どうして使えないの!?
みんなを助けたいのに……あの人を、救いたいのに……

どうして、私に力を貸してくれないの!?



二刀の剣を地面に突き刺し、悔しげに奥歯を噛みしめながらは心の内で悲鳴をあげた。
救いたい人、助けたい人──助けられるのは、今は自分だけなのに何もできない悔しさにの柄を握る手に力が籠る。


「──さん!!!」


悲痛な叫びが木霊した。
それは、確実に訪れるであろう未来の姿。













雲の通ひ路 第十三話













「京には日々、怨霊が現れているようだな」


「平家は本気で京を狙っています このままで済むとは思えませんね」


真面目な表情で、これからの事を相談する九郎と弁慶。
今までに見たことのないような──名代である九郎と軍師である弁慶の姿だった。


「ねぇ、まずいよ、みんな 三草山に平家の軍が集まってるらしいよ
 京を目指しての準備だって噂も出てきてるみたいだしさ」



本格的に始まったんだ……



景時の言葉を耳にして、そう思った。
隣に座る望美をちらりと盗み見れば、凄く緊迫した表情を浮かべていた。
それがただの噂ではなく、事実だと物語っているかのようではゾクリと背筋に何とも言い難いものを感じた。


「やはり、そうですか……」


「弁慶さんは、気付いていたんですか?」


「気付いていた──というより、そういう情報が入ってきていたと言った方が正しいかもしれませんね」


の問い掛けに弁慶は苦笑を浮かべながら、やんわりと首を左右に振っていた。


「ですが、京を戦場にするわけにはいきません
 今のうちに、こちらも攻めに回るべきでしょうね」


「なんとしても、三草山で平家を食い止めるんですね?」


弁慶の言葉を待たずして、望美がそう問い掛けた。
まるで、先の先までも見透かしているような。










ずっと夜空を見上げ、考え事をしていた
現代では見れないくらい、広い大空に瞬く星々が月が、とても綺麗だった。



……あの声は、何だったんだろ……



気になったのは、神泉苑で聞こえた不思議な声だった。
一緒に居たはずのヒノエにも聞こえていなかった──不可思議な声。
怨霊でもない、まるでいつもそばにあるような声だった。



こんなこと、気にしてる場合じゃないんだろうな
源氏の兵が怯えるほど強敵な還内府が居るんだ……
違う事に気を取られていられないのに



早く戦に向けての頭に切り換えようと思った。
そうすると、脳裏を駆けるのだ。


主は何を差し出す?



何を??



何を求める?



求める??



男女の、あの声が鮮明に。


?どうかしたの?」


「ずっと、物思いにふけっていたけれど……」


不意に掛けられた声に、は顔をあげた。
そこには、二人並んで姿を現した望美と朔の姿があった。
二人の姿に、声に、思考は一時中断されてホッと安堵の息を吐いた。


「ううん、何でもないよ それより、どうかした?」


軽く首を左右に振ってどうもしないことを伝えると、今度はが問う番だった。


「うん さっき私も朔から聞いたんだけど、景時さんが到着したみたいなんだ」


「あ、もしかして収集?」


「ええ だから、一緒に来てもらえるかしら?」


朔の一言にはコクンとひとつ頷くと、立ち上がり朔と望美の後を追った。


「みんな、お待たせ〜」


「景時、京の防衛部隊の配置、どうなった?」


ひらひらと気楽な様子で姿を現した景時に、苦労は真面目な表情と声色で問い掛けた。
その様子に景時もスッと真面目な表情へと移ろった。


「あ、大丈夫 街道を中心に防備を固めてあるよ ……法住寺殿も、きっちりね」


「それで遅かったんですね」


「あ、ごめんね、待たせちゃったみたいで 結構時間かかっちゃったかな」


の言葉に苦笑を浮かべた。
防衛というだけあって、さすがにきちっとしないといけないのだろう。
一番の守るべき場所なのだろうから。


「いや、助かった これで背後を気にせず戦が出来る」


安心したように、そして景時を信頼するが故に浮かべる笑み。
真面目な表情とはギャップのある笑みを浮かべ、九郎は首を左右に振った。


「みなさん、遅くなってすみません」


聞こえた足音と同時に掛けられたのは、先ほどまで休んでいた譲の声だった。


「譲くん、大丈夫なの?」


「もう平気ですよ、十分休めました
 ……心配掛けてすみません」


心配する望美に、申し訳なさそうにこうべを垂れながら譲は言った。



昔から譲ってこうだったな……
変わってないなぁ、二人とも



は内心微笑んでいた。
戦に巻き込まれても、譲らしさ、望美らしさは失われていない事に安堵する。
離れていたのは、ほんの少しだったとしても──いろいろあったようだったから。
そうでなければ、望美があんなにも剣の腕がたつようになるはずがない。


「よし、これで全員そろったな」


呟くと、一つ咳ばらいをした九郎。
それが合図と言わんばかりに、回りの空気がいっきに堅いものへと変わった。


「平家の三草山の守りは還内府だ 宇治川のように容易くはいかないだろうが……
 この夜のうちに攻めるとは、還内府も勘付いていないはずだ」


「今すぐ攻めていくんですか?」


九郎の言葉に望美は首をかしげた。


「ああ、そうだ」


「……危なくないんですか?いきなり攻めて」


望美の問いに迷いなく頷く九郎に、は首をかしげた。



戦なんて命を張るものなんだから、もう少し慎重になってもいいんじゃないかな?
死傷者なんて、少ないに越したことないんだから……



なるべくなら、少ない犠牲で済ませたかった。


「私も、の意見に賛成です 平家の人たちの方が、三草山には詳しいでしょう?
 私たちはまだここに来たばかりだし……」


「へぇ、考えてるじゃん 軍師殿って感じだな」


「からかわないでよ、もう……」


ヒノエの言葉に顔を染め上げた望美。
唇を尖らせて、視線をヒノエから逸らしていた。


「そうだな……いや、しかし夜が明ければ平家は俺たちが三草山に来たのを知るだろう
 それからでは、地の利が向こうにあるぶん、なおさら厄介だ」


一時は望美の意見に耳を傾けた九郎。
しかし、すぐに思い直し「やはり……」と当初通りの奇襲を押した。


「望美さん、さん 三草山の地形は、事前に十分調べました
 それに、ここは平家の本拠地、福原のそばに位置しています」


「……あまり時間を取っていられない、って事ですよね?」


「ええ」


弁慶の言葉を耳にし、何となく続く言葉が予想出来た。
問い掛けるというよりかは確信を含んだ口調に、弁慶は満足そうに微笑んで頷いた。


「本当に行ってもいいのかな……」


「心配なの?」


なおも奇襲に何かを感じる望美に、は首を傾げた。
何故そこまで心配するのかが分からなかった。
確かに慎重になるのは必要なことかもしれないけれど、慎重になり過ぎてすべてが水の泡になっては無意味過ぎる。


「まずは、平家の陣を調べてみませんか?
 平家の陣は、実は偽物なんです」


「……は?」


調べるのはいいと思った。
多少の時間は掛かるけれど、上手くいけば低いリスクで事を成し遂げられる。
失敗しても、そのまま奇襲を仕掛けることだって出来るのだ。

けれど、が驚きの声をあげたのはそこではなかった。
その後の望美の発言──偽物、というところだった。


「本当か?」


「はい、あの陣は還内府の罠なんです
 このまま攻め込んだら、後ろから攻められてしまいます」


「だが、なぜそれが分かる?俺たちはそんな情報は知らんぞ」


望美の発言に、訝しげな視線を向け問い掛ける九郎の反応は正しいものだった。
誰も知りえない──まして、名代である九郎や軍師である弁慶、戦奉行である景時の耳に入っていない情報だ。
まずは疑うのが道理だろう。



望美……いったい何を知ってるんだろ……



幼馴染であるでさえも、望美のその発言には怪訝な視線を向けてしまう。
源氏の軍で白龍の神子として力を振るっていたとしても、軍に所属しているわけじゃないのだから、どうやってそんな情報を手に入れたのだろうと。


「え?えっと……それは……」


九郎のそんな切り返しの問いに、今度は困り果てた望美。
そういう返しが来ると予想していなかったのか、それとも何と説明すればいいのか分からないのか。


「白龍の神子だからこそ、分かることもある そうだな、神子」


「え、あ、はい 私には分かるんです」



なんだ、そりゃ……



リズヴァーンと望美の言葉に、あんぐりとしてしまった。
そんなんで通るのか、と。
けれど、のそんな思いは無意味だったと次の九郎の発言で思い知らされた。


「そういうものなんですか……」


疑う、というよりかは驚く、という反応が正しい九郎。
そうも簡単に信じるのかと苦笑を覚えるが、確かに白龍の神子だからこそ他のみんなが知りえないことを知っているようなきらいは見てとれていた。


「……わかった お前がそこまで言うのなら、信じよう
 だが、全軍を置いていくわけにもいくまい 俺は……離れるわけにはいかないな」



まぁ、それはそうだよね
名代である九郎さんは、この軍を預かる立場だろうし



当然だろうなと、は思った。


「それなら、私たちで偵察に行ってくればいいんじゃないですか?
 白龍の神子である望美もいるわけだから、怨霊と出くわしてもなんとかなりますし」


「そうですね 九郎はこちらの陣をお願いします」


の提案に、弁慶は微笑みながら同意してくれた。
同意して、なおかつ九郎に指示を出す様子には苦笑した。



どっちが上司だか分からないよ



そんな事を思った。


「ああ みんな、十分気をつけてくれ」


「じゃあ、山ノ口に向かおうか」


そう言って、九郎を残した一行は陣を出発した。



望美の言うとおり、罠だったりするのかな……?



そんな一抹の不安を胸に残しながら、は先を歩く弁慶たちの後を追い歩きはじめた。








to be continued.................





とうとう第三章へと介入し始めました!
第三章が大きくの運命を帰る地点かと思います……上手く描写出来ればいいなぁ(笑)
戦とか、心情とか、悲しみとか……そういう、いろんなものを。






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