「……柔らかい」
ふいに目覚めた意識。
そして、懐かしい柔らかな感触にの頬はほころんだ。
軟禁から解放されてすぐ、明るくなりはじめた時間帯にゆっくりと眠りについたは自室のベッドの上にいた。
「……今、何時だ?」
ゆっくりと身体を起こして窓の外へと視線を向けると、日は完全に昇りきっていた。
時刻でいえば、きっと正午くらいなのだろうか。
「……お腹空いたな」
ベッドの上から足だけを下ろし、お腹をさすりながらは独り言を呟いた。
腹の虫は鳴らないけれど、それでも空腹だと分かる感覚にはベッドの傍に掛けておいた団服(コート)を肩から羽織った。
儚き月見草 第十五話
ガチャ。
音を立て部屋を出たは、前回の教訓からか部屋のカギを掛けた。
そして、視線を食堂のある方へ向けると。
「おはよう、神田」
「ハッ 何時だと思っていやがる」
パンッと神田の肩を叩き声をかけたに、神田は鼻で笑い返した。
確かに神田の言うとおり、『おはよう』と言うには過ぎた時間だった。
「お昼時……じゃないのか?」
「そうだ なら『おはよう』じゃねぇことくらい知ってんだろ?」
「でも、私が起きたのは今しがただから『おはよう』でも間違いはないだろ?」
「ああ言えばこう言う」
「お前もな」
相変わらずな会話を交わすと神田。
それは、がここに来てから変わることのない風景だった。
「少しは早くに寝れる習慣を付けるんだな」
「あー……私には一生無理な話だな」
神田の言葉に、は苦笑を浮かべた。
絶対に、無理なのだ、には。
「……は?どういう──」
「んじゃ、私は腹が減っているからさっさと食堂に行くからな」
神田の言葉を遮って、はすたすたと歩き始めた。
『なぜだ』と聞かれると思ったからこそ取れた、早い行動だった。
言えるわけがない……
思いだしたくもない……あんな……
あん、な…………
早歩きで先を急ぎながら、はギュッと拳を握りしめた。
「おい!」
「なんだよ」
声を荒げ、駆け寄るように神田は前を歩くに近づいた。
「先に行くなら、俺の蕎麦も注文しとけ」
「はぁっ!?」
それだけ言って踵を返す神田に、は素っ頓狂な声を上げた。
意味が分からん……
眉間にしわを寄せ、すたすたとどこかへ向かう神田の後ろ姿を不思議そうに見つめた。
「おい、いるか?」
ノックもせずに、神田が開けたドア。
その先にいたのは。
「なんなんさー、ユウ!ノックもしないで」
「ファーストネームで呼ぶな!」
「はいはい で、いったい何の用なんだよ?」
怒る神田に肩をすくめるラビ。
近くにあった椅子に腰かけながら、ラビは神田を見上げた。
「……」
「言わなきゃわかんないさー?」
聞きたい事はあるはずなのに、言葉にならない神田。
そんな神田に疑問を浮かべたラビは、軽く首を傾げ明るく問いかけた。
こんなユウ、珍しい……
いったい何があったんだ?
そう思わずにはいられず、ラビはポリポリと頬を掻いた。
「あいつ……」
「あいつ?の事さー?」
つい先日の出来事のあとだ。
“あいつ”と聞き“”と考えてしまうのは仕方のない事だろう。
けれど、神田が言いたかったのはの事ではなく、ラビの問い掛けに首を左右に振った。
「じゃあ、?」
「ああ……」
頷き返すも、神田は聞いていいものかと悩んでしまった。
これはの事で、本当ならば本人に聞くことが一番いい事だろう。
それなのに、神田は本人ではなくラビに聞こうとしている。
違う世界から来た、まだ謎だらけのの事を、ラビに。
「あいつが夜眠れない理由を……知ってるか?」
「あー、そういえば夜は寝ない性質って言ってたな」
神田の問い掛けに、ふと結構前のの発言をラビは思い出していた。
その時は軽く流し、なぜなのかと聞きはしなかった。
「悪いな、ユウ 寝ないのは知ってるけど、理由までは知らんさ」
「……ならいい」
神田の期待していた言葉は、ラビの口から紡がれる事はなかった。
それでも、もしかしたら内心ラビが知らなければいいと思っていたのかもしれない。
なんで……こんなに安堵してんだ?
部屋を出ようと踵を返しながら、神田はグッと奥歯を噛みしめた。
「……おい」
「……」
食堂へ到着した神田は、むすっとして席に座るを見つけ声をかけた。
けれど、頬杖をついてむすっとしたままは返事さえもしなかった。
「ずいぶんと勝手なんだな、お前」
「あ゛?」
の言葉に、神田は意味が分からないと言わんばかりに疑問の声を上げた。
来て早々、そんな事を言われれば眉を潜めずにはいられなかった。
けれど、の態度は相変わらずで、目の前にあるスパゲッティをくるくるとフォークに巻きつけていた。
そして、頼まれた蕎麦が目の前に置かれていた。
「頼んでおいてやったんだ、さっさと食べろ」
そう言うと、ちゅるりとは食べ始めた。
その間も、の機嫌はいい方ではなかった。
「いったい何が言いてぇんだ、てめぇは」
その問いに、食べていたものを飲みこむとフォークを置いた。
視線をゆっくりと神田に向ければ、その神田はちょうど椅子に腰かける所だった。
「いきなり、眠れない訳を聞こうとしたり
と思ったら、いきなり行き先変えただろ?意味が分からないんだよ」
「じゃあ、何か?てめぇに理由を聞けばよかったと?」
「言わないけどな」
「だと思ったから俺は──」
神田の言葉に、はぴくっと米神を震わせた。
俺は……?
そう思いながら、頬杖を外し真っすぐに神田を見つめた。
「俺は、なんだって言うんだ?」
その問い掛けで失言したと気付いたのか、神田は罰の悪そうな表情を浮かべた。
その表情は、何か嫌なものを感じさせた。
だからか、の表情もより一層悪くなる。
「……誰かに…………」
その言葉に、神田はハッとした表情を浮かべた。
漫画を読んでいたころでは想像もつかないような、そんな表情。
「…………聞いたんだな?」
「―――――――っ」
「でも、どうせそいつも答えられやしなかったんだろ?」
カチャン。
静かにフォークを手に取ると、は下唇を噛みしめる神田に問いかけた。
多分、の“その過去”を知る者はここにはいない。
にでさえも、話していなかったはずだから。
「ああ あいつなら知っているかと思ったんだけどな
寝ないのは知ってるけど、理由までは知らねぇって言われた」
……ラビ、か
今の会話で、は誰に聞きに行ったのかが分かった。
だって、そういう話はラビにしかしていなかったから。
ちゅるり。
フォークでスパゲッティを巻き取ると、それをパクリと食べた。
美味しい味が口内に広がるが、今はそんな味どころじゃなかった。
美味しさが、全くといっていいほどに、には分からなかった。
「知る必要なんてないだろ 知ったってどうする事も出来ない」
にとっては、思いだしたくもない過去。
言葉にして誰かに伝えるなんて、もっての外だ。
言わない、言えない。
ならば、教えることなんて出来ない。
だから、知る必要もないと言い撥ね退ける。
どうせ、暗闇の恐怖から誰も助けだしてくれることなんて出来ないのだから。
「この話はこれで終いだ せっかくの美味しいご飯がまずくなる」
のそんな拒絶の言葉が、神田に言葉を紡がせる事を躊躇わせた。
to be continued
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そろそろの過去の話にスポットを当ててもいいかなぁ〜と思って(笑)
多分、の事だからにも自分の過去の話をしていないと思うんですよね。
思いだしたくもない過去なら、多分言葉にしたくないから絶対話してないと。
で、一人で背負い続けてきたんじゃないかなぁ〜と。 |
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