私は何度も夢を見た。
あなたが消える、あの夢を。
怖い
身体が震えて目が覚める毎日。
手を伸ばしても、あなたの手は掴めない。
助けてと誰かに助けを求めても、誰も救ってはくれない。
怖い
いつか、それが現実になってしまいそうで私は毎日が怖い。
消えるのはいつも簡単。
簡単に私の前から姿を消してしまう。
バシュッ……
砂となって。
跡形もなく。
綺麗さっぱり。
夢の中の畏怖
「いっ嫌ぁぁぁっ!!!」
大きな悲鳴を上げ、は飛び起きた。
涙で頬をぐっしょりと濡らし、荒い呼吸で肩を上下に揺らしながら。
「ハァッ……ハァッ……っ……」
布団を強く握り締めていた手は、ゆっくりと胸元の服を握り締める。
ドクドクと脈打つ鼓動は収まりそうにない。
部屋の中を視線が泳ぎ、現在の時刻を把握した。
「──午前、三時 こんな時間に……
みんなの迷惑になるから早く……寝なくちゃ……」
布団にもぐり眠りたい。
そう思うのに、はなかなか布団にもぐることが出来なかった。
どうしよう……またあの夢を見てしまったら
そんな不安が胸を埋め尽くす。
いつ、あの夢を見て飛び起きるかも知れない。
そんなことを繰り返して、仲間を起こしては元も子もない。
ならばいっそ、このまま起きていた方がいいのではないかとさえ思ってしまう。
寝なくちゃ……
そう思った瞬間だった。
コンコンコン、と静かに部屋のドアがノックされたのは。
視線を無意識にドアの方に向け、ゆっくりとベッドから足を下ろす。
「?起きているのか?」
聞こえた声は、同じ教団に居る神田のものだった。
大切で、愛しくて、何度も彼の死ぬ夢を見ては飛び起きて涙を流した──最愛の人。
「ユ、ウ?」
ペタリペタリと床を裸足で歩く。
そうしてドアへ近づけば、外に居るであろう神田へと問いかける。
「ああ」
「今、開けるね」
声を確認すると、は静かにドアノブに手をかけた。
けれど、すぐには開けられなかった。
開けることに、戸惑いを覚えてしまう。
これは、本当に現実?
夢……じゃないよね?
そんな風に、夢と現実の境目が曖昧になってしまっていた。
それは、目覚めたばかりだったから。
あんな悪夢を見た直後だったから。
開けた瞬間、目の前に居る神田が砂と化して崩れたらと考えると、ドアノブにかけた手を回すことが出来なかった。
「?」
「あ、ごめん そうだね……うん、今……開ける、から」
疑問の声に、慌てた。
何をしているのだろうかと、自分に叱咤する。
先ほど悪夢から目覚めたのだから、これが夢なはずがないと自分に言い聞かせる。
掴んだ手がカタカタと振るえ、けれど力を込めてドアノブを回した。
「ごめん……もしかして、起こしちゃった?」
部屋は間近。
もしかしたら神田に先ほどのの悲鳴が聞こえてしまったのかもしれない。
ガチャリとドアを開き、神田を招きいれながらは首を傾げた。
「ああ どうしたのかと思ってきてみただけだ」
素っ気無く答える中にも優しさが見える。
神田はそう答えながら部屋の中へと招き入れられ、は静かにドアを閉めた。
静寂が部屋を包み込む。
「……?」
突如、背中から神田を抱きしめた。
そんな行動に、神田は驚きながらも名前を呼んだ。
瞬間、ぎゅ……と抱きしめる腕に力が篭る。
「本物だよね?ユウ」
「は?俺が本物じゃねぇなら、何だってんだよ」
問いかける言葉に神田は笑った。
ユウと言っても怒らないのはだけ。
そして、返す言葉も神田らしいものだった。
「そうだよね……うん、分かってる」
「言っとくけどな、慰められねぇからな?俺は」
「知ってる」
抱きしめるに、ぶっきら棒に神田は言った。
苦しくて悲しくて辛くて不安で、けれど神田は何も言えない。
何を言っていいのか分からない。
「それでも、私は……神田がそばに居てくれるだけで安心できる
あなたが存在しているってだけで……不安は取り除かれる」
強く、よりいっそう強く神田を抱きしめた。
その背中に顔を埋め、熱い吐息が神田の背中にかかる。
「何も言ってくれなくていい 慰めてくれなくていい
いつもみたいに接してくれればそれでいい」
その背中に、冷たいぬくもりを感じた。
神田はそれがの涙だと、すぐに気付いた。
けれど、やはり最初に言ったとおり何も言う事が出来なかった。
「お願いだから……私の前から……消えたりしないで?」
エクソシストという仕事は、いつも死と隣り合わせ。
生と死は紙一重の位置にあると、誰かが言っていたがそのとおりだとは思った。
「何もいらない 何も求めない ただ……ユウが居れば……私はそれでいいの
それを壊すものを……私は許さない 私の平穏を……奪わないで」
それがたとえ仲間であっても。
にとって、神田はとてもかけがえのない存在だった。
その存在がなくなってしまうと考えただけで、恐怖は足を振るわせる。
「……馬鹿か、」
「?」
「俺はそう簡単には死なねぇよ」
背中に抱きついたままのに、神田は笑った。
姿は見えない。
顔も見えない。
けれど、が今どんな表情をしているのか、神田には手に取るように分かった。
「だから……安心しろ だから、お前も簡単に死ぬな いいな?」
そんな神田らしいいつもの言い方が、とても安心できる。
不安に埋め尽くされたの胸を、神田の一言がこんなにも埋め尽くしなおしてくれる。
不安を消して、不安を取り除いて、暖かい気持ちでいっぱいにしてくれる。
「うん 絶対に生きて……平和な世界を──」
その先に待っている幸せに向けて、厳しい今を生き抜いていく。
..............end
エクソシストはきっと死と隣り合わせで、そんな中に大切な人が居たら気が気じゃないでしょうね。
特に神田なんかは、自分の命は顧みず飛び込みそうで……ほら、生命力というか回復力というか……神田は凄いですから。
だから余計に、神田に思いを寄せていると恐怖が絶え間なく後をついてきそうな気がします。
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