どうして、こんな目に遭わなくちゃいけないの?



目の前で起こる出来事に、頭がついていかなかった。



こういう話、ドラマや漫画とか小説の中の話だと思ってたのにっ



まさか、自分の身に降りかかるとは思ってもいなかった。








雲の通ひ路 第十話








「やだ……来ないで……」


こういう時、本当に人は何も出来なくなる。
怖くて身体が動かなくなり、声も出てこなくなる。
まして、武器を持っているとなると余計にだ。



こ、こんな奴になんて……そんなの……そんな、の……



身体は強張り、伸びる手を払いのける事が出来ない。
あんなにリズヴァーンに剣術を習い、毎日のように体力作りや素振りなどをしてきたのに。

抵抗くらい、出来ると思っていた。
だからこそ余計に何も出来ない自分自身に、は悔しさを感じていた。


「そう嫌がんなよ」


伸びる手が、気持ち悪い。


「そうそう そのうち良くなるからさ」


笑う顔が、吐き気を誘う。


「純情ぶんなよ」


掴まれた腕から凍るような、寒さ。
恐怖で凍てつく身体。


「初めてじゃねぇんだろ?」


言って、男はの着物の本衿を掴んだ。
ぐっと男の腕に力が入り、前を開かれ中に来ていたシャツが露わになる。


「い、嫌ああぁぁっぁああぁぁぁっ!!!」


泣き叫ぶように叫んだ。
顔を左右に激しく振って、否定する。
経験なんてない。



初めてがこんな無理矢理なんて、まして好きでもない人とだなんてっ



それだけは嫌だった。
だから、本当に必死に声を荒げた。


「誰かっ!!誰か助けてぇぇえええぇっぇぇぇぇっ!!!」


その叫びに、イラついたのか男はの頬をビンタした。
赤く腫れ、涙目では男を睨む。

ここで屈しては、男達の人形にされてしまうと。


「うるせえ!少しは黙ってろ」


舌打ちをしながら、男は刀を抜いた。
に剣先を向け、威嚇する。


「黙っていて欲しいのは、君たちの方ですが?」


「「「何者だ!?」」」


建物の入り口に佇む三つの影。
呟く柔らかくも、厳しい声に男達は飛び起きるように立ち上がり振り返った。


「べ、弁慶さん!!望美に九郎さんも!!」


助かった、と声を上げた。
望美の手には、が落とした破魂刀が握られていた。


「いったい何をしていた、お前ら!」


、大丈夫!?」


睨みを利かせ、九郎は怒声を上げた。
そんな二人の後ろから、心配そうな望美の声が上がる。
そして、の肌蹴かけた姿を見て息を呑む。


「ギ、ギリギリ……」


呟くけれど、笑みを浮かべられるはずもなくて。
怖くて怖くて、表情が強張って動かない。


「貴様らっ」


「ま、待て!!!俺らはだな……その……」


「どんな言い訳をするつもりですか?
 彼女のあんな姿を見せておいて、どんな言い訳が出来るんですか?」


呟く弁慶の表情が、とても怖いものになっていた。
いつもが白ならば、いま目の前にいる弁慶は黒という色が合いそうなくらいに──冷たい視線をしていた。


「くっ……」


恐怖。
怯え。
様々な色を浮かべたの瞳と、無理矢理に肌蹴させたような着物。
言い逃れなど出来るはずもなく、男は唸るように喉を鳴らした。


「くそぉ!!来るな、この女がどうなってもいいのか!?」


最終手段に出たのは、男達のうち一番動揺していた男だった。
の髪を掴み引き寄せると、刃をの喉元に押し当てた。



う、嘘っ



今起きている出来事全てが、まるで夢のようだ。
現実なわけがないと思いたいくらいの出来事だった。


「随分と……堕ちたものですね」


人として最悪な行動だろう。
強姦だって人としては最低最悪な行動だけれど、人の命を盾にするなど言語道断だ。


「……っぅ」


近付こうとする弁慶に、男は本気だと言う様にの喉元に赤い線を一本入れた。
痛みと恐怖に、くぐもった声が漏れる。


「貴様、人の心がないのか!?」


「ハッ!!こういう行動に駆らせてるのはお前らだ!」


九郎の声に、男は笑った。
九郎達が来なければ楽しめたのにと、弁慶があんな事を言わなければこういう行動に出なかったのにと。


「人に罪を擦り付けないでっ!」


「てめぇは黙ってろ!」


「っ!」


首筋にもう一本、先ほどよりも深い赤い線が入った。
痛みに表情を歪め、黙り込んでしまう。



どうして、私は何も出来ないの?
この手を振りほどく事も、弁慶さん達に優位に進むように何とかする事も……

なんで私は……こんなにも無力なの?



悔しくて、下唇を噛んだ。
ただ捕まっている事しか出来ない。


っ」


悲鳴に近い声を上げる望美も、を人質に取られ何も行動に移すことが出来ずにいた。
そんな望美に、は目で訴えた。



お願い……気づいて……



その思いに気付いたのか、望美はをジッと見つめた。
それは、きっと長年幼馴染をやってきていたからだろう。



私の所為で、みんなの足を引っ張りたくないっ
だからって捕まりたくもないっ



意を決するように一度下唇を噛むと、決意を秘めた強い瞳で望美を真っ直ぐ見つめゆっくりと口を動かした。



私の、足を、剣で、斬って



伝わったかも分からない、音のない言葉。
けれど、望美は少しの間を開けた後、小さく頷き真剣な面持ちでを見つめた。


「いったい……何をしたいの!?あなたは」


望美が、そんな声を上げた。


「今は、とりあえずそこを退け 俺らの姿が見えなくなるまで、そこから動くな いいな?」


その言葉に望美は頷いた。


「望美さん!?」


「望美、何を!」


「いいから!の命が掛かってるんですよ!」


男の言い分を飲み込む望美に、弁慶も九郎も驚きを隠せなかった。
けれど、そう言われてしまえば望美同様に飲み込むしか出来なくて。


「くそっ」


九郎は悔しさを吐き出した。


「けけっ そうだ……それでいい」


「おい、こい!」


嬉しそうにニヤリと微笑み、を人質にしたまま男は歩き出した。
剣を手に持っていた望美は、破魂刀を地面に置かされ三人で地面に寝転ばされていた。


「……っ」


息を呑み歩き出すは、望美をジッと見つめていた。
ゆっくりと望美の前を通り過ぎた男は、九郎と弁慶しか警戒していなかった。
女の望美に何も出来ないと思い込んでいたからだろう。

だからこそ望美は、男達が通り過ぎた瞬間に腰に差していた自分の剣での足を斬る事が出来た。


「く、くそ!!女を置いて逃げろ!足手まといだ!!」


「お、おう!」


その行動は、の予想したとおりだった。
足をやられた者は逃げるものにとって、足枷となるばかりだったから。


「……行きましたね」


「ああ」


!!大丈夫!?」


慌てて望美がに駆け寄ると、その場に座り込んでしまっているの肩を掴んだ。


「望美……うん、大丈夫……なんとか、ね」


苦笑を浮かべ頷いた。


「いったい、君は何を考えているんですか?男三人に一人で立ち向かうなんて……」


助けを求めれば、きっと誰かが助けてくれただろうと弁慶はに厳しい言葉を浴びせた。
真剣な面持ちでを見つめ、目の前にゆっくりとしゃがみ込む。


「誰かを……呼んでくる暇なんてなかったんです」


下唇を噛み、申し訳なさそうに言った。


「ですが、その所為でさんが危険な目にあったんですよ?」


「……それ、は……」


弁慶の言葉にの声が揺れた。
俯き始め、じわりと視界が歪み始める。


「それよりも……無事でよかったです 足は、大丈夫ですか?」


弁慶の言葉に驚き視線を上げると、いつもの笑顔を浮かべる弁慶。
望美に斬られた足をさすりながら、心配の言葉をかけてきた。


「しかし、無茶があるぞ望美」


「あ、九郎さん……望美を責めないで下さい 私がお願いしたんです、私の足を斬ってって」


「な!」


「それは本当ですか?」


望美に何かを言おうとしている九郎に、は首を振って真実を伝えた。
言われるならば、望美ではなく自分だと。


「はい こうでもしないと……たぶん、誰も動けなかっただろうし、一緒に連れて逃げられてたと思うから」


弁慶の問い掛けには肯定するように頷いた。
にはそれくらいの方法しか思い浮かばなかった。


「全く君は……もう少し、自分を大切にしてください?」


しかたないな、とでも言うように苦笑を浮かべる弁慶に、小さな胸の高鳴りを覚える


「はい ごめんなさい」


けれど、すぐに俯きながらそう呟き──堪えていたものが零れ落ちた。


「あ、あれ……」


両手の甲で涙を拭いながら、震える声を上げた。


「あんな事があったんです、泣きたいだけ泣いていいんですよ」


優しく言ってくれる弁慶が、凄く美化されて見えた。
次第に視界が歪み、弁慶の顔が霞んでいく。


「ふえっ」


泣き顔を見られたくなくて、そのまま弁慶の胸に頭を押し付けるように俯き涙を零した。










凄く情けなかった。
凄く悔しかった。
何も出来なかったことが。
望美に切り付けられ、それを我慢することしか出来なかったことが。
望美に、嫌な役回りをさせてしまった事が。

もっと強ければ。

もっともっと強ければ。

そんな思いばかりが心の中を巡り巡って、ゴールのない螺旋を駆け上がっていく。



強くなりたい……
誰の足も引っ張らない、足手まといにもならない……強さが欲しいっ
自分の身を守れる、誰かを守れる力が……










to be continued..................




弁慶株上昇中w
黒い弁慶と白い弁慶を出したかっただけだったり(笑)
あと、主人公が強くなる決意を決めるキッカケも欲しかったので。






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