やっぱりみんな気付くよな
一体、あの後何があったって言うんだ……?









儚き月見草 第七話









「なあ、神田 、知らないか?」


「あ?あいつなら今日も任務だろ?」


「は?今日も!?」


ちょうど見かけた神田を捕まえて、は疑問をぶつけた。
あの後、ティキと何を話したのか──聞こうと思ったのだが、無駄に終わりそうだ。

あの任務の後、ほぼは任務に出っぱなしなのだ。
時折、コムイから任務に行きすぎだと休みをもらっては居たのだろう。
けれど、が知っている限りではほとんど教団での姿を見かけない。


「お前らと任務に行ってからだな」


「何が言いたいんだ?」


「何があった?」


神田の遠回しな問い掛けが嫌で、ストレートに問い返したらストレートな問いで帰ってきた。
その言葉に、自分でそうなるように仕向けておきながら言葉に詰まった。


「私は途中までしか知らない」


今の教団はノアを知らない。
だからこそ、言えるはずもなく──知ってるなんてバレたくもなかった。


「ただ、言えることは……が何かやる気になるキッカケがあったってだけだ」


には、それしか言えなかった。
詳しい事だって知らないのだ。
知ってるのはただ、ノアであるティキと会ったという事とその後二人で姿を少し消したということくらいだ。
ティキと何を話したのか、やる気になるキッカケが何だったのかなんて、当事者でないが知る術はない。


「任務に行きっぱなしとは……いったいどういう心境の変化だ?」


「そういう事は本人に言えって、神田 私に言われても困る」


の言葉に、神田も確かにそうだと思ったのか口ごもってしまった。
それでも、に対して浮かんだ疑問をどこにもぶつけることができずイライラが募る。


「コムイ達も気にしてるのか?」


「ああ 任務は与えはするが、動向を気にしてるみたいだ」


コムイ自身に聞いたわけではないため、第三者目線での感覚だからこそ何とも言えないのだけれど。
それでも気にしているようなきらいは見えた為、神田は静かに頷いた。


「ひと波乱起きなければいいんだけどな」


肩を落としながら大きく溜め息を吐いた
嫌な予感というのかなんなのか、胸を掠めるモヤモヤの存在には気付いていた。


「けど、珍しいな」


「あ?」


「神田が他人の事を気にするなんて珍しいと思ったんだよ」


の指摘に神田は『は?』という、わけのわからないものを見るような視線を送った。
そこまで仲間を気に掛けない冷酷非道な人間じゃないという事か、それともだたの無意識さんか。


「てめぇ、何が言いてぇ?」


「何がって、別に珍しいって言っただけだろ!?」


ギロリと睨む神田にムッとしたは、同じく喧嘩腰の口調で返してしまった。
そうなってしまえば、イライラが収縮するはずがないのは分かっているのに。


「それとも何か?私が『だから気にしてる』とでも言いたいとでも思ったのか?」


「バッ!誰もんな事言ってねぇだろ!?」


ハンッと挑発するように、は神田に言った。
短気な神田が相手なのだ。
その売り文句に買い文句が来る事だって百も承知だろうに。


「おー?もしや、神田はがお気に入りだったりするんだな?今までの態度も愛情の裏返しってやつか」


違う事は分かっていた。
口では信用できない、エクソシストの癖に任務に行かないなどと言っているが、実際にはそこまで思っていないことくらい知っていた。
口が悪いから言葉がきつくなるだけで、神田がをエクソシストとして認めている部分があることくらい知っていた。


なんであたしが戦わなきゃいけないの?


とにかく、あたしはエクソシストにはならない そしてここから逃げる


そんな事を、最初に言っていたことをみんなは知っている。
知っているからこそ、不安を不信感を拭う事が出来ず──

結果、疑うに至らずも信じ切れないという中途半端な状態になってしまっているのだ。

それを、ネタにして喧嘩を吹っかけてしまうのは──少し意地悪かもしれないが。


「お〜?お二人さん、喧嘩さぁ?」


掛かった第三者の声に、と神田の鋭い目つきが向きを変えた。


「おっとぉ!?怖いさ〜お二人さん」


苦笑のような笑みを浮かべ、両手を顔の横あたりに掲げた。
いわゆる、お手上げ状態のような感じだ。


「喧嘩でもしてたんか?」


「神田が悪い」


「はっ!?俺は悪くねぇ!」


「悪い!」


「悪くねぇ!」


ラビの問い掛けを合図に、また怒鳴り合いが始まる。


「まぁまぁ、落ち着くさぁ 俺は、コムイに言われてを呼びにきたんさ」


「コムイが?」


ラビの言葉に、イライラはどこかへ消え失せた。
代わりにを占めたのは、疑問と訝しげな視線だった。


「また任務か何かだろうな」


そうだと疑わなかった。
けれど、ラビは何とも言えない表情を浮かべていた。



任務じゃないのか?



その表情を見てしまったからこそ思ってしまった。


「行ってくる」


ヒラリと手を振り、は司令室へと歩みを向けた。
行けば分かる事だと思ったから。











「失礼します」


言って扉を開けて中へ入る。
そこには、まじめな表情を浮かべたコムイの姿があった。


くんだけだね?」


「人に聞かれると困る任務なのか?」


「人に聞かれると、というよりは……まだ疑惑の域を出ないから、あまりおおごとにしたくないんだよ」


「疑惑の域?おおごと?」


一体何の話なのかが分からなかった。
首をかしげ、言葉の続きを待つようにはコムイを見つめた。
早く話してほしいと、切実に視線で求めながら。


「僕は……そして一部の者は、くんの言動を疑問視しているんだ」


「──っ!?」


それは、友達を疑われているということだった。
それほど心を傷つけられることってないだろう。


「な、なんでだっ!?」


「あんなにも任務に出ることを嫌っていたくんが、今は意欲的に任務をこなしているね?
 いきなり、そういう風になれるものじゃない まして、今までのくんの言動を見ていれば特にね」


頭の中がぐるぐると回った。
目の前に居るコムイが渦を巻き回っているように見えるほどに。


「ラビの話によれば、くんは先日の君たちとの任務の際に見知った人物に会ったそうだね?」


「なんでそれを!?」


あの場にラビはいなかったはず、とは声をあげた。
上げてから、口を覆った。


「詳しい内容、相手が誰なのかまでは分からないけどね
 それでも、その人物に会ってからくんは様子がおかしくなった」


コムイの言葉には何も返せなかった。



そうだ……確かに、ティキに会ってから変わった



それはも感じていたから。
そして、ティキがの好きなキャラクターだったということも知っていたからこそ──



もしかして……でも……



そんな嫌な予感ばかりが脳裏を掠める。


「だから、くんにはくんの尾行をしてもらいたいんだ」


その言葉に、ごくんと生唾を飲み込んだ。



それはつまり……



「私に、を疑えというのか?」



友達を売れと?



じっとコムイを見つめた。
見つめ──もしも何もなく、ただ意欲的になっただけだったとしたらと思ってしまった。
そう、すべてはやコムイ達の思いすごしだったらと。
現実逃避だということは分かっていても、願ってしまう。


「逆にいえば、尾行してが無実だってことを証明する事もできるってことだよな?」


「まあ、そういう事になるね」


可能性は低いけれど、無きにしも非ず。
一か八かに掛けたって、いいような気がした。

だから。


「分かった やる」


は一つ頷くと、そう返事を返した。









コムイから聞いたの任務先へとやってきた。
人里から少し離れた森──そこにアクマが出没するためコムイがを任務に向かわせたらしいのだが。


「ずいぶんと静かなもんだな」


まるで、その情報が嘘のようにアクマも人もいない。
足音を忍ばせて、はあたりを警戒しながらを探した。
すぐに見つかるかどうか心配だったが、場所が場所だったためすぐに見つけることが出来た。
一人で佇むの姿。


「あ」


声をかけようと、ひと声漏らした瞬間。


「よ ずいぶんと待たせたな」


に声をかける人物を見つけた。
の横顔、そして近づく人物の横顔を見て──



ティキ!?
じゃあ……



驚愕した。

あの時会ったのもティキ。
の様子が変わったのも、原因はたぶん──ティキ。
そして、今の元へ訪れ『待たせた』と言ったのもティキ。



会う約束をしてたのか?



言葉からして、そうとしか取れなかった。
息を潜め、二人にバレないように物陰に隠れた。


「やっと会えたね 今日までが凄く長く感じたよ」


肩をすくめ、は二十センチ以上の身長差のあるティキを見上げ苦笑を浮かべた。


「ああ ずいぶんと待たせたな、


そんなに向って、原作の漫画ではあまり見ることのできない柔らかな笑みを浮かべティキはの頭を撫でた。
そして、その笑みはすぐに消え去り、代わりに真面目な表情が顔を出した。


「このまま、連れてくけどいいのか?」


「うん お願い……早くあたしを教団から引き離して?」


問い掛けるティキにギュッと抱き付く



……お前……



ああ、と内心は思った。
まだエクソシストになって日は浅い方の
だいぶ気配を消せるようにはなっていたけれど、注意力散漫になれば気配は微かに漏れ出す。


「……」


「ティキ?」


その微量のの気配に気づいたティキは、瞬間険しい表情を浮かべた。
その表情はにしか見えなかったけれど、だいぶ探れるようになった気配でも気付いた。



やばっ



「……誰だ?」


掛かった声に、消しかけた気配を消すのをやめる。
一つ大きく溜め息を吐くと、は物陰から姿を現した。


「……


、やっぱりお前……」


全てを言わなくても、は気付いたのであろう。
スッと居心地が悪そうに視線をそらした。


「どういうことなんだ、!?任務に出るようになったのは、こういう事だったのか!?」


は、声を荒げずにはいられなかった。
可能性としては考えていた事だったけれど、本当は信じたかった。

は教団を裏切るわけじゃない、と。


「ティキに会ってから様子が変わったから変だと思ってたんだ
 だけど、ただ好きな奴に会えたからはしゃいでただけだと思ってたのに……っ」


最初に危惧したとおり、はノアの方へと向かうつもりだったようだ。
予想していたのに、実際目の当たりにしてしまうとショックは大きい。


「やっぱり勘付いてたんだね、


「なっ」


「あたしが気付いてないと思ってた?」


口ごもってしまう
だからこそ気付くというとこがあったかもしれない。
彼女の過去が、そして自身のことなのだから。


「あたし言ってたでしょ?戦いたくないって エクソシストにはならないって」


そこで一度息を呑む
じっとを見つめ、ティキに視線を移し──またに視線を戻した。


「ここから逃げる──って」


真剣な表情を見せるを見て、の心臓が脈を打った。

どくん

どくん

どくん

どくん

警告音のように、は本気だと奥底から警告しているように。


「ティキ お願い」


「ああ」


、待っ──」


ティキの腕にギュッと抱き付き、呟くの言葉にティキは二つ返事をした。
歩き出す二人を追うようには一歩を踏み出し──目の前に現れたレベル1のアクマによって足を止められることとなった。


「待て、!!何でっ、どうして……」


声を上げても、は止まらない。
振り返りもしなかった。



どうして、敵同士にならなきゃならないんだっ



友達と敵になるなんて、相当辛い事だ。
それなのに自ら進んでは敵の元へと向かってしまった。


ぁぁああああっぁぁぁぁああぁぁっぁぁぁ!!!」


悲痛な叫びは、目の前に続々と現れるアクマの群れでかき消された。
先を歩んでいくの姿も──もう、霞んで見えない。










to be continued...................




前回の任務後+の異変に勘付いたコムイからの尾行命令(笑)
一応、verのの教団離脱編を書いてみました。
たぶん、友達思いなだからこその敵側への移行は辛かったんじゃないかな?
予感していたのに信じてて、でも信じてたのに予感が的中しちゃって……もう、心境はボロボロでしょうね(汗)






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