたんだ…
何故信じてくれないんだ、とアレンは視線を向けた。
再度聞こえた「ウォーカー殿」の声に視線を下げると、顔に亀裂がある事に気づいたアレン。
ビリビリビリ…
その頬にある亀裂を破ると、中に居る者の顔が現れてきた。
「トマ!?!?」
「何っ!?」
「神田、そっちのトマがアクマだ!!!」
漸く気付いた本当の正体。
アレンは慌てて、アクマの間近に立つ神田に叫んだ。
今ここで正体を露わにされれば、神田は気づくのにワンテンポ遅れてしまう。
それだけは避けなくては、と。
「──────ぐっ!!!!」
しかし遅かった。
本性を露わにしたトマに化けたアクマは、転換(コンバート)を解く事なく神田に襲い掛かった。
勢いよく右手を打ち出し、神田の首をガッシリ掴む。
神田は背中に走る激しい重い痛みに、低いうめき声をあげた。
「ヒャハハハハハハ!!」
笑うアクマの声に交じり、神田の持っていたはずの六幻が地面に突き刺さる音が聞こえた。
「かっ…神田!!!」
「いつの間にテメェ…」
トマと入れ替わっていた、と問おうと苦しそうに声を上げる。
喉が今にも潰されそうで、声は徐々にか細く掠れた。
「ヒッヒッヒ お前と合流した時からだよ!
黄色いゴーレムを壊した後に、エクソシストの女に会ってよぉ…殺してやったんだ」
「「!!!」」
アクマの言葉に神田もアレンも息を呑んだ。
アクマの発言に、二人は瞳を丸くした。
が……死んだ???
二人の心境は同じだった。
まさか、という思いが胸を過る。
神田に限っては、の強さは知っていた。
初任務の時に一緒に戦ったからだ。
まだまだ強くなる余地のある、期待できる新人だった。
アレンに限っては、まさか自分の元に戻って来ていたとは思ってもいなかった。
あの時地上に戻っていれば、とそんな事を考えてしまう。
「あいつは…死んでねぇ」
「神、田…?」
神田の言葉にアレンは驚いた。
まさか、あの神田からそんな言葉が出るとは思ってもいなかったからだ。
「そう、ですね は死んでいませんよね」
「そう思うのは勝手だけど、確かに殺したもんね♡
私の爪に貫かれて、真っ赤な血を噴射してぇ〜
それで倒れて、動かなくなったもん♪」
その言葉に神田もアレンもアクマを睨んだ。
冗談じゃない、と。
「まー、そんな事どうでもいいよね
そのあと、あのトマってヤツを見つけてね…こいつの姿なら写してもバレないと思ってさァ」
ピィ─────
鋭い爪の指先で、被った皮を破いて行く。
下から現れたのは、最初に見たアクマの姿だった。
「ほら、お前も気にしてただろ?左右逆だったの
だから白髪の奴の姿をあいつに被せたんだ ヘヘッ 私は賢いんだ」
徐々に下へ下へと皮は破かれていく。
徐々に徐々に、アクマの本当の姿が現れていく。
「私の皮膚は写し鏡 まんまとやられたな、お前ぇ♡」
「はっ!」
アクマの言葉に馬鹿にするように声を漏らした。
ザンッ……!!!!!
神田の身体に左肩から斜めに傷が生まれた。
その様子にアクマは「ケケケケケケケケ」と楽しそうに笑う。
アレンはただ、驚いたように目を見開き見ている事しか出来ずにいた。
「…………っ」
だんっ
強く踏みしめ、倒れる衝動を抑え込む神田。
グッと足に力を込めて、何とか踏ん張る様子にアクマは「アレ?」と。
「死ねよ!」
その言葉と同時に、ガッとアクマは神田を殴った。
反動で顔が横を向くが、それでも倒れはしなかった。
「死ぬかよ…」
代わりに聞こえたのはか細い神田の声だった。
踏みしめ力の籠る足は、上半身にも力が及ぶ。
ボタボタ…
真っ赤な血液が傷口から地面へと滴り落ちていった。
「俺は…あの人を見つけるまで死ぬワケにはいかねぇんだよ」
俺は………
虚ろな瞳は宙を見る。
そして喋りも動きもしなくなった神田。
「ギャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!こいつスゲェ!!
立ちながら死にやがった!!!」
笑う様子にアレンがキレるのも当然。
勢いよく左腕がアクマに襲い掛かり、上半身と下半身に分裂させた。
「お前ええええええ!!!」
それと同時に上がるはアレンの怒声。
瞬間、響くのは壁に激突した音だった。
「神田!!神田、大丈夫ですかっ!?」
「……ハ… ハ…… ……ハ…」
聞こえる呼吸にアレンはすぐに気付いた。
呼吸してる まだ生きてる!
浅い浅い息だったけれど、確かに神田は生きていた。
しっかりと、息をし、しっかりと鼓動を刻んでいた。
「うっ」
ズキズキと痛むアレンの身体。
アクマとの戦いのダメージ、落下の衝撃を受けた身体は大人の男二人を抱き抱えるにはキツかった。
「ウォーカー殿…私は置いていって下さい ウォーカー殿も怪我をしているのでしょう…?」
「なんて事ないですよ!これくらい平気です」
トマの言葉にアレンは気丈に振舞った。
怪我を負っているトマと神田に比べれば、なんともか弱い傷なのだからと。
くそっ!
今どこに居るのか…全然分からない
どこか……どこか手当ての出来る場所はないのか
担ぎ歩きながら必死に考える。
二人の怪我の手当てをしたら、今度はを探しに行かなくてはと。
痛む身体にムチを打つアレン。
「─────!」
すると突如聞こえてきた声に、アレンはピクリと反応した。
「歌……?」
マテールは『神に見放された土地』と呼ばれていた
絶望に生きる民たちは それを忘れる為 人形を造ったのである
踊りを舞い歌を奏でる 快楽人形を………
「歌が…聴こえる…」
ひどく美しい旋律の造花の子守歌。
「泣いているのか…?ララ」
「変な事聞くんだね、グゾル」
「何か…悲しんでいるように聞こえたんだ」
グゾルの言葉にララはふわりと微笑みを浮かべた。
けれど、その微笑みは悲しげな色をも映し出していた。
「私は人形だよ…?
ねぇ、グゾル どうして自分が人形だなんて嘘をついたの?」
グゾルが神田に話した話。
それこそが嘘、偽りだった。
ララの問いかけにグゾルは少しの間を開けた。
「私はとても醜い人間だよ ララをな、他人に壊されたくなかったんだよ
ララ…側に居てくれ、ずっと、ずっと そして私が死ぬ時は私の手で…お前を壊させてくれ…」
その言葉にララは一瞬驚きの表情を浮かべた。
丸く瞳を見開いて、けれどゆっくりと伸ばす手は確実にグゾルへと向かっていた。
「はい、グゾル 私は人形、グゾルのお人形だもの…」
「………」
そこでララは三つの気配に気づいた。
強い気配が一つに、弱々しい気配が二つ。
「ごめんなさい!立ち聞きするつもりはなかったんですけど…
キミが…人形だったんですね」
「……っ」
その言葉にララの表情が一変した。
瞬時、持ちあげられる石柱はアレンへと向かい投げられた。
神田とトマを抱き抱えたままそれを避け、慌てて二人を安全そうな場所へと寝かせた。
それから出来事は素早かった。
再度投げられた石柱をアレンの巨大な左腕が受け止め、その石柱が他の石柱をなぎ倒したのだ。
もう投げられる石柱は無くなっていた。
「お願いです 何か事情があるなら教えて下さい
可愛いコ相手に戦えませんよ」
にっこりと微笑むアレンの姿は紳士的だった。
ララを落ち着かせようと、気遣う気持ちがヒシヒシと伝わる。
「グゾルはもうじき死んでしまうの
それまで私を…彼から離さないでっ この心臓はあなた達にあげていいから…!
だから…お願いっ」
必死な叫びはアレンへと届く。
それだけララはグゾルを大切に思っているのだ、という事が。
To be continued...................
ヒロインの登場はいずこ〜〜〜〜〜っ(汗)
ごめんなさい…今回ヒロイン出番なかったですね…はひ;
ヒロイン視線での物語じゃないので、こうなっちゃうんです…(うあ)
これが一人称での物語なら、ここは省いてヒロインの視点でバシバシ進められるのにぃ(T T)
S.Vに戻る