最近、京の空気がぴりぴりとし始めてきていた。
それに気付いたは、そのことを望美に話すと──戦が始まる前はそんな感じだと言っていた。



戦……



拳を一つ強く握りしめ、は神泉苑へと歩みを向けた。
目的は勝利祈願。
源平の争いがあった時代、静御前が龍神に雨乞いの舞を舞い、聞き届けられたと言い伝えられた場所。
神社などで祈願するのもいいが、そういうゆかりの場所なら──もしかしたらと思ったのだ。











雲の通ひ路 第十二話











「……?」


屋敷を抜け出し、一人京の町へと繰り出すを見かけたヒノエが小さな声を漏らした。
戦がもうじき始まるかもしれないこの時期に、一人で出掛けるのは危険だった。
ましてや、は女人で──強くなったとは言え、望美ほど強くはない。


「一体どこへ行くつもりなんだ……?」


首をかしげ、それから即座に後を追う事を思いついた。
弁慶に──とも思ったが、何だか面白くもなくて。








「……やっぱり、桜、綺麗だなぁ」


ぽつりと呟き、神泉苑に咲き誇る桜を見上げた。



こんなことなら、弁慶さんでも誘えば良かったかな……



ふいに、そんな事を思った。
なぜそこで弁慶だったのか、はよく分からなかったけれど。


「一人で花見かい?」


「え?ヒノエくん?」


掛かった声に目を丸くして、は振り返った。
背後に佇むヒノエは不敵な笑みを浮かべ、近くの樹に寄りかかっていた。


「なんだ、ヒノエくんも花見にきたの?」


「いや オレはお前を見かけたから追ってきただけだよ」


くすっと微笑み、一歩を踏み出すヒノエ。
草を踏みしめる音が響き、風に赤い髪が揺れ、桜の花びらが舞うように散った。


「そっか って、そんなに心配することかな?」


見かけたから──つまり、心配になって追ってきたのかとは思った。
確かに、他の八葉や望美と比べれば戦いになんて慣れていない。
実力はつけてきたが、実践はからっきしなのだ。


「まぁ、もうすぐ戦も始まろうとしている事だしね
 でも、何よりもお前が一人でどこかへ出かけるみたいだったから興味が湧いたって言った方があっているかもしれないね」


「興味が?」


「そう」


興味を持たれる理由が分からなかった。
むしろ、白龍の神子である望美の方に興味を持つんじゃないかと思えるほどで。


「望美じゃなくて?」


「望美は望美で興味はあるさ あの白龍の神子だからね」


の言葉にヒノエは嘘偽りをすることなく、頷いた。
にも、そしてもちろん望美にも興味はあるとハッキリと答えた。


「だけど、望美は神子としての興味だろうね 望美が一人出歩こうと、ここまで興味は持たないからね」


「……は?」


言っている意味が分からなくて、眉をひそめて首をかしげた。



望美は神子として??
じゃあ、同じ興味でも……私は?



ヒノエしか答えを持っているはずのないのに、そんな問いを自身にしてしまう。


「お前は、不思議な姫君だよ」


ヒノエは神子じゃないのに戦に繰り出そうとするに、興味を持たずにはいられなかった。
望美だって十分魅力的なのに、興味を示したのは神子でもなんでもないただの女のだった。
それが凄く不思議だった。


「私に興味を持つヒノエくんも不思議だよ」


けれど、にとってはヒノエだって不思議だった。
不思議だったけれど、とても大切な仲間で友達だった。
そんな人に興味を持たれるのは嫌なはずもなく。


「でも、嬉しいかな」


「え?」


突如呟くに、ヒノエは首をかしげた。


「友達に好かれて嫌がる人はいないって」


「ああ、そういうことね」


くすくすと笑うに、苦笑を浮かべるヒノエ。
何故、そう肩を落とすのかヒノエは不思議だった。


「私も、ヒノエくんは好きだよ〜?望美も、朔だって、他のみんなだって」


その好きは"ラブ"ではなく、ただの"ライク"にしか過ぎない。


「っと、こうやって話すのもいいけど……ここに来た目的を果たさないと」


ふいに思いだしたようにはあっと声をあげた。
すっかり楽しい会話に夢中になっていたけれど、花見ではなく他にには目的があったのだ。


「目的?いったいなんだい?」


「うん、勝利祈願」


首をかしげるヒノエに、はにっ笑みを浮かべた。
目の前にいるヒノエはなぜ神社ではなく神泉苑で?と不思議そうな表情を浮かべていた。


「私の世界ではね、この神泉苑で静御前って人が龍神に雨乞いの舞を舞ったんだ
 そしたら、その願いを聞き届けてくれた龍神が雨を降らせてくれて……だから、勝利祈願をここでしようかなって思ったんだ
 まぁ、私は静御前みたいに舞なんて舞えないけどね」


肩をすくめ苦笑を浮かべながらも、はゆっくりと水面近くへと歩みを向けた。


「静御前?望美じゃなくてか?」


それが不思議だった。
ヒノエには、今の話はまだがこの世界へ訪れる前に神泉苑であった出来事そのものに聞こえたから。
望美が神泉苑で雨乞いの舞を舞い、そして雨が降った……同じだったから。


「え?なんで望美なの?」


しかし、が知ってる歴史は静御前が舞ったというもの。
だからこそ、素っ頓狂な声を上げる反応はにとっては正しい反応だった。


「望美が、この神泉苑でこの前雨乞いの舞を舞ったんだよ」



ここの世界だと静御前じゃないの、かな?



そう思うしか出来なかった。
そう思わなければ、ヒノエの言った言葉の辻褄が合わなかったのだ。
同じなようで違う歴史。


「……そっか ということは、未来の九郎さんのお嫁さんは望美かな?」


ふっと楽しげに笑い、呟いた。
もしそうなるとしたら、知る歴史の通りにならなければいいなとは思った。



あんな悲しい思い……



はして欲しくないと強く思った。


「さてと、ちゃちゃっと勝利祈願でもしちゃおうかな」


一つ息を吸い、ぱんぱんと手を合わせると神泉苑に向って拝んだ。
桜の花が風で舞い上がり、とヒノエの髪を揺らした。



お願い、歴史の通りに……源氏が勝って、皆がみんな幸せになりますように……
早く、みんなが無事に終結しますように



強く強く、祈った、願った。
勝って、幸せになって、無事に早く戦が終わるようにと。
龍神である白龍は仲間に居る。
けれど、あの白龍は今は力を失い掛け子供の姿をしていた。
だからこそ、ここで何かに祈らずには居られなかった。



その為には、私も一緒に戦うから



願うだけじゃなく、きちんと努力もすると。
きっと、神頼みだけでなんとかなるものじゃないから。
戦なんて、人と人とのぶつかり合いだから。


「……よしっ」


「終わったかい?」


「うん」


目をパッと開いたに、ヒノエは微笑みながら声を掛けた。
くるりと髪をなびかせながら振り返り、は大きく頷いた。


「聞き届けられるかは分からないけどね」


それでも、何もしないよりかは心が楽だった。
何もせずにはいられないというか、何かをしたいという心境だったのだ。


「それじゃ、このあとはオレと花見でもしようか」


「あ、いいね!花見したいな〜とは思ってたんだ」


にっこりと楽しそうにほほ笑みを浮かべ、ヒノエの言葉には頷いた。
いい場所に連れていってやると言い歩き出すヒノエを追いかけた。

ザワリ……


願うか、娘


終結を、平和を……


そのために、主は何を差し出す


何を求める?


風が吹いた。
舞い散る桜の花びらを天空に持ち帰るように、地上から一気に天空に強い風が吹きあがった。


「──っ?」


乱れる髪を抑えながら、ふいには振り返った。
声が聞こえたと思ったからだ。
男女の、たんたんとした声が。


?」


「あ、うん なんでもない!」


進む先で待つヒノエの声に、跳ねるように視線を戻した。
すぐに笑顔を浮かべると何事もなかったかのようにヒノエの元へと急いだ。

後ろ髪を全然引かれないわけじゃないが、それでもその言葉の意味が分からなかった。
ヒノエにも聞こえていなかったようだからこそ、あまり関わり合わない方がいいんじゃないかとさえ思えた。



きっと、空耳だよね



そんな風に言い聞かせた。










「今日はありがとね、ヒノエくん 凄く楽しかったよ」


楽しそうに嬉しそうに微笑みながら、は京邸への帰り路を歩きながら呟いた。
あの後、ヒノエ自慢の綺麗な桜並木へと連れていってもらい、桜を満喫したのだ。
これと言って何かがあったわけじゃなく、ただ一緒に並んで桜を眺めただけだった。
それでも十分に楽しくて、心が現れるようだった。


「いいや、オレも楽しかったからね 役得……かな」


「また行けたらいいね、花見!夏に海に行ったり、川涼みしたり、秋には秋の味覚も食べたいかなぁ〜
 冬はちょっと厳しいけど、雪遊びとか……」


考え出すと止まらなかった。


「そうだね することは四季を通してたくさんある
 君とこそ春来ることも待たれしか」


「君とこそ春来ることも待たれしか??」


ヒノエの言葉に首をかしげた。
それは和歌と言っていい文章で、けれど意味が分からない。


「お前と一緒だからこそ、春の訪れも待てるって事だよ」


「私も、ヒノエくんとまた見れるなら次の春も待てるかな〜
 結構、ヒノエくんと一緒なのって面白いから」


飽きさせないと言えばいいのか、口が上手いのか、その場の空気を楽しくしてくれる。
だからこそ、また一緒に見てもいいと思えた。


「じゃ、約束だね、姫君」


「約束するけど、その姫君っていうのはやめようよ」


苦笑しながら、内心少しだけ恥ずかしく思った。
姫なんて呼ばれるような人間じゃないと。


「そうかい?それは残念だね」


肩をすくめて歩いていると、徐々に見えてくる京邸。


「楽しい話はここまでのようだね」


言うと同時に、現れたのは望美と弁慶だった。


「あ、帰ってきた!!もう、どこ行ってたの!?


「望美さんから、気付いたら君が居ないと聞いて……心配しましたよ?」


二人の発言から、すっかり何も言わずに抜け出てきたことを思い出した。
あちゃーっと言ったような表情を浮かべると。


「ご、ごめんなさい すっかり誰かに言ってきた気でいた……
 というか、ヒノエくんがあとから来たから他の人にも伝えてくれてるものかと」


「ヒノエ」


「悪かったよ」


呟く弁慶の言葉に、肩をすくめお手上げとでも言いたげな口調でヒノエは呟いた。


「まぁ、何事もなかったですしいいじゃないですか!」


「そうですね」


望美のその場をなだめるような言葉に弁慶は苦笑を浮かべつつも、その言葉に納得するように頷いた。









to be continued....................





ヒノエフラグも立ってるーみたいな話をしつつも、ヒノエ→っぽいのがないと思いちょっと間章って感じで執筆。
好きという感情にはまだ至ってないけど、望美とは明らかに違う好意をに感じている事を自覚するような話です。
最後の和歌は、赤染衛門の「君とこそ春来ることも待たれしか梅も桜もたれとかは見む」という和歌の一部を引用しました。
そして、徐々に第三章への核心部分へと……






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