「グゾルと初めて会ったあの日から八十年…
グゾルはずっと…ずっと私と一緒に居てくれたの」
グゾルに抱き締められながら、ララはアレンに話を聞かせた。
「グゾルはね、もうすぐ動かなくなるの…心臓の音がどんどん小さくなってるもの
最後まで…一緒に居させて」
横を向き、見えなかったララの表情。
けれど、震える声から感情は伝わってきた。
「グゾルが死んだら私はもうどうだっていい
この五百年で人形の私を受け入れてくれたのはグゾルだけだったから…」
パッと向けられたララの表情。
涙はなくても今にも泣きそうで、涙があふれ出てきそうだった。
「最後まで私を人形として動かせて!お願い!」
S.V 第九話
「ダメだ」
聞こえた声は冷たい冷めきった、聞き覚えのある声だった。
痛む身体を無理に起こし、呟くは黒髪の神田。
「その老人が死ぬのを待てだと?
この状況下で、そんな願いは聞いていられない…!」
「神田!」
「俺達は、イノセンスを守るためにここまで来た!
今すぐその人形の心臓を取れ!!!」
「!?!?」
神田のその迫力のある声にアレンは瞳を見開いた。
布で身体を巻き取られ、まだ回復し切っていない身体を無理に起こし。
荒い息をしながら神田はアレンを睨んでいた。
「俺達は何のためにここまで来た!!」
大きく息を吸い込むと、大きな口をあけ、大きな声を上げた。
困惑するアレンの表情。
眉はハの字に下がり、エクソシストとしての使命と一個人としての感情の間をゆらゆらと彷徨ってしまう。
「取れません」
「………」
「僕は…取れません ごめんなさい…」
アレンの言葉に神田は無言。
そして再度、アレンの口から決定的な言葉が告げられた。
二度告げる言葉は、きっと本物。
ばしっ!!!
神田は自分の頭に敷かれていた、キチンと折りたたまれた団服をアレンに投げつけた。
「その団服(コート)は怪我人の枕にするもんじゃねぇ!!
エクソシストが着るもんだ!!」
睨む神田に、情けない表情を浮かべるアレン。
神田は血に濡れた自身の団服を引っ掴むと歩き出した。
六幻を片手に、アレンの隣を通り過ぎて行く。
「犠牲があるから救いがあるんだよ、新人」
「それは……の事ですか?」
神田の言葉にアレンは返事を返した。
一向に姿を現さない。
アレンはもしかしたらアクマの言っていた事はあっていたのかもしれないと思い始めた。
最悪、本当はアクマの仲間だったんじゃないか…とまで。
「お願い、奪わないで」
「やめてくれ……」
「じゃあ、僕がなりますよ」
必死に神田にお願いするグゾルとララ。
そんな二人の言葉の後に、一つの声が響いた。
バッ
神田とララ達の間に、アレンが立ちはだかったのだ。
「僕がこの二人の『犠牲』になればいいですか?」
その声は真剣そのものだった。
悲しげな雰囲気を醸し出すも、何とか神田を止めようと必死だった。
「二人は、ただ自分たちが望む最期を迎えたがっているだけです
ですから…それまで、この人形からイノセンスは取りません
僕がアクマを破壊すれば問題ないでしょう?」
神田の六幻の切っ先はアレンの左胸のローズクロスへと向けられていた。
今にも泣きそうな表情でアレンは神田を見つめた。
僕は…無理矢理なんて…嫌です
そんな犠牲の上に成り立つ平和なんて…全員が平和にならなければ…意味がないじゃないですか…
「犠牲ばかりで勝つ戦争なんて…虚しいだけですよ!!」
ガッ!!!
アレンのその強い言葉に、神田はカッとなりアレンを殴った。
その瞬間、出血量が多いためか痛みがまだ強い為か、グラリと神田の視界が揺れた。
ドサッ…
その場に倒れるようにしゃがみ込む神田に、トムは声を上げた。
が、神田は返事をしない。
向ける視線はアレンにだった。
「とんだ甘さんだな、おい
可哀そうなら他人のために自分を切り売りにするってか?
可哀そうなら、どんなに命の危険があっても、己の命を危険にさらすってか?
テメェに大事なものは無いのかよ!!!!!」
神田の悲痛な叫びに、殴られた状態のまま顔を横に向け黙るアレン。
けれど、ゆっくりとアレンの唇が動いた。
「大事なものは…とうの昔に失くした」
徐々に浮き彫りになるアレンの表情。
「可哀そうだとか…そんな綺麗な理由なんて、あんま持ってないよ、僕
自分がただ…そういうトコを見たくないだけ」
殴られた頬が赤く染まり、アレンは悲しみに埋もれた表情を見せた。
砂の上に乗せられた手にギュッと力を込めれば、砂は動いた。
「僕はちっぽけな人間だから、大きい世界より目の前のものに心が向く
切り捨てられませんよ……守れるなら守りたい!守りたいんです!」
悲痛なアレンの叫びが響いた瞬間、神田のアレンの横。
グゾルとララの方から変な衝撃音が聞こえた。
視線を向けるとアレンの左腕の指先と同じ、大きな指先が二人を貫いていた。
「「!!!」」
「グゾル……」
その衝撃に、アレンは必死に右手を伸ばした。
大きな指先に貫かれ、連れて行かれる二人を取り戻そうと。
しかし、必死に伸ばしたアレンの手は二人を掴む事は出来なかった。
「イノセンスも────らい♪」
砂を纏いしアクマは、アレンの左腕を映し転換(コンバート)した右腕でイノセンスを持っていた。
その手から人形に戻りつつあるララと、息絶え絶えのグゾルが落ちた。
砂の上に、ドサッ、と。
「返せよ その、イノセンス」
怒りに満ち溢れたアレンの左腕が、ゴポゴポと形を変えていた。
「返せ!」
睨むアレンの表情は、いつものアレンの面影を全く持っていなかった。
「ウォーカー殿の対アクマ武器が…」
「造り変えるつもりだ 寄生型の適合者は感情で武器を操る
あいつの怒りにイノセンスが反応しているんだ」
トマの言葉に解説するように呟く神田。
それにしても…なんて禍々しい殺気を放つんだ、あいつは
まるで武器がその姿を形にしようとしているようだ…
アレンから発される殺気に、神田は気圧された。
けれど、そこで気付いた事が一つ。
「止まれ!!が居る!!」
「ヒャヒャヒャヒャヒャ!!!撃て撃てぇええぇぇぇぇぇ!!
こいつも一緒に道連れだぁぁぁああぁぁぁ!!」
その言葉でアレンはハッと意識を取り戻した。
変化しようとしていた左腕はいつもの巨大な左腕に戻った。
神田とアレンの視線は今、アクマの砂の身体の中にある一つの顔に集中していた。
まるで取り込まれているような、の顔に。
「な、んで…」
「お前らの言うとおり、生きてたみたいでさぁ〜
邪魔されると面倒だからぁ、盾になって貰う事にしたんだよおおぉぉぉおおぉぉ!」
アレンの途切れる声にアクマは楽しげに言葉を紡いだ。
微かに息のあったは、少しでも動ける余地があればきっと戦闘に参加していただろう。
たとえ、自らの命を削ったとしても。
「………はアクマの仲間じゃ…ない?」
「はぁ?私がどーしてエクソシストと仲間じゃなきゃいけないわけ?」
「言っただろ、モヤシ はアクマじゃない、エクソシストだと」
アレンの疑問に答えたのは、敵対するアクマと同じくエクソシストでアレンよりもとの付き合いの長い神田だった。
もしもがアクマと仲間だったら盾にされるはずもなく、もっと早くにアレンや神田達に牙を向いていただろう。
そして、コムイ達がそう簡単に騙されるわけもない。
「のイノセンスがきちんと発動されていたのが何よりの証拠…というわけですか」
そこで漸くアレンは納得した。
もっと早くに気づくべきだった。
アクマはイノセンスを扱う事は出来ないはずだと。
「盛り上がってる所悪いんだけど…」
「「「!」」」
聞こえた声に、アレンと神田、そしてアクマの意識が一点に集中した。
声の発された場所はアクマの間近。
そう。
取り込まれつつあるように見える、盾にされているが声の主だった。
「ここから早く……出して…くれ、ないかな…?」
「出すわけないだろぉ?折角攻撃出来ない様に、お前を盾にしてるんだから」
アクマの答えには大きく溜め息を吐いた。
その様子にアクマが面白いわけがなく、ムッとした表情を浮かべた。
「あんた、馬鹿で…しょ」
呆れた様な、そんな口調。
状況的に、にはいいわけではないのに言いのける言葉。
「エクソシスト…はイノセン、スを回収し…アクマを破壊する為、に存在…する」
「何が言いたいんだぁ?」
途切れ途切れに息をしながら呟くに、言いたい事が分からないと言わんばかりなアクマ。
神田もアレンも手も出せずに、ただ様子を窺うしかなかった。
「あの二人なら…私を気にせずあんた、を…倒す、よ」
「「!」」
の言い切る言葉に、神田もアレンも息を呑んだ。
確かに神田は以前、そして今回はアレンに『足手まといになるなら見殺しにする』と言い切っていた。
アレンに関しては、見殺しには出来ないだろうが、それでも何とかしてアクマを破壊するだろう。
「残念だけ、ど…私を盾にしてても……完全に無、意味だよ」
勝ち誇ったような口調。
そして神田とアレンに向けるは、攻撃を仕掛けろと言わんばかりの視線だった。
あれだけの事をアクマだと言い張るアレンにさえも、信頼を向ける。
エクソシストはアクマを破壊する者だと、信じているからこそ言える言葉だった。
まぁ、私だって死ぬつもりはないけど…
ああ言ったものの、実質も死ぬ気は更々なかった。
なんたって、は死ぬわけにはいかない理由があったから。
「くそっ!イノセンス発動!!」
アレンは一つ息を吐き捨てると、自らの左腕に寄生するイノセンスを発動させた。
カッと左腕は一気に大きさを増し、形も変形した。
巨大な腕がを取り込んだアクマに向けられた。
「やって!アレン!!!」
「十字架ノ(クロスグレ)……」
攻撃を仕掛けようと、左腕を振り上げた瞬間だった。
アクマは纏った砂を使い、取りこんでいたを前に突き出したのだ。
一瞬の出来事に反応が遅れ、アレンの攻撃は繰り出されることはなかった。
「ケケケケケケ やはり仲間は殺せるわけないよなぁああぁぁぁぁ」
徐々に顔が歪むアクマ。
楽しそうに、嬉しそうに、まるで歪んだ感情をむき出しにしていた。
神田はあんな怪我だし…アレンがあんなんじゃ…
倒せないっ……!!!
下唇を噛み締めて、状況を見守る。
ど素人でも分かる状況に、反吐が出そうになった。
守られている状況に、は眉間に色濃くシワを寄せた。
なんで私は守られてるの…?
どうして私は何も出来ないの…?
それは…私の手元に……
「武、器…は……ど、こ…」
その問いに返される答えは、自らの口から発されていた。
大切な、とても必要なの武器。
「ケケケケ 私が持ってるわけないでしょぉ〜?あんなもん、触れないからここのどっかに落ちてるよ〜」
楽しげに答えたアクマに、は内心ニッと笑った。
今のには武器を取りに行く事は出来はしない。
だからこそ、アクマは在り処を素直にに話したのだろう。
けれど、アクマは忘れていた。
動ける者を、対アクマ武器に触れる者の事を。
「そう それを聞い、て…安心した」
「ヒャヒャヒャヒャ!!面白い事言うじゃん!?」
の言葉にアクマは大きく笑い声をあげた。
どこかにある、という事が分かっただけで安心してどうするのだと。
けれど、次の瞬間アクマの視界に映ったアレンの行動にアクマの笑い声は止まった。
「面白い、のは…あんたの方、ね」
フッ、と不適の笑みを浮かべた。
すでに、アレンはの武器を探し始めていたのだ。
見つかるのも時間の問題。
「アレンや神田が私、に…手を出せない、なら
私があんた、を…倒せば、いい…事」
「──────!」
そこで漸くアクマが動き出した。
しかし、すでに遅し。
「!!!」
その声と同時に、アレンは対アクマ武器をに向かって投げた。
痛む身体に鞭を打ちながら、は砂と化したアクマの身体の中から右手を伸ばした。
砂から出てきた腕が、しっかりと投げられた武器を手にし不適な笑みを浮かべていた。
To be continued..........................
アクマの口調が掴めない…掴めないー(涙)
とりあえず、あやふやな中…ヒロインもアレンも互いを認めた…でしょう。(おい)
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