理解するには、難しい言葉とかが出てきていたけれど……だいたいの事は分かった
そして……する事は、変わらない

死なないように、剣を振るう事
みんなを、死なせないように、足を引っ張らないように……頑張る事だけは変わらない

そう……人を殺す事だって








雲の通ひ路 第十五話








「九郎さん、なんか源氏の様子がおかしいです!」


押されている、と一目で見て分かった。
だからこそ、望美はそう声を上げた。


「くっ どうしたっ?まだ、雪見御所を落とせないのかっ」


「九郎殿!そ、それが、還内府が戻ってきたという噂がありまして……」


兵の言葉を聞いた瞬間、九郎は勢いよく馬から降りた。


「それしきの事で怯んでどうする!
 そのそも俺たちは、還内府と戦うために京を発ったのだろう 違うか?」


「そうですよ!今ここで、負けては九郎さんが決断した意味がありません!」


「神子殿……」


九郎の言葉に賛同するように、望美も声高らかに呟いた。
自分の発言が源氏の中で力になると知っているからこそ、出来る発言だった。


「還内府が福原に帰ってきたというのなら、ここで決着をつけるまでだ」


剣を抜き、武士独特の構えをした。
スッと前を見据え、敵一匹たりとも見逃さないという気迫だ。


「九郎殿……そうでございました」


「九郎の気、広がっていく 人の沈んだ気を晴らしていくよ」


目の前でやる気を見せた兵士。
そして、この雪見御所に居る他の源氏の兵の気が陽のものへと変わっていくことを白龍が気付いた。


「ええ これこそ、将として何物にも代えがたい九郎の資質です」


そんな九郎を誇らしげに見つめるのは弁慶だった。
九郎を昔から知っている弁慶だからこそ、しっかりと言い切れるのだ。
そして、それは短い期間しか付き合っていない達にも理解できる事だった。


「雪見御所を攻める 俺に続け!!」


声高らかに言うと、九郎は門の中へと駆け込んだ。
遅い来る敵を薙ぎ払いながら。



私も……逃げてられない 怯えていられないっ



戦うと自ら決めた事を思い出し、息を呑み、剣の柄を強く握りしめた。
駆け出す九郎を追うように、も駆け出した。
こんな風に走るなんて、きっと初めてのことだろう。


「よし、門は抜けた このまま一気に平家を蹴散らすぞ」


「心しなさい このままで済むと思ってはならない」


構える九郎に、細心の注意は払うようにと忠告するリズヴァーン。
その言葉に、弟子である九郎は気合の入った返事をするだけだ。

リズヴァーンの言う事は、いつも的を射ているから。


「行くぞ!」


「はい!」


九郎の掛け声と望美の返答を合図に、源氏兵は一気に平家兵の元へなだれ込んでいった。



私も、行かなきゃっ



足手まといにだけはなってはいけないと、は自分に言い聞かせた。
自身に鞭を打ち、駆け出した。


「やあああああっ!」


無差別に動かす──素人の剣は玄人には容易くよけられると思っていた。
けれど、それは違った。
素人の無差別に動かす剣は見切りにくく、敵の腕や脇腹などを掠めていた。


「──っ」


肉を浅くても斬る感触に、は嫌なものを感じた。
肉を切るなんて、料理でしかやった事がないのだ。

脂の乗った、切れ味の悪い肉。


「くっ この、素人が!!」


「うわっ」


一人の兵が舌打ちをすると、目掛けて力強く切り込んできた。
慌てて剣を横に構え、縦に切り込んできた剣を受け止める──が重い。


「くっ……重、い……」


「これなら……いける!」


ガタガタと刃が揺れた。
その様子を見て、兵はニッと嫌な笑みを浮かべた。



殺されるっ



即座にそう思った。
思ったけれど、恐怖で身体が上手く動いてくれない。

あの、肉を断つ感触が掌に残っているのだ。


「素人を戦に連れてきた将を恨むんだな!一匹取った──」


ザンッ

言葉と同時に、嫌な耳障りな音が間近で聞こえた。
ギュッと目を閉じても、来るはずの衝撃は来ず。


「大丈夫ですか?」


聞こえた声に瞳を開くと、の前に立ちはだかっていたのは黒の外套に身を包んだ弁慶だった。
その外套に、よく目をこらさないと見えないような赤い血痕を付着させて。


「あ……あ……」


「大丈夫ですよ、さん 初陣なのは分かっています」


言って、弁慶はチラリとに視線を向けて微笑んだ。
その笑みが、には少しだけ怖く見えた。

人を殺す人。
だって、それに手を染めようとしていたというのに……それでも、人を殺す人が怖かった。


「君がやられないよう、僕らがいます」


大切な力を持つ者を失うわけにはいかないと、弁慶は思っていた。
その為には、助けることも必要で。
けれど、何もせずに佇まれていては逆に邪魔なわけで。


「殺そうと思わなくて構いません ですが、剣を振るう手は止めないで下さい」


その言葉に、はビクッと肩を揺らした。
つまりは、手に持つ二刀の剣で人を斬れ──という事だ。
命を奪う奪わないは別として。


「これは、君が生き残るための最低条件です」


戦は、戦場は厳しいものだと、に付き付ける。
剣を振るわなければ生き残ることはできない。


「は……い……」


言って、ギュッと剣の柄を握り締めた。









あれから、どれくらい経っただろうか。
戦い続ければ続けるほどに、体力は減っていく。

も、その手で幾度も人を斬った。
幸いに、まだ人を殺してはいないけれど。


「後ろがガラ空きだぜ!!」


さん!!!」


聞こえた声は二つ。
の背後から斬りかかる男の声と、それを阻止しようとする弁慶の声だった。


「──っ」


ハッとして振り返り──すでに目の前に迫る男の姿に息を呑んだ。
死のにおいを、確かに間近で感じた。



死にたくないっ!!!



それは本能に近かったかもしれない。
疲れ切った身体は、無意識のままに腕を動かし──

ザシュッ……

ズシャッ

嫌な音を響かせた。
目の前で鮮血が飛び散り、を赤く染め上げる。
嫌な断末魔が響き、地面へと落ちる。


「あ……ぁあ……」


カランカラン……

はそのまま二刀の剣を地面へと落とした。
血に染まる両手を見つめ、そして手に残る感触に恐怖するように震えた。



今……私、人を……っ



そう考えただけで、身体の芯から凍えた様に震えた。
嫌なにおいが立ち込める中、はそんな事にも気付かなかった。


さん!剣を持って下さい!」


その声でハッとしたときには、目の前で弁慶が数人の平家兵の攻撃を一本の薙刀で受け止めていた。
剣を落とした兵は、かっこうの餌食だ。


「酷な事を言っている事は分かっています
 ですが、戦場に来た以上生き残るには剣を持って下さい」


死にたいのなら別だけれど、生きたいのなら。



死にたくなんて……ない



当り前の考えだった。
は弁慶の言葉を耳にし、数秒立ち止まると震える手で剣を握り締めた。
弁慶だって、すでにヘトヘトだろう。
なのに、今は数人の兵の攻撃を一身で受けてくれているのだ。


「すみません 少し……動揺しました」



心を揺らがせちゃいけない
心を弱く持っちゃいけない
強く、揺るぎなく

恐怖を、悲しみを、苦しみを……感じ取っちゃいけない



全ての感情を今だけは押し込めて、は強く呟いた。
その様子に、弁慶はホッと胸をなで下ろした。
気付いていない、の内情に。


「さて……これから、怨霊でも出されたら大変だね」


押されてきたヒノエが、と弁慶の元へとやってきた。
不敵な笑みを浮かべているが、それでも焦りの色は見えてきていた。


「皆……ヘトヘトだもんね」


「ですが、負けることはできませんね」


「当然だろ?」


の言葉に、弁慶とヒノエは強きに呟いた。
その言葉がには心強かった。

自分を強く持てたから。


「で、噂をすればなんとやら……だな」


ちょうど、数か所から巨大な怨霊が出没した。
と弁慶とヒノエの居る場所ももちろんのこと。


「望美達は!?」


「向こうにも出ているみたいですね」


慌てて声を上げたに、弁慶はチラリと望美達の方を見つめて呟いた。
バラバラになってしまった八葉と望美の元にも怨霊が出没していたのだ。

ただ、一人一体という割り当てにならなかっただけ幸いだろうか。


「早いとこ片づけて、合流しようぜ」


「うん」


カタールを構え、ヒノエはウインクを一つに送った。
その余裕な様子に、は頷き剣の柄を強く握りしめる。

分かってはいた、ヒノエも弁慶も限界が近い事を。
そして、わざと余裕の様子を見せている事だって。



ここで弱気になったら、全部駄目になっちゃう
だから……



大丈夫だと自分に言い聞かせて、身体を動かす。
勝てると、なんとかなると。












「くっ」


「……やっぱり、望美がいないから……」


怨霊を封印出来るはずの望美がいないと、なかなか大変なものだった。
どれだけ怨霊を攻撃して倒しても、すぐに変わりの怨霊がやってきてしまう。
望美の方はと視線を向けても──やはり苦労しているらしく、助けは望めそうにもなかった。



どうしよう……このままじゃ……



倒す前に限界がやってきてしまう。
はそう思った。
思ったけれど、どうしようもない。


さん、大丈夫ですか?」


「はい 弁慶さんも、ヒノエくんも大丈夫?」


肩で息をしながら、それでも目の前に居る怨霊から視線は逸らさなかった。
いや、逸らせなかったのだ。


「あとひと踏ん張りです 望美さん達がなんとかなれば、この怨霊も──」


封印出来る、とまで弁慶は口にしなかったけれどにもヒノエにもその意味は伝わっていた。
望美さえ駆け付けることさえできれば、怨霊を封印する事が出来る。
それまで、なんとか持ちこたえなくてはならない。


「キシャアアアアッ!!」


「くっ」


怨霊の雄たけびと同時に、穢れが帯状になった触手のようなものが弁慶に襲いかかった。
先端が鋭い爪のようになっていて、その攻撃をよけるため薙刀で受け止めた。


「グウ……オ……アアアアアア!!!」


「──ぐあっ」


唸り声を怨霊が上げた瞬間、弁慶はそのまま吹き飛ばされた。
近くの瓦礫に身体を打ちつけ、地面にうずくまる弁慶。
立ちたくても、身体が言う事を聞かず動かない。


「くっ なんてやつだ……っ」


ヒノエの方もなんとか触手を避けてはいるものの、体力は着実に削られていた。


「ヒノエくん!」


そして、地面に転がる瓦礫に足を取られた瞬間ヒノエの身体を強い衝撃が襲った。


「ぐあっ」


残るはただ一人。
怨霊は動けない二人から、に標的を変え近づいて行った。


「お願い……破魂刀……私に力を……」


そう呟いても、初めて仕えた時のように破魂刀は輝くことはなかった。
あの振動音さえ奏でてはくれない。


「どうして……どうして、今使えないの!?あの時みたいに──どうしてっ!!」


力が欲しい時に使えない。
みんなを守りたいときに、役に立たない。



守りたいのに、みんなを──



あとひと踏ん張りです


いったい、君は何を考えているんですか?男三人に一人で立ち向かうなんて……


何でもないことはないでしょう?ほら、入ってきてください


望美さんから、気付いたら君が居ないと聞いて……心配しましたよ?


分かってますよ あらぬ想像をして、僕のところに治療に来るのが怖かったんですよね?


ですが、負けることはできませんね


黙っていて欲しいのは、君たちの方ですが?


少しは、こうしてこちらの世界を楽しんでもらわないと割に合わないですからね


あんな事があったんです、泣きたいだけ泣いていいんですよ


そんな時、頭の中を駆け巡ったのは弁慶のたくさんの言葉だった。
何故弁慶の言葉ばかりが思い返されるのかは分からなかった。
分からなかったけれど──



弁慶さんを……助けたい、守りたい……



そう強くは思った。


真の力を


望んで


聞こえた声に、ドクンと心臓が高鳴った。
流れ込んでくるのは、破魂刀を昔所持していた──葛城忍人という青年の人生だった。
破魂刀がどういうもので、所持者にどういう影響を及ぼすのか──そういうものが、流れ込んできた。


それでも……


望むか?


力を使えないのは、その真の力を望んでいないから。
その真の力を欲していなかったから、最初の頃以降使う事が出来なかったのだ。

力を貸してほしいと望むのではなく、力を欲さなければ意味をなさない。


……さん!」


掠れた、弁慶の切羽詰まった声。
その声を耳にして、はまっすぐ怨霊を見つめた。



私は助けたい みんなを、弁慶さんを
どんな力でも、助ける力になるのなら……
怨霊を倒す、力になるのなら……

私は──



さん!!!」


怨霊を見つめたままのに、鋭い爪を持つ怨霊の触手が襲いかかってきた。






to be continued................




ちょっと怨霊との戦闘の所を長くしてみましたw
そして、ようやく破魂刀の真の威力が!!!(笑)
で、の中での弁慶の割合がめっちゃ増しましたね♪(^田^)






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