君も──この力を望むのか……


ふいに聞こえた声。
まるで、別次元にいるかのように変に頭に響いた。

目の前で起きている出来事が──スローモーションで見えている。


「私は……力が欲しい、みんなを、弁慶さんを守れる力が」


破魂刀の真の力を知っても、望んだ力。
だから、はしっかりした口調で言えたのだ。


そうか 君も……守りたい者がいるんだな


その言葉に、は静かに微笑んだ。
そう、守りたい人がいる。
何としても、何を代償にしても──その笑顔を、守りたい。



私は……望む、真の破魂刀の力を



心の中でそう呟き、ぐっと剣の柄を握り締めた。

ドクン……

ドクン……

キィ……ンンンンン……

のその思いに反応するように、破魂刀が鳴いた。











雲の通ひ路 第十六話











さん!!!」


「……大丈夫 私は……もう」


「「──え?」」


悲鳴に似た声を上げた弁慶に、は静かな声で答えた。
不思議なくらいに落ち着いていた。
力が手に入ったからか。
腹を括ったからか。

分からないけれど……


?」


だから、そんなをヒノエも弁慶も不思議そうな視線で見つめていた。
伸びる触手に向けて、はゆっくりと剣を構えた。



大丈夫
私にはもう……怨霊に対抗できる力がある
ただの剣じゃない……強い力を持つ、未来を切り開く力が



腰を落とし、敵を見据える。
その姿は、先ほどのの姿とは似ても似つかなかった。

"おまえは誰?"と、ヒノエはの後ろ姿を見つめながら心の中で呟いていた。
知っているようで、知らない人のような背中。
本当に、今目の前にいるのは──彼らの知るなのだろうか。


「魂を砕き、うなれ漆黒の刃」


そう言葉を連ねた時、破魂刀から不気味な振動音が聞こえた。
生きているように、呼吸をするように、黄金の刀身が輝いた。


「──破魂刀!」


その掛け声と同時に、は地を蹴り襲いかかる触手に斬りかかった。
そこからまるで本体にまで攻撃が及んだかのように、ボロボロと怨霊は崩れていく。


あなたは……忍人さんみたいにならないで
 お願いだから……その力を見誤らないで



その時聞こえた声は、女性のものだった。
優しげな、そして少し厳しい声。


あなたに浄化の力を


その言葉を最後に、気配は消えうせた。

そして怨霊もサラサラと、浄化されるかのように──消えていく。
先ほどの、崩れようとはまるで違う──先ほどの女性の声の言っていた『浄化の力』のように。
望美の持つ、ソレに似た……力。


「はああああっ」


未だ光り輝く黄金の刃。
不気味な振動音を響かせながら、は手近な怨霊に斬りかかって行った。



守るっ



ザンッ

嫌な音が響く。



その為に力を手に入れたんだから



ザンッ

嫌な感覚が掌に伝わる。



何を代償にしたって、私はっ



ザンッ

それが怨霊だと分かっていても、気分は良くはない。
それでも止まれなかった。
守りたいと思ったから。

たとえ、命を代償に力を手に入れることになったとしても、はそれを承諾した。
それを──

望んだ。


さん……?」


弁慶の声に、は腕を止め振り返った。

に浄化の力が備わったかのように、手近にいた怨霊は倒されたのではなく──浄化されていた。
望美のする封印のように。


「だ、大丈夫っ?二人ともっ」


剣を鞘にとりあえず納めたは、駆け足で地面に座る弁慶とヒノエのもとへ駆けつけた。
衝撃の割に酷い怪我を負っていない二人に、は安堵の色を滲ませた。


「いったい、何をしたんだい?」


「え?」


「僕らが知っている通りなら、君は怨霊を封印する力はなかったはずです」


「それに、こいつの話じゃ、前に一度つかえた怨霊を倒せる力ってのも今回は使えていなかっただろ?」


弁慶とヒノエの言葉に、は「あ」と声を漏らした。

そう、前に怨霊を撥ね退けられた力は今は使えていなかった。
他の兵と同じく、攻撃は出来ても効果は全くなかったのだ。
まして、怨霊を封印するなんて事もには出来なかった。

初めて使った時も、望美が怨霊を封印したのだから。


「前に一度使えた力を、ちゃんと手に入れたんです」


「そうでしょうね ですが、それだけじゃないでしょう?」


さん?と問いかけるように、弁慶はじっと見つめた。
金に近い茶色の瞳がの心の奥底を見ようとしているようで、は視線をそらした。



破魂刀を使うための代償がなんなのか……
破魂刀が一体どういうものなのか……

バレちゃいけない……



きっと、知れば誰もが破魂刀を使う事を禁ずるだろうから。
その技を使う事を、きっと、絶対に。


「それと一緒に、浄化の力も……だから、封印出来たんです」


声の事は言わずに、結果だけを伝えた。

手に入れたのは二つの力。
今しがた告げた浄化の力と、普通の兵とは違い、八葉同様に怨霊に痛手を負わせることのできる力。
以前、破魂刀を使っていたという葛城忍人の──神子が八葉に与えたと言われる力の名残りが破魂刀という技にあるのかもしれない。

破魂刀自体に──ではなく、破魂刀という『技』に。

でなければ、破魂刀という技が使えても一般人が怨霊に痛手を負わせることが出来るはずがない。
そして、技に名残りがあるとすれば以前破魂刀という技を使えた際に痛手を負わせられた事と、破魂刀を使って打撃を与えても痛手を負わせられなかった事の説明がつく。


「ふぅん?」


「ごめんね、ヒノエくん
 私もちゃんと理解出来てるわけじゃないから、これ以上の説明は無理」


疑うような、納得していないような、そんなヒノエの相槌にはそう告げた。

でも、これも本当。

破魂刀については理解できているが、浄化の力については分かっていない。
浄化と言われた封印と似た──同じような力。
自身も、意味が分からないのだ。


「まあ、分からない事を聞いても仕方ありませんからね
 それよりは、合流しましょう」


「はい」


「ああ、そうだね」


弁慶の言葉に、救われたとホッと安堵の息を吐いては頷いた。
もちろん、ヒノエだって合流する事に異を唱えるはずもなく──

辺りから現れる怨霊をが、そして平家の者たちを弁慶とヒノエが始末していった。










「めぐれ天の声 ひびけ地の声 かのものを封ぜよ!」


駆けつけた時、ちょうど望美の声が聞こえた。
それは怨霊を封印する──浄化へ導く声。


「ちょうど封印をし終えたところだったようですね」


「ああ、そうみたいだな お疲れ、神子姫様
 見事な封印だったぜ?」


歩み寄りながら、弁慶とヒノエは望美を見つめ微笑んだ。
それは八葉が神子を慕う姿。


「そんな事ないですよ みんなで戦ったんですから
 あ、そういえば……大丈夫だったの?そっちにも怨霊が出てたみたいだけど」


世事を投げる二人に望美は嬉しそうに表情を緩めながら首を左右に振った。
そして、ふと思い出したのは引き離された達の元にも怨霊が現れていた事だった。


「ああ、こっちは大丈夫だったぜ なんせが居たんだからな」


が居たから?」


ヒノエの言葉に望美は意味が分からず首を傾げた。
それはつまり、あの出来事を見ていなかったという事を指示している。

もちろん、そんな余裕なんてあるわけないのだから当然なのだけれど。


「ええ さんにも浄化の力というものが備わったようで、封印が出来るようになったんですよ」


「ええ!?そうなの、!?」


「う、うん どうしてそうなったのかよくわからないんだけど……
 最初に使えた破魂刀って力も使えるようになったから、怨霊にもダメージ与えられるようになったし」


「だめーじ?」


驚く望美には苦笑しながらも頷き、その言葉を肯定した。
全ては、弁慶が説明した通りだったから。
そして、それに加えて破魂刀の力を使えるようになった事も告げた。

が、弁慶の聞きなれない言葉への反応に一時意識はそれる。


「ダメージっていうのは、打撃とか痛手を負わせる事です」


「ああ、なるほど」


望美の説明に弁慶は頷き納得を示した。
そして、もう一度話は戻っていく。


「だから、もう足手まといにはならないよ?ちゃんと、皆と同じ戦線に立てるから」


にこりと微笑み、は望美の手を握り締めた。
ずっと一人に背負わせてきた、人を、怨霊を倒す痛みを。
仲間を守るという重みを。


「今度は、私も一緒に背負うから」


一人で背負って、一人で考えて──何でも悟っているように望美は前を歩いていく。
だから、今度はその重荷を私にも背負わせてとは望美に言ったのだ。


さんも、十分足手まといなんかじゃないですよ?」


「ああ、そうだぜ?なんせ、あのリズ先生に認められたんだからな」


「そうだよ!私の方がまだまだ頑張らないと……」


弁慶とヒノエの言葉に望美も大きく頷き同意した。


「望美さんも、そんなに謙遜しないでください」


望美のまだまだだと呟く言葉に、弁慶は苦笑を浮かべて首を左右に振った。


「兵たちの声が聞こえませんか?」


「え?」


言われて、望美は耳を辺りに向けた。
そうして聞こえてくるのは、ざわざわとしたざわめきの中にある源氏の武士の声。


「あのような怨霊を倒してしまわれるとは……」


「龍神の神子の噂、本物であったか」


「あちらの娘も、龍神の神子に引けを取らぬ力を持っておる」


「神子様も、あの娘児も、これからも源氏に味方してくださるんですよね」


「あのお二方さえいれば、平家の怨霊も怖くありませんや!」


あちらこちらで上がる、望美とへの言葉。
龍神の神子である望美が評価されるのは分かるが、までもが評価されることに本人は驚いていた。


「みんなが、喜んでくれてる……でも、まだ終わりじゃない
 油断しちゃ駄目だよ」


一瞬嬉しそうな、そして驚いたような表情を浮かべていた望美。
けれど、すぐに険しい表情へ移した。


「それでいい、神子 戦場で気を緩めてはならない」


「はい、先生」


そんな望美に、リズヴァーンは満足気に──けれど再度忠告するように告げた。
その言葉に、望美はしっかりと頷き返す。


「封印の力だけでなく、戦場の心得をも身につけているとはな
 お前のような神子が味方で心強い
 も、前以上に強くなっているようだしな
 なにより、望美以外にも封印が出来るというのは源氏の強みになる」


そして、今度は九郎が驚きつつも二人を褒めた。
それほどに、二人の力が認められるほどだったという事だ。

ザッ

地面を踏み締め、九郎は武士達の方へ向き直るとキリッとした表情で口を開いた。


「皆も、神子とを見習え すぐに御所に入り、残る平家をとらえるぞ」


指示を出す九郎の言葉に、武士から鬨の声が上がった。








to be continued.....................






ようやくが破魂刀を使えるようになりました。
ただ、一般人がただの破魂刀の技を使うだけじゃ怨霊に攻撃は出来てもダメージは与えられないんじゃないかな?と思ったんですよ。
ほら、武士が怨霊に攻撃しても効果がないように、も八葉でも神子でもない一般人ですから。
で、忍人も八葉?な感じで神子を守る者として選ばれたから、神を倒せる力を手にしたんじゃないかな?と。
その力は破魂刀自体に残っていたんじゃなくて破魂刀という『技』に残っていたという事にすれば、文章中で説明した通り、前に技が使えた際にダメージを与えられた事と破魂刀という剣でダメージを与えられなかった事の説明になるかなって。

で、八葉が怨霊を倒すのとは違う──望美同様に怨霊を封印出来る浄化の力を与えてみました。
ただ、は神子ではないので浄化の力を持っていても望美のように怨霊にダメージは与えられません。
望美は神子、は初代神子から浄化の力を授けられたというか借りた感じなので……
つまり、破魂刀という技以外で怨霊に痛手を負わせられない──という事です。
こういう事にしておかないと、望美と同じように封印出来るんだから怨霊にも普通にダメージを与えられるんじゃ?って事になり得るんで(笑)

長々と説明しちゃってますが、物語の中で描写の一環として説明しているのと同じ内容ですので(笑)






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