眠れない……



闇夜は恐ろしく、震え立たせる。
布団を被って視野を覆っても、どんなに身体に鞭を打って疲れさせても──結果は同じ。
夜は眠れない時間。
夜は寝てはいけない時間。
いつでも目を閉じず、回りを見渡し続けなければいけない。

恐怖は──いつどこから、やってくるのか分からないのだから。








儚き月見草 第五話








、起きてるさ〜?」


呼びかけられて、は視線を部屋の扉へと向けた。
ゆっくりとベッドから足を下ろし肩にはショールを掛け、扉へと向かう。


「起きてるが、どうしたんだ?」


ガチャリと独特の音をたてて、は扉の向こう側に居る彼──ラビを見つめた。
キッチリと団服(コート)を着こみ、トレードマークのバンダナを装着していた。



……任務、だな、たぶん



率直にそう思い、の瞳はスッと細められた。


「予想ついてるかもしれんけど、任務でコムイから呼び出しさ〜」


「リョーカイ 着替えるから先行って──」


「待ってるさ〜 着替え終わったら声掛けてくれよ」


そう言って、ラビはを部屋へ追いやると扉を閉めた。
一瞬目が点になり、振りかえるように閉められた扉を見つめた。



勝手な奴だな……



苦笑を浮かべながらも、は団服(コート)に手を伸ばした。
いつもの赤い服の上からそれを羽織り、降ろしていた髪をまとめあげた。



あまり、危ない任務じゃなきゃいいんだけどな



そう思うのは、たぶんエクソシストとしては失格なのだろう。
けれど、は漫画で任務の危うさを知っていたし、何よりまだエクソシストになりたてだったから。



その辺、コムイも考えてくれてるだろうな



それを、ひたすらに願うしかなかった。
そのまま、ガチャリと扉を開き部屋の鍵を閉めると壁に寄りかかり待っていたラビを見つめた。


「支度は終わった」


「なら、早いとこコムイんとこ行くさ〜」


そう言い、ラビはトンッと一歩を踏み出した。
軽やかなステップで──を案内するために先頭を歩いた。










「……というわけだ 頼めるかい?」


司令室に着いて、手渡された資料に目を通した。
学校で現役で習っていたのが役に立ったのか、大まかな事は読めた。
もちろん、応用しなければ分からない処もあったりと大変ではあったが──その辺はラビがフォローをしてくれた。


「まぁ、は初めての任務だからオレがフォローするさ」


「そういう事なら……たぶん、なんとかなるだろ」


一人で、最初からすべてを一人で何とかしろなんて言われたら、それはきっと無理だと答えただろう。
けれど、すべてを見越したラビの言葉にはホッと胸をなで下ろした。

隣で、同じく自分たちの任務の内容を確認するとリナリーに視線を向け、は少しだけ心配になった。
あれだけ嫌がっていたのだ、大丈夫かと心配にもなる。


「アクマの破壊に、次が調査か……まぁ、なんとかなるだろうな」


最近、頻繁にとある村の付近にアクマが出没するようになったとの事。
それの破壊と──その後と合流しての調査の任務。
最初にしてはハードなスケジュールになるだろうが、ベテランでもあるラビも一緒なのだから安心は出来た。


「それじゃ、オレ達の方は距離あるみたいだから早速出るさ〜」









そう言って出発して、日はすぐに暮れた。
ボウッと、列車内の個室の明かりを見つめながら、ラビの言葉に耳を傾けていた。


「向こうに付くのは夜になりそうさ〜 今のうちに仮眠取っておいた方がいいさ?」


「ああ でも、私はいい」


眠れないから、とは言わなかった。
夜は怖い、怖かった。
だからいつも、夜は眠れず──日が暮れる前に、もしくは夜が明けてから睡眠を取っていた。
それでは多少の睡眠しか取れなかったけれど、長年の生活サイクルから身体はそれに慣れてしまっていた。


「でも、体力が持たないさ?」


「気付かいはありがたいけどな、私は夜は眠らない性質なんだ」


言って背もたれに深く寄りかかり、外を見つめる。
嫌な色だと、溜め息が出る。


「そうさ?がそう言うんなら、仕方ないけど……眠くなったら言えよ?
 それまでオレが仮眠取ってるから」


それは、眠くなったら今度はオレが起きてるからと言っているようなものだった。
その言葉には笑みを浮かべ「ありがとな」と言うだけで、結局現場に着くまでにが眠りにつくことはなかった。










「……ずいぶんと寂れてる村だな」


「みたいさね やっぱり、アクマの出没で被害が大きいんだろ」


ザッと足音を立てて、とラビは村の近くまでやってきた。
どこを見ても、明かりのついている民家はポツンポツンとしか存在しない。
暗い森に囲まれた──孤立してしまったかのような村だった。


「で、姿を現したらどうさ?」


「えっ?」


未だ、そういう者の気配には疎い
感じ取れないのは仕方ないのだが、ラビの言葉に目を丸くした。


はやっぱり気付いてなかったんだな ここに着いてから囲まれてたさ」


言われて、ビクリと身体が震え辺りを見渡した。
別段、変なところはないように見えた──が、ラビが言うには所々に嫌な気配を感じるそうだ。
殺気──とでもいうのだろうか。


「バレ、テタ バレテ、タ」


片言のような声と同時に、村人のような者たちが茂みから現れた。


「──っ」


ゾクリとした違和感。
見覚えのあるような、どこか違和感を感じざるをえない姿。
"人"なのに"人じゃない"ような──心をかき乱す存在。


、準備はいいさ?」


ラビのその言葉が、やはりこれはアクマなのだと思わせる。
もっと先の話だけれど、ラビがアレンのようにアクマを識別できないからすべてを疑っていると話していた。
ただそれだけなのかもしれないけれど。

普通の人間だと言われて納得出来るほど、違和感を感じないものでもなかった。


「ああ 私はいつでも大丈夫だ」


言うと、一つ息を吐き捨て──喉元に指先を添え瞳を細めた。
すべての感覚が研ぎ澄まされて、指先までイノセンスで沁み渡っていくような──


「イノセンス、発動」


そう言うのと同時に、の喉元に不思議な模様が浮かび上がった。
普通の声帯が、対アクマ武器『ヴォイジャー』に転換(コンバート)された証拠だ。


「殺ス 殺、サセテ……」


言って、次々にアクマの姿へと変貌を遂げる。
球体のような──身体にたくさんの銃口を持ったアクマに。


「来るっ」


ラビの言葉と同時に、たくさんのアクマの弾丸が打ち出された。
雨のように地面に降り注いでいく。


「効かないな!!!」


そう叫び、超音波のような声を発しすべてを防御した。
打ち出された弾丸は、その衝撃波に遮られ爆発していく。


「上手いさね!んじゃ、オレもじゃんじゃん行くぜ」


笑いながらそう言うと、持っていた槌をくるりと回した。
構えると、そのままラビはニッと笑みを浮かべ。


「満満満!」


言った分だけ、槌は巨大化していった。
そんな大きいものを軽々と回すラビは凄いと思う間も、それを回転させラビはアクマを破壊していた。


「私も……やらなくちゃな」


自分を守るだけじゃない。
攻撃を避けるだけじゃだめだと、は思っていた。
まして、自分は寄生型──無茶だってきくのだ。


「──!!」


一つ息を大きく吸い込むと、超音波のような声を発した。
音は四方に広がりたくさんのアクマを破壊していった。









「終わったみたいだな」


その場に座り込みは一つ大きく息を吐き捨てた。
ハードじゃないようで、凄くハードだった任務。
予想以上にアクマの数が多かったのも原因の一つだが、叫び続けで体力の消耗もあった。



こりゃ、教団に戻ったら体力づくりしないと駄目そうだな……



普段から、運動は好きだったため運動神経もよく体力もある方だった。
でもそれは"平和な世界"での基準値より上だっただけで、"この世界"での基準値よりは下だった。


「初任務にしては、上出来なんじゃね?」


「そうか?まぁ……そう言ってもらえるのは有り難いが、任務終えて戻ったら体力づくりは必須だな」


「まぁ、体力はあるみたいだけど、エクソシストとしてやってくんじゃ、もっとあった方がいいかもしんねーな」


「だろ?」


そう言って、顔を見合せて笑った。
がそのことを自覚していたことに、ラビは内心偉いと思った。
それなのに、なおかつ体力づくりをしなくちゃいけないと考えていることに内心驚いていた。
体力づくりなんて、普通好き好んでしたくないものだろうから。
それを率先して自らやらなきゃと言うという事は、本当に凄いことで。


「なんだか、ユウみたいさ〜」


「あー、あいつ稽古馬鹿だもんな」


ラビの笑い声にもつられるように笑いながら、コクコク頷いた。
が、いつまでもこうしていられるはずもなく。


「早くと合流しなきゃいけないな」


「そうさね、っと」


の言葉に同意しながら、ラビはゆっくりと腰を上げ──立ち上がろうとするに手を差し伸べた。


「は?」


「は?じゃないさ〜 見て分かるだろ?立ち上がるのに手を差し伸べてるんさ〜」


「ああ、それは見りゃわかるけどな……」


戸惑うをよそに、ラビは手を差し伸べたまま動かない。
これは手を握り返さないと、ぐちぐち愚痴でも零しそうで──溜め息を零した。


「ありがとな、ラビ」


言って、差し出されたラビの手を握りゆっくりと立ち上がった。











「いつぐらいにと合流できるんだろうな」


「そうさねぇ……まあ、出発したのが夜明け間近だったからな
 昼頃には合流できると思うさ〜」


列車に、ガタゴトと揺らされながらはだいぶうとうととし始めていた。
激しい戦い、そして取っていなかった睡眠。
すべてが終わり、明るくなってきた今──に睡魔が襲い始めていた。


「着いたら起こすさ だから、寝てろ」


「ああ 悪いな……そうさせて、もらう……」


言って、の意識はまどろみの中へとかき消えていった。










to be continued................






時間帯がどのへんなのか分からず、試行錯誤しながらこんな感じに仕上げました。
大丈夫かな……変になってないかな?(汗)
とりあえず、と違って主人公はアクマの破壊のみの任務だったって感じで(笑)






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