あれから凄く、がむしゃらに頑張った。
どんなに手に豆が出来ようと、どんなに豆が潰れて血が滲んでも──立ち止まらなかった。

知っていたから、進むしか方法はないと。









雲の通ひ路 第十一話









「打ち込みがまだ甘い!甘えを捨てなさい」


「はい!」


言われて、は必死にリズヴァーンの剣に打ち込んだ。
幾度も甲高い音が鳴り響き、呼吸も上がっていく。
それでも、は確かに実力が上がっていた。

リズヴァーンと九郎に近距離での、ヒノエに至近距離での。
弁慶に長物との、譲と景時に遠距離での、敦盛に中距離での剣術の稽古をつけてもらった。

すべてはのものとなり、着実に実力を積み重ねていた。


「……うむ これならば、戦に出ても大丈夫だろう」


「本当ですかっ!?」


リズヴァーンの言葉に、は声を上げた。


「……本当に、出るつもりか?」


「え?」


まさか、そんな風に念を押すように問われるとは思ってもいなかったから。
は瞳を瞬き、リズヴァーンを見つめた。
いったい何が言いたいのか、何を考えているのか──それを見極めるために。


「戦は、お前の思っている以上に苛酷だ 怨霊だけでなく、人をも斬ることとなる」


その言葉に、ゾクリと背筋を駆け上がる悪寒を感じた。
未だ、は人を斬る経験をしていない。
平和な世界に居たのだから、斬る機会を持っていなくても当然なのだが──ここへ初めて来たときも、人ではなく怨霊だったから。
人を斬る、なんてにはただの想像の世界だ。


「それは……分かってます」


「分かっていない 神子も、多くのものを乗り越えてきた」


「私には出来ないって言うんですかっ!?」


リズヴァーンの言葉に、は声を上げた。
は知らない、望美が何度も時空を超えてきていることに。
それを知っているのは、望美本人と同じく時空を超えているリズヴァーンだけ。


「そうは言っていない ただ、生半可な覚悟では──己を貶めることとなる」


「私は──」


「お前の、戦う理由はなんだ」


「──っ」


リズヴァーンの問い掛けに、は答えられなかった。
凄く曖昧なものだと、自分でも自覚していたから。
求められたからとか、望美の為だとか──けれど、強くなりたいと願ったのも力になりたいと思ったのも事実。


「私は……望美の力になりたいんです
 確かに、理由は今は──凄く曖昧ですけど、それでも力になりたいと思ったのは嘘じゃありません
 強くなりたいって願ったのだって……本当の事です」


嘘偽りなく、ここは伝えることが一番いいことだと思った。
だからこそ、はゴクリとひとつ息を呑み答えた。

認めて、伝えて、考えて──願う。


「それじゃ、いけないんですか?それじゃ、戦場には立てないんですか?
 望美の──力にはなれないんですか?」


力になる方法は他にでもあるはずなのに、はともに戦場に立つ事を望んでいた。


「望美の──神子の龍神である白龍が言ってたじゃないですか
 私の力がないと、望美だけじゃ運命は乗り越えられないって」


「それは……」


そこは、リズヴァーンにとっても痛手な場所だったようだ。
指摘されて口ごもり、とリズヴァーンはじっと見つめあった。


「つまり、私が力を貸さなかったら望美はずっと悲しむことになるんじゃないの?
 そんなの……私は嫌だから……だから、力になりたいんです」


それが理由じゃ足りないのだろうかと、は胸の近くをギュッと掴んだ。
着物にシワが広がり、風が流れる。
長い髪がさらりと揺れて、の表情を隠した。


「お前は、その運命を選ぶのか……」


「──え?」


「出ることを望むのならば、決して立ち止まるな
 戦場では、剣を振るう事をやめれば死に繋がる よいな」


「あ、はい」


初め、リズヴァーンの言っていることがは理解できなかった。
まるで、先を知っているかのような物言いには眉を潜めるだけ潜めながらも、リズヴァーンの言葉に頷いた。











さん、少しいいですか?」


「あ、弁慶さん どうぞ?入って下さい」


が部屋で休んでいると、訪れてきたのは弁慶だった。
の言葉を合図に、弁慶は襖を開けて中へと入ってきた。


「戦、出ることにしたんですね」


「はい 望美に力を貸すって話でしたし……私も、望美に力を貸したいとも思いましたから」


流れ的にそう持ってこられたというのもあるけれど、無理強いをされているわけじゃなかった。
必ず、そこにはの意思があった。
最初から、源氏の軍に加わる事は決まっていた──決まって、居たのだが。


「僕は、出来れば……参加はして欲しくはありませんでしたね」


「え?」


「君は、戦なんていう血なまぐさい世界とは無縁のところで暮らしていたんでしょう?
 そんな君に……人を殺すなんて事、させたくはなかったんですよ」


苦笑のような、微笑のような、何とも言えない曖昧な表情を浮かべた。


「じゃあ、どうして望美は引き入れたんですか?」


「それは、白龍の神子としての力が必要だったからで──」


「なら、それは私だって同じです 私の力が望美には必要だから、私は戦に参加する、源氏に加担する」


その方程式は、至極簡単な事だった。
物を、人を、すべてを置き換えるだけで成り立つ式。
そこまで言われてしまえば、さすがの弁慶も何も言えなかったようだ。


「なぜ、君はそこまで……自ら手を汚そうとするんですか」


「言ったでしょう?」


「望美さんのため、と言うのでしょう?」


の言おうとしている事は理解していた。
けれど、なぜそれだけの理由で。


「リズさんにも言われました でも、理由は確かに曖昧でも理由は理由です」


「……分かりました どうあっても、意見を変える気はないのですね」


「勿論です」


こうと決めたら、それを押し通そうとしてしまう
本当はだって分かっていたのだ、リズヴァーンも弁慶も、誰もがの事を心配しているから言っているのだと。
戦とは無縁の、しかも望美のように白龍の加護があるわけでもない──ただの一般人のが参戦するのだから。
何があるかも分からない。

そして、人を殺すという咎を背負っていけるのかと。


「あまり、気を張り詰めては駄目ですよ?それから、一人で溜めこまないように
 僕らを、頼ってかまいませんから」


それは、少しでもの負担を軽くさせようと試みる弁慶の優しい一言だった。
それが分かるから、だからは微笑んで頷いた。
実際はどうなるかは分からない。
人間ピンチに陥ったり、限界まで上り詰めてしまうと、身動きが取れなくなることもあるというから。


「ありがとう、弁慶さん」


には、その優しさが嬉しかった。
ピンチの時に浮かんだ顔──不思議なくらいそばに居ると安心できる存在。


「いいえ お礼を言われることじゃありませんよ」


そう言って弁慶は笑った。
にっこりと、その柔らかい色を放つ瞳を細めを見つめた。

参戦して欲しくないと思いながらも、それを完全に止めることの出来なかった弁慶。
戦の事なんて何も知らない望美やを、戦を終わらせるために引き入れてしまった自分自身が、酷に思えた。










真っ直ぐな彼女を見ていると思うんです
いつか、彼女を源氏に引き入れてしまったことを──後悔する日が来るんじゃないかと









to be continued..................






もうすぐゲーム沿いに戻りますw
何だかんだ止めるような事を言いながらも、最終的には参戦を認めてしまった弁慶さん。
しかも、戦を終わらせるために──という所が結構ポイントだったり(笑)
たぶん、なんだかんだ言いながらも最初の頃の弁慶さんって「駒」として見てる嫌いがある気がするw






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