ものごとは、心が先行し、心が最大の原因であり、心をもとに作りだされる。
もしも、けがれた心によって、話したり、行動するならば、苦しみがついてくる。
荷を運ぶ牛の足跡に車輪が従うように。

ものごとは、心が先行し、心が最大の原因であり、心をもとに作りだされる。
もしも、清らかな心によって、話したり、行動するならば、喜びがついてくる。
影が離れないように。

(法句経 第一章「対句の詩」 一部引用)












儚き月見草 第十三話











「……出ろ」


「は?」


突如、に掛けられた門番からの二言。
いきなりだった為、いったい何のことなのか理解出来ず間の抜けた声を上げた。

二つの瞳が、じっと門番を見つめる。

静かな静かな、空気だけが流れるような牢。


「コムイ室長が待っている 着いてこい」


その言葉に、は疑問そうに眉を潜めた。
けれど、その言葉はまるで先日“神田に言われた言葉の通り”のような気がして、はすぐさま立ちあがった。
ここで拒めば、せっかくのチャンスを棒に振ってしまう。
それが分かったから。


「分かった 今、行く」


呟くと、は門の方へと歩み寄った。
真っ暗だった牢。
軟禁と言っても、やはり見張られている生活は気が滅入る。



……まだ確実じゃなくても、あそこから“解放された”事には変わりない



あの暗闇にずっと居続けるのは、正直にはきつかった。
暗闇は大丈夫だけれど、何もない、シンとしたソコは嫌な事ばかりを思い出させたから。

髪を靡かせ、はその牢を後にした。









「……来たようだね」


「いったい何の用だ?裏切り者かもしれないと軟禁した私を呼びだして……」


が連れて来られたのは、少しだけ狭い──事情聴取でもするような静かな部屋だった。
そこにはコムイの他にも数名の者が佇んでいた。
神田・ラビ・ブックマン・リナリー・リーバーの他に、探索部隊(ファインダー)が数名いた。


「これはキミにとっても、いい話だよ」


その言葉に、は訝しげな表情を浮かべてコムイの言葉を待った。
いったいにとっても“いい話”だなんて、どんな話なのだろうか。
期待と諦め、二つの感情の籠った瞳がゆっくりと開かれるコムイの唇に注目した。


「キミが──何を考えているのか、教えてもらおうか」


「何を……考えているのか?」


コムイが何を聞こうとしているのか、には分からなかった。
否、思いつかなかった。


「ここでの会話は全て、リアルタイムで別室に居る他の者にも見えるようにしている
 ボク達は、キミについて知らなさすぎる」


それは、確かに納得出来る言葉だった。
は自分の事を話さず、そしてひた隠しにしてきた所があった。
そうなれば疑われてしまうのも必至だし、何より信じてもらえなくなる。


「……私が、話せば信じてもらえるのか?」


「キミの話を聞いて、そして最後にヘブラスカにイノセンスとのシンクロ率を見てもらう」


「……シンクロ率の高さで、私が裏切り者かそうじゃないのか見極めようって魂胆か?」


コムイの言葉に、は瞳を細めて問いかけた。
それは疑問ではなく、確認のようなもの。


「そんな奴に今更聞く必要なんてねーだろ?
 そいつは、同様に黒の教団の敵だ!!」


「私は敵じゃない!!!確かに、は伯爵側へ行ってしまったが……裏切ったわけじゃない!」


探索部隊(ファインダー)の冷たい言葉に、は怒りの声を上げた。
それは、かつてコムイに同じように呼び出しをくらった際に、に罵声を浴びせた人間の一人だった。


「それは……俺も同意見だ 彼女はエクソシストになることを、戦いを嫌がっていた
 それを強要したのは俺達だろ?逃げたくなるのも……当然じゃないのか?」


そんな人間の他に、の決断を“仕方のない事だった”と考えている者もいた。
が悪いのではなく、そういう風に仕向けてしまった環境がいけなかったのだと。


「お前、アクマの味方をするというのか!?」


「まあまあ、みんな落ちついて落ちついて」


非難派の荒げられた声をかき消すように、コムイはパンパンと両手を叩いた。
そして、軽い口調で呟くと──まっすぐを見つめた。


「キミは……くん同様に、エクソシストやノアの一族、アクマやイノセンスについて知っているのかい?」


「……ああ、知ってる、知っていた
 でも、だから何なんだ?知っていた事は罪なのか?」


コムイの問い掛けに、はもう隠しだて出来ないと判断したのか開き直ったかのように頷き答えた。
その反応に、その場に居たもの全てが驚きの表情を浮かべていた。


「なら、なんで隠していたんさ?」


「……気味が悪いだろ?それに、信じてくれるとは思わなかった」


ラビの問い掛けに、はポツリと真意を語った。
見知らぬ人が詳しい事を知っていて、不気味に思わないわけがない。
信じてくれないか、最悪……


「千年伯爵の仲間と疑われると思っておったんじゃないのか?」


「……ああ だから隠してきたんだ」


ブックマンの言葉は、の思ってきたことをズバリ的中させていた。
けれど、もうひとつ──がラビ達のいるこの世界が漫画となっている世界から来た事だけは言えなかった。



そんな事を言われて……いい気分になんてなるはず、ないよな



この世界にだって本はある。
物語もたくさん。

だからこそ、躊躇われ、言う事を拒んだ。


「ノアの一族についても、伯爵についても、アクマについても知ってて……私は教団に入った
 それじゃ、信じてはもらえないのか?」


「前にも言ったはずだよ?キミにスパイの疑惑が掛っていると……」


「────っ」


信じきれないと、面と向かってハッキリと言われた
下唇を噛み、拳をグッと握り締めた。


「だから、ボク達はキミに話を聞きたくてここへ呼んだんだよ そうじゃなければ、キミをここに呼ぶ意味がない
 すぐにヘブラスカの所へ連れて行きシンクロ率を見てもらえば済むことだろ?」


「……何を聞きたいんだ?ノアの一族の事についてか?」


「それについては、すでにブックマンから話を聞いたよ」


の問い掛けに、コムイは首を左右に振った。
の知っている話のストーリー通りだったのなら、ブックマンから話を聞くのは巻き戻しの街での話の後だったはずだ。
それが狂ってきていた。


「ボク達が聞きたいのは、全てを知りつつ黒の教団へと入ったキミの真意だよ
 エクソシストを、黒の教団をキミがどう思い、どう考えているのか
 そして、アクマや千年伯爵達の事をキミはどう思っているのか」


コムイはまっすぐの視線を見つめ、聞きたい事を口にした。


くんが千年伯爵達の事を嫌悪しているなら、くんが敵側へ行った時に『裏切ったんじゃない』なんて言わないだろ?」


そんなコムイの言葉に着色するような感じに呟いたのは、リーバーだった。
そう、嫌っているなら敵側へ行ったを恨むなり嫌がるなり、何か他の感情が灯るはずだ。

それなのに、の口から出てきたのはを庇うものだ。


「……私は、黒の教団が全てだとは思わない でも、ここはアクマに苦しめられる人々を助けようと力を尽くしてる
 私はアクマに苦しめられる人や教団の人達を放っておけなかったんだ
 傷ついていい人間なんていない だから……誰も傷つかない世界を築くために、力を尽くそうと思ったんだ」


嫌がる者を無理矢理エクソシストとして働かせようとする事を、は肯定することは出来なかった。
それでも、黒の教団がしている事はきっといい事だとは思えた。

そう、全てが終わり戦うものがなくなれば──こんな辛い事はなくなるのだから。


「ノアの一族は……ただ単に、少し人と違ったからこそ伯爵についてしまったんだと私は思うんだ
 他は、何一つ私達と変わらない……家族を愛し、人と違う自分達を導いてくれる伯爵を必要に大切に思っているだけだと思うんだ」


達がイノセンスを大切にするように……きっと。
違いなんて、ほんの少し。
陰と陽のどちらかに別れるか、それだけ。
相いれる事の出来ない陰と陽、それに別れてしまっただけ。


「アクマだって、悲しい思いの結末だ 誰にだって、何かを失い後悔し、嘆くことだってあると思う」


それは、も経験したこと。
きっと、この世界の住人だったのならばアクマにされていたかもしれないのだ。


「なら、悪いのは伯爵だと?」


コムイの問い掛けには首を左右に振った。


「……悪いなんてない こういう争いは、きっと意見の──思いの違いから生まれるんだと私は思う
 世界を守るために意思を統一して戦う黒の教団
 それと対立する伯爵は、世界を終焉に導こうと意思を統一して戦ってる
 意思にいい悪いなんてないんだ……違いがあるからこそ、人は自分の考えが正しいと証明しようと争うんだ」


だから、いつも時代も争いは止まらない。
どんなに大きなものも、どんなに小さなものも、元を辿れば意思の違いだ。


「私はただ、傷つく人達を守りたい思いに基づいてココにいる それだけだ」


飾らない言葉。
それでも、それがの本心だった。

誰も悪くない。
悪いのは悲しみを生み続ける戦いだと。
個々で見れば、どれもこれもいいところも悪い所もある……ただの個人。
それが集まり集団になるからこそ、大きな意思となりぶつかり合い、互いが互いを悪と呼ぶ。


「……これでも、私が黒の教団の仲間だと信じてもらえないか?」


「俺は信じてもいいと思います」


の発言に、信じてもいいと思うと発言したのは探索部隊(ファインダー)の一人だった。


「どう思っているかなんて、人それぞれでしょう?全員が全員同じことを思って戦ってるわけじゃない」


リナリーのように、否応なしに戦わされていた例だってある。
ラビのように、ちょうどイノセンスに選ばれたからブックマンの商業がら入っている例だってある。

それでも、行動の先の目的は変わらない。


「だが、そう思っているという事はわれわれを裏切り、伯爵側へ行く可能性だってあるだろ!?」


「そんな事を心配していたら、誰の事も信じられなくなりますよ!?」


探索部隊(ファインダー)同士、の言葉を信じる信じないで言いあいが始まった。
それもまた、一つの思いの違いから生まれた衝突。


「……ははは」


「室長?」


その様子を見ていたコムイの笑い声で、一時言いあいは中断された。
不思議な眼差しだけが、この空間を占領する。


くんの言った通りだね 今まさに、目の前で意見の違いによる衝突を見せつけられたよ」


「なら……!」


「最終手段は、ヘブラスカに任せるとしようか」


それはつまり、コムイはを信じると言ったようなものだった。
まるで、最初からそれを決めていたかのように──すんなりと言葉にしていたようにもには見えた。











「大丈夫さ?」


「何が」


「……いや、視線?」


連行されるかのようにヘブラスカの元へ向かう最中、ラビが心配そうにに話しかけた。
言われてみれば、いろいろな視線がに突き刺さっていた。


「……仕方がないだろ 同郷の友達が伯爵の元へ行ってしまったんだからな」


一度疑われ、すぐに信じてくれなんて虫のいい話だとは思う。
けれど、は信じてほしかった。
何も悪い事なんてしていないし、悪い事なんて考えてなんていないのだから。

望む道を進んでいるだけなのに疑われてしまうのは──心が苦しいものだ。


「伯爵を悪とする者からすれば、確かには裏切り者って思われるかもしれない」


ポツリ。

足音だけが響く中で呟いたの言葉は、まるで反響するようにラビの耳に入る。
隣に並び、ラビは静かにの表情を見つめていた。
その表情はどこか寂しげで、でも潔いような笑顔を浮かべていて。


「……でも、私は──私だけはを裏切り者だと思っちゃいけないと思うんだ」


「何を言ってんだ?てめぇは」


の言葉を馬鹿にするように、神田の声が後ろから掛った。
歩きながら振り返り、は不思議そうに神田を見つめた。

言わんとしている事が、分からない。


「てめぇだけじゃねぇんだよ、あいつが裏切り者じゃないと思ってんのは」


「!」


そこには、ラビ、神田の他にリナリーやと仲の良かった探索部隊(ファインダー)の人達の姿があった。
そして、リナリー達と仲の良かった科学班達の姿が。


「みんな……」


「だから、私達はを解放するためにこうしてヘブラスカの元へ向かっているのよ?」


を裏切り者だと思っていないということは、つまりはをスパイだと信じているわけじゃないということだ。
先日も神田に似たような事を言われていたはずなのに、やはり面と向かっていろいろ聞かれれば一度感じた安堵感も失ってしまうという事なのかもしれない。


「まあ、室長であるコムイは公にそうは言えないみたいだけどな〜」


「……それは、確かにそうかもしれないな」


人々を纏める者ならば、きっと今のような行動を取らなければいけないだろう。
それが、たとえ誰であろうとも。


「さあ、着いたよ」


辿りついた先に待っていたのは、ヘブラスカ。
静かに見下ろし、と視線を合わせていた。


「ヘブラスカ もう一度、くんとイノセンスのシンクロ率を見てはもらえないかな?」


「この間言っていた事……だな」


ヘブラスカの言葉に、コムイはただ無言のままニコッと微笑み肯定した。
も意を決しヘブラスカに数歩近づいていった。

いやに絡みつき、体内を探られるような不快感を感じた。
一度感じた以上に、ぞわりとしたものが体内を駆け巡る。


「八十一パーセント……それが、お前と武器のシンクロ率のようだ」


初めてシンクロ率を見てもらった時よりも上がっていた。
つまり、裏切り者じゃないという証。


「これで、答えが出たな」


「そうさね」


ポツリと、神田とラビの視線がに注がれた。
その言葉に、胸で燻っていた負の感情がポッと暖かいものへと変化を遂げた。


「さ、みんな これで、気になっていたことが解決しただろう?」


大きな声で、この様子を傍聴していた他の探索部隊(ファインダー)や科学班の人達にコムイは言葉を向けた。
裏切り者かもしれないと疑っていたが、実は忠実に黒の教団に属していたと。

ただ、深く勘ぐりすぎてしまっただけだと。


「……私は、ここにいてもいいのか?」


眉をハの字に下げて、嬉しそうな戸惑っているような、そんな表情を浮かべて問いかけた。
きっと、なかなか見ることのできない──そんな表情だったのだろう。


「と、当然さぁ〜」


「ハッ 出ていくつもりもなかった奴がよく言う」


その笑顔に見惚れていたラビと神田が、そんな風に言葉を紡いだ。
大切な仲間。
それを疑う方も、きっと辛いものがあったのだろう。
それでも、の教団脱退事件の直後だったのだから仕方のないこと。


「……ごめんね、 でも、これからも宜しくね」


リナリーの手が差し伸べられ、はその手に自分の手を絡めた。
ギュッと握り、その温かさを感じる。
軟禁中、ずっと感じる事の出来なかった人の温かさ。


「ああ、私の方こそよろしく」


嬉しくてうれしくて、涙が零れ落ちそうだった。
それをは堪え、にっこりと微笑んだ。








to be continued






考えていた事を言葉にするのって難しいですね^^;
とりあえず、の考え方などを書くことが出来てたらいいなって思います。






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