あれからどれくらいの時が流れたのだろうか。
相も変わらず、の軟禁生活は解かれず──じっとりとした空気が地下牢に充満していた。
「こうも暗いと……思い出すな……」
ハァッと大きく溜め息を吐くと、ギュッと両腕を抱きしめた。
地下だからか、時間感覚がなくなりつつあった。
今が朝なのか、昼なのか、夜なのか──分からない。
『
はそこにいなさい』
『
お母さん!嫌だっ、出してっ』
『
大丈夫よ、守ってあげるから』
無理矢理にベッドの下へと押しこまれ、優しく声を掛けられた。
そんな過去の記憶が、闇の中から蠢くように現れた。
これもすべて、この暗さが、寂しさが、悲しさが、思い出させたものだった。
儚き月見草 第十一話
「母、さん 父……さん」
体育座りをしていたは、そのまま額を膝に密着させた。
身体を縮こめて、小さく二人の名を呼んだ。
もう二度と聞けない声、もう二度と感じられない温もり。
まるで、それを求めるかのように、か細く呼んだ。
「おい」
そんな最中、に掛った声。
訝しげに視線を上げると、門番がを見下ろしていた。
そして、顎で後ろを指し示すようにしゃくっていた。
「……何だ?」
「面会だ」
「面会?」
オウム返しで首を傾げ、は門番の後ろへと視線を向けた。
そこに居たのは──
「ラビ?」
来てくれた事に、なんだかとても嬉しい気持ちが込み上げられてきた。
瞳を一瞬瞬かせてから、すぐに笑顔を浮かべる。
「そんなに驚く事さぁ〜?」
「や、だって……」
「来ないと思ったさ?」
ラビの問い掛けには何も言えなかった。
だって、少しでも疑ってしまっていたから。
『
僕らは、君がくんとグルなんじゃないかと考えている』
『
……僕ら?』
『
そう、僕ら 教団……全員だ』
『
……なんで、そう思った?』
『
初めは、くんだけを疑っていたんだけどね
リナリーや神田くん、ラビに聞いていくうちに君も疑わしく思えてきたんだ』
そんな言葉を聞いてしまっては、信じるに信じられなくなる。
教団全員、となれば仲間で親しいと思っていたラビや神田、リナリーさえも疑っていると──
「……それ、は……」
──そう、思ってしまった。
だからこそ、言葉に詰まってしまう。
違うと言いたいのに、そうだと心が言っているようで。
「私は……裏切り者かもしれないから、だから……」
「そんなの一部の人間だけさ〜」
「は?」
もごもごと口籠っていたら、聞こえたラビの発言。
つい、は間の抜けた声を漏らしてしまった。
だって。
「一部の人間って……は?どういう……?」
「お前の事を疑ってない奴もいるってことさ〜
それに、に戦闘を強要してきた事も原因の一つだって異を唱える奴らもいるしな」
は、きょとんとするしかなかった。
目を幾度も瞬かせて、目の前──牢屋の前で笑うラビを見つめる事しか出来なかった。
「コムイにいろいろ話はしたさ?でも、オレはを疑ってない」
信じてほしいと言わんばかりに、ラビは呟いた。
信じていいなら、信じたい
私だって……裏切ってないのに、裏切ったと言われるのは……っ
堪えていたものが込み上げてくるような感覚を感じた。
けれど、甘えてもいられないとも思えた。
まだ『裏切り者』のレッテルを剥がされたわけじゃない。
もしここで、ラビに縋ってしまえばどうなる?
駄目だ……
ラビまで、疑われるような事になるのは……
そうなるかは分からないけれど、少なからず文句を言う人間は居る気がした。
だからこそ、気丈に笑う事が唯一出来る事だとは思った。
「ありがとう、ラビ それを聞けただけで安心した」
「……」
笑うを見て、痛々しいとラビは感じていた。
そう感じても、それ以上踏み込めないのは、慰められないのは。
「どこに行くつもりだ、ラビ」
「じじぃ……んとこさ」
掛った声に、ラビはぴたりと足を止めた。
振り返れば、少しだけ不機嫌そうな表情をしたブックマンの姿がそこにあった。
「自分の立場がわかっとるか?」
「ブックマン後継者として、入り込むな……だろ?分かってるさ
深入りしない程度に戻ってくるさ〜」
「……ふん」
軽く返すラビの言葉に、短く息を吐くブックマン。
けれど、ブックマンは心配だったのだ。
ラビが本当に深入りせずに居られるかどうかが。
ブックマンは傍観者であらなくてはならない。
深入りするなとのブックマンの発言。
ラビ自身も、ブックマンは傍観者であらなくてはならない事を知っているからこそ、二の足を踏んでしまう。
「ラビ?」
「あ、何でもないさ〜 じゃあ、そろそろオレは行くさね」
「ああ ありがとな、ラビ」
そんなにラビはニッと笑みを浮かべ、ヒラヒラと手を振りながら牢を立ち去っていった。
本当は慰めてほしかった。
本当は、心の奥底に秘めたる思いを引っ張り出してほしかった。
突き放されて、疑われて、疑って。
何を信じていいのかが、には分からなかった。
本当は縋りたかった。
心の中の思いをぶちまけてしまいたかった。
でも、それが許されなかった。
憚られた。
「分かってる……無理だって、いけないって」
誰も居なくなった牢。
膝を抱え、額を密着させて、または縮こまった。
はラビがブックマン後継者だと知っている。
そして、ブックマンは傍観者でなければいけないということも知っていた。
だからこそ、踏み込んでこない事も、深入りしてこない事も──分かっていた。
こんなの、私の願望だっ
そう思った瞬間、の耳にまたも足音が聞こえてきた。
そして、ラビが来た時と同じように門番に名を呼ばれ──顎をしゃくられる。
「どうしてるかと思ったら、ずいぶんと大人しくしてんだな」
「……別に、私がどうしてようが関係ないだろ?」
ハッと笑いながら言う神田に、はいつもと同じ態度で返事をした。
けれど、神田は簡単に勘付いてしまう。
まるで、いつもを見ているから分かるとでもいうかのように、あっさりと見破ってしまう。
「の割に、落ち込んでんな らしくもねぇ」
「んな!!」
ラビも勘付いていた事には勘付いていた。
けれど、ブックマン後継者という立場上から踏み込んでこないのは分かっていたから、あえてツッコミを入れはしなかった。
けれど、神田は別だ。
まさか気付くとは思わなかったし、何よりこんな風に来るとも、突っ込んでくるとも思わなかったのだ。
全てが予想外の展開で。
「何、大人しく黙り込んでんだよ 腹ン底に溜めたうっ憤があるんだろ?」
口は悪いが、まるで望んでいる言葉が分かるかのように神田はをまっすぐ見下ろした。
長い黒髪の間から見える瞳はスッと切れ長で、目を惹きつける。
「てめぇが裏切りもんじゃねェことくらい、知ってんだよ」
「……ぇ?」
「あ?まさか、てめェ 俺が、疑ってるとでも思ってたのか?」
「だって、私はの友達だ だから疑われて……」
の言葉を聞いて、神田は盛大に溜め息を吐いた。
まるで、やっぱりわかっちゃいないとでも言うように。
そして、話していなかったのかといわんばかりに。
「溜め息吐いて、一体なんなんだよ?」
「確かにあいつは教団を裏切って敵へと渡った
まあ、それはあいつの勝手だから、俺は別に何も言わねぇけどな」
何もなければ裏切る必要もないこと。
それを分かっているからこそ出てきた言葉なのかもしれない。
それは確かに神田らしいと言えば神田らしかった。
必要ないものは切り捨てて、必要なものだけを求める。
イノセンス。
強さ。
必要なものを手に入れる為に、切り捨てる事もあるくらいなのだから。
「じゃあ、なんでそれだけでお前を疑う?」
「だから、友達で……スパイなんじゃないかって……
だから私は、今ここに閉じ込められているんだろ!?」
そうじゃなければ、ここに閉じ込められている意味が分からないとは叫んだ。
疑われたからこそ、咎落ちするかしないかを見極めるためには軟禁され、そしてそれを承諾した。
「確かに、それも一理あるが……」
「あるが?」
まるで、まだ話は続いているとでも言うように、神田はもったいぶって呟いた。
「教団全てがお前を疑ってるわけじゃねぇ むしろ、疑ってない方が多いかもしれねぇな」
「え?」
「あいつの事も、庇う発言をする奴も少なからずいる」
その話は初耳だった。
だからこそ嬉しくて、目が大きく見開かれた。
多くなくても、それでもの事を信じてくれる人がいるのも嬉しい事だった。
ただ裏切ったわけじゃないと。
スパイだったわけじゃないと。
別に、教団に不利益をかせる為に裏切ったわけじゃないと。
「だが、疑う奴がいるのも確かだ」
それは、仕方のない事だった。
教団に絶大な信頼を置いているものならば、の行動は裏切りのなにものでもなく。
そして、その友達であるを疑うのも、至極納得のいくものだ。
「コムイは、そいつらにが裏切り者じゃない事を知らしめるために軟禁したんだ」
「は?」
なぜ、それがそこに繋がるのか。
は意味が分からず、神田をまじまじと見つめた。
「軟禁して、咎落ちにならなければ裏切り者じゃない……だろ?」
「あ!」
そう言われて、ハッとした。
そう、裏切っていれば近いうち咎落ちになる。
そして、咎落ちにならなければは別に教団を裏切っているわけじゃないという事が分かる。
その為に、身を鬼にして。
「……コムイのやつ」
「俺がんな話した事は、黙ってろ」
「……照れてんな?お前」
視線を反らし呟く神田に、はプッと笑いながら問いかけた。
暗いからよくは分からないけれど、どことなく頬が染まっているようにも見えた。
「寝言は寝て言え!」
「はははっ
……あと少しの辛抱、ってことだな」
「ああ」
それだけでも分かれば、とても救いだった。
は自分が咎落ちにならない事を分かっている。
だからこそ、安心して解放される日を待つ事が出来る。
それがいつになるか分からない。
けれど、それはそう遠くない未来にある出来事だ。
「サンキュー、神田 教えてくれて」
「はっ」
お礼を言うに、神田は短く息を吐き踵を返した。
きっと大丈夫
きっと何も起きない
私はきっと、無事に此処を出れる
to be continued.....................
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軟禁状態での面会ツーパターンでした(笑)
ラビは立場上、あまり踏み入れず……代わりに神田に踏み込んでもらいました(^o^)丿
もらしくないですが、なんだか神田もらしくないです。
そして、が軟禁されている“本当の理由”をここで知らしめてみました☆
やっぱりキャラを悪者には出来ません(^^ゞ |
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